異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
-187-
―――科戸研究所。
床に転がされた男を前に、ミナ、ルル、そして道野枝兄妹はそれぞれに難しい表情を浮かべていた。
「グレムリンを呼び出す、か」
廻がそう言って、「まさか欧州大戦の亡霊の如きうわさ話を敗戦より八十年も経ってから聞くことになろうとは」と続けて嘆息した。
「だが、我々の天敵になりうるかはわからんな。事実、こいつにスマートフォンを近づければ機器が狂うことは判別できたが、我々には意味をなさなかった」
人形はグレムリンと同じ能力を持つのか、人形へ近づけた夕のスマホも停止したまま電源が入らない状態になっていた。
夕の言葉に「出力が足りていないだけかもしれん。油断はするな」と廻がたしなめる。
『少なくとも彼の身体から発せられている電磁波は電子機器にたいへん悪い影響を及ぼすだろう。未知のエネルギーも検出されている。これは魔法の類と考えて良さそうだな』
薺川博士が現れてそうスキャン結果を述べると、ミナは「おそらくは……募集広告というアナログなものであっても、縁はつながっていますから、そこをたどってWEB上の情報を改ざんしたのだと思いますね」と顔をしかめる。
『まぁ、未だに証拠は見つからないが……君が言うのだから、当然あり得ることというわけだ』
薺川博士はその骸骨の顔をカラカラと鳴らして頭を振った。
『とりあえず尋問終了後は軽めの睡眠剤の持続点滴を行うこととしよう。ルルくんは……』
「もちろん、解かない限り300年は眠り続ける魔法を使ってやりますよ。安心してください」
やりすぎとも言えるが、最悪の事態を考えればまずもって適切な処置と言えた。
「後は、私が奥の牢屋に放り込めばいい、と。あそこって電子的なロックはないんですものね」
ミナが聞くと、廻は首肯して「そうだ。牢に電子鍵など掛ける必要はない。一朝事あれば、解除されて逃げられる危険性を考えれば」と苦笑した。
「ですねえ。病院などで火事が起きた時、精神病棟など拘束が必要な患者さんが居る場所のロック解除がスイッチひとつでできるのは便利ですけど」
「良し悪しというものがあるな」
夕がそうして首肯すると、ミナは「んじゃ運んで尋問しますね……その後、例の海域の話、聞かせてください」と微笑んだ。
「僕は岬さんや空悟さんに連絡取っておきますね、全員いたほうが良いでしょう」とルルが続ける。
『うむ、そうだな……では君たちのスマートフォンは修理が終わったので返却しておこう』
カートが自動的に研究所ホールへと入ってきて、その上に乗ったスマホをミナとルルは受け取って行動を開始した。
起きた男は、自分が拘束されていることを悟って怒りの目をミナへと向けてきた。
まるで般若か鬼かと言った形相で睨めつけてくる男に、ミナは平然とした様子で「なんの恨みがあるか知らないけど、他人を巻き込まないでよ」と冷たい言葉をぶつける。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!うるさいうるさいうるさぁい!!復讐だ!復讐しかない!あははははははははは!!!」
狂ったかのように哄笑を上げる男に、ミナとルルは肩をすくめる。
今の所の尋問は不可能だと悟った二人は、とりあえず落ち着かせるために魔法を使おうとした。
すると……
「ひゃーっ!ははははっ!ははっ!またそれで俺をどうこうするつもりかよ!甘いぜ、甘い!甘っ―――!?」
男は大笑いに大笑いをつなげて、そしてそのまま停止するかのように表情を無表情にして―――
「ぐふっ……」
大量の血液を吐いて、うなだれた。
「ルル、死なさないでね。最悪リザレクションを使います」「承知」
全く表情を変えずに、おそらくはこんな場面は人生の間で何度もあったであろうと思わせる慣れた風情でルルがグレートヒールを唱え、一命をとりとめさせた。
「しゃべると死ぬ系の呪いですねえ。解いてもいいですけど、おそらく大した情報はないでしょう」
処置を終えてミナが聖水を使って聖別した一角に男を転がしたルルは、そう言って立ち上がった。
「これで終わりだと思う?」
「いえ、全く。これで終わりなら僕のお気に入りの杖1本ミナさんに進呈してもいいです」
ルルが不本意そうにそう言うと、ミナにいくつかの飲食店の広告やホームページを見せていく。
二人共に目からハイライトが消えている……つまり魔力を通さない処置をした瞳でそれを見ていくと、状況は全く変わっていなかった。
「呪詛返しも掛けてやったんですが、それでこれなので。まあ真犯人と言うか、こいつを手足にしてたやつは他にいるでしょう」
「うーん、この……とりまこの件は優先して解決しなきゃいけないとして……」
