異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第222話「ナターシャの故郷に行ってみよう 昔のお話Ⅴ②」

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それから一週間。

 

目の前には――― 一面の銀世界が広がっていた。

 

眼下には温泉地と思われる街……ボラートの街が広がっている。

 

大きな建物が幾つもあって湯気が大量に上がっていることを見れば、あれらは大型の入浴施設なのだろう。

 

その周辺にはこの国にしては豪奢な作りの建物が群がるように立ち並んでおり、貴族や金持ちの館なのだろう。

 

熱水鉱床が存在するということは、同時に温泉も存在するということ。

 

そして街の周りにはブドウ畑と思われる果樹の畑が広がっているのが崖の上からでも見て取れた。

 

しかし、一切が停止しているかのように―――白く染まっている。

 

雪と霜、氷によって……

 

ミナは何が起きているのかわからないまま、後ろを振り返ればナターシャとラトリの表情が凍りついているのがよくわかった。

 

「……異常、ってことでいいわよね?」

 

「む、無論だ!この地にこんな雪など降らない!」

 

ナターシャが叫ぶ。

 

不可解なものを見たものが抱く困惑と、その影にある不安が綯い交ぜになった表情。

 

ミナはそれを見た途端に「行くわよ、ルル!師匠は二人と一緒にあの……街の真ん中、3つある湯気が出てる建物の左から二つ目の建物まで来て!」と指示して、ルルをの首をひっつかむ。

 

「あの」「抗議は後、崖を降りるわよ!!」

 

ミナはそのまま傾斜が60度くらいある雪で覆われた崖を滑降していく。

 

もちろん、ルルは首根っこを掴まれたまま。

 

「ちょっとミナ!?」

 

「へーきへーき!」

 

後ろからナターシャの驚愕の声が聞こえてくるが、ミナにとってはこの程度は造作も無いことである。

 

後ろからドテポキグシャとルルが崖を転がっている音が聞こえるが何のこともない。

 

30メートルはある崖を一気に下ったミナは、隣で首を折っている―――なにかの比喩ではなく、地面に変な角度で衝突して首を嫌な角度に折り曲げたルルに「行くわよ!」とまた襟首を掴んで、次の崖を滑り降りていった。

 

「……あれ、大丈夫なのですか、カイム殿」

 

「心配ないわぇ。ミナぁがあの程度でしくじるとしたらぇ、よほど運がねぇ時だっぱい」

 

とカイムは街へ向かう道へ歩みだす。

 

「あ、いや、そうではなく、ラトリはルルが完全に死んでる首の角度してたことを心配してると思うのだけれども」

 

引きつった笑顔でナターシャが聞くが、「あぇで死んだぁらぁ苦労っちゃねえわいなぁ」とドワーフの詩人は小さな笛をピィと吹いた。

 

「あっちゃ心配すっこちゃなぇ。ワイらぁは道中確認ばぁして進みようぞ」

 

カイムはそうして街へ下る雪道を歩いていく。

 

「……不死の王とは言うが、あんな首が折れ曲がって生きているというのは……」

 

「だぁかぁら生きてねえからぁ」

 

不可解そうな顔のラトリがそう言いながらナターシャを立たせて、カイムの後ろを二人で追った。

 

一面の白が二人の不安を掻き立てる。

 

そうして今回のクエストの幕が上がったのであった。

 

 

 

果たしてミナの予感は当たる。

 

―――目の前には精巧な氷像が一つ。

 

「……ルル、何だと思う?」

 

「わかっているでしょう。人間が一瞬で凍りついたのでしょうね。まだ生命力は感知できますから、1日か2日以内にこの異常を解消できればどうにかなるでしょう」

 

ルルは淡々とそう言って、「これは興味深い現象ですね」と嬉しそうにしているので……

 

げんっ!と音が出るほど強く拳骨で殴られた。

 

「何するんです」「殴ったのよ!なめたこと抜かしてる前に手を動かせ!」

 

頭を擦るルルに、ミナはそういつもの様に悪態をつく。

 

「……これは精霊の力が全部停止している?」

 

「凍りついている、というのが正確そうですね。一定以下の生命力がなければ、これは体が瞬時に凍りつくのではないでしょうか」

 

