異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第221話「南へ行ってみよう 昔のお話Ⅴ①」

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酒の魔王との戦いの後……

 

ミナたち一行は、なくなってしまった―――酒の魔王に囚われてしまった―――城館を去り、麓の町へと降りてきていた。

 

そして、一旦ハーフエルフの酒場店主クルースに報告をするため酒場までやってきていたのだ。

 

「……なんと、そんなことが。ご領主がそんなことになっていたとは……」

 

クルースは事の顛末を聞き、瞑目して唸ってしまう。

 

彼が唸るもの無理からぬ事。

 

無論領主や、目の前の領主夫人を慮らぬわけではないが、それ以上に問題があるためだ。

 

この街は比較的治安は良いものの、領主の城館がなくなってしまったとあらば山賊、盗賊の類が跋扈し始めるのもの時間の問題だ。

 

「うむ。酒の魔王を討伐するためにも、王に窮状を伝えるためにも我らは南へ向かう」

 

城館付の魔術師ラトリがそう言って、未だ憔悴している城主夫人ナターシャを気遣って彼女の肩に毛布をかけてあげた。

 

今は夜も夜、深夜―――時間で言えば丑三つ時。

 

「一晩ここで休ましちぇくれっけぁ?朝には出るでよぇ」

 

ドワーフのカイムがそういうと、「もちろんいいですよ。ただ、寝具はありますがスペースはないので、此方の床か馬小屋でお休みになっていただくことになりますが」とクルースが答える。

 

「それでいいわ。馬小屋なら飼葉もあるし、そっちを借りる」

 

ミナが立ち上がって、そう言った。

 

この酒場はよくよく見れば結構な隙間風のある造りであり、同じ隙間風があるなら防寒具となる飼葉がある馬小屋のほうがマシというものであると判断した結果だ。

 

「では、早速休むとしますか」

 

そうしてミナは馬小屋へとてくてくと歩いていく。

 

背中からフツフツと怒りの粒子を感じたのは気の所為ではない。

 

残りわずか百日で酒神の神殿で酒精の秘密を得なければならないのだ。

 

急ぐ必要がある。

 

「……そう怒らないでくれ、ミナ。私も悲しくなる」

 

「……大丈夫よ、ナターシャ。はい、これ」

 

ミナは彼女に毛布を渡して、そのまま馬小屋の方へと去っていった。

 

「相当不機嫌だわいな」

 

「ええ、間違いないですね」

 

ルルとカイムがそう言って、ため息を付き彼女の後を追う。

 

「それじゃあクルースさん。おやすみなさい」

 

ルルがそう頭を下げると、ラトリも無言で会釈をして、二人は同時に酒場の扉を出ていった。

 

その後姿が完全に馬小屋へと消えていって、クルースは一言「とんでもないことになったもんだ」と冷汗が流れる頬を布で拭ったのであった。

 

 

 

「ではお達者で」

 

クルースはそう言って、報酬であるハーブ茶の茶葉を袋いっぱいに入れて渡してきた。

 

「ありがとうございます。それじゃあ、お元気で」

 

ミナはそう言って握手すると、踵を返し酒場を出る。

 

「よし……じゃあ行きましょう!」

 

拳を振り上げる彼女の姿に、ルルは少しだけホッとする。

 

「機嫌はぁ治ったみてぇだなや」

 

「そのようです」

 

ルルはカイムに短くそう返して、「ここからボラートの街まで、およそ歩いて10日というところですね」と地図を出した。

 

「難所はぁ……ねけんべかっちょ、賊なぁ注意せんとならんぇ」

 

「そうですねえ……大きな橋が幾つかありますから、そこで待ち伏せされると面倒くさい。殺してしまうのが吉ですが、橋の近くでは攻撃呪文も爆弾酒も使いにくいですからねぇ」

 

橋というインフラを壊してしまうのは、地域経済にとって重大なことだ。

 

そのため橋の近くには関所や兵の詰め所が設けられていることが多いが……

 

「ここと、ここ、ここの橋には衛兵の詰め所がありません。村が近いため、自警団がいるのです。ただ……」

 

ラトリが地図を覗き込んで、地図上の幾つかの橋に指差してそう言い淀んだ。

 

「わかっとぉわぁ。自警団っちゃ、そのまんーま山賊になってっこたぁあっけんなぁ」

 

カイムがグビリと餞別にクルースが渡してきた酒を煽る。

 

「まずぅいわぁ。こんなぁでもないよかましだけっちょん」

 

ひとしきり文句をいうと、カイムは革袋の酒を一息に飲み干し、げふぅと大きな音を立ててゲップを吐いた。

 

