異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第19話「搭乗せよ!」

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バイト先のコンビニのバックヤードで二人は崎見老人に詳しい話を聞いた。

 

ルルはメガネをくい、と上げて一つ唸ると、「間違いありませんね」と念を押した。

 

「ええ、間違いありませんよ。あれは間違いなく若い頃の母の姿だった。髪は亡くなった頃と同じように白かったですけどね」

 

崎見老人は無表情でそう答える。

 

母の姿をした何者かが自分に危害を加えたことが相当堪えているようだ。

 

「だとすれば間違いありません。それは貴方の母が残した『呪い』です。しかし、それだけではありません」

 

ルルはコーヒーを一口含む。

 

そうしてミナに顔を向けると、コクリ、と頷いた。

 

「―――これは私のせいかもしれません。私は、前に言った通りかつてこの世界で生まれ、死に、そして異世界グリッチ・エッグで再誕したものです。そしてこの騒動はおそらく、かつての私をあの世界に転生させた邪悪な神ドミネーターの意志が働いているのでしょう」

 

ミナはギリ、と奥歯を噛み締めた後、一気にそう言った。

 

「邪神、ですか……」

 

「はい。あの者はあちらの世界で何かを起こそうとしていました。そのために私を転生させたようなのですが、それらは全て私とルル、そして多くの仲間達によって防がれています。しかし、それは私が転生して200年以上後のこと。この世界は……私が一度死んだ時点の世界なのです。もしかすると邪神の意志がまだ多くこの世界に残っているのかも知れない……」

 

悔しげに、苦しげに、ミナはそう言って俯いた。

 

それを見た崎見老人はニコリと笑う。

 

「貴方がたが悪いわけでも、私や私の母が悪いわけでもない。ただただ死者の怨念、それも私たちとは関係のない誰かの仕業だとするなら、安心できます。出来れば証明してほしいですけどね」

 

そうしてハーブの煙草に彼は火をつけた。

 

すぅ、と紫煙を吸い落ち着いて崎見老人は瞳をミナに向けた。

 

「大丈夫です。見届けさせていただきますとも」

 

ミナはその言葉に顔を明るくして、彼の手を握った。

 

「ありがとうございます!ご迷惑をおかけしてすいません!」

 

「こちらこそ……」

 

その握られた手にルルも手を添えて、「頑張りましょう」と声をかけた。

 

そうしてミナはバックヤードに仮眠用の布団を敷いて、崎見老人に休息を取ってもらうことにする。

 

夜明けは近い。

 

それまでに最低限の調査はしなければならなかった。

 

 

 

ミナがガーゴイルで、半グレのリーダーが変じたオークキングを屠った場所へ急行すると、案の定であった。

 

そこには濃厚な「バグ」の気配が薄れつつも残っている。

 

オークキングを倒した時にはわからなかったから、それ以降に現れたものなのは確実だった。

 

そして夢の中の景色を思い出せば見渡す山や地平の様子が記憶にある。

 

間違いなく崎見老人の母・千代が泣き崩れ、自裁を決意した場所だった。

 

「ぬぬぬぬ……つまり、エニヴァの黒筆が原因?いや、それだけじゃないとは思うけど、今はわからないか……」

 

ミナはその場所に水と塩を撒くと、リムーブカースとピュリフィケーションの魔法を唱える。

 

そうして辺りからバグの気配が消えたことを確認すると、ガーゴイルに乗ってコンビニへ戻った。

 

時間はまだ朝の四時だ。

 

「……よし、戻ってきたか。戻れ、人形」

 

戻ってくるミナとガーゴイルの気配を感じたルルがそういうと、隣でおでんの汁を継ぎ足していたミナのオートマタは動きを止める。

 

その手から業務用おでん出汁パックが滑り落ちようとしたが、ルルが「おっと」と手を出して受け止めた。

 

おでん出汁の継ぎ足しを自分で終えると、彼は無限のバッグをミナの人形にかぶせる。

 

するとバッグの中に人形は吸い込まれて消えていった。

 

と、同時にミナが店に入ってくる。

 

「おかえりなさい。どうでしたか」

 

「ドンピシャ。でも、あそこだけが問題じゃないと思う。濃かったけども薄れつつあったから」

 

ミナがそういうと、ルルは言う。

 

「アンズの木のほうも特には問題ありませんでしたし、やはりあの残骸が原因ということになるでしょうか。バグの気配がしなかったのも怪しいですし」

 

「そうね。バイト終わったら、崎見さんの家に行って、あの残骸を外に出して調べてみましょう」

 

「そうですね」

 

二人は顔を見合わせると、なにか嫌な予感がしてハァ、と溜息をつくのだった。

 

 

 

それから30分ほどして、引き継ぎのバイトさんが来る前に崎見老人には裏口から外に出てもらい、引き継ぎの人に気づかれることなく無事バイトは終了した。

 

防犯カメラの映像はどこまでごまかせているか。

 

