異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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「時間に揺蕩い、時間を歪めるのが時間の精霊と言われている。時間そのものを操るのであれば、時間神ルアックの力を借りることやロジックの改竄でも可能だけども、こういうのは理論上考えられていた時間の精霊の仕業だと思われるな」
エレベーターを降りたその場所でミナは、目の前に広がる、かつての自分たちの―――小学校の姿を。
惟神小学校だけ存在している謎の空間を発見することとなった。
「なるほど。よく出来ているじゃないか」
今からおそらく25年ほど前の姿。
まだ真新しい体育館。校舎。部活棟はなく、そこには壊れかけた倉庫が鎮座している。
それは確かに記憶の中にある水門三郎が通っていた頃の姿だ。
時間からの複写。
それは時間の停止同様時間神ルアックしか出来ないこととされているが、ルアックはそれを行わない。
世界の物質の総量が変化してしまうため―――バグを呼ぶからだ。
そして古代語魔法―――世界のロジックの改変は、質量の完全な永続的な変化をもたらすことはできない。
ロジックの改竄によって起きた現象は、必ず注いでいる魔力が切れれば、起きてしまった結果だけを残して無に帰るからだ。
すなわち、時間を自然の摂理として扱え、神ほどに物理的なルールに縛られていない存在でなければこれは出来ないのである。
「―――ふむ。しかし、下手なことは出来ませんね。時間の複製というのであれば、それは過去にも影響する可能性がある……」
ルルはそうして周りを窺い、一つ首を縦に振った。
「脱出する鍵になりそうなのは、ミナさんの前世だと思うのですけども……」
「そうねえ……そうだと思うけど、うわーやだなぁ。見られたくねぇ~~」
ミナは心底嫌そうな顔でしゃがみ、膝を抱えてしまう。
「……そうだな。まあ、控えめに言ってあの頃の俺ら、ただのバカガキだし見られたくねえな……」
空悟まで遠い目で天を仰いでいる。
そこでミナは面を上げて、校庭をぐるりと見渡した。
「……俺ら小6のときに切られた銀杏の木があるから、それよりは前だ……で、オレや空悟にダメージを与えるつもりなら……」
「あ、あれ見てください。空悟さんではないですか?」
ミナがジト目で銀杏を睨みつつ零していると、ルルが紅白帽を被って走る少年を見つけた。
たしかにその少年には空悟と同じ面影がある。
―――つまり、その隣でドタドタと走っている明らかにどんくさそうな平均より少しだけ小太りな少年は……
「……アレがミナさんの前世ですか。うーん、認めたくないものですね、こう言うのは」
ルルは苦笑して、ミナを見た。
「んも~~~見ないでよぉ……」
弱々しくそう言って、本当に珍しく涙目になったミナは、しかしすぐに立ち上がって「でも、思い出したわ。間違いなくあの時だ、これ」と頭を振る。
「ああ、そうだな。これは小5の時の寒中球技大会の練習の時だろう。つか、なんでうちの小学校はこんな時期に寒中球技大会なんかやってたんだろうな?」
空悟は腕を組んで、う~ん、と唸って首を傾げる。
「まあなんかそういう思想があったんだろ……この大雪が積もって地面が泥濘と化してる校庭で球技大会だからな……体育会系的な超嫌思想だろ」
ミナは背を反らして腰を伸ばし、はぁ、とため息をつく。
「だとすると、そろそろ……あ」
ミナがかつての自分を見ていると、雪で盛大に滑って、足を変な方向へと投げ出しつつすっ転んでいた。
「あー……全くもって無様極まりない……」
ミナは顔を赤くして目を手で覆ってしまう。
「あれ、折れてますよね?脚」
「ああ。腓骨単純骨折ってやつだな。変な転び方して骨が逝ったんだよなあ、あのときの三郎は」