ミナは看守用と思われる椅子に座って、太ももに肘をついてため息をつく。
「……早くダンジョンに潜りたい」
「こないだ潜ったではないですか……とは言え、アレはちょっと大変でしたけど」
あれが大変でなければ何が大変なのか、とミナはもう一つ嘆息して踵を返した。
「とりあえずアナログに鍵をしたし、多分大丈夫だとは思うけども……」
少しだけ不安に思いつつ、男に背を向けた二人は外へ出ていくのであった。
「顔写真と照合したぜー。1ヶ月前から行方不明になってる、美本明って男だな。1ヶ月半ほど前に仕事を首になったらしい」
ペラペラと捜査資料の写しらしい資料をめくっているのは、当然空悟である。
「今更だから突っ込まんぞ」「ありがてえ」
明らかに違法ではあるが、グリッチ・エッグ案件とあればそうするしかないというのが空悟の本音である。
研究所に到着した空悟の話を聞いていると、どうもここ数ヶ月、同じように飲食店の正社員をしていた人間が何人か行方不明になっているとのことだった。
「因果関係は全く無し。飲食店を酷いパワハラを受けて退職をした、っての以外年齢性別交友関係、全部関連なしだ」
お手上げだな、と研究所ホールの机に捜査資料をぽいっと投げ置いて、空悟は腕を組んだ。
「とにかく周辺を洗ってみるしかねえなあ……」
ミナはフン、と鼻を鳴らして頭を振る。
「ところで岬と恋ちゃんは?」
「あー、こないだのかけるちゃんにとっ捕まってもうちょっとかかるってよ」
空悟がそう言ってタバコに火を付けると、「最近タバコが美味くねえんだよな。まぁもともとそこまで好きではなかったが」と唇をへの字にする。
「ああ、まぁ冒険者現象のせいだと思うぞ、それ。毒物の分解能力とかも強化されるからな。ニコチンもタールもドギツイ葉巻とかをあっちのタバコ吸う冒険者は好んでたよ」
ミナにそう言われると「そうか……クッソ高くなってきたし潮時かな……どうせ職場の先輩に付き合うのに吸ってるくせみたいなもんだし……」と空悟は天を仰ぐ。
「香草タバコとかにしたらどうだ?かっこよさだけ追求してる野郎は好んでたぜ」
ミナにそう言われると「あー……文にも吸うなって怒られるし、そろそろ辞め時探してたからいいわ」と携帯灰皿にタバコを押し付けて消す。
「ふむ、空悟はタバコをやめてしまうのか」と聞いてきたのは廻であった。
「お前さんも吸うんだったな」
「ああ、多少な」
廻にそう言われて、「ロボットだから害はない……ってわけでもねえよなあ。フィルタの掃除とかしなきゃならねえだろ?」と空悟が返すと。
「一応自動で洗浄はされるがね」と苦笑する。
「益体もない話を続けるんじゃない、ふたりとも」
夕がいつもどおりの不機嫌でそう注意したが、二人は苦笑するばかりであった。
「よしわかった。改造手術が好みか、今野殿」
すっくと立って怖い顔で近づいてきた夕に掴みかかられそうになった瞬間、自動ドアが開いて岬と恋が入ってきた。
「どーもなのです」「こんちわーす」
二人はいつもどおりの感じで入ってきて、そして夕に掴みかかられそうになっている空悟を認め、「おや、浮気なのですか?文さんに言いつけますですよ?」「ロボットだからって浮気はだめだぜ」と子供らしくない言葉を投げかけてくる。
「お前らなあ……そんなわけないだろう」
「……失礼。少し癇に障ることがあっただけだ……とりあえず揃ったようだな」
夕がコホンと咳払いをすると、空中にいつもどおりに薺川博士が……否、いつもよりも遥かに静かに現れる。
『よく来てくれた。先日、廻が秋遂によって接近した海域の話をさせてもらうためにこうして集まってもらったのだが……心の準備は良いかな?』
「その口ぶりからすると、とんでもない厄ネタ……ってことですね……」
ミナが端的にそう返し、薺川博士はその口調にわずかに笑いの粒子を載せて「わかるかね?」と消え入るような小さな声でつぶやいた。
『……実はだね』
その口から語られたことは、いずれ話すとして……
6人の冒険者の顔が驚愕に見開かれ、そして機械人形の妹一人だけが「何を今更」とばかりにジト目になるのであった。
その帰り道。
それぞれの移動手段で家路へつく七人である。
空悟は自分の車に乗り込む前に、同じく岬と恋、ルルを自分の車に乗せたミナに話しかけていた。
「ぶっちゃけ信じたくもない内容だったが、夏の攻略目標は決まったな……」
「ああ、お前が休職してくれるのはいいタイミングだよ。そんで、それまでに出来るだけオレらも強化しとかねえとな」
二人はそうして顔を見合わせて、それぞれに車に乗り込んだ。
「じゃあ、またな」とどちらともなく言って車を走らせる。
「とは言え、まずはあのグレムリンの件だわ。ルル、とりあえず回収した気持ち悪い人形を調べてみましょう」
