異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第198話 「……余力を残しておく余裕がねえか」

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『ぐ、ぎぐるるるるうぅ……』

 

確かに傷ついてはいるものの、倒れるほどではない。

 

『ほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』

 

仲間たちの誰もが反応するより早く、ダメージを負ったベヒモスは咆哮を上げて―――その変形した後ろ足を地面に叩きつけた。

 

「やべ……っ!!」

 

ミナが焦るのも当然だ。

 

次の瞬間に起きたのは―――ゴゴゴゴゴと地面を揺らす後ろ足。

 

即ち人工ならぬ魔工の地震が起きたのであった。

 

地割れが地面を覆っていくが―――ミナは落ち着いて精霊語を唱えている。

 

「うわわわわわっ!」

 

「ちっ!岬の浄化魔法でも堪えないなんて、なんてタフネスなのかしら!」

 

転びかけた岬を抱きとめて、そのままグライドとフライトの魔法を発動して空中へ飛び上がったミナはそう言って、エネルギーボルトを一つ飛ばす。

 

それは焼け石に水というのが正しいか、ベヒモスの爪の一撃で吹き散らされるが……しかし、一つだけ気づくべきことがあった。

 

「よし!精霊力が落ちてる!空悟、よくやった!」

 

廻に抱えられて宙へと浮いている空悟が「そりゃどーも」とそっけなく返した。

 

「アースクエイクをここまで限定的な空間で使用して、なお余力があるとは……少し侮っていたようですね」

 

ルルがそう言って、前のバハムートの試練とは一味違うことに闘志を燃やす。

 

前にバハムートの試練へ訪ったのはもう100年以上前のことだ。

 

そう、以前岬たちに話したラディとともに行った鉱山を火山の力で焼き尽くした事件よりも更に前のことである。

 

もし行っていなければ、テムダルト鉱山を攻略するにはそれなりの苦労が必要だったことだろう。

 

随分と懐かしい話だな、と思いつつミナは―――遂に黄昏の剣を取り出した。

 

「ブースターになるアイテムが何もかも無い中で、あなたに対抗するにはこれしかないわ……!消滅しても、恨み言は言わないでよね!」

 

夕闇色の剣は未だ魔力が通ってはおらず、邪神を斃した時の闇色の蒼は刀身に浮かんではいない。

 

だが、その切っ先に触れればどうなるか、ベヒモスはわかっているのだろう。

 

傷だらけ、それも精霊力を特性の鉛玉によって消費したがゆえに消耗した故に精彩を欠いている。

 

だが―――アースクエイクの効果は地震そのものだけでは収まらない。

 

「廻さん、夕ちゃん!電磁防壁は張ったままで!」

 

ミナが叫んで岬を廻に渡すと、機械人形二人は首肯して空悟と岬を抱えたまま。

 

『電磁防壁』『最大展開』

 

そうつぶやくように言って、空気との反応でバチバチと音と煙を立てる電磁防壁を再展開した。

 

「ルル!いいわね!」「わかっておりますとも」

 

そうして剣をミナとルルは二人で持つ。

 

ミナは左手にはカレーナの剣を持って、ルルも杖から手を離してはいない。

 

ミナは右手で、ルルは左手で黄昏の剣を持つ。

 

黄昏の剣―――のもととなった王の剣は、当時のハイエルフたちの髪の毛を素材とする剣である。

 

即ち、それは精霊力を増幅する宝具でもあり、強大な精霊術を行使するための媒介なのだ。

 

「岬、空悟。地震の後に来るっつったら何だと思う?」

 

ミナが聞く。

 

「……津波と、後は火事だな」「なのです」

 

空悟が答え、岬が首肯する。

 

そう、それは―――

 

火炎旋風と津波が空間の端から迫りつつあったのであった。

 

「こ、これは……」

 

「魔精霊になって手に入れた力でしょう!火と水の精霊でもあるのよ、今のバハムート様は!」

 

ミナはそうして精霊語をルルとともに唱えだす。

 

それは―――海の大精霊、原初の実りなき海への祝詞である。

 

「「大洋であるものよ!原初の海たる王ポントスよ!その生命なき海より我にすべてを飲み込む最初の海原を示し給え!!」」

 

即ちタイダルウェイブ。

 

何もかもを飲み込む津波の魔法である。

 

海とは命の中にすらある原初の存在の一つである。

 

それは即ち命を発動体にすることの出来る精霊術でもあるのだ。

 

『がぁぁぁ!』

 

獣は叫ぶ。

 

彼女が何を呼び出したのかを知って、嬉しがるように、悔しがるように、苛立つように、楽しむように。

 

火炎旋風と津波が迫る―――そして呪文は完成した。

 

巨大なる水玉がミナとルルの上に現れる。

 

「「大海嘯よ!獣たるレヴァイアサンが如くに我が敵を飲み干し給え!!」」

 

二つの声が一つになって、水玉が弾けるとそれは巨大な津波となって、地震が起こした火炎旋風と洪水を押し流して平らかにしていった。

 

『がぁぁぁははははぁぁっ!!』

 

