異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第23話「……この時期に、雪じゃなくて雹?」

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「なんだこりゃあ!?」

 

「僕に聞かれても知りませんよ!」

 

ミナの叫びが元日の空気を割き、ルルは放たれた光を浴びて苦しそうに吠えた。

 

そこに立つ白いひらひらの服を着た女性の面影は、目の下の隈もなく明るく朗らかな笑みを浮かべてスタイルも間違いなく良くなっているものの、確かに丸顔の見知った店長の顔を思わせる。

 

その手にはいつの間にか女児向けアニメに出てきそうな花と星が象られたカラフルなステッキが握られており、キメキメのポーズまで取っている。

 

「魔法少女マジカル・アナン!麗しく参上です!」

 

―――間違いなく岬の声で放たれたセリフは、ミナの思考を一瞬停止するには充分であった。

 

「ウワキツ」

 

ルルは謎の魔法少女マジカル・アナンに冷たい視線を向けて、いつもの少女めいた声とはまるで異なる低い声でそうつぶやく。

 

「なんだ今の音は!何があったぁ!!」

 

ドテラ姿の母が押っ取り刀で部屋に飛び込むと、ベッドの上に屹立するちょっとだけ若返った後輩の姿がまず目に入る。

 

「ウワキツ」

 

いつも通りの声音で茜もまたつぶやく。

 

そしてミナもまた停止した思考が再起動すると、恐ろしく怜悧な声で。

 

「ウワキツ」

 

母や義弟と同じ言葉が口から出るのであった。

 

「なんなんですかね。この気持ち。いえ、あちらの世界でもサキュバスとか堕ちた精霊とかその系統のモンスターとか、悪の組織とか魔王軍の女幹部とか、そういうのが際どい格好をしているのはよく見かけますけど、それとはまた全く異なるキツサを感じてしまいますね、僕は」

 

「その気持ちよくわかるわ。うんうん、よくわかるわ」

 

「ちょっと阿南さん!?正気!?ナニコレ!?」

 

三者三様に突如変身した岬のその姿に混乱しているのか、妙な反応をしている。

 

冷たい目で分析するルル、腕を組んでその言葉を肯ずるマシーンになってしまったミナ、そしてベッドに上がりキメキメポーズのままの岬の肩を掴んでがくがく揺らす茜。

 

大混乱であった。

 

「お離しくださいませ、見知らぬお方。わたくしは魔法少女マジカル・アナン!この地上の愛と正義を守るために女神から遣わされた戦士!」

 

ステッキで軽く茜の腕を払い、茜から離れると岬のような何かはそう言ってステッキをこちらに構える。

 

「ちょっと!聖〇士星〇混ざってるわよ!やっぱあんた阿南さんでしょ!」

 

「違いますわ。わたくしは魔法少女マジカル・アナン!それでは!」

 

元ヲタクだった茜の声を軽く流して窓辺に飛ぶと、律義に鍵を開けて彼女は外に出ようとする。

 

「あ、待ちなさい!」

 

「待てと言われて待つバカはおりませんわ~~オホホホホ!」

 

ガラッと開け放たれた窓から、ふわりと浮かんでウワキツ魔法少女は空を飛ぶ。

 

「ごきげんよう!それではみなさまごきげんよう!」

 

「逃げるな――ッ!カーチャン、オレ、追っかけるから!」

 

無限のバッグから靴を取り出してミナはガーゴイル召喚の呪文を唱える。

 

その間にすでにマジカル・アナンは風のような速さで南の方へすっ飛んで行ってしまっていた。

 

「ガッちゃん!あれ追っかけて!」

 

そう叫んでルルと一緒にガーゴイルに飛び乗ると、「いってきます!」と茜に叫んで空を駆けた。

 

これがいわゆる神森魔法少女事件と呼ばれる一連の騒動の始まりであった。

 

 

 

結論から言えば、ミナはマジカル・アナンを取り逃がしてしまっていた。

 

マジカル・アナンはガーゴイルを上回る高速で去っていき、豆粒のような大きさにしか見えなくなった彼女が一瞬大きな魔力光を発したかと思うと、煙のように消えてしまっていた。

 

周辺を捜索しても見つからないので帰ろうとした時、自分のスマホに茜から電話がかかってきていることに気づく。

 

「はい、オレだけど」

 