ルルが指を差して空悟に質問すると、空悟は軽くそう答えてフッと鼻で息をした。
「そうなんだよなあ……で、あそこで竹刀持ってるクソ教師に『そんなんで折れてるわけ無いだろ!』とか言われて、我慢して歩いて保健室まで行った結果、高熱を出して3日ほど寝込むハメになるんだよな、オレ……」
肩をすくめて遠い目をして、ミナは歩き出す。
「とりあえず保健室行ってみよう。ここにいる小学生時代の同輩たちは、オレらのこと見えてないみたいだからな」
その言葉に、男二人は首肯して校舎を目指す。
―――かつての空悟が肩を貸して、かつてのミナとなる三郎と一緒に校舎に向かうのに合わせるような歩調で。
そうして、保健室で寝かされた少年に保険医は『これ折れてるね。病院行かないとだめだわ。親呼ぶよ』と軽く言って、外に出ていった。
おそらくは担任に伝達して、そこから水門家に連絡するつもりなのだろう。
……その事実に、ミナはまた大きく嘆息した。
「……親父、だったはずだなあ。ここに来たのは」
遠い目で、思う。
「あの頃は、まだ自動車工場に勤めてた頃だったはず……だなあ。オヤジの死ぬ3年位前だし、工場が撤退したのは」
水門家はこの頃からすでに共働きで、家には父母が両方ともいない日も多かった。
工場勤務の技術者をしていた父と、今も変わらず水道局で働く母。
当然のように残業や突然の呼び出しが来ることも多く、ずいぶんと寂しい思いをしたものだ。
ギリ、と頭が痛む。
やはり、これも邪神に奪われていた記憶だ。
……三郎の父は少なくとも、家では優しい父親であり、厳しかったのはいつも母・茜だった。
「まあそんな感じで、同じく親があんまり家にいない空悟とは仲良くなれたんだよな。結構遅くまで家でゲームしたりとかして怒られたっけ」
ミナは、目の前で足の痛みに苦しみうーうー唸っている自分と、『しっかりしろって!大丈夫だから!』と励ましている親友を見つめた。
「あー……なんか嫌になってくるな。マジであの頃はおめーにおんぶにだっこだったからな……」
ミナは目をそらさず、しかしじっとりとした、怒りすら含んだ視線をかつての自分へと向けている。
水門三郎がどういう人間だったか?
内向傾向が強い、中肉中背というには少し小太りの少年であり、青年であり、もうすぐ中年に差し掛かる頃のただの日本人男性であった。
母・茜の経歴には確かに秘密があったが、それ以外は特別どうということもない平凡な人間であり、企業に使い潰される程度のメンタルと肉体強度の普通の人間であった。
そんな彼が異世界グリッチ・エッグに転生して、どうにかこうにか冒険者をして行けているのは、無論ハイエルフとして静かに草木のごとく生きてきた400年と、努力が常に肉体と精神の限度まで実り続ける勇者の権能のおかげである。
もっとも……勇者の権能はイレギュラーなものであり、ハイエルフとして転生させたことにはドミネーターの思惑があったのだろうが、問答無用でぶっ殺した今となってはわからないことであり、復活した彼奴に直接聞くほかないことだ。
ミナは……以前の彼を、かつての自分に対して驚くほど褪めた感情で見つめていることを感じていた。
確かに今、目の前で骨折の痛みに苦しんでいる彼は自分自身であろう。
自らの遺体より記憶を読み出したミナにとって、この光景は20年少し前の過去のように感じている。
なら、どうすればいい。
これは過去だ。
どうしようもない時間の流れの幻影にすぎない。
なら、どうするべきか。
答えはもう決まっているようなものだった。
ミナは嘆息し、天を仰いで、調和神へと祈りを捧げる。
どうかこの所業を神と天と世界が許し給うよう己の奉ずる神へと希う。
「―――よし、このかつてのオレを連れてくわ。物体にはこうして触れる以上、人にも触れることは出来る……」
