異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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「と、いうわけで領主の館へ行くわよ!」
爺さんや避難民とともに、酒神の大神官オルカと神官アイナをベッドに寝かせてきたミナとカイムは、公衆浴場を出て泣き腫らした―――今は泣き止んでいるナターシャを見つめる。
「大丈夫?」
「大丈夫だとも。後1日半の間にどうにかすればいいのだろう?」
勝手知ったるボラートの街のこと、すぐにも領主の館へ赴けばそれもすぐに叶うだろうとナターシャは空元気を出していた。
ラトリはそれを見て、「いつものことです」と苦笑する。
彼女の空元気は、城館付きの魔術師殿にとっては見慣れたもので……
だからこそ早くどうにかしなければ、と彼は答えた。
「だよね……はなくなんとかしないとね……って、ルル、何やってるの?」
ルルは地面に降り積もる雪を採取しては、それを袋……無限のバッグではなく、カプリコーンの蔦を乾かし解いて作った繊維で編まれた魔法の袋に入れていく。
怪訝に思ったミナが聞いてみると、「薬の材料になりそうですから」と少女のような少年は何でもないことのように答えた。
「何の薬?」
「この場でも役に立ってくれそうなものですよ。臙脂の薬湯のね」
ミナはその言葉に聞き覚えがなく、「それなんの薬よ?秘密にすると後で酷いわよ?」と拳骨を握ってハーッとそれに息を吐きかける。
「ああ、ドラウトスケール……特殊な貝殻虫と氷の魔力を持つ水を使って作る薬湯です。効果は、冷え切った体を温めてくれることと……」
ルルはそうして、その効果を知っているらしい、顔をそのゴツゴツした……楽器を爪弾くには太すぎるように思える手のひらで顔を覆うカイムを見た。
「ああー知っとうがよ知っとうがよ。何つう事考えてんじゃこいつぁ」
呆れたカイムは気付けのワインを口に含んでため息をつく。
「え?どんな効果なんですか?」
「私も気になるな……」
ミナとナターシャの質問に、カイムは息をもう一つ吐いて「臙脂の薬湯ちはなぇ。『氷を燃やす』のよ」と答えてワインを呷った。
「氷を燃やすって……」
ミナの言葉に、ルルはニッコリと笑って。
「霜の巨人とあらばよく燃えるでしょう。ええ、館と言えど相手は巨人。館の中にはいないと推測されます。なのでガッツリ頭からブチ込んでやりましょう。何、これは錬金窯がなくとも作れる簡易的な薬です」
ミナは得意げに言う彼に。
「却下」と短く返した。
「下手すりゃ火事になるわそれ!聞く感じ氷と火の精霊を暴走させる薬じゃねえか!!」
ミナは握った拳を彼の脳天にガツンとぶつけて、「痛くした理由がわかるかおめー!?」と獰猛な笑みを浮かべた。
「……??? ええっと……もしかして、延焼するのがNG、とか?」
「当たり前でしょ!!一面の銀世界に、氷の精霊を反転させるような薬を、それもあんたの腕で作ったものをばらまいてみなさい!大惨事よ!大火事よ!!」
ミナの怒りに、ルルは悪びれもせずに「すぐに消せば大丈夫ですよ。それに人間が生きてれば良いんでしょう?」とまだなにか考えがあるようなことを言い出す。
「何?言わんでもわかるその厄さを言ってみろや」
ミナのドスが効いた声に怯むこともなく、少年はただ一言「停止の呪いを使って全員止めておけば良いんです」と答えて。
「憤怒ッ!!」「ああん!?」
ミナの握り拳がルルの鳩尾に思いっきり突き刺さった。
その攻撃でルルは地面にバウンドして、通りの向こうまで吹っ飛ぶが、そのまますっくと起き上がって折れ曲がった首と穴が空いた胴をすぐに回復させていく。
「チッ!大して効いてねえのがムカつくわね!当たり前に却下よ!却下!!」
こちらに「何するんですか」と心にもなさ気なことを言いながら近づいてきたルルに、ミナは大音声でそう返して肩を怒らせて歩き出す。
