異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第20話「総員対ショック防御!」

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農道を二両の無限軌道が荒らすように走り抜ける。

 

土埃は本来の九七式中戦車とは思えぬほどに巻き上がっていた。

 

呪いの戦車は黒い靄を上げながら、おそらくは時速100kmを超える速度で走っている。

 

九七式中戦車もそれに追随する速度で走る。

 

「ルル!フォーリングコントロールの維持はずっとやってよ!」

 

「心得ています!そちらこそダッシュの維持を忘れないでくださいね!」

 

ハッチから身を乗り出した車長と運転に専念する操縦手の言葉が交わされる。

 

こちらの砲弾は一発しかない。

 

第二次大戦の頃の戦車は行進間射撃、つまり走行中に射撃してもまず命中しない。

 

この頃の戦車は現代の目線から見れば戦車と言うよりは、装甲付自走野戦砲なのだ。

 

比較的行進間射撃が得意な日本軍の中戦車といえど、百発百中などありえない。

 

百発十中がいいところだろう。

 

故に一発こっきりしかないミナのチハは追跡と、敵戦車の砲撃をプロテクションの魔法によって強化された装甲で受ける作業に専念するしかない状態だった。

 

「くそー!なんであいつはこんな命中する行進間射撃なんてできんのよ!WW2戦車の常識超えるんじゃねーわよ!!」

 

『アレは妻の記憶からあの呪いとやらが想像で作ったものだ。原型であるこの戦車とは違うんだろう』

 

愚痴るミナに半透明の少尉はそう答える。

 

「あーそうですよねぇ!ウル○ラシリーズとかゴ○ラシリーズとかでM4が行進間射撃しますもんねえ!あああ!おのれ!!プロテクション!!」

 

防壁が轟音とともに破られたのを感じて、ミナは防壁をまた張る。

 

「ああもう!こっちが攻撃できないと思って!」

 

悪態をついたとて戦車は止まらない。

 

クリスマスイブの朝の農道は人もまばらで、時折老人やジョギングしている人が腰を抜かしている様子が視界に映るが、ミナは無視した。

 

もはや隠し通せぬこと。

 

何かの間違いだと思ってくれればいい。

 

「足を止めるわ!偉大なるロジックよ!凍てつく光となれ!フリーズブリッド!」

 

ミナの杖から白い光球が飛び、黒い戦車の右キャタピラを凍てつかせた。

 

バランスが一瞬狂い、戦車は急停止をする―――はずだった。

 

だが、それで止まるような呪いの戦車ではなく、ほとんど一瞬しか動きを止められない。

 

パキンと軽い音が響いて、キャタピラを覆った氷は砕け、戦車はよろめきもせずに走っていく。

 

「ええい!止まらん!!もっと速く走れるようにしとくんだった!」

 

『これの発動機は信頼性が低いからな。ここまで無茶してもエンコせんだけ御の字だ』

 

「マジカルパワーに感謝してください!やーばーいー!!このまままっすぐ行くと科戸駅だぁぁぁぁ!!!」

 

落ち着いた少尉の言葉にミナは焦りを込めて叫ぶ。

 

農道を抜けて、駅前へ行くバイパス道に乗ってしまった以上、この速度であればたどり着くのは5分とかからない。

 

道交法も道路の幅も無視して、戦車は駆けていく。

 

ミナはさすがに正体をバラすわけにはいかないので、自分自身にインビジブルをかけているが、インビジブルやインコグニートはあまり激しい動きをすると解けてしまうという欠点があるため時速100km以上で走るチハにかけることはできない。

 

空を飛ぶガーゴイルとは違って、地上から必ず走行の衝撃を受けるからだ。

 

―――どういうわけか、乗り物に乗っている人間にはかかったまま、というのがミナがこの術を習得してからずっとわけがわからないと思っているところだ。

 

すなわち、戦車の姿を隠すことはできていない。

 

