異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第183話「美少女との間接キスなら誰もが望むところだろうが」

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その頃、チェーン居酒屋ミゾロギではミナ、ルル、今野夫妻、そして崎見老人が酒を酌み交わそうとしていた。

 

「「「「「かんぱ~~~い」」」」

 

未成年設定のルルだけがオレンジジュースで、他の4人は―――80近い老人の崎見を含めて―――全員ビールである。

 

「あー、やっぱこれよね。なにがこれなんだかいまいちよくわかってないけど」

 

「先輩、ファンタジー存在がいまいちよくわからないとか言ってるの滑稽なので止めてください」

 

いまいちよくわからないのはこっちの方だ、と文はお通しのシーザーサラダを取り分ける。

 

「ところで、私が参加しても良かったのかね?友人同士の飲み会だろう?」と崎見老人が中ジョッキを半分ほど開けた段階で聞いてみた。

 

如何に崎見老人の目の前にいる者たちの平均年齢が400歳を超えていようとも、見た目中学生が二人、明らかな青年が二人でそこに老人がいるのは場違い感があろうというものだった。

 

「いえいえ、いいんすよ。俺が提案したんで」

 

答えたのは空悟だった。

 

「いつもの面子で集まっても良いんですけど、いやマンネリ感ってのはあるもんで。それに俺らの事情を知ってて呼べる人間なんて、後は茜さんくらいですから」

 

実際に、黄昏の傭兵団の事情を知っている味方の人間はこの街、否、この世界には茜と崎見老人、そしてぬえ子の父親の副市長しかいないのである。

 

いくらそれなりに仲がいいと言っても、親と頻繁に飲みに行くものは少ないだろう。

 

「ふーむ、それならいいのだが」

 

文が取り分けたサラダのレタスを一枚食んで、老人は笑った。

 

「私も飲み会に誘われるなど15年ぶりくらいなのでね。面食らってしまった」

 

既に1杯目を飲み終えて、キープしていた焼酎ボトルに手を出そうとしていたミナのグラスを取り上げて、見事な手付きで―――現役の喫茶店の店主らしく―――ルルの脇においてあるオレンジジュースのピッチャーの中身と混ぜて焼酎割りを作ってしまった。

 

「あ、どもです」

 

「いえいえ。しかし、炭酸入りではなくてもこれをオレンジハイと呼んだりする場合があるのはどういうわけなのだろうね?チューハイとは焼酎ハイボールの略だから、炭酸が入ってなければおかしい気がするな」

 

崎見老人がビールの一杯目を老人に似つかわしくないペースで飲み干したのを見て、文が「結構飲みますね……」と心配そうな顔を向けてきた。

 

「ははは、大丈夫ですよ。このくらいなら」

 

そう言って、自分の分の焼酎割りを作りながら「本当になんでなのでしょうね?」と別に不思議にも思っていないような顔で首を傾げた。

 

「まぁそうですよね。ウーロンハイとか緑茶ハイは普通炭酸入れませんし……ってそれは良いんですけど、喫茶店の店長さんですよね?先輩が働いている」

 

文に聞かれた老人はこっくりと首肯した。

 

「ええ、そうですよ。ミナさんルルくんにはだいぶお世話になっています」

 

そうして彼は眼鏡の蔓をくいと押し上げる。

 

今は店で掛けているモノクルではなく、普通の縁取りの太い眼鏡である。

 

「水門先輩が人を呼ぶなんて珍しいですよね」

 

「いつもの面子だと酔いつぶしてしまった時に面倒だからですよ。崎見さんがいればそういう危険性は少ないですし」

 

ルルがオレンジジュースを飲みながら、ジト目でミナを見る。

 

「後まぁ、いつもの面子で集まるといつもの話しかしないしな……」

 

ミナはルルの魔力すらこもった視線を見ないふりして焼酎割りをグイと飲み干して、今度は店員にレモンサワーを頼みながらそう答えた。

 

「先輩の事情は全部知っていると思っていて良いんですね?」

 

「モチのロンだぜ」

 