「いくわよ!ほっといたらこのバカがどんな和マンチパワープレイ戦法を思いつくかわからないわ!」
プリプリと怒るミナの後ろ姿が遠ざかっていき、やがてナターシャがプッと吹き出した。
「あははははっ!楽しいな、君たちは!元気づけてくれたんだろう?」
「いえ、そんなつもりはないんですが」
ルルがにべもなくそう答えるが、ナターシャは「わかってるさ、わかってるのさ!」と言って取り合わない。
ルルは少しだけ不満げに、ミナについていくナターシャの背中を追う。
その後ろを、どこか楽しそうな、ホッとしたようなラトリが続くのであった。
―――ボラートの街は葡萄の産地。
ナターシャはその領主の娘で、しばしの間冒険者をしていたのだという。
魔物とダンジョンの脅威と驚異を身を持って知らなければ、貴種たる貴族とは言えない……というのがこの街の領主の考えであったようだ。
その中で夫と出会い、紆余曲折を経て結婚したのだと、彼女は道中説明してくれた。
「……母はもう亡くなったが、父は健在。王の信頼も篤く、この領は安定していたんだ」
ナターシャは浮かない顔でそう言って、遂に観えた領主の城館を背にミナたちに「すまない。頼む」と短く言って、かつての自分の家を見つめる。
雪などろくに降らないはずのこの街で、今見えるのは真っ白く染まった雪の城だ。
「街の外から見たときは、あの建物に巨人がいるようには思えなかったが、どこにいるのでしょう」
ラトリが魔法の杖の調子を確かめつつそう聞くと、ミナは「霜の巨人は霜、雪、氷そのものと言える、半精霊・半物質の存在だから隠れてるのかも知れないわ」と表情も硬くそう答えた。
「巨人の中でも、炎と霜の巨人は原初の生き物たちの一つで、ある意味、私たちハイエルフに近いもの……」
ミナは歌うがごとくにそう言って、カイムを見た。
「わぁっとぉわ。今回は木精はないがよぁ」
霜と雪に覆われていても、物質は物質。
爆弾のたぐいをこの街中で使うわけには行かない。
ミナもカイムも、当然魔法をすなるラトリもそれはわかっていた。
わかっていないのは。
「なぜそこで効率良くやらないのです?城などいくらでも建て直せるでしょう」
わかっていないのは、不思議そうに首を傾げる色黒の少女にしか見えない少年だけである。
「可愛い顔して本当に恐ろしいことを言いますね、あなたは……」
遂にはそういうことをあまり言いそうにないラトリにまで呆れられていた。
「中の人ごと燃え尽きるからやめろっつってんだろうが!」
ミナは従者の尻に思いっきりミドルキックを叩き込むと、パァンという小気味良い音ともにに「ああぁん」という気色悪いルルの声が聞こえて憤然とする。
「気持ちよくなってんじゃねえよ!馬鹿野郎!!」
男口調で更に拳骨を食らわすと、ミナは「さーてどうすっかな……」と今の凶行を忘れたかのように、思案し始めた。
城館を焼くのが確かに手っ取り早いが、それではナターシャがあんまりにもあんまりである。
かといってもたついていては、人々が死に絶える。
――― 一番良いのは、正面から行って、巨人のプライドを刺激してやって正々堂々と街の外で戦うように誘導することだろうか。
フロストジャイアントが相手となれば、問題は彼の存在の知性だろう。
父シリウスの言葉をミナは思い出す。
『―――巨人の大半はね。そりゃあ知性のない怪物さ。でも、ごく一部、ほんのまれに、虹の帝の時代に一度切れたはずの神々とのつながりを取り戻し、知性を持つ巨人もいる……炎の巨人フレアギガース、そして霜の巨人フロストジャイアントが代表だね―――』
そして、彼らの多くは戦闘を望む。
より強いもの、より多いもの、より大いなるものと戦いたがる。
故に神々に疎まれ、龍たちに嫌われたのだと。
「……やっぱ正面から行くしかないか」
「そいしかあんめ」
カイムは諦めたように戦斧を担いでミナの前に立つ。
―――そして大音声を張り上げた。
「ワイはラチョマー山のカイムにござぁ!此処に潜みしは名にし負う霜の巨人殿とお見受けたぁ!現れワイらと戦ってくんろぇ!!」