非常識な速度で走行する装甲車両を前にクラクションを鳴らして自動車が次々に止まるが、呪いの戦車が実体がないかのようにそれらをやすやすとすり抜けていく。

 

一方でミナのチハにはそんな芸当はできないので、操縦しているルルのドライビングテクニックといくつかの魔法とマジックアイテムによる変態機動によってよけていた。

 

「えーと、今日は確かこの世界の主神の一人の生誕祭前夜のイベント?お祭りですか。それがこの時間からやってるはずですが」

 

「わかってる!まーずーいー!!」

 

「毎年南口で行われている催しですからな……このままでは直撃しますね」

 

「なんなのあんたら!?なんでそんなに冷静なの!?」

 

生身の男二人は至極冷静に言って、ミナがまた叫ぶ羽目になる。

 

ギリ、と奥歯をかみしめるとミナはニタリと笑った。

 

「よろしい!これ以上は人命にも及ぶ!見よ!我が複合魔法を!!」

 

そう言って、ハッチを締めて砲塔内に入ると、紙の束を取り出した。

 

「虎の子の符を使わせてもらう!人より生まれ光と武を司りし精霊、死してなお偉大なる銀の英霊よ!我が符に光の加護を与えたまえ!」

 

一瞬銀色のフルプレートを着込んだ男性が見えたかと思うと符に光が宿り、光は符に吸い込まれて漢字と不思議な文様だらけだった紙に輝く紋様を新たに刻んだ。

 

「ミナさん、まさか……」

 

「フォーリングコントロールとスロウでの衝撃緩和は任せたわよ!」

 

ミナは符を掲げ、やけくそのように叫んだ。

 

「ミナ・トワイライトが光の符に問う!汝、なんと生まれしものか!」

 

『我は飛行、大地の理に逆らい、疾風を超えて光となるものぞ』

 

「然り、汝の名は『射出』なり!!」

 

符がぼっと燃え、熱を放たずに一瞬で燃え尽きる。

 

それを見届けたミナは崎見老人の背に守るように張り付いた。

 

「な、なにをする気なんだい、ミナさん!?」

 

「すぐにわかります!口をふさいで!何かにつかまって!総員対ショック防御!!」

 

叫ぶや否や、轟音とともに九七式中戦車は時速にして200㎞を超える速度で「空を飛んだ」。

 

「うわあぁぁぁぁぁあっっ!?」

 

『あわてるな!』

 

老人が叫び、少尉が制止する。

 

戦車は空飛び、人々も車両も建物も飛び越え、かつて杏の木があった南口駅前駐輪場へ向けて落下を始めた。

 

この光景にルルはいつもどおりだと呆れながら着地のための呪文を唱え、ミナは再びインビジブルを唱えてからハッチを開ける。

 

「呪よ爆ぜよ!フォーリングコントロール!スロウ!!」

 

ルルは耳を隠すためのインコグニートの腕輪を投げ捨て、別の腕輪……口の形を象られた青い水晶がはめ込まれた金の腕輪を身に着けていた。

 

それは二つの魔法を完全に同時に使用するための高速詠唱を可能とするマジックアイテム「二口水晶」だ。

 

戦車は淡い光に包まれるとゆっくり、スポンジに沈み込むような速度で地面に降り立ち、のたりのたりと180度旋回すると再び重さを思い出したかのように、ズシリと地面に沈んで石畳をいくらか割る。

 

イベントスペースになっているそこに突然に現れた戦車に集まっていた人々は大いにどよめいた。

 

チハの車体が向いているのは、駅敷地の入り口方向。

 

すなわち、呪いの戦車が突入してくる方角だった。

 

『……あとは俺に任せてくれ』

 

半透明の少尉は、そう言ってミナの顔を見て、そして息子に振り返った。

 

ミナは無限のバッグから47mm徹甲弾を取り出して笑う。

 

「わかっています。できるだけのサポートはしますけどね」

 

