異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第208話 「……なんだありゃぁ」

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―――それから。

 

これは恋が神森市に帰ってきてから数日後の話である。

 

「ぷーろでゅーさー……真面目に今回の仕事アレだったよねぇ?イメージビデオっつーけど、ちょっと水着際どすぎだったろ」

 

髪を解いてポニーテールに直しながら、恋は蓮っ葉な口調で自分の後ろを歩く冴えないメガネを掛けた男性に話しかけた。

 

「半休止中でも無理に入れてきたからねえ、社長。またぞろ君の母親絡みの話だったんだろうね」

 

仕方のないエロオヤジ共だ、と男は嘆息してタバコを取り出した。

 

場所は神森駅の駅舎外の喫煙所である。

 

「……ふう。悪しざまに言って悪いけどね」

 

紫煙を肺の中に吸い込んで、それを盛大に吐き出した。

 

「浜の真砂は尽きるとも、世にロリコンの種は尽きまじ、ってか?」

 

「プロデューサー、それペドフィリアって言わねーか?」

 

つまらなそうに缶コーヒーを飲んでいる少女に、プロデューサーと呼ばれた冴えない男は「違いない」と短く言ってタバコを据え付けの灰皿に放り捨てた。

 

「んじゃあお世話になっている地下アイドルの……一ノ瀬みはるさんだったかな。彼女の家にまで送っていくよ」

 

「りょーかーい。んじゃ、次の仕事は真面目になしな?しばらく東京行きたくねえよ」

 

普段からしてもなお不機嫌で雑な物言いをしながら、少女は駐車場へ向けてのしのしと歩いていく。

 

今日もプロデューサーは駅ナカのそこそこにお高いレストランで食事を奢ったが、彼女の機嫌は治りそうになかった。

 

((全く。これだから業突く張りのエロオヤジ共は))

 

少女と男は内心で全く同じことを思い、男の自車のところまで歩いていった。

 

そして、車の前で恋は―――する、とどこからともなく鎌型にしていない小さな杖を取り出して―――

 

「プロデューサー、ちょっと待ってろ」と有無を言わさぬ口調で後ろを振り返った。

 

「うん?雪隠かな?」

 

「ちげーよ!死ねボケ!!」

 

デリカシーのない言葉に暴言で返して、恋は走り出す。

 

走り行く先は駐車場の奥―――立体駐車場の屋上。

 

トイレがあるどころか、今日は平日のために駐車数が少なく、閉鎖されているなにもないフロアである。

 

そこには……

 

シャインマスカットの怪物、としか言いようのないものが蠢いていた。

 

全身に緑の粒をつけた怪物。

 

一瞬、恋はミナが話していた酒の魔王のいたダンジョンの葡萄の化物の話を思い出すが……

 

しかし、それは特に酒を噴き出してもいないし、アルコール臭もしない。

 

ファンシーなぬいぐるみのような風情で、しかしその動きと周囲にあふれる爽やかな葡萄の香りは明らかに人間のそれではなかった。

 

例えるなら、猫科の動物のような動きをする巨大葡萄と言ったところだろうか。

 

「なんだよおめー……」

 

杖を鎌に変化させて恋が声を掛けると、それはビクリと臆病な猛獣のような挙動を見せて―――

 

『ヴォッ』

 

くぐもったうめき声のような鳴き声を上げて、そのまま屋上から地面へとダイブする。

 

「あっ!?逃げんな!」

 

止めようとした恋だが一歩遅く、怪物は恐ろしい素早さで眼下の路地裏へと消えていった。

 

「……なんだありゃぁ」

 

「おーいなんだよ恋ちゃんよー早めの中二病かー?ラ・ヨダソウ・スティアーナってか?」

 

視界から完全に消えたパンサー風シャインマスカットとでもいうべき怪物に怖気を震っていると、後ろから冴えないぼーっとした男の声が聞こえてくる。

 

その声を半ば無視して恋はもう一度「なんだありゃあ……」と戦慄を声に出すのであった。

 

 

 

「そういうわけでさー。絶対またなんか厄介な事件起きるよこれ」

 

恋はスマホをスピーカーモードにして、ストレッチをしながら岬に電話をしていた。

 

『かといってよくわからないうちにどうすることもできないですねぇ……』

 

『そうね。とりあえず駅周辺だと廻さんや夕ちゃんが普段働いてるあたりだし、警戒してみるように言っとくわ』

 