文句を言いながら飲み干したことを思えば、彼も感謝はしているのだろうとミナは思った。

 

「領外の村まで出たらワインあたりは買えるだろう。金ではいかん場合もあるが、その場合物々交換でどうにかなる」

 

ナターシャがそう言って、荷物を背負う。

 

「物々交換になったら、交換するのは……干し魚あたりかしら。ここらへんの川は魚が取れそうにないし」

 

川の中に殆ど植物の精霊力がないことにミナは気づいていて、そう言って口をへの字に曲げた。

 

「ほう。植物の精霊力がないと、川に魚がいない?」

 

「居すぎても駄目だけどね」

 

かなり澄んだ川や海にも植物の精霊が居ることは古くからエルフの間では知られていることだ。

 

それがなぜか、というのはこの世界の科学知識では未だ不明瞭なことだったが、ミナは前世の知識で河川や海の栄養状態と植物の精霊力が直結しているのだとわかっていた。

 

栄養状態が良い水系では植物プランクトンが育ち、それが植物の精霊を呼ぶ。

 

しかし、今、街の真ん中を流れている河にミナは植物の精霊の存在を感じることが出来なかった。

 

街を流れる河は貧栄養状態すぎるのだ。

 

それはつまり、河川に流れ込む土砂にも植物プランクトンを育てる栄養がないということを示していた。

 

これでは作物もろくに育つまい。

 

「……うーん、昔からこんなだったわけではないらしいんだ。やはりこれも酒の魔王の影響なのだろうか」

 

「……その可能性は十分にあるわ。酒精は神様の贈り物。しかし酒は毒を産むモノを抑え、水から毒を消すと同時に、飲みすぎれば体を犯す毒にもなりうるもの」

 

ミナが今まで見てきた多くの山人たちでも、彼女の見立てるところ酒が体を蝕んでいる例は幾つもあった。

 

只人の何十倍もアルコールに耐性のあるドワーフとてそうなのである。

 

まして植物プランクトン、微生物など酒の魔王に毒された―――文字通りの毒酒の影響下にあればそれは全滅してしまうだろう。

 

……土の精霊がまだ生きているから、この地はまだ生きているだけだ。

 

ミナは酒の魔王との戦いを経て、この地が、シースター王国が貧しい理由の大半を悟ることに成功していた。

 

―――しかし、これを神相手に……彼女が信仰する調和神以外に立証できるための科学的な知見がこの世界にはなく、水門三郎であったミナ本人も簡単な科学知識こそあれど、顕微鏡などを作るような専門知識はない。

 

伝えるのは優れた錬金術師や鍛冶師でなければいけないし、それだって理解してもらえない可能性はあるのだ。

 

ともあれ……早く解決しなければならない理由が一つ増えたと感じつつ、ミナたちは街の出口へと向かっていった。

 

 

 

それから三日後。

 

途中の村を幾つか過ぎ、主に酒と食料を購入した一行は道程の三分の一ほどの場所にある橋を通過しようとしていた。

 

橋にはの上を通りながら、ナターシャは「おかしい」と一言つぶやいた。

 

「……あ、やっぱり?」

 

南へ赴けば赴くほど、やたらと寒くなっていくのである。

 

今は秋の入り口ほどの時期だが、これでは晩秋と思えるほどに寒かった。

 

「途中の村の大麦やライ麦も全然元気なかったし、何より―――気配がない」

 

ミナはそう言って橋の欄干から下を覗いてみた。

 

「……やっぱりここにもいないか」

 

ミナはフッと息を吐いて、唇を手のひらで覆ってギシリときしむように笑う。

 

「……橋の下って、悪党が潜んでることが多いのにね」

 

「じゃあわいな。こいわぁおかしぃんがよ。橋なぁ3つありゃあ1個ぁぁ盗賊さぁいるもんじゃわいぇ」

 

カイムも腑に落ちぬとばかりに葡萄酒を呷った。

 

「そもそもこの寒さが異常なのです。温泉が近いので、こんな寒さになることはまずありえない……」

 

ラトリがそう言って空を見上げたその時、ひらり、と舞うかのように一つ雪の結晶が舞い降りてくる。

 

「まさか……」

 

ミナはその雪の粒子が自分の手のひらに降りて消えたのを見て、虚を突かれたような顔で空を見る。

 

「……また厄介ごとの臭いがするわね」

 

収穫前のこの時期に、手のひらに降りた―――雪。

 

居ない盗賊、元気のない作物たち、そしてこの寒さ。

 

ミナは何かを思い出しそうになるが、思い出すことはできない。

 

―――ただただ、厄介事になるのではないかという気持ちだけが膨れ上がっていったのであった。

 

 

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