異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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予約投稿忘れたorz


第240話「こっちはこれでよし……あっちは」

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『死ねぇ!』

 

艦橋にひそひ草からミナの絶叫にも近い殺害宣告が響き渡った。

 

「……何が起きてるんだろうな」

 

「多分残虐行為に決まっているのです。それより、まだ空悟さんは音楽が弱点の敵を倒せてはいないはずなのです」

 

だから、二人は演奏を続けている。

 

「……うーん、お金取れそうな曲だなあ」

 

恋が瞑目してそう自分たちが奏でる音楽へ感想を述べた。

 

『録音はしているから安心してくれ―――それよりそろそろ交代の時間だ。落ち着いたら廻と交代する』

 

夕が恋に、聞きたいならいつでも問題ないことを伝えて唇をへの字に歪める。

 

その様子に岬は苦笑して、「はいなのです」と答えた。

 

地下ではまだ戦いが続いている。

 

『これでも喰らえぇッ!』

 

空悟が叫んでいる。

 

―――まだ、戦いは続いている。

 

 

 

「これ以上弾は使えねえなッ!」

 

空悟は重機関銃と短機関銃を放り投げると、先程手に入れたばかりの斬鉄剣を振るう。

 

得物の重量、長さともに今津鏡とそう違いはなく違和感なく振るえる日本刀を。

 

『ファファファファ!』

 

邪竜は哄笑を上げると、その蛇と変わらない身をくねらせて尾っぽで打撃を与えようと振り上げた。

 

巨体にも関わらず素早く、その打撃はつい1秒前まで空悟がいた地面を叩く。

 

「あぶねえなッ!」

 

空悟は地面を転がって衝撃ごとその打撃を避け、手榴弾のピンを抜いて投擲する。

 

バンッ!と爆発音が響いて、破片とわずかな爆風が邪竜を襲った。

 

『ファファ……!』

 

しかし、その巨体にはその程度の攻撃ではダメージにならなかったのだろう。

 

煙の中から無傷で姿を表して、その口角を人間のようにニヤリと歪ませる。

 

「ちっ!原作通りなら、変身後のほうが遥かに弱いんだがねえ!そう都合良くは行かないってことか!!」

 

そして、空悟がまた跳ね飛ぶとそこに炎、氷、雷が飛んできた。

 

「変身前の術も使えるとか、ずるくねえかなあ!」

 

『ファファファ!』

 

目の前にいるのはゲームに出てきた存在ではなく、ミナの遠い記憶から時間を歪めて生成された存在だ。

 

それはもう過去の鮮明なトラウマによって形成されたそれは、本物を具現化したよりも遥かに強いのであった。

 

「だとしても……よっ!」

 

空悟は、東洋龍に近い手足がやたら短い邪竜の弱点など当然わかっている。

 

すなわち、手足の可動域が狭く、打撃は頭と尻尾によるもののみ。

 

直接攻撃はほぼ読める。

 

手足は―――どうも魔法をすなることに特化しているようで、それを落とさねば炎、氷、雷、そして竜巻の魔法が止まることはないだろう。

 

それをするにはまず近づかねばならないが、そのために魔法に当たることを躊躇している場合ではない。

 

竜巻は、ゲームどおりなら体力を瀕死になるまで削ってくるだろうから、それにだけ気をつけていれば……

 

彼はそこまで考えて、どう近づくべきか思いついた。

 

―――ここは夢ではあるが、現実でもある。なら。

 

瞬間、頭から暗黒のブレスが吐き出され、空悟のいた場所を焼いていった。

 

「よっしゃ!」

 

次の刹那、邪竜は尾っぽを持ち上げ、地面に叩きつけ―――ドォン、と轟音がする。

 

空悟はそのまま尾っぽに―――乗って邪竜の背中を走り出す。

 

『グゥォ!?』

 

「うおおおおおお!!」

 

瞬時、炎、氷、雷が空悟の体を叩くが―――竜の兜と薺川博士のボディアーマーは、それによるダメージを軽減させ男の体そのものには痛痒はほとんどない。

 

「っし!そこまで痛くはねえな!」

 

