異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第196話『うなー……うなぁ……うーなぁ』

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午来やクロキがとっ捕まっていた空間を抜け、更に地下へと降りていくと、段々と壁の様子が変わってきた。

 

土だけではなく石や水、火の精霊までもが活性化し始め、それに合わせて地面も舗装された石畳に変わっている。

 

壁は依然として土壁だが、漆喰で塗り固められている場所も増えてきた。

 

魔物たちはめっきり姿を減らし、不気味な小さなか細い声だけが響いてくる。

 

「……なんて言ってるんですか、これは……不気味なのです」

 

白痴の王を慰める叫びまわるもののフルートの音のごとく、或いはしつこく耳から消えてくれない耳鳴りのように。

 

か細く小さく聞こえてくる声だ。

 

それは強い魔力を持っているものにしか感知できないらしく、岬が廻や夕に聞いてみても首を振るばかりだ。

 

「精霊の声……それもかなり強い声だと思うけど、私にもルルにも内容は全然理解できないわ」

 

強い声でも、何かが邪魔しているのか、音として耳朶に届く頃には小さくなりすぎているのだ。

 

「うーん……」

 

そうして唸っているうちに、広間へと到着する。

 

そこには……地獄絵図とまでは行かないが、たいへんおいたわしい光景が広がっていたのだった。

 

見れば、疲れ切った人間がそこかしこにうずくまるように横たわっている。

 

その顔は皆一様に青ざめている。

 

「生命活動が制限されているようですね。寝ているのではなく、精霊力や生命力を回復していく分と同じ程度抜き取られていっているようです」

 

ルルがそうして青ざめた女の額に手を当てながら、「しかし生命力が弱っていっているわけでもない。一種の仮死状態ですかね、これは」と続けた。

 

「ヤバイじゃないか。いくらなんでもこんなところでこんな格好で寝てたら、そのうち死にかねん」

 

全員がほぼ例外なく、着の身着のままといった風情であり、中にはどこぞの飲食店の制服やエプロンを身に着けたままのものも居る。

 

その光景に『後で考えるべきだ』と言ったのは廻であった。

 

『元凶なるものをどうにかすれば、この状況も改善されるだろう。ならば……』

 

そこまで言った時、廻のセンサーに高速で接近する物体が検知された。

 

検知したのは夕も同じようで、二人はとっさに戦闘態勢を取り、廻は脚部噴進弾、夕は噴進魚雷を発射した。

 

だが。

 

『弾体、消失……!』

 

「この気配……!ふたりとも、私の後ろに!!」

 

ミナが前に出て、呪文を唱え始める―――それはホーリー・ウォールの詠唱であった。

 

「世界を調律する我らが祭神よ!大いなる流転に生まれし渦を我らが鎧として与え給え!調和とは即ち世界なり!ホーリー・ウォール!」

 

ミナの前に強力な魔法障壁が張られ、それはほとんどの魔法を弾く守護の盾となる。

 

瞬間、飛んできたのは尖った……全長2m、直径は50cmほどもある土のような何かで出来た杭であった。

 

やはり魔法で出来たものなのであろう、バギンッと砕ける音がしてホーリー・ウォールに衝突して消滅する。

 

『これは……やはり不規則性流体の影響を受けているな。』

 

夕がわずかに残った土塊を見てそう言うと、ミナは「気をつけて!岬はレインボーフラワーの準備!」と叫んだ。

 

「はいなのです!」

 

岬が杖を構え、魔力を集めだすと……

 

『うーなー……うなぁ?うなー???』

 

その杭を放ったと思われるものが、闇の中から染み出すように現れたのだ。

 

「……猫女、か?」

 

空悟が一〇〇式機関短銃を、現れたその土色の猫女に向けて独り言つ。

 

「そうだな……猫女に見えるな……だが、あれは違う、違うぜ」

 