ミナが文の質問にはっきりと答えると、崎見老人が口を挟んでくる。

 

「そうミナさんを責めないでやってほしい。本当は断るつもりだったんだが、私も実はミナさんに依頼があってね……そのついでというのもあるんだよ」

 

焼き鳥を頬張り、老人とは思えないほど健啖に咀嚼して嚥下すると崎見老人は「そう、黄昏の傭兵団にね」と微笑んだ。

 

「……なるほど。なんとなく事情はわかりましたけど、なぜ私がいる場所で?」

 

それもアルコールを飲みながら、というのが文にはわからなかった。

 

「まぁ、いいじゃないか。受けるかどうかは他のメンバーと相談してからでも良いわけだし。それに俺は文が受けないでくれ、っていう依頼を受ける気はないし。一応、警察官だから副業も禁止だしな。あくまで頼み事を無償で引き受けるだけさ」

 

空悟がそう言って、文のグラスに燗された日本酒を注ぐ。

 

「はぁ。まぁわかりました。それでどんなことを?」

 

文がしかたないなあ、とばかりに崎見老人のグラスに酒を注ぐと、老人は苦笑しつつ「……実は、募集をかけてもかけても、バイト志望の方が来てくれないのですよ。ミナさんたちはご存知でしょうけども」と肩をすくめた。

 

「あぁ……ですよね。私も最近は料理班ですし、私等休みの日は思い出鏡のお休みにしてますものね……」

 

それどころではなく、客入りが多すぎた翌日は体調を考えて臨時休業にすることすら増えている。

 

本日とてそうなのだ。

 

このままでは通常営業さえ立ち行かなくなる事態であった。

 

「と言う状況なのに、職安とかにも就職案内出してるのに、全然バイトも正社員希望も集まらんのよね。飲食だからって毛嫌いされるわけでもないだろうし……」

 

「メイドカフェとやらのことを考えると、若い女性が集まりそうなのですけどねえ。時給も1500円ですし。何より客入りが多すぎる時以外で嫌悪される要素はあのひらひらのウェイトレス服だけだと思いますし」

 

ルルがそう言って、オレンジジュースをグビリと喉を鳴らして飲み干す。

 

それをつないでミナが「なんならオレか崎見さんによるタダの賄い飯もつくから、時給は更にプラスになるってもんだ。晩飯も食っていけば更にお得になるんだぜ」

 

そう昼夕飯付き、時給も大抵の都道府県では最低賃金の1.5倍である1500円で誰もバイト募集が来ないというのもなにか変だとミナも思っていたことだ。

 

「おかしくねえか、それ。流石にそんないい条件のバイトで深夜作業もなしだろう?」

 

「そう、おかしいのだよ、今野さん。あなたの夫人もそう思っているだろう。明らかになにかが妨害していると言わざるを得ない……」

 

そう思ったので、ミナたちにハロワの監視をしてほしいということが今回の依頼のようであった。

 

「何しろ下手をしたら犯罪になるかも知れない、と思ったのでね。そこで刑事さんである今野さんにも聞いてほしいと思ったのさ」

 

だからミナたちしかいない店ではなく、この場で言ったのだ。

 

幸いにして満員の居酒屋の喧騒の中ではその声が目立たない。

 

誰かにバレてしまう心配も殆どないというものだ。

 

そうして水を向けられた空悟は「姿消しとかつかえるだろ、三郎。それで監視してても法律は何も言えねえよ。光学迷彩なんざ今の法律は考えてねーからな」とニヤリとした。

 

「わかってるって。しかし、それしかないかなあ」

 

うーん、とミナは唸ってしまう。

 

「それにしても崎見さんのお店を妨害して得をする人などいるんですかね。先輩を陥れるにしては意味がなさすぎますし」

 

文が焼酎お湯割りを飲み、手元の手羽先から器用に肉を取り外して自分と夫の皿に取り分けつつ首を傾げる。

 

「うーん、私にもさっぱり見当がつかんね。私の店は周囲にあまり飲食店もないのでライバル関係の妨害というわけでもないだろうし……」

 

