異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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あれから2週間が経った。
上古の森人であるミナにとってはまったく一瞬の間だったが、恐るべき行動力で三郎の母、水門茜はミナとルルの戸籍を用意してしまっていた。
母曰く「出生届を出した」だけらしいのだが、本当にそれで済んだのかは聞くことができないでいる。
かつての自分は病気療養で、母の知り合いの経営するサナトリウムに入所したことになった。
流石に病気療養となったことで、それを聞きつけた退職した会社から何か聞かれたようだが、母は「訴えられないだけありがたいと思え」と電話口で叫んで終わりにしたようだ。
ついでに、もともと日本人の魂を持つミナはともかく、ルルの言葉が当然のように通じていることは謎だったが、それも女神様がなんとかしてくれたのだろうとミナは考えることを諦めていた。
「水門ミナ、20歳と水門ルル、18歳……ね……うーん、私達の実年齢からするとナメてる年齢設定ね!」
「今年で634歳でしたっけ、ミナさん。僕は960…くらいですけど」
「数えるのも馬鹿らしいわね!」
「ふふ、年齢はいいでしょう。只人共の基準ならもう少し若くてもいい。少し面白くなってきました。僕は母という存在を知らない。初めてのことですし、良い経験になりそうです」
居間で長饅頭と緑茶を楽しみながら二人は談笑していた。
長饅頭は神森市の名物で、元は宮崎から伝わったものである。
「それで、まずは何をするんですか?」
冷えた緑茶を飲み干し、ルルは眼鏡を正す。
「そうね。まあまずは仕事を探すところからかな。結局、勤めてた会社から業務内容についての電話もメールも来なかったし……病気療養ったら慌ててカーチャンに電話かけてたみたいだけど……多分人事総務からかなー?」
失敗したとは言え薄情な連中よねー、と長饅頭を頬張って彼女は笑った。
「ま、そんな過ぎたことを気にしても仕方ないのだわ!かつての三郎と今の私は違うのだから」
「なるほど。で、求人誌とやらを御義母様に買ってきていただいた、と」
バサリ、と件の求人誌を座卓の上に広げる。
「そういうこと。ま、最初はコンビニバイトあたりが妥当かなあ……」
「小さな雑貨店を中央の商人が支配し、商品の供給もするという店ですね。なんだか大変そうですけど」
カーチャンから買い与えられたスマートフォンを器用に操作している。
そんなルルにミナは「ま、商売ってのは何やっても大変よね」と答えて笑った。
「ま、それはともかくとして、とりあえず街を散策しましょうか。戸籍もできて、ご近所さんにも挨拶し終わったし、大丈夫でしょ」
ミナはそう言って、傷のある財布を取り出して中身を数え始めた。
「うん、2万入ってるし、だいじょぶだいじょぶ。さすが俺、ちゃんと現金は持ってた」
「紙が貨幣というのも、なかなかおかしな話ですねぇ……」
「これは信用状みたいなものよ。この額面ぶんの価値を国が保証してくれますよーっていうね。兌換紙幣……金貨や銀貨に交換できる紙幣はもうずっと昔に廃れちゃったけど、それでもこれは国の信用と力を示すものよ」
ピラピラと諭吉を振って、ミナは眉をひそめた。
「なるほど……」
眉をひそめたのは、何事かを企んでいる顔でニヤニヤと紙幣を見つめる不死のダークエルフを認めたからである。
このルルは邪悪な暗黒魔道士なのだ。
「あのね。やらかしたらもぐわよ」
「まだ何も言ってないじゃあありませんか」
「やかましい。そういう顔をした!」
ルルの顔を覗き込むように睨んだ少女に、ルルは「信用ないですね?」と微笑む。
するとミナは軽くデコピンをルルに食らわせた。
「何回やらかしたと思ってんのこの下僕!」
「痛いなあ、もう……わかりましたよ。やりません、やりません。ミナさんと御義母様に危険が迫らない限りは」
おでこを擦るルルから視線をそらすと、「わかればいいのよ」と返す。
そして、二人は玄関のドアに鍵をかけると築25年の家をあとにした。
母が帰ってきたらいけない。だから施錠の魔法はかけなかった。
「さて、まずはどこ行こうかなぁ~」
近くのバス停へと歩を進めながら、ミナは大きく伸びをしたのだった。
神森市。A県県境に存在する人口約15万ほどの中規模都市である。