以前であれば、冒険者となり親友と駆けるようになる前ならば、苦痛で転げているところだが―――今はそうはならない。

 

かつてと同じように、親友を守れる日は来るのだろうか。

 

疑問がふと頭をよぎる―――が、それは杞憂だろう。

 

彼女はもう守ってやれるほど弱くはないのだ。

 

だから、共に駆けるために。

 

背を走る、背を。

 

―――よし。今だ。

 

心のなかでそう呟いて、刀を。

 

空悟は魔法をすなる脚まで到達すると、その手の斬鉄剣を振るう。

 

『ギャーーーーー!!』

 

鋭く強い刃金は、その脚を豆腐のように切り落とし、ズルリと脚が落ちると同時に絶叫が響いた。

 

「とぅっ!」

 

空悟はそのまま暴れ出すであろう邪竜からジャンプする。

 

『オノレ……!』

 

暴れながら絞り出すような声を出し、そして再び魔法をすなる―――が。

 

飛んできた魔法は炎と氷のみ。

 

雷と竜巻が飛んでくることはなく―――彼の狙いは成功したと言えた。

 

「よし成功だ!四肢の一つにつき一つの魔法しか使えねえんだろ、お前!」

 

背中に乗って走ったのもその狙い。

 

現実の世界であるため、自分の体の上を走られれば竜巻の魔法は使えまいと踏んだのである。

 

―――そう、この邪竜は元のゲームそのままなら竜巻の魔法が効くのである。

 

自らの魔法で瀕死になる愚は犯すまいと踏んでの行動であったが、見事にハマった。

 

最早近づくことに躊躇はなく―――そうであるのであれば。

 

「―――せいやぁっ!」

 

裂帛の気合とともに一閃が邪竜の首を捉えた。

 

『グ、ァ……!』

 

竜の兜が輝き、その輝きを纏って放たれた斬鉄の刃。

 

その刃金を地面にトンと降り立って納刀した刹那に、ズルリと邪竜の首はずれて離れて大地に落ちる。

 

「またつまらぬものを斬ってしまった、ってか?」

 

遅れてズズンと邪竜の体が大地を叩き、そして沈黙した。

 

それで勇者のかつてが抱いたトラウマから生まれたそれは、完全に終わったのだった。

 

「こっちはこれでよし……あっちは」

 

―――そうしてあちらのミナとルルを見遣れば、まだ戦いは続いている。

 

よし、と心でうなずいて、男はまた駆け出すのであった。

 

 

 

「ミナさん!」

 

「わかってるわよ!ええい、しつこい!!」

 

ミナはそうして女の肩を拳で砕いて、一歩離れた。

 

『しつこいのはそっちでしょー!ふざけんな!ふざけんなぁ!私の体に傷をつけてる報いは受けさせてやるぅ!!』

 

「どやかましいわ!何回再生するんだてめえ!」

 

ミナの叫び通りに、格闘能力が全くないカイロスの実体を、ミナはもう10回は人なら死に至るほどに破壊していた。

 

波打三段を食らって、全身から水っぽい何かを吹き出しても平然と再生してくるので、ミナはうんざりせざるをえない。

 

「うーん、やっぱり焼き尽くしましょう」とルルが杖を向けるが―――

 

『あはははっ!無駄よ無駄無駄!私は再生してるんじゃなくて、自分の時間を戻しているのだもの!』

 

カイロスは勝ち誇って胸を反らす―――

 

泉の女神を気取るのにふさわしいと思っているのだろう。

 

その胸は豊満であった。

 

「うるせえ馬鹿!死ねぇ!」

 

ミナはミスリルの拳鰐でその豊満な胸に強烈なフックをぶちかます。

 

バチンッ!という音がして、女の片胸は服?ごと吹き飛んで、一瞬グロ画像化するがすぐにもとに戻った。

 

すでに攻撃の時間鈍化を行う様子はなく、ミナが疲弊するのを楽しんでいるかのように攻撃を受ける儘にしていた。

 

『ふふーんだ!あんただって化け物っぽくても人間の範疇だもの!こうして無駄攻撃無駄にやってれば疲れるでしょ!あはははははは!!』

 

