異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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―――瞬間、風景が変わる。
そこは、小さなアパート。
小さなちゃぶ台の前で、くたびれた丸い顔の女が肩を落としていた。
『あーもう!あーもうなんでなのよ!愛してるって言ってたのに!畜生!おのれ!!』
ガシガシと髪を掻いて、女はビニール袋の中から酒や弁当、缶詰を出してため息をついた。
『だって仕方ないじゃん……仕方ないよねぇ……仕方ないんですよぉ!!』
泣き叫ぶように酒を喰らい、ツマミを食べ、20代なかばと思われる女性が一人でクダを巻いている。
「えーっと……」
「あ、これあたしの記憶……というか、過去なのです」
言いにくそうなミナを横目に、岬があっさりさらっとそんなことを言って、ニパっと笑った。
「……大丈夫か?」
「はっはっは!今更なのです!恋ちゃんには恥ずかしいところをお見せしてしまったのですよ!」
岬は廻にそう言って、恋を見ると……
「あ、やっぱり言ってた通りおばちゃんだったんだ。そーだよなーフリック操作下手だし、時々変なこと言うし、しぐさがおばちゃんみたいだし」
「おおぅ。やっぱりって言われてしまったのです。ああ、まったくどうしてあたしはあの時、何もかもに目を背けて逃げてしまわなかったのか……」
えぐえぐと嗚咽を漏らしながら酒を飲む過去の自分へ、岬はそう言って「ま、過ぎたことなのです」とため息をついた。
『えー……そこは過去を変えたいとかいうところじゃないのぉ?』
「今が幸せですし、何よりあたしってば30年近く若返ったんですよ?今更叶えたい願いなんて、未来にしかないのです」
そして独楽を声の主に向けて、「それに未来はまだ未確定なので」と良い顔で微笑んだ。
「第一、あなたは時間の精霊なのですよね?時間というのは複雑なのです。あたしがもしもミナちゃんのところに駆け込まなかったら?とか、日本海軍がもうちょっとレーダーに興味持ってたら?とか、ちょっとしたもしもで時間は無限に分岐するというのが最近のSFなのですよ。あなた一人で制御できるわけないのでは?」
「ワグ○ス!ちなみに最近っていつくらいまで?」
「……ダン○ーグめ!最近って10日以内だろとか言いやがってなのです!年取ったら最近は10年単位になるのです!」
恋とそんな風にコントをしながら、「そういうわけなのでお誘いを聞く前で申し訳ないのですがちょっと結構なのです。あたしは昔のことよりも今の恋とか生活とかに生きる女なのですよ!」とカイロスを指さして笑った。
「そのネタを知ってるということ自体、割りと恋ちゃんも年齢不詳ね……」
ミナはフッと腰に手を当ててため息をつくと、願いの神気取りの精霊を見た。
「で、次は?ぶっちゃけ過去を直接改変するような真似は、空間の力を持っていないと難しいはずだけど?」
『ぐ、ぐぬぬぬぬぬっ!バカにしてぇ~~!そんなこと言うんなら、この時間を封印しちゃうんだからッ!』
ミナはその言葉に嫌な予感がした。
―――時間封印、という言葉に。
それは時間神ルアックしか使えない、使ってはいけない―――その時間を「誰も思い出せなくなる」という時間への制約をかける術理である。
「やめなさい。それをすれば、流石に時間神や空間神が動くわよ」
ミナは冷たい声でそう言って、女を睨めつける。
それはすなわち、神の権能に値するものであり、通常の時間へ干渉するために使われて良いものではないからである。
―――かつて虹の指環を使って壊れた男が最後に願ったものがそれだ。
かつて衰退したという歴史、時間を封じ……そうして滅びつつあった祖国を救おうとしたのである。