北に科戸山という標高1145mの山があり、その中腹には科戸護国神社が存在する。
新幹線駅である科戸駅を中心に広がる繁華街を中心に栄え、かつては自動車工場や鉄道関連工場が存在したが、それらが2000年代中期に撤退すると急速に寂れていった。
その頃までに移住していた出稼ぎ外国人や職を失った人々が今もそのまま住み着き、一部は半グレ集団を形成するなど、治安は悪化の一途を辿っている。
水門三郎が命を喪った頃のこの街はそういう街であった。
ミナはそんな街の様子を見てため息をつく。
「いやはや、ここらも見事にシャッター通りだわ。っかしーなーあの頃の記憶じゃ、もうちょっと栄えてたような……」
「忙しくて見てなかったとか?ミナさん、よくそういうことありません?」
三郎の紫色のパーカーのフードで耳を隠したルルはそう言ってため息をついた。
「あーそうかも。業務のせいで2年くらい心に余裕のない生活してたし」
答えるミナはカーチャンの若い頃着ていた朱と白のワンピースを身に着け、ルルと同じく耳を隠すためにつば付きのニット帽をかぶっていた。
そうして開いている店も少ないシャッター通りを進んでいくと、そこには「中華の井坂」と書かれた電飾看板が輝いていた。
「あ、良かった。まだここは潰れてなかったわ。よし、今日はカーチャン残業で遅くまで帰ってこないし、ここでタンメン!ギョーザ!ビールしかないわね!」
シャッター通りの出口あたりに、燦然と輝く看板を見てミナは胸をなでおろした。
前世で常連だった町中華である。
「ほう、ミナさんが太鼓判の店ですか」
「もう太鼓判よ。まあ創作系のラーメンフリークには評判宜しくないお店だけど、私はふつーのラーメンが好きなのよ」
じゅるり、とよだれを拭く。
「じゃあ、すぐに入るんですか?」
「いえ、今日は街の散策ですもの。夕飯に寄りましょう」
踵を返し、商店街の入り口へ向けて引き返す。
寂れたシャッター通りが目に入り、少し寂しくなったが、感傷に過ぎないとミナは考える。
(前世の記憶を取り戻してから、はや2世紀以上。こんなものはいくらでも見てきた……)
かつての冒険で訪れたオアシスの街が、十数年後に訪れると砂に埋もれて消えていたこともあった。
栄えた都が戦の後、見る影もない動く死体の巣窟……死都になってしまったこともあった。
この程度はどうということはない。
この感傷は三郎のものなのだと思い、ミナは歩を早めた。
……シャッター通りを出る二人を睨めつける影が複数あったことに彼女らは気づいていただろうか。
いや、どちらにせよ問題はありえなかった。
繁華街をウロウロと回っていると、科戸駅に辿り着いた。
ここは新幹線駅で、在来線とも接続がある地方のターミナル駅に該当する。
寂れている繁華街、商店街とは裏腹に、こちらは人通りがまだ多い。
駅ビルは多くの新幹線駅やターミナル駅同様にデパートになっているが、ここのデパートは地方百貨店である韋駄天百貨店が経営している。
やはり三郎が子供の頃に比べれば寂れた印象にはなっているが、それでも度々フェアなどを行って盛り上げようと頑張っているのだ。
「ここはいいわよ。サ○ゼ入ってるし、ベロンベロンになるまで葡萄酒飲めるわよ。味は中の中ね。少なくともあっちの場末の酒場の10万倍美味しいわ」
「へー……僕は酒精飲まないから関係ないですね」
「まあそれだけじゃないんだけど、そうねえ……」
ミナはきょろきょろとあたりを見回すと、少し先にあったエスカレーターへ歩み寄り、そこに足を上げた。
「ここを昇るとあるカレー屋が美味しいのよ。あと、前世の記憶が正しければ、そこそこセンスのいいアクセの店もあったはず……」
「そんなことより、これどうやって動いてるんですか?雷の精霊の気配は感じますが……」
ルルを連れてエスカレーターを昇るミナは「それはその板で調べなさい」とパーカーのポケットに突っ込まれているスマホを指して「お昼はそのカレー屋で食べましょう」と微笑んだ。
「興味深い……なるほど、スハイルくんが学んでこいというだけの価値はあると改めて感じました」
中途半端に強い雷の精霊は……などとブツブツとつぶやくルルを乗せたエスカレーターはその頂上へとたどり着く。
フロアの端の方を見ると、そこには「スナック・黒十字」という思いっきり鉤十字の書かれた看板が目に入った。
その看板の脇には「これは寺社のマークの卍だからな!逆十字じゃねえぞ!ナ○スとは関係ねえ!!」と大書されている。
