異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第237話 「さぁ、私の中へ帰ってきて、かつてのオレよ」

 

 

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血を払い剣を鞘にしまうと、ミナは「―――景色が変わった」と呟いた。

 

呟いて、そして警戒を解かない。

 

否、解けない。

 

―――なぜならば。

 

なぜならば、何故ならば。

 

「これもヴァダー……カイロスの仕業かしら。ごっつ趣味悪ぃ」

 

ミナは反吐が出そうな顔で目の前の物体を見る。

 

その物体には―――そう、見間違うはずもない。

 

『と、トーチャン……?』

 

そこには、三郎の。

 

水門三郎の父の顔が張り付いていた。

 

恐怖が許容量を超えてしまったのか、三郎は青褪めた顔でその彫像を眺めるばかりだ。

 

その様子に、ミナは嘆息して―――すぐに怒りを湛えて燃える瞳を像へと向ける。

 

ルルは「……この趣味の悪さは、カイロス……ヴァダーではないでしょう。やはりいるのかと」と言って、杖に魔力を込め始める。

 

「魔王……流れている時間のベクトルとカイロスの性質。あの馬鹿女の性格を考えると、やはり―――『記憶』か『刹那』のどちらかね」

 

ミナは怒りを崩さないまま、客人碎を取り出して肩に担ぐ。

 

「わかるのか。いや、戦ったことがあるのか?」

 

「ああ。邪神の空洞でな。あのダンジョンを守護していた魔王のうち、ここまで趣味が悪くて時間に関係しているのはその二人だ」

 

―――空悟へ怒りを向けないように注意しながら、不機嫌な声を出したミナの予想は合っていた。

 

ここにいるのは「記憶」の魔王。

 

この時、艦橋では岬たちがそれの生み出したものと戦っていたのだ。

 

「―――ルル。これは浄化一択ね」

 

「賛成します。ミナさんであれば問題ないかと」

 

ルルの言葉に、ミナはその右手の指環を彫像へと向けてかざす。

 

かざし、そして神聖なる祝詞を彼女が奉ずる女神へと希った。

 

「世界を調律する我らが祭神よ。世を蝕むもの。真なる邪悪。生まれ落つる世界蟲を正しき姿へと調律し給え。塵は塵に、灰は灰に。歪みと過ちは正しき姿へ。我らの持つ原罪を許し給え。どうか我らを聖なる地へ導き給え。ホーリー・フィックス!」

 

祝詞を終え、彫像を見れば、聖なる光が―――彼女の主神へと祈りが届いた証に―――静かに降り注いでいく。

 

やがてそれは結界となり、彫像を完全に囚える。

 

そしてじわじわとその姿を端から消していくのであった。

 

あとに残ったのは―――仮面。

 

此方の世界での父の面影を残す仮面であった。

 

「……これは、なんだ?似てる……が」

 

お前の親父さん、と言えない空悟はその仮面に危険がないか近づいて確認する。

 

少なくとも、これは神聖な結界の中で形を保っているため、魔的には危険性は高くない―――はずである。

 

ホーリー・フィックスの作り出す結界は、あらゆるバグを調律する。

 

つまり、それは。

 

「白い仮面……か」

 

ミナは空悟がつついているその仮面を拾い上げて、まじまじと見た。

 

「まぁ、当然呪われてはいないわな」

 

「ですね。これは……ペルソナのたぐいでしょうか」

 

主従がそうしてその仮面を矯めつ眇めつしていると―――

 

『と、と、トーチャンが仮面になっちゃったァァァァァ!?』

 

三郎が突然ギャン泣きを始めてしまったのであった。

 

「あー大丈夫、大丈夫。仮面になんかなってないから。君のお父さんがあんな不気味らしい彫像になっちゃうわけ無いでしょ?」

 

ミナがそうなだめる―――ぶっちゃけいくらなんでもあんなものになるはずもなし。

 

もしバグに侵されていた記憶の複製品であれば、浄化すればもう少し違うもの―――本人の複製が出てくるか、完全に消え去ってしまう公算が高い。

 

『でも、でも……!』

 

「大丈夫だってば。お姉さんを信じなさい」

 

ミナが数分なだめると、なんとか三郎は『うん……』と言って泣き止んだ。

 

「よし、いいぞ男の子。それじゃあ―――」

 

このまま仮面を見つめていても仕方がない。

 

ミナは一度、これを被ってみようと考えた。

 

『だ、大丈夫なのかいお姉ちゃん。そんなの被って』

 

「へーきへーき。私を誰だと思ってるの?」

 