装填手役であるミナはその砲弾に視線を集中すると、武器の命中力を高めるシャープウェポンと攻撃力を上げるファイアウェポン、同じく攻撃力を上げ聖なる力を付与するホーリーウェポンを唱えた。

 

砲もまた弓矢と同じ投射武具として魔法の加護を受けられるのは、かつて複製された47mm砲を巡っての騒動で確認済みだ。

 

少女は砲弾を少尉に確認しながら、砲に装填する。

 

崎見少尉がうん、よし、とうなずいたとほとんど同時に、黒い靄を吹き出す戦車が現れた。

 

少尉はスコープを覗き、慎重に狙いを定める。

 

車中の全員の頭の中に怨念のこもった声が響き渡った。

 

『オノレ オノレ オノレェェェェェェ!!アノヒト ヲ!カエセェェェェェェェ!!』

 

その声に、少尉がふっと笑ったことが崎見老人にははっきりと分かった。

 

『もういいんだよ、千代』

 

優しい声がささやく。

 

黒い戦車は、その優しい声に一瞬黒い靄の噴出を、やめた。

 

『今』

 

短くそう言って、撃鉄が落とされる。

 

まっすぐにこちらに、なんの回避機動も行わずに駆けてくるその戦車は。

 

轟音を上げて放たれた一発の一式徹甲弾に―――その砲塔防盾を貫かれ、擱座したのであった。

 

 

 

静寂が場を支配していた。

 

ミナはインビジブルをかけなおすとハッチから出て、ゆっくりと大地に降りる。

 

言葉を失ったように立ち尽くす観衆に見えないまま、彼女はゆらりゆらりと元の残骸に戻りつつある戦車に近づいた。

 

『……ナゼ ワタシ ハ』

 

力ない白い髪のダークエルフの声が聞こえる。

 

「悪い夢、だよ」

 

無表情で一つつぶやいた少女は、そして無限のバッグをすっかり残骸に戻り果てた戦車に被せる。

 

すると残骸はバッグに吸い込まれるように消えて、思い出したように観衆がざわめきだした。

 

「……えーと」

 

ファンファンファンファン………

 

サイレンの音が響き渡る。

 

遅ればせながら、警察が追跡にやってきたのだろう。

 

「やっべ」

 

ミナはそうつぶやいて、そろりそろりと戦車に乗り込んでハッチを締めた。

 

そして「話はあと!撤収!!」と小声で叫ぶ。

 

警察との追いかけっこについては、割愛させていただこう。

 

結果として、謎の戦車は蒼沫湾に埠頭から時速100㎞を超える速度で突っ込み、水没。

 

未だにその行方さえ知れないという警察側の公式発表を報告するにとどめさせていただく。

 

―――そうしてどうなったか。

 

車中で水中呼吸と耐冷の魔法を全員にかけて、海中に落ちたのち、全員を脱出させてから無限のバッグでチハを格納した。

 

それからだいぶ離れた浜まで泳いで近づいたところでインビジブルをかけ、そこから上陸したのである。

 

「ひどい目にあいましたね……」

 

「あははは……申し訳ありません……砂漠に潜むもの、水を食らう砂の王よ。我らが体にまとわりつきし水を残らず食らいたまえ」

 

冬の最中に着衣水泳をやらかされた崎見老人に謝ってミナは乾燥の魔法をかけた。

 

ルルを含めた3人の衣服はあっという間に乾いていくが、海に浸かったことによる塩はぬぐえず何とも気持ち悪い状態になってしまう。

 

「やれやれ。これは帰ったらすぐに着替えませんとね」

 

眼鏡をかけなおして老人は笑う。

 

笑って、少し離れたところに立つ軍服の男と黒い髪と白い肌の和服の少女へ振り返った。

 

『ありがとう、新造。妖精殿、不死者殿』

 

『ようやく夫と再会できました……ありがとうございます。これで心置きなく彼岸に逝くことができます』

 

