異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第185話「冷製パスタだからそのまんま食べて」

 

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そして、翌日の昼休み。

 

ガーゴイルを使ってハロワに来てみたルルは、変装の術を使って今頃洞森の湯で働いているであろう、この間姿を借りた女性の姿を再び借用して岬が結界を作った募集広告の置いてあるエリアへと足を運んだ。

 

「……やはり流石に昨日の今日で細工はされていないか」

 

視線に関わる魔力を完全に殺す特別なメガネ……スカイシープの眼鏡と呼ばれるアイテムで広告を見るが、それは完全に普通の広告に見える。

 

モザイク処理で抽象画になっていたりはしない……

 

とりあえずこの監視を1週間ほどかけるのと同時に、WEB広告を一旦取り下げてみた。

 

あのモザイクを外す方法がない以上、そのまま出していても金の無駄だからである。

 

メガネを外してバッグへとしまったルルは、踵を返してハロワの外へ出ていこうとした。

 

その瞬間、どこかで見た覚えのある顔が見えたのでそちらを向く。

 

(あの黒髪。メグミとかいう魔法少女の正体か)

 

アルバイトの募集広告をいくつか見繕って少女は出ていく。

 

その中には思い出鏡の広告も含まれていた。

 

(破邪の結界が反応していない……ということは邪な目的で手に取ったわけではないはず……)

 

ルルは一瞬瞑目して念じる。

 

すると一羽の赤いカナリアが建物の外を飛んでいくのが見えた。

 

「頼みますよ」

 

メグミの監視のために使い魔を飛ばしたのだ。

 

見つかってしまったらそのまま送還されるようにしているためまず殺されることはないし、もし殺されたとしてもルルとの契約がある限りは生命力の譲渡により生き返らせることが可能な便利な存在だ。

 

もっともルルの場合は負の生命力の譲渡となるため、アンデッドになってしまうのだが……

 

意志の薄い小動物であれば、殆ど問題はないことである。

 

「普通にアルバイト、というわけでもないのでしょうけど……」

 

ルルはそうしてメグミのことを頭の片隅へと追いやった。

 

ルルにとっては―――いつでも無力化できる相手だからである。

 

そうして昼休みが終わりそうだったので、再び物陰でガーゴイルを召喚して思い出鏡へと向かうと……

 

そこには、ココアを飲みながらくつろいでいる年の頃は恋よりも3~4歳は下と見える少女がいた。

 

今日は金曜日の昼。

 

この年頃であれば今頃は小学校に通っているのが当たり前だと言うのに、一人席に座っているのが奇妙な印象である。

 

「ただ今戻りました……少し遅れましたね」

 

ルルはいつものウェイトレス服へ戻っていて、今はもう昼の書き入れ時も過ぎ去って落ち着いた店内を見回してから「……あの子は?」と小声でミナに聞いた。

 

「おかえりルル。あの子は……わからん。親とはぐれたんだと」

 

ミナは手を何かを投げた、まるで匙でも投げたような仕草をしてキッチンへと戻る。

 

ミナも気にならんわけではないが、という表情であったことを見て取り、しばらく様子を見ようと少年もまた嘆息して少女から視線を外した。

 

―――この場にもし岬か恋がいれば気づいていただろうが、如何せんルルもミナも彼女との面識はない……

 

(うぁ~なんだこれ美味しい~~……イェカ様のには劣るけど)

 

内心でそう思っていた彼女は……どこかのデ・○・○ャラットにどこか似ている魔法少女の。

 

(うー……このショウコを待たせるなんて、メグミお姉ちゃん嫌いだぁ……しかもバケモノたちのお店だしぃ……ちょっと怖いんですけどぉ~)

 

そう、彼女はショウコと呼ばれていた魔法少女である。

 

(でもココアもケーキも美味しいから良いや)

 

小学生らしい即物的な適当さで、杏のチーズケーキを食んで少女は微笑んだ。

 

その微笑みを裏から見ながら、「2時間あのままなのよね。注文はしてくれるからいいんだけど……」とミナは肩をすくめる。

 

既にケーキ10個は食べているらしいが、崎見老人が親は来るのかどうかと聞いてみると、意図を察したのか「お金ならあるよー」と一万円札を出してみせたのでそれ以上は何も言えないでいた。

 

「もしかしてSMNの仲間とかですかね」

 

「かもしれないけど、確証はないわ。あの少女たちは変身しなきゃはっきりとは魔力を感じられないのだもの」

 

もちろん杖を出して魔法を使おうとすれば別だが、そんなものをここで出すはずはないだろう。

 

「すいませんーココアおかわりくだちゃーい」

 

若干舌っ足らずな口調でそう注文を出してくる彼女に、ミナは苦笑して肩をすくめた。

 

もし魔法少女だとしても、きちんとお金を払ってくれるならお客様である。

 

もしそれが魔法少女でなく、魔物や魔人のたぐいだとしてもこの二人は気にするまい。

 

この世界生まれで彼女らに挑める力を持つ存在は、今の所ミナの思うにSMNの首領くらいのものだろうという認識であった。

 

―――無論のこと、突然の狂行に備えてミナもルルも魔法のワンドを腰に吊り下げて、いつでも古代語魔法を唱えられる姿勢だ。

 

また、崎見老人の了承を得て―――店の意匠も兼ねて―――床には陰陽術の陣も描かれている。

 

まずまずショウコがなにか悪さをすることは難しい状態なのであった。

 

「ま、ほっときましょ」「ですね」

 

そう言って二人は顔を見合わせて、ルルがココアを淹れて持っていく。

 

それとほぼ同時に……

 

カラン、カランと呼び鈴を鳴らしながら店の扉が開き、来客を示していた。

 