かつての自分の心配など意にも介さず、ミナはその仮面を被る。

 

―――当然公算の一つや二つはある。

 

一つはブラックリボン。

 

ミナの髪を彩るこの黒い飾帯は、あらゆるマイナスの状態異常を防ぐレア中のレアアイテムである。

 

二つは呪いの専門家であるルルが隣りにいること。

 

そして、三つ目は竜の兜を備えた空悟である。

 

例えブラックリボンを通過してきたとしても、従者か親友かが引き剥がしてくれることだろう。

 

そうしてミナは無造作にその仮面をかぶった。

 

―――すると。

 

「なるほど。まあ、そりゃそうか。白い仮面だもの」

 

ミナはそうして仮面をすぐに外して、メモを取り出して「エクメトテロエス」と普通なら意味が分からない言葉を書き出した。

 

『あっそれファイ○ル○ァンタジーのヤツ?』

 

「そうよ。君のお父さんもプレイしてたでしょう?」

 

ミナはそうして懐かしい記憶を引っ張り出す―――頭痛はしなかったので、これは奪われてはいなかった記憶だ。

 

三郎の父・八郎は茜の夫であり、すなわち割りとヲタクな人間でもあった。

 

特に爆発的ヒットを飛ばした元花札メーカーの最初期のハードについてはかなりやり込んでいる人であった。

 

エクメトテロエスとは、2大大作RPGの片割れであるシリーズの2作目に出てきた、ある城の地下に侵入するための合言葉である。

 

「白い仮面にエクメトテロエス。でも黒い仮面はない……か」

 

ミナは鼻白み、そしてその言葉をおもむろに唱えてみた。

 

―――何も起きることはない。

 

やはり然るべき場所を見つけなければならないのだろう。

 

ミナは、やはりここはまだミナと三郎の夢の中であることを確認して、白い仮面をバッグの中へと仕舞った。

 

「白い仮面があるなら、黒い仮面もあるはず。探すわよ」

 

ミナはそうして三郎の手を取って歩き出し、男たちも同じく歩き出す―――

 

ゴールはもう近いと言えた。

 

 

 

―――しばらく周囲を探す。

 

周囲は徐々に茂みを増して、まるで熱帯雨林のように変化していく。

 

間違いなくジャングルと言える暑さになり、ジャージ姿の三郎はだいぶ苦しそうな顔をしていた。

 

「脱ぐ?」

 

『うん……』

 

ミナに聞かれた三郎は、いつかの自分にジャージの上着を渡してふぅっと息を吐いた。

 

『なんでこここんなに暑い……ジャングルだから当たり前か』

 

三郎は汗だくでそう言って、しかし弱音を吐くことはなかった。

 

そんないつかの自分を見て、ミナは(っかしーなー。オレ、こんなに根性あったっけ?遠足つったらまぁまぁ帰りは死にかけてたんだがな……)と古い記憶を呼び起こす。

 

……でも死にかけてても、歩いてはいたもんな。

 

脳裏に浮かぶのはそんな感想。

 

大抵は空悟か教師かに迷惑をかけてしまっていたが、それでも最後まで歩いてはいたものな。

 

そんな感想がミナの脳裏に浮かび、ふふっと小さく笑みがこぼれてしまう。

 

そういえば、私はそう言うやつだったのだなあ、と。

 

人と一緒にいないときはどれほどにも自堕落になるというのに、誰かと一緒にやろうとすると無理をしてしまう。

 

そんな人間だったのだ、と思い出して。

 

「無理してない?大丈夫?」

 

『うん!大丈夫!まだ今日は歩けると思う!さっきまでめちゃくちゃ脚痛かったのにさ!』

 

そんなかつての自分の声にミナは苦笑して、親友を見て苦笑を柔らかな笑みに変えて、三郎の頭をなでてやって―――

 

「まあ、それはともかくとして」

 

ミナは気持ちを切り替えて、ゴールの前に立つものに目を向ける。

 

「……ここは記憶の迷宮。夢の回廊。あんたに作れるものじゃないのはわかっているわよ、ヴァダー」

 

勇者は黒い仮面をかぶった女を見据えてそう言った。

 

『キーッ!時間の彼方から正確な記憶を取り出してぶつけてるのに、なんでひるまないのよぅ!』

 

黒い仮面を斜めにずらして顔を晒したその女に、ミナははーっとため息をつく。

 

「あんたさぁ……私が今更に夢に出てきた怪物くらいでどうにかなると思う?そのために―――この子に自我まで与えてさあ」

 