崎見少尉は陸軍式の敬礼をした後に頭を下げ、そして和服の少女は深々と頭を下げた。

 

「あの夢を私に見せていたのは、あなたですね、崎見千代さん」

 

こくり、と千代は頷く。

 

『こちらの世界に戻ってきたツヨシさんを迎えに来た私ですが、あの黒い渦に巻き込まれて二つに分かれてしまったのです。その片方が私の血が遺した呪いと一つになって……』

 

「幽霊戦車を生み出した。オークキングが遺したバグが影響したんですね。これは間接的に僕らのせいということになるかもしれません」

 

「それで霊体が千切れてあいまいな状態になってしまった千代さんは、私に夢を見せて解決を促した、と」

 

千代の告白にルルとミナはうんうんとうなずいて納得する。

 

「まあ半分私らのせいみたいなもんだけど、綺麗に片付いたんだからいいわよね?」

 

「ズタズタになった道路やおそらくは中止になったであろうイベントの損害については?」

 

「……市に任せる!あんな広い範囲リペアーじゃあ直せないし、それにこれも大体邪神かなんかの仕業だし!」

 

ルルの指摘に冷汗を流してミナは笑う。

 

どうせ顔など見られている恐れなどほとんどないのだ。

 

後は知らぬ存ぜぬで通すしかないとミナは笑うほかなかった。

 

『新造』

 

「何も言わなくていいよ、父さん。もうなんだかんだと言って70代後半だ。親にすがるようなことも聞くようなことももうないさ」

 

軍服の男に、崎見老人は笑いかけた。

 

笑いかけると、崎見少尉もまた若作りの老人に笑いかける。

 

『……そうだな、どうか健やかに』

 

「私が死んだときにまた話をしよう、父さん、母さん」

 

千代が口を開く。

 

『さようなら新造……またいつか』

 

「ああ。またいつか……さようなら」

 

新造がそう言うと、剛と千代の姿は薄れていく。

 

薄れた姿が大気の色と同じになって消えるまで、さようなら……さようなら……と老人の両親たちの声が聞こえ続けていた。

 

崎見老人はそれをしばらく見送っていたが、声が聞こえなくなると、くるりとミナたちを振り返る。

 

「なかなかの大冒険でした。またいつか、なにかあれば」

 

振り返って笑うと、その頬を一筋涙が流れたのであった。

 

 

 

後からミナが周辺警備などに駆り出されていた空悟から話を聞いたところによると、駅前のイベントは強行されたらしい。

 

理由としては、なんでも戦車たちが破壊していったバイパス道も駅前もいつの間にかきれいに直っていたからだそうだ。

 

奇跡的に死者や怪我人もなし。

 

3台ほど車が事故って大破したようだが、それも乗っていた人は無事だったらしい。

 

不幸中の幸い、ではないのだろう、とミナは感じていた。

 

「……神様、ありがとう」

 

名も知らぬ街を見守る護国神社の神様が、崎見老人の両親の御霊を見て手を貸してくれたのかもしれない。

 

ルルが不機嫌になるのは我慢して、護国神社にお参りせねばなるまいと思うミナであった。

 

そうして気が付けば夜。

 

明日はクリスマスである。

 

正確には日が暮れたので、クリスマスというお祭りは始まっているらしいが、それは欧米圏の人間ではない水門家の人々、そして異世界の存在である不死者には関係がなかった。

 

流石に今日は今野夫妻も家族水入らずで過ごすようで、他に知り合いがろくにいないミナとルルもまた茜と一緒に家にいた。

 

町のイベントや洒落た店に繰り出す余力は全くなかったので助かっていた。

 

一応、ルルがクリスマスという行事に興味があったようなので、水門家としては珍しくケーキとクリスマスツリーが存在している。

 

「あんた高校入ってから初めてよね、クリスマスツリー飾るの」

 