『もしもし?阿南さん戻ってきてるというか、いつの間にかあなたのベッドで寝てたんだけど、あんた何かした?』

 

「いや、こっちは逃がしちゃったんだけど……とりあえずわかった。戻るわ」

 

電話を切ると、ミナとルルは顔を見合わせて「ジョーダンでしょ」と全く同じ言葉で引き攣った笑みを浮かべることしかできなかった。

 

 

 

そこにはミナのベッドの上ですやすやと安らかな寝息を立てている阿南岬がいた。

 

先ほどまでの20代後半の姿ではなく、いつものアラフォーのくたびれた顔のままで。

 

右腕を見れば、最初に確認した際には肘までだった少女の腕が、肘を超えて二の腕の中途まで侵食している。

 

浸食が進んだ理由は明らかだ。

 

「……眠るとあの謎の魔法少女に変身して進行する呪い……?やだ、すごいバカ臭いのにホラーすぎる……どっかの事務総長みたいな舐めた名前なのにくそ早いし……」

 

それは単に彼女の苗字なのだろうが、何代か前の国連事務総長の名前を思い出させるものであり、ミナはルルにはよくわからない毒を吐く。

 

しかし分かったことは確かにあった。

 

「若返ってたみたいだから、もしかすると……とにかく次の夜待ちね。あのお菓子ストックあったかな……」

 

ミナはとりあえずの治療薬となる自分の焼いた菓子がどれだけ残っているか確認する。

 

残っているのは、後15枚。

 

つまり、2週間以内に解決しなければどうにもならなくなる可能性が高い。

 

新年早々これはない、とミナは心の中でため息をつくのだった。

 

 

 

2時間後。

 

「あぁぁぁぁぁ~~~あ―――ッ!あぁぁぁぁぁ……」

 

起きた岬が浸食が進んだ腕のことで絶望していたが、ミナはそれを気にしないでヒアリングを始めた。

 

「店長、夢を見るようになったのはいつからですか?」

 

「……多分、ミナちゃんにお菓子をもらう前、から……最初は爪の先がなんだか違和感を覚えるくらいだったのだけど……いつの間にか指、手のひらって進んで……」

 

髪の毛をくしゃくしゃにしながら彼女はそう言って涙を流す。

 

(流石にあの光景を見せるのは躊躇われる……)

 

ミナはあのウワキツ衣装を思い出し、一瞬瞑目して続けた。

 

「ってことは、先々月のはじめくらいからってことですよね」

 

「そう……でも、こんなにひどくなったのは師走に入ってからなのよ……」

 

しくしくと泣く女にかける言葉が見つからず、ミナはポリポリと頬を掻く。

 

「とにかく私のお菓子で何故か一時的に治るということなので、それを確かめさせてください」

 

そう言ってエルフの焼菓子を差し出すと、力なく岬は笑って受け取った。

 

それをポリポリとかじると、一瞬岬は幸せそうな笑みを浮かべる。

 

浮かべてすぐに、先ほどの早回しのように右腕が元に戻っていく。

 

「うーん、本当に効くとは……」

 

「うう~ありがとぉミナちゃん~~!あなたが何者なんかなんか聞かないからぁ~助けてぇぇ~~~!」

 

恥も外聞もなくミナに縋りつくおばちゃんの肩を抱いて、よしよしと背中をなでてあげる。

 

そうして、そういえば自分は634歳のババアなんだよな、只人基準では、と思い出すミナであった。

 

 

 

しばらくの間、店長のコンビニ出勤は避けてもらい、水門家で療養することが決まった。

 

コンビニはミナも知っている別の信頼できる店員に任せて、コンビニの本部には岬が倒れてカーチャンの知り合いが経営する病院に担ぎ込まれた、というカバーストーリーを茜がぶん投げて一時しのぎをする。

 

深夜についてはミナとルルが1時間交代でワンオペをし、見せかけとしてオートマタを隣に置いて補助とした。

 

後は焼菓子が切れる前に解決するだけである。

 

それが一番大変なのはミナ自身がよくわかっていた。

 

磯辺焼きを食べながら、ミナは考える。

 

―――もしやこれも自分に関わる何かなのだろうか、と。

 

少なくとも、この世界にもファンタジーめいた何かがいることは科戸護国神社の神様からも明らかなことである。

 

であるならば―――

 

そこまで考えて、ミナの耳朶にバラバラとまるで雹や霰が降っているような音が聞こえてきた。

 