ごまかせていなくともルルとミナが二人に分裂したりする映像など怪奇映像でしかないので、あの丸顔の店長さえごまかせればいいとルルは高をくくっていた。

 

そして実際にそれは、映像を確認した店長が青い顔をして二人に何かを聞こうとし、しかし聞けずに口をつぐませただけで終わるのだが……後日の余談である。

 

―――午前七時半。

 

再びの崎見邸で朝食を厨房を借りたミナが作っている。

 

水門家の朝食を作り終えてから、ガーゴイルで飛んできたのだ。

 

ここまでの経緯を説明して茜に頭を下げたミナに、茜は「いつもこういうふうにちゃんと報告してね。心配するから」と普段吸わないタバコを一本吸ってから笑った。

 

崎見老人からもらったハーブのタバコだった。

 

母とはいずれもっとちゃんと話をしなければいけない、とミナは思う。

 

三郎である自分としても、ミナとしても。

 

そうして簡単な朝食を終えると、ミナが庭にブルーシートを敷き、ルルがその上に戦車の残骸を引っ張り出した。

 

その姿はボロボロで、ミナが最初にジャングルのダンジョンで見たものと同じ状態をしている。

 

「……これが父が乗っていたのと同じ車両……」

 

錆びついた車体の表面に崎見老人が指を這わす。

 

ミナはそれを見て、無限のバッグから調和神の聖杖を取り出して言った。

 

「もしかすると、本当にお父様が乗っていたものかも知れません。それをこれから確かめようと……」

 

その時、ドン、と音がして何かが爆ぜた。

 

『―――ヨクモ』

 

声の方向を向けば、そこには白い髪に杏色の着物を着た―――黒い肌で耳の長い―――若い女が立っていた。

 

「……かあ、さん?その、肌は……?」

 

『ヨクモ ヨクモ ヨクモ』

 

くぐもった声がその白い唇から漏れた。

 

瞳には恨みと、怒りと、憎しみだけが渦を巻いている。

 

『ヨクモ ジャマヲ シタナ。ワタシ ハ ワガコ ト ヒガン ヘ ユクノダ』

 

「う……!」

 

ゴウ、と言霊が呪いそのものとなったかのような圧力を感じて崎見老人は後ずさる。

 

しかしミナとルルはたじろがない。

 

ふたりともそれぞれの信仰する神の加護を持つ聖なる/邪悪なる杖を手にして身構えを解かない。

 

「ダークエルフの黒い肌は、バグに侵された歪みの証。死したる時に魂は解き放たれ森に還るが、歪みは邪神に囚われ呪いとなって世に残る」

 

「だけど、貴方のそれは邪悪な呪いではなかった。正当な悲しみに満ちた帰還の願い―――そんなにグリッチ・エッグに帰りたい?それともあの世に行きたいのかしら?」

 

ミナが杖を向けて女に向ける。

 

「でも世界を超えるのは神様の力でなければ無理よ。この地を守る御方にはもはやそのような力はないようだし、諦めて―――」

 

『イヤダ!』

 

圧力が強くなる。女の目は裂けるほどに見開かれ、ぐるぐる、ぐるぐると渦巻いている。

 

『イヤダ イヤダ イヤダ!アノヒト ノ イル ヒガン ヘ!カエルノダ!!』

 

女の姿が溶ける。溶けて。

 

「ルル!無限のバッグにそれを―――」「駄目です、早い!」

 

二人が叫ぶが早いか、女の姿は溶けて消えて、残骸に乗り移る。

 

「世界を調律する我等が祭神よ!」

 

『ウルサァイ!!』

 

残骸は瞬時に九七式中戦車としての姿を取り戻すと、その一式四十七粍戦車砲を”立て続けに2発”発射した。

 

それはミナとルルの体に直撃する、いや、したかに見えた。

 

しかし、ミナの手には小盾……矢避けの魔法を付与されたスモールシールドが構えられていて、その砲弾は明後日の方向へと飛び去り、邸宅の外のアスファルトに着弾する。

 

「往生際が悪い!停止と切断を。世界と心に縛られし執着を絶つ力を与え給え。リムーブカース!」

 

呪文が唱えられ、戦車を魔方陣が包む―――が。

 

その時、地面から黒いものが吹き出した。

 

「―――バグの渦!?なんでこんなところに!」

 

ミナの驚愕も一瞬、呪いの女の声が響いた。

 

『ハハハ!ハハハ!ハハハハハッ!イイ キブン ダ!』

 

戦車は黒く染まり、そのまま走り出す。

 

崎見老人をルルが脇に抱えて飛ぶとほぼ同時に戦車は門に衝突し、そのまま門を崩して外へ出ていく。

 

「あああああ!逃した!」

 

「……追いましょうか」

 

「当たり前でしょ!!崎見さん、大丈夫ですか!」

 

ミナの確認に老人は「あ、ああ」と力なく答える。

 

その言葉に安堵したミナは呪文を唱えようとして、唱えようとして。

 