ルルは表情をなくしてそう分析し、ミナもそうとしか言えないことに首肯した。

 

「こんなことができるのは……上位精霊でないとするのなら」

 

「ええ……おそらくは巨人族の仕業でしょう。となると……」

 

ルルは目の前で凍りついている女児の目を見つめ、そしてすぐに立ち上がって彼女の目線の先を見据える。

 

「あの蒸気らしき煙が出ている建物……あそこに行ってみるしかないようですね」

 

「それしかないか……やれやれ。これは落とし前をつけなければいけないわね」

 

ミナはそう言って、同じく女児の隣で凍りついている男児の頬をなでて立ち上がった。

 

 

 

―――その建物にたどり着けば、すぐに。

 

「おお、良かったです!生存者がいました!!」

 

中から赤ら顔の神官服を着た少女が飛び出してきて、ミナの手を握った。

 

その首から下げている聖印付きのネックレスを見れば、彼女が酒神の神官であることはすぐにわかる。

 

「残念だけど、生存者じゃなくて救援に来た冒険者よ」

 

「それじゃあもっといいですよねえ!さぁさぁ!こちらへどうぞ!呪いをかぶってはいけない!」

 

少女は―――おそらくは15歳かそこらだと思われるが、明らかに酔っ払ってる顔でミナの手を握ったまま中へと連れて行こうとする。

 

外の寒さに反比例するかのように熱気が漏れてきているそこは、やはり見立て通りにこの地の公衆浴場なのだとわかった。

 

―――人々を氷漬けにしている霜と雪も、温泉に潜む火と水と土の精霊たちにはかなわないのだろう。

 

「わかったから引っ張んないでってば!」

 

「ふぅむ……ここは結界が敷かれているようですね。神の結界だ」

 

ルルはそうして、入口近くで立ち止まる。

 

「おやおや?そちら様は?」

 

「ん、いいのよ。彼は私の使い魔だから、神様の結界の中には入りづらいの」

 

ミナは全部は説明せず、ただの使い魔だと言ってルルに目配せをする。

 

「はいはい。外でカイム殿らが来るのを待ちますよ」

 

ルルはそうとだけ言って、ニコニコと笑って手を振った。

 

「そぉなんですねぇ……ま、いいです。さぁさぁ、こちらに来て大神官様にお会いくださいってば!」

 

ケラケラと明るく笑い、少女はミナを連れて行く。

 

そう、酒神の神官は基本的に常に酔っ払っている。

 

酒神の加護でアルコールによってもたらされるバッドステータスや病気の類―――主に肝臓や腎臓の病―――はほとんどすべてがかからない。

 

―――二日酔いでさえも。

 

その代わりに常に酔っ払っている。

 

酔っ払い続けているし、酒を飲めばもっと酔っ払う。

 

でも悪酔いもしなければ、倒れてしまったりすることもない。

 

眠りに関する状態異常を受けやすくなること、思考力が落ちてうかつな行動をしやすくなるのが酒の神に愛されるデメリットである。

 

酒の魔王とはある意味で真逆の性質を持つのが酒神というものであった。

 

「生存者の方を連れてきました、大神官様ぁ~~」

 

少女がくるくる回りながら、生存者と思しき爺さんにカップを渡している真っ赤な顔の男に話しかけた。

 

「生存者じゃなくて救援に来た冒険者ですよ」

 

ミナは酔っ払いに付き合うのは大変だなあ、と普段カイムにかけている迷惑のことは棚に上げつつ少女をベンチに座らせる。

 

どうやらここは元脱衣所のようで、今は避難所に使われているようであった。

 

「おっ、待てよ待てよ。爺さん、温めた薄めたワインだけど、一気に飲むなよ。体がびっくりしちまあぜ」

 

男は立ち上がると、ミナの方へとしっかりとした足取りで近づいてくる―――が、近づいてくればすんごい酒の臭いで少しだけ辟易する。

 

―――酒の魔王のダンジョンのことを思えば、大したことないか。

 

ミナはフッとため息をついてから、無限のバッグから調和神の聖杖を取り出して「お初にお目にかかります。正しき神々の同胞よ」とにっこり笑った。

 