ミナはしゃがんでおお、よしよし、とかつての自分の頬と頭をなでてやる。

 

『それって……どういうこと?』

 

「……そのまんまよ。大昔―――生まれ変わる前の私。こいつが出てきたから、隠す必要ももうないわ」

 

ミナは寂しい笑顔で、三郎を抱え上げた。

 

『……は?』

 

「は、じゃなくてね。まあ理解できないのは仕方ないわ。だから、ごめんなさいとしか言えないの」

 

ミナが彼を抱き上げて、しっかと抱きしめると―――彼の輪郭が徐々に薄れてきた。

 

薄れて、そしてミナをじっと見る。

 

『うん、なんだか……わかる気がする。オレは、お姉ちゃんの一部だったんだ……よな?』

 

その言葉にミナはコクリとうなずいた。

 

「さぁ、私の中へ帰ってきて、かつてのオレよ」

 

―――これは純粋な複製ではない。

 

あの惟神小学校にいた複製たちは自我を持ってはいなかった。

 

彼だけが、ミナが触れたことで自我を持った。

 

それで変質したのではなく、それは鍵。

 

この黒い仮面を斜めに被る、底意地の悪い泉の妖精が施した、ミナを疲弊させるための罠。

 

だからこそこうして一つになることが出来る。

 

「それじゃあまた会いましょう。いつかの私」

 

「うん、さようなら、いつかのオレ」

 

最後に、輪郭を消滅させながらはっきりと声が聞こえた。

 

そして―――かつての三郎は、そのままミナに飲まれて消える。

 

―――後に、ミナの怒りを残して。

 

「……良かったのか、三郎」

 

「そーするしかねーもんよ。しゃあない……それにあの頃のオレが消えたわけじゃない。オレも、私もここにいる」

 

ミナはより鮮明に小学校の頃の自分のことを思い出していく。

 

そういう人間だったのだ、と遠く。

 

胸に拳を置いて、懐かしさを奥に仕舞い、なお残るのは―――

 

「よくもオレを怖がらせてくれたな?つーか、オレのトーチャンの顔をあんなふうに使ってただで済むと思うなよバカ精霊」

 

やはり、怒りであった。

 

『ふん!かつての自分を吸収するなんて、精霊みたいなことをするのねドサンピン!恐怖はここからよ!この黒い仮面を奪えなきゃ、あんたらはこの世界から出られないんだから!』

 

「どこで覚えたんですか、ドサンピンなんて言葉」

 

キーキーと高い声で罵倒するカイロスに、ルルはそう呆れた声をぶつけて―――それから主人の顔をまじまじと覗き込んだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

「……実はちょっと怒りの制御が出来ていないわ。でも―――ルル、空悟、行くぞ」

 

ほんの少しだけ弱音を吐いたミナは、カレーナの剣を抜き放つ。

 

『……例え自分の前世と言えど、精霊喰いをやったのだから無理はするでないぞ』

 

カレーナが、いつもとは違う真面目で心配の色が濃い声をミナに投げかけた。

 

「精霊喰い?」

 

『ハイエルフの特性での。我らは半ば精霊である故、下級精霊や亡霊をその身に吸うことができるのじゃよ。じゃがのこれは危険な行為であることには間違いない―――』

 

空悟はカレーナの祖の事場に、また無茶をしたんだと悟りミナに「おめーよぉ」と呆れ顔を向ける。

 

実際には―――これは自我の境界を曖昧にする可能性が高く、年嵩のハイエルフでもめったにやらないことなのである。

 

「自分相手だから無問題!」

 

『だから自他の境を曖昧にするから、危険じゃ言うとろうが。そのままの自分ではあるまいに』

 

カレーナの珍しい心配を含む言葉と空悟の非難する視線、そしてルルの「またこの人は」という呆れと心配と不安が綯い交ぜになった思念に、ミナは冷や汗をかく。

 

「わかってるよ……でも、仕方なかったんだってばよ」

 

かいて―――そして目の前で震えている精霊を見据えると、その怒りを再燃させた。

 

「何ワナワナ震えてんだてめえ。はっ倒すぞ」

 

『はっ倒すのはこっちの方よ!!見てなさい!あんたの記憶と時間の中から、おっかないものを呼んであげるから!』

 

ミナのドスの効いた声に、カイロスはキーッ!とまた金切り声を上げて威嚇してくる。

 

ミナはその声を聞き流し―――そして、自分の中へ語りかける。

 

―――さあ、やってやろうか、あの頃のオレ。

 

それは精霊への声にもならない小さな心の揺れだったが―――今の彼女には十分であった。

 

 

 

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