「それ、大丈夫か?」
ミナがそうしてかつての自分に触れようとした瞬間、空悟が咎めるような鋭い口調でそう聞いてきた。
「……あのバカタレ精霊が言ってたろ。過去の幻影に触れて良いのは、今の自分だけだ」
わずかに逡巡したミナは、そう言って―――ルルを見た。
「しかし、彼とミナさんにはもう魂の一部以外のつながりはありません。危険では?」
ミナはその言葉にニヤリと笑い、「だからこの空間の脱出に使えるってわけだ」と返す。
「……つまり、そういうことか。イレギュラー……誤作動を起こす可能性がある、と」
空悟はポンと手を叩いて、そう気づいたことをそのままミナに伝えると、彼女は首肯する。
「あの女郎は糞だけど精霊だからな。精霊は、狂いきっても自然の摂理を完全に破壊する行為、理不尽に理不尽を重ねて脱出不能にするバグのバグたる存在になることはできないのさ」
ノトスやバハムートのように、試練を課してきて脱出不能に近い戦闘を強要してくることはあるが。
ミナはその言葉を飲み込んで、かつての自分の額に触れる。
『いた、痛えっ……!なんだよもう……オレが何したってんだよぅ……』
そんなかつての自分の声が、心の声が聴こえてくる。
強いて言えば雪の上でサッカーをすることに対する注意がなっていなかったのが悪いのだが、それは彼に言っても仕方ないことだ。
「まあ、どっちかと言えばあの状況で毎年球技大会やってた母校がバカなんだけどな」
そんな寒中球技大会は毎年練習で怪我人が続出したことでPTAからの突き上げを毎年のように受けており、結果三郎が中学に入って間もなく廃止されることになるが、それは余談である。
額に触れた瞬間―――
『あれ?お姉ちゃん、誰だ……って、耳が変なんだけど!?』
こちらを認識したのか、かつての自分の幻影はそうしてミナの長い耳を指して怯えだした。
「んー……そういえばオレがエルフって単語を知ったのは、中学入ってラノベ読むようになってからだったわ」
そもそも自分が小説と呼べるものを積極的に読むようになったのは、その頃であることを思い出してミナは嘆息した。
「オレ、読書感想文くっそ苦手だったもんなあ……原稿用紙2枚以上書けた試しがねえ」
ミナはそうして髪をガシガシと掻いていると……
『おい、大丈夫か三郎、おい……』
『え……なんだよ、これ……』
動き出した三郎は、「かつての時間通り」に声を掛け続ける過去の空悟を見て、怖気を振るう。
『ど、どうなってんだよ、これっ!?』
「うーん、どう説明すれば良いものか……」
怯える自分に、どう説明すればいいかミナは逡巡する。
「とりあえず、君は事件に巻き込まれている。おじさんたちについて来てくれないかな」
助け舟を出したのは空悟であった。
彼は懐から警察手帳を出して、ニッコリと笑いかける。
『お、おじさん警察官なの?』
「ああ、そうさ。こうして空悟くんがよくわからない行動をしてしまっているのも、その事件のせいだ」
信じてくれるかい?と空悟は、柔和な笑みで三郎へと話しかける。
三郎はしばらく逡巡した後、『わ、わかりました……』と怯えながらも、手を差し出した。
「よろしい。それじゃあ、ついてきてくれ……」
空悟がそうしてミナに首肯して、行ってくれと合図を出した。
「……うん、それじゃあ行こうか、少年」
そう、かつての自分に笑顔を送って、ミナは先頭に立って歩きだす。
「……カイロス、ボコボコにしてくれるわ」
誰にも聞こえない小さな声での怒りは、ルルの耳にしか届かず。
その表情が示す怒りは、空悟にしか伝わらない。
かつてのミナとなる三郎は、先程まで確かにあった足の痛みをすっかり忘れていることにも気づかず、その様子にただただ困惑するばかりであった……
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