やはり精霊故なのだろう。

 

痛覚をシャットアウトしているのか最早悲鳴をあげることもなく……ミナの魔法を含む攻撃はすべて時間逆行による再生で意味をなくしていた。

 

「ルル、焼き尽くしたところで上位精霊は死なないのは知っているでしょう」

 

「ええ、知っています。でもなんだか大変ムカつきますので」

 

ルルは平然とそう返して、杖を上へ向けた。

 

「まあ、後はやるべきことは一つだけですね」

 

「うわーやっちゃくねぇー」

 

もうこれから行うべき事を行うのが絶対嫌だということを隠しもしないうんざりを通り越してげんなりした表情でミナはルルに返して舌を出す。

 

「とはいえもう仕方ないでしょう。対抗手段は理論上それしかありません」

 

「……そうね。それしかないわね……」

 

ミナは諦めて、右手を空へと掲げ、マスターリングへと力を込める。

 

「―――諸人よ。我が宣う言を聞き給え―――我、主に仕えし者なれど、異なる神の力を借りんがため、我が神ディーヴァーガに伏して希う。我が神への供物として、我が血と我が身を削りたもう」

 

『そ、それは……まさか……!』

 

その練り上げられた聖なる言の葉に、カイロスは明らかに怯えだした。

 

ミナはそうして、小さなナイフを腕に刺す。

 

「むぅ……ッ!」

 

そのナイフを円に回して、肉をこそぎ―――そしてナイフを取り落として、その削られた皮と肉を握りしめる。

 

『させないわよぉ!何台無しにしようとしてんのよぉ!』

 

先程の余裕もどこへやら、泉の女神気取りはそうして水の刃をミナへと飛ばそうとしたが―――

 

バジュン、バッ!とそれは斬鉄の刃に阻まれた。

 

「大丈夫か三郎!何してんだお前!!」

 

「儀式だよ、儀式!神官が自分が奉ずる神以外の神の力を借りるにはこうするしかないんだ!」

 

正義神の力をマジック・アイテムの力を借りて使ったときとは違う。

 

それにはそれ相応の代償が必要となるのだ。

 

邪竜を倒しおっとり刀で駆けつけ、時間の精霊の攻撃を防いだ親友へそう叫んで、ミナは神聖語による祝詞を続ける。

 

だらだらと左腕から流れる血と右手に握られた肉が、やがて鈍く青色に輝き出した。

 

「―――感謝します、我が神ディーヴァーガよ」

 

ミナはそう呟いて、マスターリングを掲げた。

 

「ミナさん」

 

「もう少しだから―――時の刻たる世のあかときよりひねもすを支配する神ルアックよ!我が声を聞き、我が声に応え給え!我が前に在る者、時間の精霊を僭称する愚か者へと神罰を!我が声を聞き給え!大いなる時間の神よ!!」

 

ミナは瞬間、血を数滴、唇の端から流して天を仰ぐ。

 

『ば、馬鹿ァ!死ぬわよ!?死ぬっていうか、私も死ぬぅ!?』

 

ミナはそのままその身を空悟に預け、その傷ついた腕をルルに触れられる。

 

「お疲れ様です、ミナさん……破壊と渇望の王、呑み込み食らう我らが神よ。破壊され死に絶え再び生まれくる輪廻より、癒やし直し治し戻す力を死すべき衆生へと与えん。グレートヒール」」

 

ルルの回復魔法がすぐさまに降り注ぎ、その傷を癒やす。

 

「馬鹿たれ!無茶をするんじゃない!」

 

空悟はそう言って、ミナの口にブラッドパウダーを押し込んでその瞳を怒りに燃やす。

 

「すまねえ……だが、こうでもしなきゃこいつを仕留められねえからよ……」

 

「ええ。この女はノトスのように空間神を怒らせるようなことをしてなかったわけではないので、これでどうにかなると思います……」

 

血液を補う魔法薬を飲み下しながら弱々しい声で言い訳をしたミナの言葉を、ルルが繋いで―――しかし従者の声も忸怩たる色が浮かんでいた。

 