ミナの言葉に助手席のルルは無言で首肯した。
「しっかしグレムリンねーあたいが生まれる前の映画のやつしか知らないよ」
「あたしも映画で見たっきりですねえ……」
魔法少女たちはそう言って嘆息する。
件の映画は既に40年近くも昔の映画であるため、ミナは見た覚えがなく、岬でさえも子供の時に地上波で見た覚えが少しある程度の話だ。
「ま、その映画のグレムリンみたいに可愛いやつじゃあないけどね、あっちの世界のグレムリンは」
モグ○イなどという前駆形態もないし、当然のように完全に人類の敵である。
グレムリンを始めとする小悪魔に分類されるものは洞窟や草原などに突然現れ繁殖し、祈りある者たちへの被害をもたらす面倒な魔物だ。
多くが飛行能力と固有の武器を持つため、ゴブリンやコボルトと比べて増えないが、増え始めると小鬼や犬鬼よりも厄介な存在。
加えて雷の魔法を多少操る個体が多い。
そのため駆け出しの冒険者には大変な強敵である。
それがグレムリンというものであった。
「そりゃ私達には大した敵じゃないけどね、何度も言うけど現代文明の敵とも言える能力が今回判明したからね……」
ミナはハンドルを切りながら二人にそう言って、運転に集中して―――
ふと見れば毛玉を、そうあの毛玉を持った女性がフラフラと歩いていくのが見えた。
場所は……オークキングを斃したあたり。
一面田んぼしかないエリアであった。
「ちょっと止めるわ!」「な、何があったのです!?」
答えを待たずにブレーキを踏んで車を止めたミナは、そのまま車から飛び出して、こちらに気づこうともせずにフラフラと歩いている女性へと近づいていく。
「ちょ、なにがあったんだよミナねーちゃん!」
恋の声が後ろから聞こえるが、後で説明するとして無視してその女性の肩を掴む。
すると―――
「……なぁん、です、かぁぁ……?」
幽鬼のようなやつれた顔の女が振り向いた。
眼窩は落ち窪んだように真っ黒な隈で覆われ、痩けた頬はまるで本当にレブナントかゾンビなのではないかと疑うような顔色だ。
「……だいぶお疲れのご様子。今にも倒れそうなので声を掛けました。大丈夫ですか?」
まだ瞳が正気を映していることを精霊の動きから悟ったミナは、穏やかにそう言って顔をじっと見る。
「ああ、ああ、ええと、その、疲れてることは確かですけど、なんですあなた……」
しどろもどろな受け答えをする女は、その後ろ手に毛玉人形―――美本という男が持っていたものと同じ―――を隠して、明らかに挙動不審な態度を取り続けた。
「大丈夫ですか?今にも倒れそうですし、救急車呼びましょうか?」
ミナがそう聞いていると、仲間たちがこちらへと来て「どうですか?」とルルが聞いてくる。
「ちょっとまずそうね、これ……」
ミナがそう言って、一瞬振り返った瞬間に女はミナから離れようと身じろぎをしたが……
さっきから掴まれている肩は万力で掴まれているかのようにビクともしない。
当然である。
ミナの膂力は、かつてこのあたりで彼女に討伐されたオークキングの何倍もあるのだ。
その力に掴まれていることで―――しかも殆ど力を入れられていることすらわからないのに身体が動かないという恐怖体験を受けて、女は「ヒッ」と小さく悲鳴を上げて……そして。
「よ。よ、余計なお世話、です……お願いですから……邪魔しないで……!」
ミナに毛玉人形を向けて来た。
瞬間、毛玉人形の口から……否、口そのものが飛び出してくる!
肉でつながったそれがミナの身体を食いちぎろうと殺到して……
バギンッとなにか壁にでもぶつかったような音を立てて停止した。
そう、ブラックリボンによる物理的な防御付与の効果だ。
鉄の全身鎧に匹敵する防御効果を与えるそれは、人形の口をミナの薄皮一枚傷つけることはできない。
もちろん鉄の鎧を壊すほどの攻撃……例えば竜の爪だったり、ドラゴンブレスだったり……そういった強力な攻撃を受ければ破られる障壁に過ぎないが。
「ひぃっ!?な、なんなんですかなんな―――」
瞬間、「スリープクラウド」とルルが呪文を唱え、バフン、と音がしそうな具合に女の顔に靄がかかる。
すぐにも女の力は削がれ、そのまま地面に倒れ伏して……くうくうと寝息を立て始めた。
「これは一体どういうことなのです?」
岬はそこまで言って「あ……」とビチビチと口を飛び出させてのたうつ毛玉人形を見た。
「どういうこともこういうことなのだわ」
ミナの言葉に「……研究所、戻りましょうです」と岬は諦め気味に言ったのだった。
どんな日常回が読みたいですか?
-
メインキャラのエピソード
-
サブキャラのエピソード
-
敵キャラについての深掘り
-
その他(活動報告にコメントお願いします)