半グレが消えて人が戻りつつある神森市でこうした事例は珍しい。

 

スナック黒十字ですらも、たまにバイト希望者はいるのだ……

 

廻と夕が万能選手すぎて門前払いとなっているようだが。

 

条件が良いと言っても、1時間半の休憩時間を除いて10時から20時半までフルで働けば13500円にもなるというのにバイト志望が現れない理由とはなにか……

 

交通の便が悪いわけでもない。

 

最近は来る客がミナたち目当てのオタク層が増えているとは言え、悪いというわけでもない。

 

「いや、本当に謎ですね。ミナさんが猫かぶりしてる店って、たいてい男がバンバンやってくるんですけども」

 

ルルが微妙に失礼な事を言いながら枝豆をつまむと、ミナが「っせーな……猫くらい10でも20でもかぶるわい!」と彼が掴んだ枝豆をひょいと奪って口の中に放り込む。

 

「あーひどい……でも、いいです。僕、まだミナさんに貸し2つ残ってますから」

 

ニコリと素気なく笑って彼は、もう一つ枝豆をつまんで口に入れた。

 

「それはともかくとして、別におかしな条件は入れてないはずなんですが。『男女問わず、調理スタッフ求む』とバイト募集広告出しているわけで。ぶっちゃけあの狭い店なのでウェイトレスは二人で間に合ってますから」

 

いくら回転率が上がろうと店の席数が変わるわけではないので、それはそうなのだ。

 

「そうすると……うーん、やっぱりハロワに行って、思い出鏡の出してる求人広告を確認……ってチョット待って。ネットでも広告出してましたよね、店長」

 

ミナが崎見を見てそう聞くと、「モチロン。最近はネットじゃないと集まらないよね、と言ったのはミナさんだ」と苦笑する。

 

「そういえば出してる広告を直接見たことはなかったわね……」

 

「ええ、その作業は全部僕がやってましたから……」

 

そうしてルルが広告を見る。

 

「ちゃんと僕の目には見えますね、正常な広告が」

 

そう言って、首を傾げ……広告を写したタブレットを文たちに渡すと。

 

「……すまん、俺にはなにか写っているようには見えないんだが……」

 

「右に同じです。薄ぼんやりした変なモザイク画像にしか見えません」

 

二人は一様に同じ反応を返して、眉を顰めた。

 

「……まさか」

 

ミナにはルルと同じようにその広告ははっきりと見えており、全く問題がないように見えている。

 

そして、それは店長も同じであったようで……

 

「……私には普通に見えます。私、ルルさん、ミナさんの3人しか見えていない。今野さんやご夫人には見えない……」

 

崎見老人の言葉にミナはハッとなる。

 

―――そう、そこには……

 

「ルル、広告作った時に魔力を込めたりしてないわよね?」

 

「デジタルデータに魔力や呪いを込める術式は、僕はまだ制作に手を出してないですよ」

 

思いついたことがあったのか、ミナはルルに念の為に確認し、否定されたことに首肯してその広告に目を凝らした。

 

「……やはり。ほころびが見えるな……」

 

ミナはさらに目に集中し、しかし魔力を閉じていった。

 

「偉大なるロジックよ。精霊の瞳よ。神の心よ。我が目を通した神魔に通じるすべての力よ。我が目を通す視線を止みたまえ……」

 

ミナはまず古代語で。

 

次に精霊語。

 

最後に神聖語によって同じ意味の言葉を唱える。

 

―――ミナの翠玉の瞳から光が失われ、まるでビー玉のような虚な輝きだけを残していた。

 

「……間違いないわ。今回は邪神かSMNの仕業だべ、これ」

 

ミナは呆れたように吐息を深く吸い込んだ。

 

「今のはなんですか、先輩?」

 

「視線は魔力なのだぜ。視線に魔力を、それも神様、精霊、そして人の持つ全ての魔力を載せないためのおまじないだよ。それで見たら、オレもモザイクにしか見えんかった」

 

ミナは再び目に力を入れると、その瞳の色はすぐにもとに戻る。

 