ミナはそうしてホーリー・ウォールを唱えるために出していた聖杖をしまい、今度は客人碎を手に取った。

 

『君がそれを持ち出すということは……』

 

廻が額に全エネルギーを集中させながら聞く。

 

ミナは「考えたくはなかったけどもね……アレは間違いなく魔精霊。絶対に油断はしないで。空悟は竜の兜、絶対外すなよ」と強く言って、女を見た。

 

「……なんて格好になってんすか、バハムート様」

 

ミナは冷や汗を流しながらそう問うと、『うなー』と土の女はめんどくささを隠そうともしない表情で口をパカンと開けたのであった。

 

 

 

「それ」は対するものがミナであることを認めた途端に、ありとあらゆるやる気を無くしたかのようにペタンと地面に座って、『うなーご』と本物の猫のように喉を鳴らした。

 

「……ミナちゃん、これは……」

 

岬が杖を下ろし、ミナを見て指を「それ」に向ける。

 

「……土の大精霊、大地の上位精霊バハムート……よ。多分。いや、私が契約してる上位精霊の一人だから、間違いないわ」

 

『因みに我は契約しておらぬ。我、風と火だけ。普通はそんなもんなんじゃがの』

 

ミナはカレーナの言葉を聞き流して盛大に溜息をついた。

 

『うな?』

 

「……たしかに魔精霊にはなってるわね。間違いなく。でも、なんでこんな格好に……?」

 

ミナがゆっくりと毛づくろいをしている推定バハムートのようななにかに近づいていく。

 

すると……

 

『うな!』と爪をミナへと向けてきた。

 

そしてふるふると首を振って、こっちに来るなと言わんばかりである。

 

「……この先になにかあるのかね」

 

空悟がそっと近寄っていくと、同じように爪を向けられるが、本気で攻撃するつもりはないようであった。

 

「うーん……なんだろ」

 

『それはともかく毛玉の反応が近くから出た。警戒しろ』

 

夕がそう言って腕部機関砲を寝ている男へ向ける。

 

すると、すぐさまに男から―――同じ男が抜け出して、その男はその手に毛玉を。

 

否、捕まえた行方不明者たちが持っていた毛玉人形を持っていた。

 

「!?」

 

「どうやら彼らには……毛玉が埋め込まれているようですね」

 

ルルが瞬時に見抜いて、バハムートっぽいものを見た。

 

「あなたが眠らせていたのは……」

 

『うなぁ……うな』

 

ルルの質問にバハムートはコクコクと頭を縦に振って肯んずる。

 

「……どうやら彼女……彼女?がここに居る者たちを保護していたようですね……犯人は別にいるのか」

 

ルルはそうして、杖を男に向ける。

 

「ということは、あの捕まえた男女はあの改の会のゴーレムもどきやクロキとかいう魔法少女と同じく分身体というわけだ。それも僕もミナさんも、廻さんや夕さんも気づくことが出来ないほど精巧な」

 

ルルはそうして「殺すつもり」でその分身体にエネルギーボルトを放った。

 

「あっ」

 

ミナの驚きが早いか、ジュッ、と音がして男だったものはドロドロに溶けて土塊となり、そして毛玉はルルに向けて―――

 

『キシャァァァァァ!!』と奇声を上げて襲いかかってきた。

 

「鬱陶しい」

 

ルルは一言そう言って、杖で毛玉を殴り飛ばし、殴り飛ばされた毛玉は壁にぶつかって血と毛の塊となって息絶えた。

 

そうして元の男を観察する。

 

「……ミナさん」「わかってる。生命力が著しく減退しているわ……なるほどね。放っておくとそうなるからか」

 

『うな!』

 

猫少女はまたこくこくと頷く。

 

「……つまりなのです。生命力を回復させてしまうとこの人達が毛玉人形と傀儡みたいな分身体を産んでしまうので、それで生命力とか精霊力とかをあなたが吸っていた、ってことなんです?」

 