「あー……まだこの看板のままなんか。相変わらずアホだな、ここの店長」
ミナは呆れたようにこめかみを押さえて苦笑した。
「なにかの神の紋章ですか、これ」
黒い肌の暗黒魔道士が聞くと森人の勇者は「数十年前に遠い国で独裁やった王様の紋章よ」と答える。
「これでまずかったら話にならないんだけど、なぜかカレーはめちゃくちゃうまいのよね……」
そう言って笑った。
前世のことを思い出せば、この店構えをSNSにさらされ、炎上したことも一度や二度ではない。
しかし百貨店側は全く気にしておらず、ついでに言えば何故か繁華街を中心に活動する半グレ集団からも標的にされていない。
外人が多い街なのに不思議なことだ、と前世の三郎は思っていた。
「なんか秘密があるんでしょうけど、怖くて聞けなかったのよねえ」
「ミナさんが怖い?ははっナイスジョーク!」
「おう、眉間にドリルキックぶちかますぞてめぇ」
そんな馬鹿な話をしながら店の中に入ると、凄まじいカレー臭が鼻に飛び込んできた。
「おおっ!これこれ!懐かしや……」
「すごい香辛料の匂いですね……高級料理店ですか?」
思わず感涙するミナにルルがそう聞くと、「まさか!当然大衆店よ!」とミナは笑って空いている席に座った。
店を見回せば、やたらと戦車だの装甲車だのミリタリー系のプラモやらガレージキットやらが目につく。
「大将!カレー並盛2枚ね!」
大声でそう頼むと、店の奥から左目に眼帯をつけた厳ついコック帽の店長が出てきた。
「あいよ。うちのカレーは並盛でも他の店の大盛だからね。お嬢さんがたには多いだろうから、小盛にしときな」
「いや、並盛でお頼み申す!」
「……あいよ」
ミナの注文に店長はすぐに引っ込む。どうも、少し気難しい男のようだった。
「いつもああなのよ。大盛頼むと、多いから並盛にしな、並盛頼むと小盛にしなっていうの。実際、大盛カレーは地元の大食いチャレンジングメニューの一つだから言いたくなるのもわかるけどね」
ニコニコと笑いながらミナは頬杖をつく。
無表情な女性店員がすっと近づいて水を置いていった。
「……これは……」
「言ったでしょ。我が国では飯屋さんでついてる氷水はほぼ間違いなくロハよ」
「冷蔵庫や冷凍庫が普及しているのも驚きましたが、これは……本当に豊かな国なんですね」
コップに入った氷水を透かし見ながら、ルルは感嘆する。
「あっちでは大変だったもんね。特に真水や氷の確保」
氷水を口に含み、その冷たさを楽しむ。
あちらの世界……異世界では氷水は、いや氷自体が古代語や精霊の魔法を使えるものでなければ普通には手に入らない。
近世以前のこちらの世界がそうであったように、豪雪地帯や山岳地帯で夏でも氷の溶けない氷室を持つ村や町、あるいはそれを確保している権力者でもなければ。
「グリッチ・エッグか……まあ今はその話はいいでしょ。カレーがもうすぐ来るわよ」
異世界の名前をぼうっとつぶやく。
「……カレー並盛、2枚。ご注文は以上でよろしいでしょうか」
無口で顔色の悪い女性店員がお盆に乗ったカレーを食卓に移す。
そのカレーは……ライスの量は500gほどはあるだろうか。たしかに、他の店なら大盛と言われてもおかしくない量であった。
「はい、ありがとうございます」
ミナは無愛想な店員にそう答えて、スプーンを手に取り、カレーを米と一緒にすくって一気に口に入れる。
―――結果的に言うのならば。
ミナには少々物足りない量だったので、追加でヴルストとじゃがいものソテーにパンを頼み、ルルは半分残したのでそれはミナが食べた。
見た目とは裏腹な大食いを見せつけたミナに「やるね、お嬢さん」と店長がそう声をかけてくれた。
店を出た時のミナの心の中は、久々のカレーで一杯になっていて、とても幸せな気持ちになった。
ルルがレシピを教えてもらおうとして、すげなく断られているのを尻目に、次は同じフロアにあるアクセサリーショップへと足を移す。
……また視線が彼女たちを捉えた。
だが、何も問題はないだろう。
―――そして、実際に何も問題はなかった。
目の前に倒れ伏す有象無象がそれを如実に表している。
呻き、のたうち回る男たちは日本人もいれば、そうでないものもいる。
いずれも良く言ってラフ、悪く言えば雑多でチンピラ臭い格好をした男たちだ。
いわゆる半グレ集団というやつである。
要するに、彼女らが無防備であると信じて物陰に引きずり込もうとしたのだ。