『やれやれ……ハイエルフの勇者の血と肉でなくば、高位の神官たる汝が調和神の許しを得られんとは言え無茶をする。日に二度も命を捨てる真似をする上古の森人などお主だけであろ』

 

カレーナが鞘の中からそう呆れ声を出して、そして―――

 

『見よ。稀にすら見れぬものよ。神が実体を見せるのはな』

 

歳を経たハイエルフでも見たことのない、時間神の降臨が間近に迫っていた。

 

『……いやあ、私逃げるぅ!』

 

カイロスはそうして別の時間へ逃げ込もうと力を集めるが―――瞬時、彼女の後ろに何者かが立っていた。

 

『……どこへ行くのだ、痴れ者よ。時の精霊の誕生は久方ぶりのこととは言え、此度は実に下劣だ……時の流れは妄りに乱してはならぬ。その理を刹那の中の永遠に教えてしんぜよう』

 

荘厳なブロンドの流れるような髪を持ち、まるでどこかの軍服のような黄金の刺繍が施されたスーツ、そして暁色のマント。

 

「……時間神ルアック……」

 

『試練以来だな、森人の勇者よ……時、空、星が生まれ、いずれ波の精霊も現れよう。世界は揺れるぞ。お前の健闘を祈る』

 

それだけいうと、言葉を忘れたかのようにその男、時間神ルアックは沈黙し、怯え狼狽えるカイロスの首根っこを掴んだ。

 

『いや、いや、いやぁ!?』

 

『―――』

 

そして黒い仮面が女から落ちる。

 

それを神は、面倒くさそうに手をかざして浮かせると、それをミナに放った。

 

「……ありがとうございます」

 

ミナの言葉に神は薄く笑い、そして精霊とともに消えて―――戻っては来なかった。

 

数秒ほどの時間が過ぎたろうか。

 

凍りついたように長く感じたその時間の後に、カイロスが再び姿を表す。

 

―――蒼白な顔で。

 

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……契約するから、契約するから許してぇ……』

 

うわ言のようにそうブツブツとつぶやき続け、その数秒の間に何が行われたのか想像してもしきれないほどのなにかがあったことがわかる。

 

基本的には不変である精霊にここまでのダメージを与えるのだから。

 

「……よしっ!」

 

「こえー……神様こえぇー……」

 

ブラッドパウダーが効き始めて顔色を取り戻したミナはガッツポーズを取り、空悟はそのただならぬ様子のカイロスを見て恐怖を感じていた。

 

その光景にルルは「最初からこうしておけばよかったですかね……」と遠い目をする。

 

「ま、結果オーライってことで」

 

ガタガタと震えて止まらない、まるで人間のような反応を見せるカイロス―――否。

 

髪の色が今までの深い青から水色へと変わっていく。

 

ノトスやバハムートと同じ……変質した部分が戻って、真性の意味での時間の精霊になりつつあるのだ。

 

『ここは……あっ!ひぃ!?』

 

自分に何が起きたのか、最早カイロスではなくヴァダーへと転じたその精霊はミナを見て怯えだした。

 

「よう、正気に戻った?戻ったからっつってあんたのことだから反省なんかしてないでしょうけど。何があって時間の精霊になんかなったかキリキリ吐きなさい」

 

ミナはいつの間にか発動していたファントムハンドで、徐々に実体を失いつつある彼女の肩を掴んで、ニッコリと笑った。

 

『ぴゃぁ!?』

 

「話せ?」

 

有無を言わせぬその声音に、後ろにいる刑事は手で目を覆って頭を振り、従者は肩をすくめて「やれやれ」と零した。

 

『そ、そりゃあ私、あんたをちょっとは助けようかな~と思ってさぁ、あの滅びそうな世界から逃げて、じゃなくて、こっちに来たのよ!』

 

「ふむふむ。で?」

 

ミナは幻想の手を緩めず、ヴァダーの眼を見てニッコリと、本当に莞爾と笑う。

 

眼だけが笑っていない。

 

一言半句でも嘘をつけば、また時間神を呼び出してくれる、と言わんばかりに。

 