時間神ルアック、そして空間神ヒラケシノハルの怒りに触れた王国は砂と還り、今やその存在を記憶しているのは妖精の勇者と不死の王ただ二人。
如何に時間の妖精と言えど、それを成せば神々の怒りに触れることは疑いなく―――
『ぐ、ぬうぅ!』と悔しそうに蠢き―――そして、『だったらこうよ!あははははっ!』と哄笑して―――
目の前に虚ろな瞳の、かつての岬が現れていた。
「むっ……時間からの複製品……ですか」
現れたそれにルルが警戒する。
『ただの複製品じゃないわよ!本人以外が傷つけたら、本人が傷つく時間への特製品なんだから!』
「ていっ」
偉そうにカイロスが笑った瞬間、岬が過去の自分に思いっきりチョップをぶち食らわせた。
『―――!?』
何が起きているかわからない、といった風情で過去の岬は倒れ、そして消えていく。
「弱点教えたら意味ないじゃないですか。さてはお馬鹿なのですね?」
岬は心底呆れた顔で、冷汗すら流しつつ作り笑いをカイロスへ向ける。
その表情にカイロスは『ば、ば、馬鹿じゃないもん!馬鹿じゃないし!』と涙目になった。
「おい、三郎。ほんとにこいつに騙されて変な願いしたやつとかいるんか?」
「いるんだよなあ……そもそもターゲットはそこらの農家、それも一生旅行もできないような農奴のおっさんとかおばちゃんだぞ。自分の名前と家族の名前以外文字も書けないようなのを狙うんだ」
空悟の質問にミナはそう答えて、指をさす。
「ここにはあんたに騙されるようなのはいないわよ」
『おのれぇ!こうなったら、私自身が相手してやるわよ!』
「最初からそうしなさいよね!」
『うるさーい!!』
指摘されたカイロスは、そうして叫びだし―――周囲に何十ものミナたちの複製を出してきた。
『どう!?いくらなんでもアンタらそのものよ!複数の自分に勝てるかしら!?』
「どう、と言われましても」
ルルはそうして、ミナを見た。
「真面目に相手するだけ無駄だし……あんたじゃないでしょ、この船をダンジョン化させてるの」
ミナはそうして、半眼になって女を見据え―――精霊はそれが図星であるかのように、一歩引いてぎょっとした顔をする。
「だったら楽なもんね―――あんた、私と泉の精霊として契約してるの、忘れたの?四界の王たる者たちよ!我が触れたるものを契約の軛より解き放ち給え!塵は塵に、灰は灰に、精霊は自ら然るべき姿へ還るべし!」
「偉大なるロジックよ。生命の論理たる精霊を沈める式を駆動せしめん。静なるかな、静なるかな、静なるかな……サプレス・エレメンタル!!」
ミナとルルの唱えた精霊封じの術は、即座に効果を表す。
ざぁ、と砂が流れるような音と、昔のアナログテレビの砂嵐のような風情で呼び出された過去の幻影たちは消えていく。
そう、これはノトスやバハムートのダンジョンでは使えなかった手だ。
このヴァダーであったカイロスが、このダンジョンを支配できていないからこそ可能な手である。
『うー!うー!ううー!こうなったらぁ!』
「そのうーうー言うのをやめなさい!バーチャン、やるわよ!」
『承知したわい。なんで我、こんなのと比べられなきゃならんのかのー。我、そんなに頭悪く見えるか?』
そうしてミナがカレーナの剣を振りかざし、女に突き立てようとした瞬間―――
『覚えてなさいよ!ここは私のものじゃないけど、私が好きにできないってわけじゃないんだから!キー!!』
カイロスは呼び出した影と同じように、ざぁ、と砂のように消えていった。
―――すぐさまおぼろげな幻影のような古いアパートも消え去り、七人は格納庫に立っていた。
「逃したか……!」
ミナは小さくそう言って、カレーナの剣を鞘に戻した。
「うーん、厄介ですねえ。この後は、間違いなくあの手の見られたくない過去で攻撃してきますよ」