ドワーフたちの作法に則り、酒瓶を一つ足元において決闘の申し込みを行ったカイムの声が霜に覆われた街に響き渡る。
流石にカイムは吟遊詩人。
霜の巨人の伝承もよく知っているようであった。
―――すると。
『我を呼んだか、山人よ!この私を!!』
周囲の霜が、雪が、氷が、大気中の水が一つの形を成していくではないか。
それは身長3キュル以上、5メートルを超える巨体を持つ巨人。
全身から背筋が凍るような冷気を放つ男がそこには屹立していた。
『―――ほう。冒険者か。それも我の目に適う実力を持っているようだな!』
ドン、と巨音を鳴らして遂にその足は地面にたどり着いた。
『名乗られい。カイムだったか。うぬ以外もな!』
自信満々といった風情の若い男の姿を―――しかし全身筋肉の塊と見える姿を氷霧の中から表して、巨人は吠える。
「―――イファンタは天護の森、黄昏の氏族のミナ」
静かにミナが名乗る。
「森人の勇者ミナ・トワイライトの従者、ルル・ホーレスです」
ルルがニコリと笑って、しかし瞳は全く笑っていない―――ガラスのような瞳でそう名乗って。
「北の領の魔術師、ラトリ・サウスカーヌ」
なるべく感情を交えぬように、ラトリが名乗った。
そして、最後に。
「わ、私はナターシャ!北の領の主、カーツ・ツマイサの妻にして、この地の主アレクスの娘!」
ナターシャが感情を抑えきれぬとばかりにそう叫んで、そして巨人の瞳を睨めつける。
「なぜだ!なぜこのようなことを!」
その感情は怒り。
それも炎のような怒りである。
『―――まずは名乗ろう。我はフリーム。北の海より、空と星を見るためにこの地にやってきた!この地は我が千里眼にて見た空で、最も美しい空であったがゆえに!!』
鷹揚に、綽々と、巨人は歌う。
それは―――彼女の怒りに火を注いだ。
「そんなことで……この街を凍結させたとでも言うのか!?貴様は!!」
ナターシャは叫び、そして短剣を構える。
構えて、その前に―――ミナが立った。
「……落ち着いて。こいつはまだ『誰も殺していない』はずよ」
静かな怒りと不機嫌を湛えて、ミナは彼女を止めるがごとくに手をかざした。
「―――ここから退去する気はあるでしょうか、巨人殿」
そしてゆっくりとそう聞いて、息を吐く。
その息は極寒の冷気の中、すぐさまダイアモンドダストのように凍りつき、消えていった。
消えていく吐息を見つめた巨人は、やがて―――
『ふっふふふ。ならば我に退いてほしい理由を言え。私は巨人。人の理など知らぬぞ?異なる理に生きるものにコトをさせたいのであれば、きちんと説明し、その上で対価を示すことだ』
そう指を振って笑う。
「そう……まあ、いいわ。このままだとこの地の人は皆、ひとり残らず死に絶えるわ。あなたが存在している限りね」
ミナはそうして、今にも戦闘を始めてしまいそうなナターシャの肩を抱いた。
言葉は巨人に向けられ、巨人は長い時間を掛けてゆっくりと鷹揚に頷く。
『ふふふふふ……それは出来ぬな。否、出来る者が今やって来た。この霜の領域を閉ざしたければ、我と戦い、私をひれ伏させることだ』
巨人は虚空からグレートソードを作り出し、それを地面に突き立てた。
「望むところだ!絶対に許さんぞ!!」
叫んだのはナターシャ。
それが戦いの合図となった。
『よろしい―――だが、力弱まれば我が領域ではたちまち凍りつくことを忘るるなかれ!!』
ゴウ、と巨人のが息を吐くとそれは即ち吹雪となって此方を襲う。
「破壊と渇望の王、呑み込み食らう我らが神よ。その赤き牙を盾と変えたまえ……デス・ウォール」
名乗った後に一切黙っていたルルは、唱えていた死の壁の術を解き放つ。
冷気を産んでいる魔力そのものは防ぎ切れないが、そのコールド・ブレスだけは完全に壁がシャットアウトした。
「よし!」
ミナはそうして、腰に佩いている剣―――酒の魔王との戦いでは使えなかった、炎の魔力を持つツヴァイハンダー……波打つ炎のような刀身を持つフランベルジュを抜き放つ。
