異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第229話「いやいやいやいやいや!それっとすごく強いってことじゃないのです?!」

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「夕さんには不快かもしれませんが、言わせていただきます。あの年月を―――おそらく時間の狂ったこの船の中で過ごして、あのような急激な身体の変化を行うことが出来るというのに、心臓を破壊されただけで死ぬ吸血鬼というのは、僕も見えたことはありません。おそらく―――変異種の類」

 

しばらく進み、烹炊所と思われる場所まで来て休憩していた一行のなかで、ルルはそう言って怪訝な顔をした。

 

「研究所上層ダンジョンの吸血鬼兵たちよりも遥かに完成度が高い『人間兵器』と思われるのに、驚くほどに脆かった……何か心当たりはありますか、廻さん、夕さん」

 

ルルに話を振られた廻と夕は、それぞれに「推定は出来る。だが確証はない」「おそらくはバグによる変異と思われるが、逆にバグを利用して不死性よりも戦闘力を強化する方向で進化した可能性はある。廻と同じく確証はないから、私からは結論は出せない」とはっきりと断言はしなかった。

 

「……本人で選んだものか、バグによる強制であるものか。いずれにせよ、『趣味が悪い』」

 

夕は憎々しげにそう言って、サラミを噛みちぎった。

 

そしてガシガシと軽めのスナックでも食べるかのように、それを食べ切ると「……人生は歩き回る影にすぎない、か」と言って瞑目する。

 

「シェイクスピアですか」

 

岬がそう言って、夕にお弁当―――岬が作ってきたもの―――を渡す。

 

それを受け取った夕は、何かに苛立っているかのようにそれをワシワシと体の中へと掻き込んでいく。

 

まるでそれはやけ食いをする人間のようで、ミナは「気にすることはないわよ。バグに侵されたものが正気であることはありえない。理性を保っているように見えただけ……」と寂しそうな笑顔で彼女の肩に手を置いた。

 

「気安いぞ」

 

「仲間だもの―――只人もエルフもドワーフもタイニーも、竜人や獣人も。地球人だって影のようなものよ。悠久である竜や永遠である神に比べれば」

 

『その永遠すらも必ず朽ちる。永遠は不滅ではないのだなあ、麗しい姿のからくり人形殿よ』

 

露骨に不機嫌になる夕に、ミナがニッコリと笑いかけると、その後をカレーナが継ぐ。

 

ならば、と夕は弁当の中のカリフラワーをボリンと咀嚼して、「ならば刹那が不滅である可能性もなくはなかろう」と言ってミナの手を払い除けた。

 

「そうよ。そしてバグの世界は。バグダンジョンというものはそういうものもたやすく反転させてしまうわ」

 

信念を妄執に。

 

理解を誤解に。

 

正答を無答に。

 

すべての理を総ての理不尽に。

 

「あれはそういうものだから、夕ちゃんは気にする必要はない―――」

 

そう言って、ルルの頭をつかんだ。

 

「無神経よ、バカ」とルルの頭をギリギリと締め付けながら、涼しい顔でミナは烹炊所の椅子に座り直した。

 

「痛いんですが」「痛くしてるの。とは言え、ヒントは得たわ」

 

ミナはルルの頭を離すと、机に振り子のようなものを置く。

 

「これはただの振り子よ。見た目通りに―――この船は恐ろしいことに、ほぼ海底に水平に着底しているわ。でも、だというのに揺らさなくてもほら」とミナが振り子の玉から手を離すと、瞬時にそれは右の方向に90度傾いていった。

 

「重力が歪んでるというか、これは……どういうことなんだい、ミナねーちゃん。あたいたち、別に右の方に重力感じないんだけど」

 

恋が怪訝な顔でそう聞くと、ミナは一つ大きく頷いた。

 

「そのとおり。この空間には謎のベクトルが働いている―――これと似たものを私は時間神ルアックの試練の時に見たわ」

 

「―――本来器物である私達にも影響して不思議はないのに、影響しない重力の歪み……いや、これは重力ではないな」

 

夕は弁当を持ち上げて落とそうとする―――するとわずかに落下の機動が「まっすぐ」ではなく「ずれた」。

 

「……弁当はわずかに曲がったが、その振り子はまっすぐに右を指している……まさかとは思うが、だ……時間の流れかなにかが、その理不尽な動きにつながっているのか?」

 

夕がミナを見れば、彼女はそのままゆっくりと首を縦に振る。

 

「時間の流れを可視化するベクトル―――ただし、意志を持つもの、意志を持つものが思いを込めて作ったものにはほとんど影響しないの。お弁当がほぼまっすぐ落ちたのも、岬が思いを込めて作ったものだから……」

 

ミナはそうして、ため息をついた。

 

「―――つまり、ここには時間に関わる存在がいるってことなのよ……それも神に近い何かが……」

 

その笑みは、わずかに力なく。

 

「ああ、つまり例の上位精霊の進化体がいるってことなのですね!」

 

四十路のくせに屈託ない笑みでそう言った岬に、かすかにじっとりした視線を送った。

 

「そーよ、そーなのよ……おそらくは水の上位精霊が変異したもの……土は星と重力、風は空間、水は時間、そして火は波動という上位概念を持つからね」

 