「おおっ!会えて嬉しいですぞ、調和の神の使徒よ!ワシは酒神の使徒オルカ!よろしく頼みますぞ!」

 

オルカと名乗った酒神の大神官はそうしてミナの手を握る。

 

「どうも、よろしくお願いします―――早速ですけど、この惨状はいったい……」

 

ミナがそうして周囲にいる避難民と思しき、憔悴した人々を見回して聞くと、オルカは表情を深刻なものに変えて「ええっ!三日ほど前でしたかな?」と首をかしげる。

 

「四日前じゃ四日前」

 

そう指摘したのは、先程ワインを受け取った爺さんであった。

 

「そうそう!そうだったそうだった!四日前にだな。そこでうつらうつらしてるワシんところのアイナちゃんが、海の方からなんかでっかいのがやってくるのを見たんだわ!そんで、すぐにこのザマよ!」

 

唇をへの字に曲げて、オルカは「これじゃあワシの秘蔵の酒も、飲みにくいことこの上ないわい」と不機嫌な声を出した。

 

「それどころじゃないですよぉ……みんな氷像になって、酒神様の御神殿から逃げ出せたのわたしとオルカ様だけじゃあないですかあ……」

 

眠そうな目をこしこしとこすりながら、アイナと呼ばれた少女は立ち上がりこちらに近づいてきた。

 

「おいおい。お前、もう2日寝てねえんだぞ。酔っ払いの深夜テンションも限界じゃねえか。そのまま寝とけって」

 

フラフラしているアイナを、半ば強引に再びベンチに座らせて、オルカはそう言った。

 

「でぇもぉ……」

 

「良いから寝てろってばよ」

 

「はぁい……」

 

オルカから毛布を受け取った少女は、そのままベンチに横になり、そのまま寝てしまった。

 

「てぇわけでぇ……救援に来てくれたってんなら助かる!あの巨大な何かはよぉ……領主様の家で寝てるはずなんだわ」

 

オルカはそうして、ミナを見て「ぶっちゃけ俺も徹夜してっから、そろそろ限界なんだ……後は頼む……」とベンチに腰を下ろして、ゴォゴォとすごいいびきを立て始める。

 

「おやすみなさい……脳梗塞とか脳卒中じゃないわよね?」

 

ミナはそうして、「脳卒中とか脳梗塞も、内部の怪我みたいなもんだから回復魔法が効くのよね……一応、魔法かけとくか」とため息をついた。

 

「世界を調律する我等が祭神よ、癒やし直し治し戻す力を降り注がせたまえ。ミディアムヒール」

 

光が降り注ぎ、眠っているオルカとアイナに降り注いでいくと、疲れた赤ら顔が若干健康的な色合いを示す。

 

しかし、デカイいびきはそのままであったため、少なくとも脳の損傷があるわけではないようだった。

 

「あの、大神官様たちはダイジョブですかいな?」

 

そう聞いてきたのは、先程ワインを受け取った爺さんである。

 

不安そうに聞いてきたので、ミナは「大丈夫です。少々お疲れのようでしたので、調和神様の御手をお借りしました」と答えて微笑んだ。

 

―――そこに入ってきたのは。

 

「まぁったく。そうしてりゃあまともな神官さぁに見えんべかなぇ」と、皮肉交じりの言葉を紡ぐカイムである。

 

「あ、師匠。どうでした?」

 

「どうでしたんこうでしたんねえわいぁ。この惨状ぁ見たぁナターシャが泣き崩っち、ラトリがなだめぇてるとこだわいぁ」

 

ふぅっと深い溜め息をついて、カイムは肩をすくめた。

 

「あんの、ナターシャち言いましたか、今」

 

「ええ。此方の街のご出身だと聞いた、北の領地の領主夫人の方ですね」

 

爺さんに聞かれて、ミナは即座にそう返す。

 

途端、爺さんの表情は晴れて「ナターシャ様が戻ってきてくれたんか……んだら、早く領主様の館へ行ってくだせぇ。大神官様が仰られたように、この原因は館に居座った化物の仕業にちげえねえだ」とミナを真剣な目で見てきた。

 