「……この時期に、雪じゃなくて雹?」

 

外を見れば例年通り雪が降りだしている。

 

元日を過ぎたこの神森市は豪雪地帯がごとく雪が降る。

 

その始まりとともに、バラバラという雪らしくない音が聞こえてきたのだ。

 

訝しんで窓を開けてみると、雪とともに―――なんと。

 

護国神社で見つけたのと同じ。

 

虹色の飴玉が水門家の上空から降り注いでいた。

 

それは居間で一緒にいた茜と岬も、ミナの隣にいたルルも見ていた。

 

明らかなる異常事態。

 

神社で起きていた現象と同じ、謎の飴玉投下事件だ。

 

そして、その日から町でとんでもないことが起こり始めたのである。

 

 

 

―――そして、三日後。

 

正月の三が日も明けた雪積もる静かな町に現れるものあり。

 

仮面をつけた魔法少女が町を駆ける。

 

踊るように走りながら、何かをかき切るように。

 

かき切らるは黒き靄。

 

黒きをかき切って、そして光を放つとそれは消えてしまう。

 

消えた彼女のいた場所には―――甘い飴玉が降るのだ。

 

「という怪事件が町で起きている。何か知らないか、三郎」

 

「あーはいはい、来ると思ったわ。そりゃそうだろーな。警察が動かないわけないもんな」

 

どっかと水門家の居間に座って空悟とミナは向かい合っていた。

 

「いや、ホント警ら課の連中が参ってたよ。正月早々からどういういたずらだ、ってな。もう被害は10件出てる。せいぜいが雪に混じった飴玉を踏んづけて子供が転んだとか、老人が尻もちついたとか、そのくらいの被害でしかないが、とにかく迷惑だ」

 

空悟はタバコに火をつけると一息ついて灰を差し出された灰皿に落とした。

 

ミナと、ミカンを持ってきたルルを交互に見て空悟は聞く。

 

「ばらまいたやつの目撃報告はなく、ほとんどの場所はビルなど投げ入れられそうな場所から遠い。まあ普通にはできんわな。―――なんか知らないか?ってか、知ってんだろ?」

 

確信を持った刑事の瞳がミナの碧玉の瞳を見ると、ミナはあきらめたように肩をすくめて、フッ、と笑った。

 

「はい、ご明察。今回も不思議な事件だぜ。魔法少女が現れて飴玉が降るなんてそりゃあ不思議以外の何物でもないわ」

 

へっ、と疲れたように笑うとミナは立ち上がる。

 

「詳細はあれだ。教えるから上に来てくれ。ただし前の半グレん時と同じだ。警察沙汰にはしないでくれ」

 

そう言って階段の方へ向かう。

 

空悟はそれに従い、やはり立ち上がって階段を目指して歩を進める。

 

「えへ、あははは……うそぉ……やだぁ……」

 

階段を上り始めたところで聞こえてくる悲痛な声。

 

その声に嫌な予感がしながらミナの部屋のドアを開けると、そこには……すでに右腕も左腕も少女のものになり、左足も膝近くまで少女のものと化した女性が震えながら泣き笑いしていた。

 

女は空悟たちを認めると、体を隠すため布団を羽織り、そして焼き菓子を一つ食べてうずくまる。

 

「うーん、ダメか!睡眠無効の腕輪でも利かなくなってきてる……」

 

「ミナちゃん~~!もういやだぁぁ~~~!!」

 

岬はミナに縋りつくと、恥も外聞もなくわんわんと泣きわめく。

 

ミナはよしよしと背中をさすり、頭をなでるが、泣き止む様子はない。

 

彼女はもう精神的に限界に近いのだ。

 

あの日以来、病状の進行は劇的に進んでしまった。

 

まるで正体を隠す必要がなくなったから、と言わんばかりに。

 

このままいけば菓子が切れるころには彼女は完全に少女の姿になってしまうだろう。

 

姿が変わってしまう、ということの意味は思いのほか大きい。

 

名前と容姿を結びつけることで、ほとんどの人間は個人を識別している。

 

その片方が失われてしまうということは、巨大だ。

 

ミナは前世である水門三郎が会社を辞め、親友とも一時的に音信不通になるなど社会的なつながりをほぼ喪失していたこと、そして母と親友が理解が早く深い人間だったため今普通に生活できているだけだ。

 