ミナはそうして大きなため息をつく。

 

―――その理由は何かと言えば。

 

「なにか気になることでもあるのか?」

 

その理由を聞いたのは、もちろん夕である。

 

「水の上位精霊は、水が数多の生命の源であるように―――結構たくさんいるんだけどね。荒ぶる精霊が多いのよ。荒ぶる嵐と波たるクラーケンでしょ。命なき原初の海たるポントスでしょ。他にもねぇ……」

 

勇者はもう一度ため息をついて、肩をすくめる。

 

「……察するにだな。それらがこの現象を引き起こし、信濃をバグダンジョンとしている存在であるほうが『良い』と思っているな?」

 

夕はそう言ってミナの肩をつかんだ。

 

「―――そうよ。ぶっちゃけあれが一番厄介―――涌き出る泉と真水の精霊ヴァダーよ」

 

ミナはそう言って口をへの字に結んだ。

 

『精霊のくせに強欲。人の願いを叶えると嘯き、破滅に落とす神気取りじゃ。あやつに比べればノトスやバハムートは可愛いものよ』

 

「そうですね。性格の良い悪いでは火の上位精霊たちのほうが遥かにマシですよ」

 

カレーナとルルが口々にそのヴァダーなる存在を悪し様にいう。

 

「それはカレーナおばあちゃんよりも性格悪いのです?」

 

岬がストレートにそういうと、『失敬な。我は別れた夫にはきちんとその後の人生を生きるために必要な財は渡しておったぞ。此方の世界のなんといったか、オトーヒメなるものよりマシじゃわ』とカレーナは、姿が見えたら唇を尖らせてそうな抗議をしてきた。

 

軽く浦島太郎の乙姫様をディスったカレーナだったが、そのことは忘れてミナが言葉をつなげる。

 

「まあアレに比べたらバーチャンはまるでマシっつーか、ガチの馬鹿系悪女だもん……あのゴミ泉の女神」

 

妖精の勇者が憎々しげにそういうと、ルルが「いっその事この船ごと消しちゃいましょうか。別に僕ら何も困りませんし」とにこやかに言ってくる。

 

「うーむ、まあそれでも良いのかもしれんが……それで滅びなかったらどうするんだ、それは」

 

廻が煙草をくゆらせてそう返すと、「うんそれが一番厄介ですね!やめとこう!」とミナはいい笑顔でサムズアップをした。

 

「とりあえずこっちがひでえ目に遭うか、あっちをひでえ目に遭わせるかの二択になったわ。この後、何が起きても絶対にパーティ分断だけは避けるわよ!何されるかわからん!!」

 

ミナがそう言った瞬間。

 

烹炊所のドアが開いて、そこから大量のゾンビ―――ではなく。

 

腕がメイスと機関砲になっている、黒髪の女性たちであった。

 

「……あ、これは間違いない。私の試作躯体の模造品だな」

 

機関砲をそれらに向けつつ、夕はなんでもないことのように言う。

 

「いやいやいやいやいや!それっとすごく強いってことじゃないのです?!」

 

独楽を紐にセットした岬がそう問うと、「強いものか。潜入用の躯体の初期型はほぼ人間の複製体……クローンというのだったな。それとかわらんよ」と機関砲を一斉射する。

 

『うぁぁぁぁぁぁぁ?』

 

すると、当然のように何が起きているのかもわからないまま全身を対人用の弾丸に貫かれて、女達は倒れ伏していく。

 

「ご覧のとおりだ。何か議論の余地は?」

 

「完全に人間してるから怖いってだけが問題なのです!!」

 

岬が独楽をぶん投げると、リアルな造形の―――人間と変わらない異形が血溜まりと肉塊と化して吹き飛んでいく。

 

「世界を調律する我らが祭神よ!その御手を盾として我等を厄災から守り給え!プロテクション!!」

 

瞬間、向けられた機関砲から仲間をガードするためにミナが防壁の奇跡を希い、正しくそれは降り注いだ。

 

その防壁は―――所詮は人体より少しマシな程度の躯体の放つ機関砲。

 

そんなものを物ともせずに弾き返していく。

 

「機関銃が付いただけの人間ならこれが一番だ!」

 

「数でぶっ飛ばすぜ!」

 

弾雨が途切れた瞬間に飛び出した刑事と鎌の魔法少女が、そうして二丁"機関銃"と無数の分身を繰り出した。

 

白い分身たちは、機関銃の銃弾をすり抜けるように飛び回り、人とそう変わらない、そしてどこか夕に似ている自動人形たちの首をサクリと薙いではポトリと落としていく。

 

それでもやはり人ではないのか、まだ動こうとするが―――当然のように重機関銃と短機関銃による掃射で運動能力を保持することが出来ずにバタバタと倒れていった。

 

落ちていく首と地面に撒かれる血液は、まるで花と樹液のようだと岬は思った。

 

―――思ったから、独楽を投げる。

 

投げられた独楽は寸分の違いなく、もはや雑魚でしかないそれら生き人形たちを機械と生肉の混合物へと変えていったのであった。

 

 

 

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