獣はその津波に押し流されずに2本の後ろ足で地面に屹立し、勇者たちもまた同じく地割れすら飲み込んだ津波が去った大地に降り立った。

 

「ちっ……大海嘯でも全然堪えてねえでやんの」

 

「やっぱお前のその剣使うしかないんじゃねえか?」

 

廻から離してもらって、再び今津鏡を構えた空悟がそう言うと「余力がなくなっからよ……」と答えて少しジト目になる。

 

「……余力を残しておく余裕がねえか」

 

ミナはため息をつく。

 

せめてスターピアスか、もう一つ何かあればよかったのだが、それはないものねだりというものである。

 

獣はすぐさま此方へと迫ってくる。

 

ミナが道野枝兄妹に目配せすると、二人は再びトップスピードで加速してベヒモスへと殴りかかった。

 

夕の前蹴りがベヒモスに炸裂すると、受けようとしたベヒモスの爪が砕けた。

 

『手応え、あり!』

 

『ごぉぉっぁぁぁぁぁっ!!』

 

獣の拳はまだ止まらない。

 

ミナはともかく、廻と夕のダメージはいくらかは蓄積してくるだろう。

 

装甲が削れ、それをルルが後ろからリペアーの魔法で治す。

 

時折、岬と空悟に寄る援護射撃をその身に受けつつも、ベヒモスはまだ意気軒昂である。

 

「……バハムート状態でも強かったのに、更に強いって反則かよ!!」

 

黄昏の剣でベヒモスの尻尾をぶった切りつつミナが吠えるが、『ウガハハハッ』とまた獣と女の声で笑いが響く。

 

嘲笑ではなく、純粋に楽しむ笑いであることが救いであろうか。

 

救われてどうする、とミナは思い直して、全員に号令となる声を上げた。

 

「ルル!あのときと同じよ!全力で黄昏の剣を使うわ!岬!空悟!廻さん、夕ちゃん!チャージ終わるまで全力で足止めして!お願いなのだわ!!」

 

「承知!さぁ、皆さん気合を入れますよ!あの全力は時間がかかりますからね!!」

 

ミナの叫びにルルが呼応する。

 

『時間はどの程度稼げばいい?』

 

拳を組んで落としてくるベヒモスの攻撃を、腕を交差して受け止めながら夕がそう言って、いつもに似合わずニヤリと笑った。

 

『こいつに殴られていると、最初の貴様との戦いを思い出す。さっさと終わらせてくれ』

 

彼女の言葉にミナは「5分―――いえ、3分待って!」と答えて、カレーナの剣と黄昏の剣を翼のように掲げる。

 

それは先の巨人を滅した時と同じ姿勢だ。

 

だが、すぐに呪文の詠唱を始めるわけではなかった。

 

その体の翠の鎧……上古の森人の戦装束が、更に深緑に輝いていく。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」

 

心身を総て剣に集約していく。

 

魔法力も精霊力も生命力も、心も、体も、あらゆるものを剣に集約していく。

 

破邪滅神、それは即ち総ての滅殺。

 

正も悪も無き一切の消滅、焼滅、生滅こそが黄昏の剣に秘められた調和神ディーヴァーガの与えた権能である。

 

勇者の力を吸った時、それは即ち一個の神となる。

 

故、それを持つべきものは命短き種に生まれついたものであるべきなのだ。

 

―――しかし、彼女はそうではない。

 

その体は上古の森人のもの。

 

その魂は地球より来たりし男との混じり物。

 

故、それを持つが故に彼女の体は剣と同一となっていく。

 

深き翠の衣。

 

それがなければ彼女はここまで剣に力を注ぎ込んで無事とは行くまい。

 

勇者の鎧は確実に彼女を守り通すだろう。

 

「だらっしゃあ!!」

 

空悟の抜刀術がベヒモスの腕を縦に二つに割くのが見えた。

 

まだ、まだ魔力を高めるには時間が足りない。

 

ミナの体も心も剣と一つになっていく。

 

それを世界につなぎとめるためのアイテムは、今はない。

 

だが、その代わりに祖母がいる。

 

『難儀よな……これも運命であろうがの。さぁ、我が力を貸してやろう。いや、最初から借りるつもりであったかの?』

 

楽しげな祖母の声が脳髄に響いた。

 

(ありがと、バーチャン。気合い入れて行くわよ)

 

成長した魔王であれ、魔精霊であれ本来は勇者でしか倒せぬ存在である。

 

勇者であるミナだからこそわかること。

 

―――今のベヒモスに認めさせるには、これを見せるしかないのだ。

 

それでいて意識を保ち、命を保ち、彼女を打倒する。

 

それこそが彼女が此方を認める条件なのだろう、とミナは直感していた。

 

(深く、深く、深く、深く潜る)

 

『強く、強く、強く、強く願う』

 

剣は我、我は剣、しかして我と剣は別のもの、剣は我が握るもの。

 

澄んだ気持ちになっていく。

 

自分が小さくなっていくのを感じる。

 

だが、これ以上小さくしてはならない。

 

―――剣が青く染まりだした。

 

さぁ、反撃の時だ。

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