「……おじいさん、なにか恐ろしいものでも見ましたか?」

 

その瞳を見据え、ミナもまた真剣に彼に質問をする。

 

「―――巨人じゃ。わしゃ、ここまで逃げてくる間に領主様の館に巨人が歩いていくところを見たんじゃ」

 

ミナはその言葉に、最悪の可能性を思い出す。

 

「……霜の巨人……?」

 

「まあじけぇ……爺さま、ほんとにそいぁ巨人じゃったかいや?」

 

カイムが爺さんの肩を掴んで聞くと、「ああ、間違いねえ。ありゃあワシが若い頃、冒険者に護衛してもらいながら行ったダンジョンで見た巨人と同じじゃった」と嘘を言っているようにはとても思えない様子で答えが帰ってくる。

 

「……であれば、これは納得のこと」

 

ミナは顎に手を当てて、霜の巨人の特徴を思い出す。

 

曰く、3キュル―――5メートル以上の巨体であり、その全身は氷よりも氷河よりもなお冷たく、霜を降らせてその領域にある生命を凍りつかせてしまうのだと。

 

もう90年近くは冒険しているミナでも、今までお目にかかったことのないレアモンスターである。

 

その知性は並の只人や森人よりも高く、その膂力はオーガやトロルといった巨人種すらも遥かに超えるという。

 

更に、ミナの近接格闘武器で現在最も威力の高い「吹雪」は使えないだろう。

 

「こいつは厄介ね……フェニックスやジンで焼き尽くすって手はあるけど、ぶっちゃけ領主の館にいるって時点でその手はNGよね……」

 

フェニックスやジン……炎の上位精霊の術ならば、おそらく倒すことはできることだろう。

 

だが、問題は―――霜の巨人のフィールドは、物の性質を変えるわけではないとミナは父シリウスに聞いていた。

 

つまり、氷像とされた人々は生命力を凍らされて停止しているだけで、霜の魔力を超える炎で焼かれれば普通に焼死してしまう。

 

―――バグダンジョンのように魔力で覆われている場所ならば、かつてルルのダンジョンで使ったときのように周りに影響を与えないが……

 

可燃物だらけの町中でそんなものを使えば、たちまち大火となることは目に見えている。

 

本当に霜の巨人フロストジャイアントだとすれば、相当高い知性を備えているタイプだと思いミナは頭をガシガシと掻いた。

 

「……考えていても仕方ないか。あるもので戦うのが冒険者ってもんだし」

 

ミナはそうつぶやくと、バッグの中から食料の類をあるだけ出していく。

 

「いいんかぇ?」

 

「流石にここにずっといるんじゃ、飯も酒も足りてないですよ。温泉のおかげで暖かくはあるから、せめてご飯だけでも、ね」

 

少なくとも、ここの人には必要なものであるとして、最低限を残して食料を出し終えると……

 

「……荷車3台分くらいありそうなんじゃが」

 

「あー無限のバッグには持てるだけ入れてますので」

 

避難民に目を丸くされ、爺さんに呆れた声を掛けられながらミナは頬をポリポリと掻く。

 

ミナとルルが持つ無限のバッグは、いくらでも収納できる上に重さを1万分の1にしてくれるすぐれものである。

 

こうしたときのために、食料はたっぷり詰めていたのであった。

 

「でぇもぉ火酒ははいってねぇんだわいなぁ……」

 

「高いんだもぉん……しゃーないのだわ」

 

消毒薬にもなるし、度数が高ければ着火剤にもなるため重宝する蒸留酒の類は基本的に値段が高く、特に大きな街に寄る暇のない長期の冒険では不足しがちであり、ドワーフにとっては死活問題と言えるものである。

 

主に生産している山人たちの集落では安めであることが多いが、それでも小さな甕一つ買えば金貨の10枚や20枚は軽く飛ぶ。

 

300~400円出せば安ウィスキーの180ml瓶が手に入る現代とは全く異なるのである。

 

蒸溜酒の原料となる醸造酒……主にワインの更に原料である葡萄を殆ど生産していないドワーフたちがどうやって火酒をそのビア樽のような体に収まるほどに生産できているのかは、ミナにとっては鋼の秘密に勝る謎であった。

 

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