岬がその猫少女に聞くと、彼女は無言で首を縦にブンブンと何度も振った。

 

「……バハムート様。なにがあったんですか……って話せないのか……なるほど話せない、か」

 

「だからあのような形で暗号を送ってきたのですね」

 

ルルとミナ、岬は納得して腕を組み、空悟はそれを続けて「なるほど。あの暴れてた女が捕まってなかったのはあんたの差し金だったからか」と納得した。

 

『……なるほど。得心した。つまり、貴様らが捕まえたあの連中も……』

 

夕がそこまで言った時、ミナが「不味いわね。だとすると……」とつぶやく。

 

研究所の牢に入れた人間たちは、厳密には人間ではなかったのだ。

 

だとするなら……

 

そこまでミナが考えた時、廻が口を開いた。

 

『待て……通信だ。薺川博士からだ。牢の中の人間たちが暴れだしたゆえ、入り口をベトンで塞いだとのことだ。空気穴は念の為残したとのことだが……』

 

廻の言葉にミナは「とりあえずは……ってところですね。早くクリアして戻らないと。ルル、毛玉の摘出はできそう?」と聞く。

 

ルルはその言葉に「ええ。単純にえぐり出して回復魔法をかければいいだけです」と答えた。

 

そして……ふとバハムートを見ると、毛づくろいをしていて……その髪から毛玉がこぼれ落ちるのが見えた。

 

『うなー……うなぁ!』

 

猫少女はその毛玉を捕まえようとして、しかしそれはどこかへと走り去っていってしまう。

 

「……そんでもって毛玉の出どころはバハムート様なのね……で、それを加工して人に埋め込んでいる誰かが居るってわけ」

 

『うなーご……うな、うなーぁ、なぁ』

 

「うーん……最初は鬱陶しいなと思って放置したけど?なんか自分が寝かせてた人たちに?潜り込んでるってわかって?分身も作られちゃうから、見つけ次第潰そうとしてるんだけど逃げられちゃうですか……?」

 

岬が身振り手振りをしながらうなうなと鳴く地龍とは思えぬほど可愛らしい姿の猫少女にそう聞くと、『うななな!』と何度も頷く。

 

「……すごいわね、岬。私、全くわからなかったわ」

 

「えへへーなんとなくなのです」

 

やはり彼女には精霊使いとしての才能があるのかも知れない、とミナは思って……

 

そしてバハムートをしっかと両の眼を以て見た。

 

「バハムート様。あなたは今、魔精霊になっているのでしょう。なぜ理性を保っていられるのです?」

 

ミナが聞くと困ったように『うなー』と鳴いて、懐……いや、体内からなにか欠片のようなものを取り出して岬に見せた。

 

「……これは、プラスチック……ですね」

 

受け取った岬がしげしげとそれを見ると、白いプラスチックの玉であった。

 

「……プラスチック。石油。黒い水……ははぁ、なるほどなるほど。であれば納得です」

 

ルルはそうして笑ってミナを見た。

 

「なるほどね。石油、臭水はグリッチ・エッグでは大地と火の精霊力が地下水を変異させて吹き出るものと考えられているの。プラスチックはそれを加工したものだから、その力で精霊力を増幅して意識を失うことに耐えていたのですね」

 

猫のバハムートを見据えてそう聞くと、彼女は我が意を得たりとばかり『うな!』と手を挙げる。

 

そうして意識を保っていても、なおまだ変質から逃れられなかったのは……

 

「プラスチックが出てきたのはこの百年ほどで、それまでは地震を起こさないように自分を抑えるだけで精一杯だったそうなのです」

 

岬が彼女の言葉を代弁すると、ミナが「あー……」とプラスチックの歴史を思い出して嘆息する。

 

世界最初のプラスチックと言われる塩化ビニール、ポリ塩化ビニールの生成がなされたのは1839年。

 