本来であれば路頭に迷っていても不思議はなかったし、岬がそうなる可能性は非常に高い。

 

このまま彼女が少女の姿になってしまえば、もちろん同一人物と認められずに職を失うだろうし、住居から追い出される可能性もある。

 

身元不明者として施設送りにされたり、最悪の場合はあの魔法少女マジカル・アナンとやらに心を乗っ取られてしまうかもしれない。

 

そして警察まで捜査に動いているならばなおのこと早期解決をしなければならない。

 

ミナは真綿で首を絞められているような気がした。

 

「こりゃ一体どうなってんだ……」

 

「説明すっからちょっと岬さん泣き止むまで待ってくれ」

 

呆然とする空悟にミナは笑ってそう答えて、岬の背中をなで続ける。

 

岬の心はもう、徐々に子供に戻っていっているかのようだった。

 

 

 

「最初は眠っちゃうと変身して逃げ出すのを追いかけてたんだけどなァ、そのうち仮面つけた分身みたいのが出るようになって追いきれなくなっちゃったんだわ。それが昨日」

 

ぬるいゼロカロリーコーラを口にして言葉を続ける。

 

「少しでも眠っちゃうと変身か分身だからさ、睡眠を阻害するマジック・アイテムをつけてたんだけど、それも効果なしで……この結果だ。オレ、役に立ってねえの辛いわ……」

 

ミナは説明を終え、ペットボトルのゼロカロリーコーラを飲み切るとそう言って空悟を見た。

 

空悟は瞑目して、少し困ったような表情を浮かべている。

 

そして、口を開いた。

 

「これは確かに困ったな。飴玉をばらまくくらいならともかく、この女性がそんな奇怪な病気になってるってのは……」

 

今は落ち着き、肩を落としてミナの淹れたココアを飲んでいる岬を見てそういうと、口をつぐむ。

 

空悟として力になれることは、このことを秘密にしておくことくらいしか存在しない。

 

幸いにして人々に見られている魔法少女は仮面をかぶっていて、マジカル・アナン……つまり若い頃の彼女の容姿をしているというわけではない。

 

彼女を操り、この奇病を起こしているものとの繋がりは追えないはずだ。

 

口を噤んだ空悟を見て、岬はおどおどと話し出す。

 

「うう……私、逮捕されちゃうんですかぁ……?なんにも、私なんにもしてないのにぃ……」

 

空悟は背が高く、顔も精悍と言っていい顔立ちをしているので、怖いと取られることも多い。

 

こんな状況のためか、岬がそんなことを口走ったのもそのせいだろう。

 

「いやいやいやいや。こういった不思議事件は警察の担当範囲外ですから、ご安心ください。この私の親友がどうにかしてくれるでしょう。まずは、貴方の抱えている問題を話してみては?」

 

刑事は表情を崩して、コンビニの店長を安心させようと微笑んだ。

 

そしてそれに続くように、ルルも「こちらの世界には魔法がなく、ミサキ殿にもその素養がないと見受けられるため考えないようにしていましたが、心理的記憶的なものが影響している可能性は否定できませんね」と机に向かって日誌を記載しながら言う。

 

それにいくらか安心したのか、岬は少しずつ口を開いていった。

 

「……もう、疲れていたんです。もう、疲れているんです。こんなことはしていたくないんです。毎日、毎日そんなことを思ってます」

 

天井の一点を見つめながら、女は深い溜め息をついた。

 

「結婚……10年前、結婚間近まで行った彼氏がいて、幸せをつかめるはずだったんです。父だってそんな時に倒れたくなかっただろうに。でも、そうならなかった。そうならなかった……」

 

ココアをひとすすりして、岬は涙をこぼした。

 

鼻をすすって、涙を袖で拭い苦笑いした。

 

「だから、子供の頃に戻りたいなあ、って。どこで間違ったのか全然わかんないから、子供の頃に戻れればなあ、ってそうずっと願ってたんです。願っているんです」

 

床に瞳を落とし、疲れ切った声音でつぶやく。

 

「でも、こんなこと誰だって思ってるはずなんです。だから我慢してたんです。でも、もうあの店も店のせいで出来た借金も、何もかも放り投げて逃げ出したいんです…………」

 

そうして、口を噤んだ。

 

噤んで、さめざめと泣き始める。

 

「……こうなればその心労の元をどうにかするしかないんだろうけど、流石に私もこっちの世界のお金数千万円とか出せないし……」

 