「どうも、いらっしゃいませー……思い出鏡へようこそ!」

 

ミナが一瞬声を落として、すぐに普段どおりの様子で接客を始めると目の前の少女……は顔をひきつらせた。

 

そう、彼女は……ハロワで思いっきり先程バイト募集広告を手にとっていたメグミなのであった。

 

「お席は此方です。……どうしたの?座んないの?」

 

表情を引きつらせたまま動作まで固まったメグミは、「え……?」としか言うことが出来ないままチラと席の方を見た。

 

そちらでは入り口に背を向ける格好でココアを飲んでいるショウコの姿がある。

 

「…………あ、はい。ツレを迎えに来ただけなのですぐ行きます」

 

たっぷり30秒は硬直したまま停止していたメグミは、そのままミナに目を合わせることなくショウコの席へと向かった。

 

「ちょっと、ショウコ……あんたさぁ~何バケモノのいる店でくつろいでんの?」

 

変身しているときの口調に少し近い調子でメグミはそうショウコへ話しかけた。

 

ショウコはその言葉に露骨に不満ですと言ったぶーたれ顔をして「ここで待ち合わせって言ってたじゃん……」とココアの最後の一口を飲み干した。

 

「あいつらが居ると知ってたらここ待ち合わせにはしなかったし……」

 

どうやらイェカはここがミナたちの勤め先であるということを知らないか、知っていてもこの二人には教えていなかったようである。

 

「こいつらいるならここは問題ないでしょ……行くわよ」

 

「はぁ~い」

 

そうして支払い伝票を持って―――その金額に絶句する。

 

「9762円って……あんたなにしてんの……つかどんだけ食べてんの……太るから」

 

「ぶ~~!そんなの気にしないもん~~!3時間も待ったんだもん。お金あるしいいじゃない~ベーだ!」

 

そんな会話にミナは苦笑する。

 

ルルは呆れたような顔で、はぁとため息をついた。

 

ひそひそ話をしているつもりのようだが、その声は上古・闇と違いはあれど森人である二人には完全に筒抜けであったのだ。

 

「……とりあえず行くわよ。この広告の場所は全部回んないとあの方に叱られるよ」

 

「ひぇ……それはやだ。行く」

 

流石に首領に叱られるのは嫌なのだろう。

 

ショウコは立ち上がって、伝票を片手にレジまでやってくる。

 

「はい、お会計9762円になりま~す」

 

営業スマイルを浮かべたミナの言葉に、ショウコは1万円札を取り出して「はいこれ」とぶっきらぼうにトレイの上に置いた。

 

「はい、たしかに。お返しは238円になりま~す」

 

レシートと一緒にお釣りを返してやると、ショウコは何故か勝ち誇った笑みを浮かべて、そのままツッタカターと擬音が流れそうなくらい軽快な足取りで店を出ていった。

 

「……ちっ」

 

なおメグミの方は上記のごとく舌打ち一つ残して出ていく。

 

「本気であの子迎えに来ただけだったのね」

 

その背中が店の外に出ていき、扉がきっちりとしまったことを確認したミナは、今のやり取りで切れたレジの小銭を補充すべく、机の下の手提げ金庫から棒金をいくつか取り出して破ってはレジに入れていく。

 

その作業が終わったのを見計らって、ルルは「監視は継続しますね」と微笑みを向けてきた。

 

「うん、ありがと。そうしてくれると助かるわ」

 

とはいえあの様子だと、おそらくSMNの連中は犯人ではなく……逆に犯人を探しているように見えたのが意外だった。

 

「さーて、そうだとするとめっちゃくちゃ面倒事になりそうよね、これ」

 

「ああ、私もそう思うねぇ」

 

客がいなくなったことを確認した崎見老人が厨房から出てきてそう唇を歪める。

 

「あの女が取っていった募集広告についてはある程度記憶しています。検索をしてみたほうが良いかも知れません」

 

ルルがそう言うと、ミナはスマホを取り出して「どれとどれか教えて」と彼に聞いた。

 

「えーと……これ、ここ、ここもですか……」

 

ルルがスマホを操作して店名をメモ帳に入力していく。

 

「OK。じゃあ調べてみるか……」

 

再びミナは自分の目から魔力を除いて、それらの店のWEB広告を確認してみる。

 

すると……

 

「うん、これ全部そうだわ。なるほどね……」

 

ミナはそれらの店すべての広告がモザイクではないにしろ、本来とは全く別の内容に書き換えられていることを確認して嘆息した。

 

チラと老人と少年を見れば、ミナの態度から察したのか眉をしかめている。

 

「……ミナさんがそういう顔をするということは」

 

「100%、これは被害を拡大している謎の現象、ということになりますね。それもSMNも何らかの理由で被害を被っていると見ました」

 

しかもよく見ればすべてこの街、神森市に存在する店の広告ばかり。

 

それも飲食店ばかりが狙われているようだった。

 

「……スナック黒十字と中華の井坂も被害者みたいね……スナック黒十字が広告出してたのは知ってたけど、井坂も出していたのか……」

 

あの怪しい雰囲気の店主がWEB広告を出しているということにミナは苦笑する。

 

それはともかく解決しなければならないことであるのは間違いないことであった。

 

「また何から調べればいいかわからん系の事件かぁ……まぁ、今考えても仕方ないか」

 

ミナは嘆息して、ルル用の賄い飯を出す。

 

「冷製パスタだからそのまんま食べて」

 

トン、と誰もいない客席の上にラップに包まれたパスタの乗った皿が置かれる。

 

「ありがとうございます、ミナさん。いただきます」

 

フォークでパスタを絡め取り食べ始めた少年を見て、「……こいつが食ってるところ表に出したら客が増えるかな……」とミナは小声で益体もないことを呟くのだった。

 

 

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