『だっ!だって仕方ないじゃない!私、泉の女神よ!海に放り出されたら、消えちゃうわ!そしたらこの船があって、真水もたくさんあるから棲み家にしただけよ!』

 

ミナはその言葉に、深くうなずいて「夕ちゃん!この船、真水いっぱいあるってマジかな!?」と大声を出した。

 

ひそひ草の効果はまだ続いているのか、すぐに夕から『間違いなかろう。少なくともこちらから読み取れる情報では真水貯蔵庫に破損はない』と帰ってくる。

 

「りょうかーい!じゃあ、いい?どうして魔王がここに居るか知ってるかしら?」

 

『わ、わがんにゃい……でも、私とは全然会わなかったし、力だけ利用してたのよぉ……』

 

ヴァダーは涙目でそう返答して、そして『お願いもう許してぇ……あんなのもうやだよぉ……』と幼児退行して完全に泣き出してしまった。

 

「……何をされたのかしら。こいつ。農民や猟師を何人破滅させても反省しなかった輩なのに」

 

段々と半透明になり、精霊そのものに戻っていく彼女を同情の視線で見つめてミナは嘆息する。

 

きっと恐ろしいことをされたのだろうが、時間を弄んだ自業自得とも言えた。

 

「それじゃあ、最後に。まだこの空間から出ていけないんだけど、どうすれば脱出できるのかしら」

 

ミナは白い仮面と黒い仮面を手に、ヴァダーへと顔を近づける。

 

すると、ヴァダーは『か、かぶればわかるわ!多分!あんたの記憶と時間だもの!私が完全にわかるわけないじゃない!』と震えながら、なんとか絞り出すような声でそこまで一気に言って、『あ―――も、だめ』と言って、そのまま白目をむいて消えていった。

 

「……大丈夫ですかね、アレ。ひょっとして消滅してませんか?」

 

「さぁ?でも契約は解除されてないし、呼び出せるでしょう……きっと、あのハゲ魔王をぶっ殺すにはあいつの力が必要だし」とミナはルルの疑問に返事して、フーっと背中を伸ばした。

 

「じゃあ、被ってみるのか?」

 

「ああ、問題はないだろっと」

 

空後の言葉に軽く返して、ミナは黒い仮面をかぶる……

 

すると、ミナの脳裏に「野薔薇」という言葉が浮かんだ。

 

「まあ、そうなるわね。なら……」

 

ミナはいつの間にか石畳に変化していた空間を歩いて行く―――そこにはどこまでも続く長い壁があった。

 

その壁にミナは手をついて、瞑目し、そして言葉を紡ぐ。

 

「―――エクメトテロエス」

 

歌のように聞こえるその呪文に答えて、ミナが手をついた部分から壁は静かな軋みを上げながらゆっくりと消滅していった。

 

消滅した壁の代わりに現れたのは、扉。

 

これは―――ああ、覚えがあるに決まっているとも。

 

新築の頃の、我が家の扉。

 

彼女となる彼が高校の頃に行われた改築の際になくなった引き戸の玄関扉である。

 

「―――そして、この扉を開ける言葉は唯一つ。『野薔薇』」

 

ミナが静かにそう微笑むと、まだ時間の中で静止していた後ろの―――若い頃の父母の幻影が笑った気がした。

 

「さぁ、進もうぜ」

 

「ああ、行くか」

 

勇者とその親友は、現れた扉を開けて潜り―――従者はふと振り向いて、夢の世界が崩壊していくさまを見た。

 

雑多な夢は、交雑して灰となり、消えていく。

 

その様子に、ルルは苦笑して「面白かったですけど、あの子がおとなになった姿は見たくなかったですね」と三郎について評してから扉をくぐる。

 

―――後には何も残らない。

 

ただ、従者の手にスピーカーの形をした草だけが残った。

 

持ち出せたものは、これと空悟の刀のみ。

 

夢ならば仕方なかろう。

 

夢故に仕方なかろう、と。

 

灰と崩れ去る扉を見つめながら、ルルはそう思うのであった。

 

 

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