「そうだなあ……その代わり焼肉食べる日になったよな。クリスマスプレゼントなんて小学校中学年くらいまでしかもらった覚えないし」

 

ホットプレートにカルビとロースを乗せながら、少女はしみじみと語る。

 

「そもそもクリスマスケーキってアホみたいに高いし。300円のショートケーキ三つでよくね?って俺がトーチャンに言ったら、じゃあ同じ値段なら焼肉のほうがいいな、とか言って焼肉の日になったんだっけ」

 

「伝統行事じゃないから言える適当さですねえ。あ、その玉ねぎもう焼けてますよ」

 

「焼き野菜ってタイミング難しいよね」

 

他愛ない会話をしながら、焼肉パーティは続いている。

 

惟神テレビでは地方ニュースの時間だった。

 

当然トップは、謎の戦車大暴走の件である。

 

「空悟くんから聞いたわよ。あの戦車、片方あんたなんだって?」

 

「や、やむを得ない事情がありまして……黒いほう放っておいたら駅前が壊滅してた可能性大でして……ほ、ほら!被害はほとんどなしってニュースでも言ってるだろ!ダイジョブダッテ!」

 

ミナはあれやこれやジェスチャーをしながらダラダラと冷汗を流して答える。

 

茜はハァ、とため息をつくと、ふっと笑った。

 

「あんたさあ……そういうところ全然変わんないよねぇ。あの頃は大体は血の気の多い空悟くんがやらかしたことを後先考えず後片付けしようとして、自分もとばっちり食らうってやってたでしょう」

 

茜は頬杖をついてレモンチューハイの缶を振りながらそう言って、ぐ、と缶の中身を飲み干した。

 

ミナは顎に指をあて、そういえばそうだっけ?と思い出そうとして、空悟から電話が来た時と同じ感覚が浮かんで邪神への怒りがまた沸く。

 

あの喧嘩の時だけではない。

 

割とたくさん空悟のしりぬぐいをしたことはあったのだ。

 

しかし、ミナはその怒りを酒とともに飲み込んで、腕を組む。

 

「そうだったかもしれねえなあ。今はどっちかというと自分つーか、自分に関して邪神野郎がやらかしたことの跡片付けだけど」

 

ミナはそうだったそうだった、と何度もうなずく。

 

うなずいて、焼けた肉を頬張った。

 

「ところでそのケーキ、どっからもらってきたのよ。クリスマスケーキじゃないでしょう?」

 

箱に入っているケーキを指さして茜はそう聞いた。

 

ルルはふっと笑い、ミナはニッと笑って、「こっちで出来た知人からだよ」と答える。

 

箱の中では、杏色のチーズケーキが出番を待っていた。

 

ふと外を見ると、ちらちらと雪が舞っている。

 

「ホワイトクリスマス、ねぇ。オレにゃあ関係ないぜ」

 

「それぞれの神の定めた祭日に特異な気象が起きることは吉兆の証、というのはあちらでも同じだったはずですが?」

 

黙々と肉を焼いていたルルがそう言うと、ミナは「私の信じてる神様は調和神様だし。関係ないし」と赤ら顔で答えるのだった。

 

茜がミナの開いたグラスにチューハイを注ぎ込む。

 

―――それはその年、神森市に初めて降った雪だった。

 

 

 

「積もんなかったか。重畳重畳」

 

結局、雪がちらついただけで神森市のどこにも雪が積もることはなかった。

 

この街に年内に雪が積もると、県内は大抵豪雪災害を食らっているのだから、ミナの感想は他の街の人々も思っていたことだろう。

 

ミナは自室の換気を兼ねて窓の枠に座りながら朝を迎えていた。

 

もう夢は見ない。

 

夢を見せていたものは去ったのだから。

 

ミナはクッキーを一枚手に取り、ポリ、と音を立ててかじる。

 

曇り空だった昨日と比して、今日の空は実に澄んでいて、流れる雲も忙しげである。

 