ミナは頭をボリボリと掻いてため息をつく。

 

ルルにも空悟にもわかってはいた。

 

グリッチ・エッグからミナやルルが持ち込んだ財貨は、こちらの世界には存在しない物質を差し引いたとしても、金貨や銀貨だけでもその額を超えるだろう、と。

 

しかし、それはそれでミナやルルが耳目を集める事態になりかねない。

 

そして最大の問題は、もし金貨や銀貨をそのままでもインゴットにするでも売ろうとした場合は出処を公的に探られ、その鑑定と正当性の確認に時間を取られ、彼女の目下の問題である魔法少女マジカル・アナンをどうにかする前にタイムリミットが来てしまうことだ。

 

それでは本末転倒もいいところだった。

 

(マジで困った。八方塞がりじゃない、これ……コンビニを物理的にふっ飛ばすか?ガス爆発とかじゃなくて、1tくらいの不発弾が炸裂したレベルの。それなら保険金とか出る?いや、私こっちの世界の法律よく知らんし……マジで困った)

 

ミナの思考が堂々巡りを始めようとした時、突然、窓の外が光に包まれた。

 

猛烈な、と言っていいだろう。

 

周囲の家もその異変に気づいたのか、水門家の庭の上空に浮かぶその光に気づいて顔を出していた。

 

「ようやく自分の気持ちを口に出せたようですわね、岬。やり直したいという尊い願いに誘われて、わたくしはここに来たのですわ」

 

その光が発したのは、間違いなく彼女の―――岬の声。

 

光の中から出て、窓ガラスをすり抜けて現れたのは―――

 

「魔法少女、マジカル・アナン。貴女の切実な願いに憑りて、彼方より参上いたしました」

 

胸は薄く、瞳はつぶらで、背は低く―――

 

可憐という言葉を形にしたような姿の―――おそらくは12歳か、13歳か。

 

完全な少女の姿となったマジカル・アナンであった。

 

「……あんた、その姿は」

 

ミナが杖を構えてアナンを威嚇すると、もう声も少女のものになっているアナンはクスクスと笑う。

 

「貴女には何にもお話しすることはないのですわ、勇者様。ええ、元日の折は失礼いたしました。わたくし、貴女がたのこときちんと思い出しましたの」

 

その笑いに、ミナは杖を仕舞い剣を取り出した。

 

「―――私を勇者と知っているとは、あんた、邪神の手のものかしら?」

 

「答える義務はありませんわね。そんな瑣末事よりも、わたくし、おおむね使命を果たしましたので―――その子を連れて行かねばならないのです」

 

す、と白い少女は杖を岬に向けて微笑んだ。

 

岬の口から「ヒッ」と短い悲鳴が上がる。

 

それを微塵も気に留めず、可憐な笑みを張り付けたまま、少女は続ける。

 

「この街には目に見えない心の闇が―――たくさん、たくさん渦巻いているのですわ。わたくしはそれを浄化するために遣わされたものなのですわ」

 

クスクス、と転げるような笑い声が部屋に響き、ミナは金剛石の長剣を少女の額に向けて言う。

 

「貴様、願い魔の類だな……?」

 

白い少女の正体見たり、とばかりに目が細まり、声は低く、ミナの碧玉の瞳が真っ赤なアナンの瞳を睨めつけた。

 

「願い魔……?」

 

拳銃を少女に向け、脂汗を流しながら空悟が聞くと、ミナはそれに答える。

 

「……願い魔ってのはね―――」

 

願い魔とは、人々の切実な願いが形になったといわれる魔物である。

 

誰かの切実な願いに取り憑いて、その願いを願ったものが差し出した闇の魔力、すなわちバグと引き換えに叶えてくれる。

 

しかし、願いを叶えると願ったものをどこかへ連れていってしまう。

 

そして―――帰ってくることはない。絶対に。

 

「そういうたちの悪い妖怪よ。今回は宿主が眠ってる間に、自分でバグ集めする奴みたいだけどね……!」

 

「おや、人聞きの悪い。そんな程度の低いものと一緒にされてもらっては困りますわ」

 

「程度が低いかどうかは、私が決めてあげるわ。全員、耳をふさいで口を開けなさい!」

 

その言葉と同時に、ミナの口から幽かな声で詠唱が零れる。

 