「ラトリさん、ナターシャ!魔法と投擲で援護をお願い!師匠!」
「いよぁぁぁぁぁっ!!」
言うが早いか、カイムは戦斧を巨人を叩きつけんと吶喊していた。
『ふふふふっ!北の海には冒険者は殆ど来なかったからなぁ!楽しませてもらおうか、なぁッ!』
飛びかかったカイムを吹き飛ばさんと、巨人は大剣を横薙ぎにする。
カイムは、それを見切っていたのかグレートソードへと飛び乗って―――そして刃を蹴って、巨人の頭蓋へと斬りかかる―――だが。
『ふっふふふ。良いぞ、いいぞ山人!カイムと言ったか!私の頭蓋を砕くこの斧は良いものだな!はははははっ!!』
グシャリと潰れた頭は、周囲の冷気を吸ってあっという間に戻っていく。
「ぬぅっ!」
『そうら!油断はせぬことだ!足を見るが良い!!』
地面に降りたカイムが、先程氷の大剣を蹴った足を見れば―――それは。
「チィィ!凍っちくじゃちぃ!?」
徐々に靴の裏から、足が凍りつき始めていた。
「ルル!」
「わかっています。破壊と渇望の王、呑み込み食らう我らが神よ。怨敵の齎した縛鎖を壊し給え。破壊することにより癒やしを与え給え―――キュア!」
ミナの一声で、状態異常解除の神聖魔法キュアが唱えられた。
それはカイムの足を凍結から解放し、巨人の拳を間一髪で避けさせてくれた。
「おまぁにたすけられってとはなぉ!!」
カイムはそうして、地面から石を一つ拾って巨人へと投げた。
―――それはただの礫。
巨人にダメージなど与えられようはずもない。
しかし、「よしッ!今よ!」とミナが吠えた。
「偉大なるロジックよ!寄る辺なく燃える炎を我に!玉となり丸となり弾となし燃やし尽くせ!ファイヤーボール!」
ラトリが火球の魔法を唱える。
バグンッと轟音を響かせて魔法は礫へ着弾し、それが熱された礫となって巨人へと降り注ぎ―――そしてそれが一瞬だけ巨人の体を溶かしてその体中へと沈み込んでいった。
『うぬ……!?』
「ビンゴ!トーチャンの言ったとおりなのだわ!!」
ミナはそうしてフランベルジュを怯んだ巨人の大剣へと鍔迫合わせる。
『……ぬう!面白いことをしおるなぁ!』
フリームはそうして獰猛な笑みを浮かべて、自分の体をえぐり取ろうとするが―――
「させませんよ」
ルルがナターシャに何かを渡している―――それは。
「ファイアウェポンとエンチャントファイアが掛けられた石だ!!喰らえ!!」
ミトンを着けた女性が、スリングで次々に球を放ってくる。
『う、ぬうッ!』
「霜の巨人対策―――トーチャンの言ってたとおりなのだわ!油断大敵はそちらのようね!!」
もう一度父の言葉に感謝し、ミナは炎の剣を怯んだ巨人の指に叩き込む。
『やるな……ッ!!』
巨人は怯み、自らの体をえぐるスキを敵が与えてくれないことに憤り、しかしそれでも笑った。
―――からくりは簡単なことである。
魔法で熱された、あるいは冷やされた物質は、魔力というリソースが消費されきるまでの間は温度を保ち続ける。
霜の巨人は、その総てが氷の魔力で構成された存在といって過言ではない。
そこに熱された物質を当てれば、一瞬だけ溶けて―――僅かに取り込まれる。
そして魔力を失うまで、その物質は体内で毒のように巨人を蝕むのである。
霜の巨人と相対したハイエルフの戦士シリウスが、命を賭けた友の犠牲で確立した戦法である。
『はははははは!楽しいぞ!ふふふ!ははははっ!』
巨人は吠える。
吠えて大剣を振り下ろし、氷礫を、氷柱、雪塊を放つ。
「ちっ……魔法まで使い出したか!いい?ナターシャとラトリさんは絶対ルルのそばを離れないでね!」
ミナは叫んで、「きいやぁぁぁぁぁっ!!」と怪鳥音を口から張り上げて、巨人の大剣を切り払う。
「第二ラウンドってところかぁッ!!」
叫んで、ギリと歯ぎしりをして巨人を睨めつけた。
日は高く、しかし雪を降らせる雲に覆われ。
未だ太陽は降り注がない。
戦いはまだまだこれからであった。
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