現代から見てわずか180年ほど前のことで、それが産業として成立したのは150年ほど前のセルロイドの実用化からである。

 

更に言えば日本でプラスチックが大々的に使われるようになるのは第二次大戦後のこと。

 

それまでの何百年かは理性を失わないように耐えていたのであろうことを考えると……

 

『ノトスに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいのう』

 

ミナの腰に佩かれたカレーナが、あのロリコンめ、とばかりにケラケラと笑い出した。

 

「ばーちゃんさぁ……もうちょっと手心ってものをさぁ……」

 

ミナはそう言いながら、地龍バハムートの精神力の強さに感嘆していた。

 

「さて、じゃあどうしたらバハムート様を元の姿に戻し、この事件を解決できるか、ね……」

 

ミナはそうして闇の奥を見据える。

 

『うなー……うなぁ……うーなぁ』

 

するとバハムートは首を横に振って、奥には行かないようにミナたちの前に立ちふさがる。

 

「奥には……この人たちをこんな目に合わせている元凶がいるようなのです。でも、今は『倒せない』って言ってるのです」

 

「……今は倒せない、か……ギミックを解除しないといけない系統ってことかしら」

 

ミナは腕を組んで、うーん、と唸る。

 

「兎にも角にもなんとか解決しないと。あのグレムリン製造マシンを街に解き放ったら最悪文明が崩壊するんですよ、バハムート様」

 

その言葉に、しかしバハムートは首をまた横に振る。

 

「通してください。行かなければ、たくさんの人が死ぬかもしれないのです」

 

ミナが恭しく跪いて少女に懇願すると、地龍であった猫は『うな……』と困ってしまった。

 

そうして腕を組み、しばらくの間考え込んで……

 

『うな!』と左の手のひらにポンと右の握りこぶしを落として岬を見た。

 

『うな!うなうなーなーご!』

 

「えーと……あなたに勝ったら通してもらえるのですか?」

 

―――魔精霊如きを乗り越えられないのであれば、この先にいる闇に勝つことはできぬ。

 

彼女の眼が強くそう言っていた。

 

『うな』

 

「巨人と少女から力を奪って誰かに嫌がらせをしている奴が奥にいる、ですって」

 

岬が通訳した言葉に、ミナは「わかりました―――では」と微笑んで、客人碎を左前に構える。

 

『戦闘開始……でいいな?』

 

「ええ。始めましょう。精霊の試練よ……相手は魔精霊だけどね!」

 

夕にそう答えたミナがバハムートを見ると、バハムートは今は可愛らしく変化している手を掲げて『ふるるるるる』と喉を鳴らし始めた。

 

すると、寝ている人間から分身が生み出されても外へ出ていけないよう部屋の入口が土によって塞がれていく。

 

「い、いざ決戦の舞台へ、だそうですよ!?」

 

岬がそう言うと同時に六人の冒険者と一人の精霊の立つ部分が地下へと向けて落ち込んでいく。

 

「これ大丈夫か?」

 

「でーじょぶだ。上で寝てる連中を巻き込まないためだろ」

 

空悟にそう返し、ミナはその落ちていく地面が広がっていくのを感じていた。

 

「ここは地の底に作られた異空間……私がバハムートの試練を受けた時に来たのとほぼ同じ……ただ、だいぶ暗いけどね!」

 

闇に染まった大地の底が決戦の舞台。

 

見れば猫少女は喉を鳴らし、体を震わせて巨大化していく。

 

「……地に棲む獣、ベヒモスかぁ」

 

空悟がそう言って、「流石にメテオはかましてこねえよな?バハムートだしメガフレアも」と超有名RPGに準えたことを抜かしてニッと笑った。

 

「さーな。残念ながら月のカーテンもリフ○クもねーぞ」

 

ミナが笑い、それにつられて夕以外は皆笑顔を浮かべて……

 

『来るぞ!』

 

戦いの号砲を上げたのは夕であった。

 

 

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