簡単極まりなく、杜撰な計画ではあったが、彼らはそれが成功すると信じていたのだろう。
そして、それはおそらく彼女らが相手でなければ成功しただろう。
彼女らが、異世界で邪神を滅ぼした勇者とその従僕でなければ。
「またこの手合かぁ……こっち帰ってきたからなくなるとばかり思ってたんだけどなあ……」
「何が目的ですか、ヒューマン。殺されたくなければすぐに吐け。ミナさんと違って、僕は気が長いほうじゃあない」
深いため息をつくミナを尻目に、ルルの瞳がスゥと細くなる。
怒りの証拠だ。眼鏡に僅かな光が反射して、その瞳を覆い隠した。
「ひ、ひぃ……わかった、言うよ……頼まれたんだ、そこの黒人みたいな女をさらえ、って……!」
ルルに肩口を踏まれながら、茶髪のチンピラは喚いた。
その言葉に、ミナとルルは顔を見合わせる。
「ぷっ」
「ふっふふふ……どこのどなたか知りませんが、またやってしまったようですね、僕」
「な、何がおかしいんだよぉ……」
吹き出した二人にチンピラが問うと、ルルはスカートを不意にたくし上げた。
そこには……
「ほうら。僕、男ですもの。あはははは!また騙された阿呆の顔が見れた!あっはははは!」
「趣味悪いぞーお前さぁ」
ケタケタと笑うルルの股間には……
「……ま、負けた……」
「嘘だろおい……ジョークと言ってくれよ……」
「Oh meu Deus……」
そう、そこにはいわゆるご立派様が存在したのである。
ルル・ホーレス。銀髪黒肌の少女と見紛うばかりの……男なのであった。
「あーいつものことながら、この顔が面白くてこの格好してるんですよねえ、僕」
「だからやめなさいって。面白いけど」
ひとしきり笑って、チンピラの肩を叩く。
「とりあえずどうする?逝っとく?」
朗らかに笑うその少女の手には、鈍色に光るメリケンサック。
ミナがあるドワーフの都で手に入れた、古代語魔法の発動体になる真銀の拳鍔だ。
「ひ、ヒィィ……やめてくれぇ……言うから!誰がやれっつったか言うからぁ!」
涙を流してうろたえまくるチンピラに、ミナは無慈悲にこう言った。
「別にそんなことしなくていいわよ。むしろ、次に私達のところに来たらこうなる、という実例になってもらうわ」
瞳に笑みはなく、唇には薄い笑み。
そして、チンピラの運命を決める言葉が、この世界の言葉ではない呪が唱えられる。
「おお、闇と恐怖を司るもの、影の剣シェイドよ。この者らの心に我らへの怖れと恐れを刻み給え。這い上がれぬ黄泉の幻を見せ給え」
その手から影が広がり、チンピラたちにまとわりついて消えた。
―――その後には、目を見開き、何か恐ろしいものを見たような表情で固まるチンピラたちだけが残される。
恐怖を刻む精霊術フィアーだ。
「ま、数年は悪夢を見続けることね。どうせ似たようなことやってきたんでしょ」
ミナはフン、と鼻を鳴らすとルルの手を握って踵を返した。
次の日の地方ニュースで、錯乱状態の住所不定無職の男たちが八名病院に担ぎ込まれたという報道がなされたが、それを気にするものは多くはなかった……
「ああ、ひどい目にあった。井坂も閉まっちゃってるし」
「ひどい目にあったのは向こうでしょうけどね、むしろ」
水門家の玄関前で、二人はそんなことを話していた。
時間はもう21時半を回っている。
そこに―――ぶろろろろ、と古い軽自動車の駆動音が鳴り響いた。
「ただいまぁ……って何してんのあんたら」
車庫に止まった車から出てきたのは母・茜。
ミナは何でもないよ、と答えると、手を庭に1本生えている小さな松の木に添えた。
「ん?何する気?」
「あ、うん。今日チンピラに絡まれちゃってよ。家を特定されると嫌だからこうするんだわ―――」
目を瞑り、ミナは集中する。
「優しく麗しく淫らなる森の乙女ドライアードよ、この樹を印に、我らを害するものを迷わせたまえ……惑わしの樹よ」
緑の光が松の木に灯り、そして消えた。
「あんた一体何したの?」
「メイズ・ウッド。敷地内に住んでる人に害をなそうとするものが近くに来ると、道がわからなくなっちゃう魔法かけただけだよ。いわゆる迷いの森の小規模版さ!」
「あのねぇ……」
茜はこめかみを押さえて、眉をひそめた。
その姿は、どこかミナが自分を見るときのようで可笑しいな、と黒い肌の不死者は思うのであった。
ゲルぅ……
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