異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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元日の朝、水門家。
「あけましておめでとう」
「おめでとうございます。今年もよろしくおねがいします」
二世紀ぶりに日本式の新年のお祝い言葉を正座して母と交わしたミナは、深々と頭を下げてから立ち上がると雑煮の準備に入る。
水門家の雑煮は、至ってシンプルなものだ。
普段は鰹節と煮干しで取っている出汁に鯖節と昆布が加わった濃いめの出汁を使い、いつもの味噌ではなく白味噌を入れた味噌汁に焼き餅を入れたものである。
具はいつもどおり大根や油揚げなどが入っているため、見た目には色が薄いだけの日々の味噌汁に見えた。
これは茜やミナ……三郎の好みというわけではなく、今は亡き父の好みで作られたものである。
おせち料理はない。
正確にはないのではなく、一部しか食卓には上がっていない。
紅白かまぼこ、昆布巻き、伊達巻、そしてミナが好きな数の子だけが重箱ではなく皿に乗っかっている。
ごまめや黒豆は作っても買ってきても必ず残ってしまうため、いつしか食べなくなってしまったのだ。
そしてかまぼこは年越しそばの具に使ったものの転用である。
近年はコンビニやスーパーで注文をすればおせち料理は買えるものだが、水門家では捨てる羽目になる食材が出るのは、もったいないとかそういう次元ではなく、ゴミが増えて嫌、という親子で一致した見解のため買うことはなかった。
今年はバイト先で丸顔の店長が「頼むから買ってくれよ」という顔をしていたが、縁起物とはいえ流石に好きでもないものを数千円出して買うほどではないので丁重にお断りしている。
(あれはなんかノルマあるんだろうなあ……バイトに強制購入させないだけうちの店長は良心的だわ……)
味噌汁を小皿に数滴落として味を確かめながらミナはそんなことを思っていた。
魚焼きグリルの上の餅が膨れてきたのを確認して火を止め、それを椀に入れては味噌汁を注ぐ。
餅は最初は2枚入れるのが定番だった。
そうして出来上がったお雑煮を食卓に運ぶ。
いただきます、と今は魂しか繋がりのない親子が言って食べ始めた。
ミナがテレビを付け、チャンネルを惟神テレビに変えると、正月特番のバラエティすらやっていないいつもどおりのラインナップで放送をしていることに安堵する。
今はなんと風雲!た○し城の再放送が画面に写っていた。
「カーチャン、オレこれ見たことあんまないんだけど」
「あんた3歳位の頃に終わった番組だし、そりゃそうでしょ」
餅を伸ばしながら聞くと、カーチャンからそんな言葉が帰ってくる。
「あ、水落ちした」
画面の中では某有名特撮番組のセミっぽい宇宙忍者がすべって不透明できったなそうな水の中にドボンと落ちていた。
よくよく番組表を見ると、次は「甦れ!ウ○トラ○ン」と書かれていて、あーそういうつながりねーと伸ばした餅を口に入れる。
その次は一昨年放映された風雲!た○し城のリバイバルが入っていて、それには当時最新の某有名特撮番組シリーズのライバル役を務めた新進気鋭の芸人が最後の戦車戦に出ていたことを覚えていた。
「あー、そういうつながりねー」
もう一度そういうと、自分の椀にも母の椀にも餅がなくなっていることに気づく。
「焼く?」「酒にするべ」
そう言葉をかわして、立ち上がったミナが冷蔵庫から日本酒を取り出そうとした時、ピンポン、と玄関のチャイムが鳴った。
「はーい!」
冷酒を流し台に置くと、ミナはすぐに玄関に向かう。
覗き穴から一応確認すると、先程おせち料理の件で脳裏に浮かべていた丸顔の店長の顔が見えていた―――
丸顔の店長、阿南岬は現在39歳独身の女性である。
昔……と言ってももう10年ほど前までは市の水道局に勤める茜の後輩だった人物である。
その時期、コンビニのFC契約をした父親が過労で倒れ、それを継ぐ形で水道局を退職しコンビニの店長となった。