「ルルがするならこんなイタズラじゃなくて、間違いなく見た人間が思い出鏡に殺到する系のやらかしをするはずだから、これは犯人は別にいるわね……」

 

ミナは顎に手を当ててそう独り言ちた。

 

ルルはその独り言に反応し、「ええ、僕ならミナさんと僕に絶対服従の料理人を連れてこれる術式を埋め込みます。こんなチャチ……とは言えませんが、こんな意味がないことはしません」と微笑んだ。

 

「いや、昔、私とずっと二人きりの職場ってのを維持しようとしてバイト先のちっちゃい雑貨屋に客も主人も来なくするような術使って、私にどつき回されたじゃん……」

 

微妙に手のひらを返したミナにそう言われて、多少頬を羞恥で赤く染めながらルルは「思い出鏡は崎見さんの調理技術がなくてはやっていけませんし!」と反論する。

 

……実際にそんな術を使わなくても、その雑貨屋は耄碌した老人の店であり、来ても1日数人の客しか入店しないという店であったことは確かだ。

 

しかし。

 

「周辺から徐々に人がいなくなるような術を町中で使うなって話よ!解除するの大変だったでしょうが!」

 

ミナはそうしてルルにデコピンを食らわした。

 

「痛いじゃないですか」「痛くしてんのよ」

 

全く、とビールをまたぐっと飲んでミナは嘆息する。

 

「まぁ、でも今のルルがこんな意味がないことはしない。やれるやつでやる意味があるやつらなんてこの世界では我々が知る限り2つしかない……」

 

ミナが腕を組んでうーむ、と唸り、空悟が言葉を続けた。

 

「やっぱアレか。さっきも言ってたけど魔法少女か邪神かね」

 

「魔精霊がこんなチャチでふざけたいたずらをするとは思えませんしね……」

 

ルルが更に続けると、「やはり君たちに相談して正解だったようだね」と崎見老人が微笑んだ。

 

「で、依頼は受けてくれるかね、ミナさん」

 

「もちろんですよ。これは間違いなく私達じゃなきゃ解決できませんからね」

 

ミナはドンと自分の胸を拳で叩いて笑う。

 

「とにかくこのモザイク広告がなんでOK出されたかってところから調べないといけませんね」

 

「とりあえず考えるのは明日にしましょう。今は酒を飲むときなんだし」

 

ミナはそうして焼酎のボトルをひっつかんで、グラスになみなみと注いでぐっと一気に飲み干してしまった。

 

「あーまたそう言う飲み方して……」

 

「うっ……うん、そこはごめん。むしゃくしゃしてやった。今では反省している」

 

グラスを置いてルルにペコリと頭を下げたミナは、さっき届いたサーモンの刺し身に目を移して、それをルルの皿に取ってやる。

 

「ほら、食べなさいよ」「あ、ありがたくいただきます」

 

ミナが普通に使っていた箸で取ったことに、彼女は頓着していないようで―――ルルは思い切りそれを意識してしまったか、顔を赤くしていた。

 

「わかってやってんのか?」

 

「何が?」

 

「残念な人ですねえ、先輩」

 

空悟の質問に何もわかってない体で返して、文に半笑いされたミナは「なんだよ……今の行動になにかおかしな点があったのか……?」と更に頭の上に疑問符を浮かべる。

 

「……間接キスって知ってるか?」

 

「このボディになってからんなこと気にしたことねえな。美少女との間接キスなら誰もが望むところだろうが」

 

ミナはあっけらかんとそう言って、イカの刺身を口の中の放り入れるように食べた。

 

「ルルくん」

 

「こう言う人なんですよね……」

 

嘆息する青年と少年を見つめて、老人は「青春ってことなのですかね」と日本酒を舐める。

 

「私に聞いてます?だったら知りませんよ。うちの主人、33歳ですし」

 

だし巻き卵を大根おろしだけで食べながら、半笑いでジト目の文がそう返した。

 

はぁ、とため息をついた彼女は「とりあえずそっちは置いておいて飲みましょう」と微笑んで、老人は「ですなあ」と笑って夜は更けていくのであった。

 

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