ルルは何でもないことのように、そう言って台風の一機により掛かる。
「あー……それは困るのです。あの別れ話とか見られたくないと言えばそうですし……」
「あたいも、毒母の虐待とか、種付けおじさん?つーのか?脂ギッシュクソ親父に素っ裸にされた記憶とかは見られたくないなあ……」
魔法少女二人が顔を見合わせてそういうと、ミナが「それ言ったら一番見られたくないの私なんだけど……前世の私の醜態とか見られたくないんだけどさあ……」と、嘆息した。
「……ふむ、やはりとっとと始末するしかないわね」
ミナは顎に手を当てて、何かを思案するように数瞬虚空を見ると、そう言った。
言って、ぶっちゃけておかないとまずそうなことを―――口に出す。
「どうした、三郎」
「空悟には少しショッキングな事かもしれねえが……言っておかないといけないことが一つ、ある」
ミナはそうして神妙な顔になって、親友と地球で出会った仲間たちを見回した。
―――それはつまり。
「……オレがグリッチ・エッグに転生したってのは言ったな?―――転生して戻ってきたなら、あるべきものがあるよな?」
彼であった彼女の、前世の……
「ん……そうだな、死体があってしかるべきだな。そのバッグに入れてあるとか?」
神妙なミナの言葉に、空悟はしれっとそう言ってニッと笑った。
「……気づいてたのか」
「ああ、そりゃもう。ついでに体から記憶を抜いたりとかしてないか、お前」
ミナに空悟はあっさりとそう言って、「いくらなんでも100年200年経ってるってのに、覚えてることが多すぎるからな、お前」と肩をすくめた。
「……どゆこと?」
「つまり、ミナちゃんの前世のおじさんの死体をミナちゃんが所持しているってことなのですよ。その死体から記憶を抜いていたってことですね」
恋の疑問に、岬はあっさりとそう答えて微笑んだ。
「……魂が抜けちまえば蘇生は出来ねえ。たとえ肉体が完璧に残ってても蘇生は失敗する。だから記憶を魔法で抜くしかなかったんだが……」
「そうするしかなかったんならそういうことなんだろ?いちいち姿かたちなんか気にする人間に見えるか、俺は?」
まだどこか落ち込んでいるようなミナの言葉に、空悟は笑う。
「それに、だ。これだけ色んな情報があるんだから、推測するのは簡単だからな……つか、ぶっちゃけ自分の死体を見るなんて自分が一番辛いだろ」
空悟はそうして煙草を一本取り出して火をつけ、紫煙を肺の中にまで吸い込んで吐き出した。
「茜さんも察してるだろうけど、死体は見せるなよ。お前のもんだ、お前が……処分しろ。さっきも言ったけどさ。どうせお前のこったから、踏ん切りつかずにそいつに入れたままなんだろ?」
親友はしれっとそう言ってバッグを指さす。
「……そうだな。そうする。しかし、少しは驚いてくれると思ったんだが……」
「転生したら死ぬだろ、普通。転移じゃなくて転生なんだから」
あっけらかんとそう言って、空悟はまた煙を吐き出す。
吐き出した煙はミナに届く前に、格納庫の空気に溶けて消えていった。
「まあ、それもそうか……重大な秘密を打ち明けたのに、反応が割りと淡白な件」
「重大な反応してほしかったのかお前は」
「いや、それはそれで困るけどもよ……」
親友とそんな会話をしながら、格納庫を見渡せば―――パッと照明がそこかしこでつき始める。
「そろそろ行かねえと、なにか起きるかもしれないなこりゃあ」
煙草を地面に落として足でグリグリと火を消し、空悟は一歩前に出る。
「そうだな。じゃあ、行くか……」
ミナは、その空悟の様子に若干の寂しさを感じつつ仲間を促して格納庫の奥を目指す。
まだまだこの戦いは長く続くと思われた。
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