いわゆる流行っていないFC契約のコンビニエンスストアは、オーナーが最悪数千万の借金を背負い込む職業のため、彼女の公務員としての給与では返しきれなかったというのがそうせざるを得なかった理由である。
しかも本来ならば父親の保険金で支払われるはずだった借金は、彼女にはあまり理解できない理由で保険金が支払われずに彼女の借金となってしまったのである。
その後、あまりの忙しさに当時付き合っていた彼氏とも別れ、今やアラフォーとなった悲しい女性だった。
そんな彼女は、水門家の居間に正面を茜、右隣をミナ、左隣をルルに囲まれている。
ミナは磯辺焼きとお茶を憔悴しきった彼女の前に置いて座ると、「どうしたんですか、店長」と声をかけた。
「た、助けてください先輩、ミナちゃん、ルルくん!このままじゃ、あたし殺されちゃいます!!」
「「「―――はい?」」」
あまりに必死な彼女の声に、親子は三人揃って、間の抜けた声を出すことになるのであった。
オホン、と茜が一つ咳払いをして「まあ、落ち着きなさい」と言って彼女の分厚い瓶底眼鏡の下の瞳を見つめる。
「一体何があったの?うちのさぶ……いえ、ミナの話じゃ、今月入ってからはバイトくんの数も増えて安定してるって話聞いてたんだけど?」
「そうじゃないんですぅ!違うんですよ!お店のことじゃなくて……!あの、そのぉ!!」
普段の店長とは違った、おかしなテンションで岬は叫ぶ。
「だから落ち着きなさいって。ほら、お茶飲んで。お餅食べて」
茜が皿を少し前に出してやると、岬は餅を掴んで一気に口に放り込み、詰まりかけてお茶を飲んでゲホゲホと咳き込む。
ミナがハンカチを渡すと同時に、茜が「4度目は言わんぞ。落ち着け」と低い声で彼女を睨んだ。
その眼力に気圧されて、岬はヒッと恐怖の声を上げると、ハンカチで口元を拭いて口を開く。
「じ、実はぁ……こ、こんなことがぁ……」
泣き出しそうなアラフォーの疲れ切った声が、少しずつ事情を漏らしていくのだった。
岬曰く、最近奇妙な夢を見るという。
子供の頃にあこがれた、人々に夢を振りまく魔法少女。
その姿を象って、彼女は空を飛ぶ。
空を飛んで、人々の夢を蝕む黒い魔物と戦って、勝って町に恵みの雨を降らせる夢。
稚拙で、楽しい、普段なら決して人に話すことなどしないような恥ずかしい夢。
そんな夢を見るというのだ。
「へ?”それ”に殺される?それってなんのジョークなの、阿南さん」
今にも爆笑しそうな半笑いで茜が聞くと、怯えた声で岬は続けた。
笑われることなど覚悟の上、むしろ笑われてもどうにかしなければという気持ちが強くあるようだ。
「笑っても全然いいです。でも、聞いてください。お願いします!」
―――夢を見た後、必ず恐ろしいことが起きる、と岬は言う。
「恐ろしいこと?」
ミナが聞き返すと、岬は、えへへ、と不気味な笑みを浮かべて俯いた。
「そろそろ『時間』になりますから……見て、ください」
そうして、右腕を差し出してしばらくすると―――ぎしり、とその腕が歪んで、ねじれて。
「……これは……!?」
気づいたときには、その腕の肘から先は―――まるで、子供の手になっていた。
小さく瑞々しい少女の一の腕。
それが40代にならんとする女性の肘から生えていた。
今の岬が浮かべている力なく不気味な笑みと比べても、それは何倍も気味の悪い光景だった。
「阿南さん、これは……」
「最初は、爪の先の違和感だけでした。夢を見るたび、寝て起きるたびに、だんだん、だんだん……」
右腕をもう片方の腕で隠し、岬は俯く。
「ミナちゃんの、お菓子。もらったクッキーを、食べて、半日くらいは元に戻るんです。わけわかんないですよ。なんでこんなことになるんでしょう。あたし、ちゃんと生きてるのに。こんなわけのわからないコトで殺されるなんて、嫌です……」
泣き笑いの顔でそう言って、三人の顔を時計回りで順番に見回した。
「助けてください……お願いします……何か知ってるんですよね?」