後ろに―――気配を感じた。

 

「なんでこう……なんでこう、私の常識外のことが起きるのだろう……」

 

ルルに降ろされ、大地に両足で立った老人は、ミナが気配を感じた場所へ視線を向けている。

 

向けられた視線の先にいたものは―――

 

カーキ色の軍服を着た一人の男。

 

青白い男ではなく、その表情ははっきりと見える。

 

ただ、その姿は半透明で―――その顔は。

 

「父さん―――でいいのかな?はじめまして」

 

崎見老人の面影を持つ、すなわち―――

 

『はじめまして、息子よ―――崎見剛少尉である。妻の片割れを連れ戻したい。異国の人よ、どうか協力を仰ぎたい』

 

崎見老人の父―――崎見剛の姿をしていた。

 

 

 

「つまり、あなたは私のチハたん……九七式中戦車にずっといたってことなんですね、崎見少尉」

 

『そういうことだ。意識は今の今まであいまいなままだったがね。もししっかりとしていれば君が気づいただろう?』

 

崎見老人とよく似た落ち着いた声で青年は語る。

 

曰く、彼はミナの戦車にずっといた霊であること。

 

そして、この世界に帰ってきていずれ成仏するはずがこのようなことになってしまったこと。

 

彼を彼岸へ連れ帰るために、妻の霊が来たこと。

 

それがオークキングが死んだことによるバグの拡散で、あのように呪いを成したことを伝えてきた。

 

『アレが小官のいる場所に帰る、と言ったようなことを言っていただろう?』

 

「バグによって行き場なく地に残された呪いが、奥さんの魂が来たせいで活性化したのね。そして、あなたが私とともに帰ってきたのを知らないでグリッチ・エッグに行きたがっている……」

 

『妻の片割れを止めなければ。力を貸してほしい。新造、お前にもだ』

 

ミナが唸り始めたのを見て、崎見少尉はこちらに手を伸ばしてくる。

 

「……どうすればいい、父さん?」

 

『アレは戦車だ。戦車は戦車で止めねばなるまいよ。そして俺が乗っていた戦車は4人いねば十全に動かんのだ』

 

ミナは崎見親子の会話に一つ気づく。

 

呪いは解呪の魔法リムーブカースで解くほか、それぞれに決められた方法を用いて解くことができる。

 

あのクォーター・ダークエルフの遺した呪いで具現化したのが、愛する夫が乗っていた戦車だとすれば。

 

「……あの、一つ確認しますけどいいですか?」

 

『うむ』

 

「あなたは戦車戦で亡くなったのですね?野砲とか臼砲とかロケット弾とかそういうのじゃなく」

 

『そうだ』

 

ミナの質問に崎見少尉は頷く。

 

つまり、あの戦車の呪いを解くには……

 

「戦車砲でぶっ飛ばすしかない……」

 

「でも砲弾はどうするんです?例の件で複製されたのは、ミナさんが全部処分したじゃないですか」

 

ルルがジト目でミナを見ると、ミナは無限のバッグに手を突っ込んだ。

 

そしてこれ以上ないドヤ顔で円錐形の物体を一つ取り出した。

 

『それは……キュウナナの徹甲弾だな?』

 

「Exactly(そのとおりでございます)!!あの糞野郎から一発だけガメといたのよっ!」

 

ニヤリと笑う幽霊にミナはガッツポーズを取ってそう言った。

 

『よろしい。アレの向かう先はわかっている。俺と妻の思い出の場所だ』

 

軍帽を目深にして視線を隠す崎見少尉に、ミナは「駅前……科戸駅前の杏の木が生えていた場所ですね!」と答えた。

 

『全くそのとおりだ。車長と装填手は妖精殿に頼む。俺は砲撃手だ。そして、新造、お前は通信手を。不死者殿はいつもどおり運転手を頼む』

 

崎見少尉が頭を下げるとほぼ同時にミナがバッグから九七式中戦車を取り出す。

 

呪いの戦車の暴走でぐちゃぐちゃになったブルーシートの上にそれが展開されると、崎見少尉は軍人というよりは闘争者というべき獰猛な形相を口端に浮かべた。

 

それを見た崎見老人は―――まるで少年のように不安げな表情で声を出した。

 

「……父さん」

 

『新造、言いたいことは後だ。男はやるべき時とやるべきコトを違えてはならん。それは軍人であれ、純喫茶の店主であれ変わらんぞ』

 

崎見老人と崎見少尉はそう言葉をかわして、ミナを見た。

 

ミナはニッと笑い、そして全員の顔を見て叫んだ。

 

「搭乗せよ!目標、呪いの九七式中戦車!」

 

ミナは軍人の所作はわからない。

 

故に、彼女が彼であった頃に好きだった5人組で敵と戦う特撮番組の4作目のリーダーを真似てそう叫んだ。

 

逃がすわけには行かない。

 

二両の戦車の追跡劇が始まった。

 

 

 

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