向こうもスピーカーにしているらしく、少し遠いミナの声が聞こえてくる。

 

時間はもう22時過ぎ。

 

それを確認した恋は、『んじゃそういうことがあったってことで。明日また学校でね』と言って、『はいはーいおやすみですよー』と岬の声が帰ってきたことを確認し、電話を切る。

 

「仕事中に敵が来ないか心配だったけど、変な仕事させられて帰ってきてから事件か……」

 

恋はふーとため息を吐いてベッドに寝転がる。

 

そうしてしばしゴロゴロと布団の上で転がっていて、ふと気づけばもう22時30分。

 

寝ようと思って恋は照明を消し、目を瞑った。

 

目を瞑って、疲れていたのかすぐ、5分もしないうちに彼女は規則正しい寝息を吐くのであった。

 

 

 

更に数日後。

 

7月を目前にしたその日、恋は送られてきたイメージビデオのサンプルを見つけるなり、ゴミ箱に叩き込もうとそれを掴み上げた。

 

パッケージには扇情的な格好をさせられている自分がいて、媚びた笑みの中に自分にしか見つけられない怒りがあることに気づいて彼女は顔を不機嫌に歪める。

 

そしてそれをゴミ箱へ予定通り叩き込もうと振りかぶったその時だった。

 

ふと、そのパッケージの重量がわずかに想定よりも軽いことに気づいた恋はまじまじとそのサンプルを見つめる。

 

すると、なんと包装が破れているではないか。

 

「まさか……」

 

恐る恐るにパッケージの蓋を開けてみると、その中には……

 

何も入っていなかった。

 

「げっ!?ない!?まさか誰かに……」

 

「……どう見てもディスクからしてエロビデオなんですけど」

 

慌てた恋に声を掛けたのは―――岬であった。

 

「岬ちゃん!?」

 

「ハローなのです。みはるお姉さんに入れてもらったのですよ。これがこの間の東京での仕事の結果です?」

 

そう、岬は今日、恋と一緒に遊びに行くのに一ノ瀬家へと向かい、玄関先で会ったみはるに家に入れてもらっていたのである。

 

まじまじとそのディスクに印刷された四つん這い前かがみで媚びた視線をカメラに向ける恋の画像を見て、岬は口をへの字に結び嘆息した。

 

「……中身は見せねえかんね?」

 

「見る気はないのですよ。みはるお姉さんが恋ちゃんが発見する前に処分してくれ、って言ってたので処分の準備をしていたのです」

 

岬はさらっとそう言って、掴んだディスクを恋に見せながら「壊しちゃってもいいですよね?」と聞いてみた。

 

恋は「うん、捨てるより確実そうだからやっちゃって……」と遠い目で言った瞬間、岬が指を鳴らす。

 

「火の子龍の子サラマンダーさん。尾っぽの炎でこの忌々しげな準児童ポルノを焼却処分してくださいなのです」

 

岬がそう頼むと、ディスクは瞬時に燃え始めて岬が掴んでいる部分を除いて総てが灰も残さずに燃え尽きてしまった。

 

「そっちのパッケはどうしますです?」

 

「あ、こっちはあたいがやるから大丈夫」

 

恋はそうして、そのパッケージを掴むと、鎌でもって再生が不能なくらいにズタズタにしてしまったのである。

 

「あーすっきりした。しかし、恥ずかしいわ……ほんとこう言う仕事拒否できないのが、うちのプロデューサーのクソ駄目なとこだわ……」

 

恋は肩を落として、パッケージだったビニールとプラスチックのクズを掃除機で吸い取りながら天を仰ぐのだった。

 

「ま、いいけどさ。一応あたいに送られてきたやつだから燃すときは言ってくれよ」

 

「次から気をつけるのです。とはいえ、本当に芸能界というのはまっとうではないのですねえ……」

 

岬は嘆息してちょこんと居間のテーブルの前に座り込んだ。

 

「まぁ、うん。そう言うこともあるっつーか、そういう世界っつーか……ファンのキモヲタのが腐れスポンサーの何倍もマシだわ……」

 

恋はコップに冷蔵庫から出した麦茶を淹れて岬に渡し、「それ飲んだら行こうぜ」とニッと笑みを浮かべる。

 

「はいなのです」

 

ぐっと200mlに満たないそれを飲み干し、岬はすぐに立ち上がって歩き出す。

 

今日はなんでもない日になるはずだ、と恋は梅雨の合間の晴れ上がった空を見て思うのであった。

 

 

 

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