クリスマスの朝は昨日までとは打って変わって穏やかな朝であった。

 

ミナはクッキーももう一枚頬張ると、窓の枠から部屋に降りて窓を閉めた。

 

エアコンのスイッチを入れてミナはベッドに寝そべる。

 

次は何が襲ってくるかはわからない。

 

わからないが、今は休息しよう。

 

次に何かが起きるまでは。

 

「今日は大掃除を始めると、ミナさん言っていませんでしたか?」

 

押入れの戸が開いて、顔を出したルルがベッドの上のミナに声を掛ける。

 

「そうね。さっさと始めちゃいましょうか」

 

まずは自分の部屋から始めよう。

 

ミナはそう思って、無限のバッグから箒を取り出す。

 

「家に棲むもの、人々の手伝い手ブラウニーよ。我が手に宿りて仕事の手伝いをしてちょうだい。お供え物はまた後で」

 

家事や戦闘と関わらない仕事の能力を底上げしてくれるハンズ・オブ・ブラウニーの精霊術を唱え、ミナは掃除を始めた。

 

今年は元朝詣りに科戸護国神社へ行かなければ。

 

普段は、平素の掃除をこまめにしてれば大掃除は不要という茜の方針で大掃除などしない水門家であるが、神様へ報告へ行く前に一度くらい大掃除をしておきたかった、というのが今回の大掃除を始めた理由である。

 

カーチャンが不機嫌になるので、かつての父の部屋からものを捨てるような愚行は絶対にしない。

 

自分の部屋の隅々まで掃除して、かつての父の部屋の埃を落とす。

 

母の部屋にはそもそも布団と多少の仕事で使う資料があるだけなので、ほとんど手間はかからない。

 

布団や座布団などを全て表に出して、浄化の魔法をかけた上で干せば大体終わりである。

 

そもそもがものの少ない家だということに改めてミナは苦笑する。

 

大掃除が終わったのは、その日の夕方だった。

 

「……うち、物少なすぎない?大丈夫?」

 

「知りませんよ」

 

夕飯の仕込みをしながらミナが言った言葉に、ルルは雑誌を読みながら答えた。

 

彼が今読んでいる雑誌も、用を終えればゴミ袋行きなのが水門家であった。

 

「よし、これからはどんどんものを増やしていこう。散らからない程度に」

 

「そう言って、めんどくさくなったら綺麗サッパリ自分のものを処分するくせに……」

 

ガッツポーズで何やら決意する妖精に、不死者の王は雑誌を閉じて呆れた目を向けた。

 

「人のものを捨ててないからセーフ説」

 

「ハニーファさんがまだ借りて読みたかった魔導書を、ミナさんがあっさり売ってしまってギャン泣きされたことを覚えてますよね?」

 

「そういえばそんなこともあったわね。3年くらい前だっけ?」

 

口を掌で隠してそういうミナに、ルルはこめかみを人差し指と中指で押さえて「4年前ですよ」と苦笑した。

 

「そうだっけ。年月の経つのは早いわね。楽しいことをしてると、特に」

 

森スライムの佃煮を小鉢によそう。

 

そうして夕飯の仕込みを終えると、ミナはエプロンを外して一口水を飲んだ。

 

「懐かしきかな、お正月、と」

 

その時、ピンポン、と来客を示すチャイムが鳴った。

 

「はーい、今行きますー」

 

またぞろ騒動の幕開けになることか、と一瞬身構えたが、何のこともなく公共放送の契約を求める業者だったので、ドアも開けずにお帰り願った。

 

因みに水門家はきちんと公共放送の契約はしている。

 

カーチャン曰く、近所に契約してないのが多いらしく、そのせいで全戸回っているのではないか、とのことだった。

 

迷惑な話である。

 

そんな普通の出来事に苦笑して、そうそう連続してクエストの幕は開かないよね、とどこかホッとするミナだった。

 




「お正月」って著作権切れてないんですね。知らなかった。

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