そして、すがるようにミナの顔を見た。
(……ハイエルフの焼き菓子で治る?一時的に?確かにアレは食べる霊薬の類だけど、私のはそんな効果はないし、第一焼き菓子が原因ということも……)
ミナは数秒だけそう考えこむと、茜の方を見る。
茜はミナに頷くと、ニヤリと笑った。
「うちの娘に任せておきなさい。なんとかしてくれるわ。そうでしょ―――ミナ」
茜は視線を娘に向けてそう言って、娘はそれに「まーかせて!」と返す。
「私に任せてください、店長!実は何を隠そう、こういうことは得意なんですよ!」
岬の手を、疲れた大人の手と小さな子供の手を握り、ミナは笑った。
「まずは私の部屋に来てください。詳しい話を聞かせてくださいね」
その笑顔に、仕事に、そしてこの謎の症状に悩まされていた女は、深くうなずくと涙をこぼしたのだった。
まずミナはこの店長に自分の素性を話すわけにはいかないと感じていたので、自分のベッドに座らせるととその肩に毛布をかけてあげる。
「あの、なにを、するんです?」
「ちょっと正直になれるおまじないをするだけですよー安心してくださいねえー」
ニコニコと笑いながら言うと、ミナは岬の両肩を掴んでその瞳を見つめる。
そして小さく小声で呪文を唱え始めた。
「小さいあなた、心に潜む人スプライトさん。こちらの方に微睡を、私の言葉に従わせてね」
精霊術は精霊語、つまりエルフの言葉で唱えられるため、その意味は岬にはわからない。
ただ、ミナの目に灯った光を見た瞬間、岬の意識はあいまいな状態となり、左腕で隠されていた「少女の腕」もあらわになる。
「よし、ヒュプノは効いてるわね。それじゃ、まずは状態異常を確認しましょう」
催眠の魔法で岬の自意識が希薄になったことを確認したミナは、バッグから虫眼鏡のようなものを取り出す。
グリッチ・エッグは剣と魔法の世界だが、身体や精神の状態を数値化して確認する魔法的な手段は通常存在しない。
近代的な医療技術も未発達な地域が多いため、普通は検査などは前近代的な手段に頼らなくてはならない。
しかしながら、中にはそこをどうにかしてくれるマジックアイテムなども存在し、ミナが持っている虫眼鏡もその一つだ。
「マメラ教授のルーペ」と呼ばれるそれは、それを通して見た動物に状態異常、つまり病気やケガ、中毒などの疾患がないかどうか、あるならばその種類を使用者の知識に応じて教えてくれる医師垂涎の品である。
このアイテムは制限が多く、植物や非生物には使用できないため、先のチハたん暴走事件では出番がなかったが、今回は人間相手のため十分に出番があった。
それを通して見た岬の頭と少女化した腕には、「呪い」があることだけがミナにはわかった。
「なんかの呪いがかかってるわね。何の呪いかはわかんないから、少なくとも私が知らない呪いね」
「そうですね。僕にもわからない呪いです。下手にリムーブ・カースを使うのは反対ですね。前と同じくバグ関連だと解呪しきれない可能性が高い」
ルルもマメラ教授のルーペを覗き込んでそう判断した。
「マジかールルが知らない呪いとかなくない?」
「個人の作った独自の術式だと僕でも初見では全部はわかりませんよ。それより、どうします?ドリームステッキはないですし」
ルルの言葉にミナは腕を組んで、うーん、と唸り始める。
「とにかく、次の夜に何が起きるかを……」
その時だった。
日々の過剰労働で寝不足と疲労がたまっている岬である。
催眠の魔法による負担に耐えられるわけもなく、そのままコテンとベッドに転がると安らかな吐息をついて眠り始めてしまった。
「うーん、じゃあ魔法を解いて……ッ!?」
瞬間、ピカッと何かが輝き、そして―――
そこには。
先ほどまでの岬よりは若いが、おそらくは20代後半というところだろうか。
―――煌めく衣装を身にまとった、丸顔の魔法少女がそこにはいたのだった。
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