察したルルが空悟と岬に自分と同じようにしろ、とジェスチャーで指示し、二人ともがそれに従う。

 

それを見届けると、ミナは拳を振り上げた。

 

「光よ!音を伴い弾けなさい!」

 

照明の精霊術をアレンジした、オリジナルのスタングレネードもどき魔法をミナは地面に叩きつけ、そのまま岬を抱えると部屋のドアを蹴り明けて表に出る。

 

「え?えっ?」「逃げるわよ!こうなったら店長が捕まったらおしまいだかんね!」

 

そう、願い魔は願い人を連れて行ってしまう。

 

どこか遠くへ。帰ってこれないどこか遠くへ。

 

だから、捕まるわけにはいかない。

 

キョトンとする店長を連れてミナが廊下の窓から外に飛び降りようとするが、先ほどの光を見た近所の人々が外に出て何事かと話し合っている。

 

「えぇい!インビジブルだけでは無理か!周りに人が多すぎる!」

 

階段を転がり落ちる勢いで駆け降りると、そこにはすでに仮面の魔法少女が3体ほど。

 

こちらに杖から白い光、エネルギーを放ってきた。

 

おそらくは黒い靄、つまりバグを食うためのエネルギーなのであろう。

 

それは何も破壊しないが、しかしこちらをひるませるには充分。

 

「うおぉっと!」

 

白い光を足元に浴びた空悟が階段でたたらを踏む。

 

落ちそうになった彼をルルが首根っこをひっつかんで、何とか落ちることを防いでいた。

 

「済まねえ!」「いえ」

 

ミナは岬を抱えたまま、呪文の詠唱を始める。

 

それを見た岬は「本当にどういうことなんですかこれぇ!!魔法とかなんだとかぁ!」と叫んで暴れようとするが、見た目よりはるかに強いミナの膂力に抑えられてほとんど身動きが取れない。

 

そうしている間にミナは魔法を放つ。

 

「風の乙女よ!我が足に宿りてカマイタチとなれ!」

 

そうして足をスカートがめくれ上がり下着が丸見えになることも厭わずに振り上げると、仮面の魔法少女の顔が真っ二つとなり、そのまま風に溶けるように消えていく。

 

「見たか、ジェノ〇イドカッ〇ーの術!」

 

そのまま玄関の扉を蹴り明けると、そこには逃がさんとばかりのアナンが立っている。

 

「あら、どちらへお出かけですか?」

 

「あんたのいないどっかよ!ルル!」

 

「世界を支配する偉大なるロジックよ。大地の軛を刃となせ、大地の巡りを錘となせ。コール・グラビティ!」

 

微笑みに悪態で返して、ルルに指示をすると、玄関前の魔法少女の周囲がぐしゃりと歪む。

 

フォーリングコントロールのようにコントロールするのではなく、攻撃魔法として敵を潰すための重力魔法だ。

 

「く……?」

 

多少は効いているようだが、それもそう長くはもたないだろうと判断したミナはそのままルルとともに道路へ出る。

 

野次馬がまばらに集まり始めていることに気づいたミナは、空悟に目配せをしようとしたが、彼はいない。

 

キキィ!と急ブレーキのかかる音がしたかと思えば、その音の方向では空悟が「乗れ!」と叫んでいた。

 

「流石気が利くな空悟!」

 

「やかましい!逃げるぞ!!」

 

4人が乗り終えるとほぼ同時に重力の結界は解除され、マジカル・アナンは動き出す。

 

「逃がしませんわよ」

 

「うるせーバカ!逃げるな言われて逃げないアホはいないわよ!空悟、出せ!」

 

「おうとも!」

 

車は轟音を上げて急発進し、ミナとルルの魔法が車を守り、速度を上げる。

 

―――こうして、とりあえずは逃走に成功したのであった。

 

なお、茜は仕事始めで家にいなかったため、この騒動には巻き込まれることはなく、幸いにも野次馬や近所の人間が外をたむろしていたおかげか、空き巣に入られることもなかったことを付記しておく。

 

 

 




投下できる推敲後の書き溜めが尽きました。またしばらく後にお会いしませう。

アンケについて
現在、1日2000字(週14000~15000字)で書き進めているので、週に2回位投稿にするか、
まとめて10日くらいに分けて投稿するか、あるいは月に1度30000字くらい一度に投稿するか悩んでまして。
その確認がしたかった、というものです。
よろしくお願いします。

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