異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第245話「あっち先に攻撃したら良いんじゃないです?」

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「日にニ度も三度もトーチャンを侮辱したんだ。覚悟は良いだろうな?」

 

―――もちろんそのうち二度はヴァダー、否、カイロスの仕業であったが、奴を変質させたのはこの空間そのものである。

 

ミナは細かいことは気にせずに、総てを目の前の五つ顔に転嫁することに決めて、客人碎を怪物へと向ける。

 

『ふふふふ……まずはこれを食らうが良いだろう』

 

怪物はそうして八郎の口から何かを吐き出し始めた―――それは。

 

黒い煙、白い煙が混じり合い完全な黒煙になっていく……

 

それは周囲に立ち込め、霧のようになり……

 

「げほっげほ!?なんだこれ!?息が苦しい!?」

 

空悟が咳き込んで膝をついた。

 

同じように岬と恋も―――

 

「……これは」

 

平気なのは生物ではない廻と夕、そしてルルだけだ。

 

そう、ミナでさえも……

 

「げっほげほッ……!これってまさか!」

 

『解析……亜硫酸瓦斯、一酸化炭素、窒素化合物―――それらの混合気体、つまり自動車の排気瓦斯だな。濃度は比べる意味もないほどに濃い』

 

夕が咳き込むミナにそういうと、『お前が咳き込むということは、通常の毒瓦斯の類ではあるまい』と続けて『対毒瓦斯対策剤噴霧開始』と呟いた。

 

すると、夕の頭部と背部からシュウシュウと無色透明の気体が噴射され、周囲の排気ガスが作り出す霧を消滅させていく。

 

「あ、ありがとうなのです。だいぶ楽になったのですよ」

 

岬が一番最初に立ち上がる―――浄化の力を強く持つ彼女が最初に立ったのであれば、それは……

 

「なるほどな……オレの記憶から、トーチャンが自動車工場を辞めざるを得なかった件についての憎しみを呪いに変えて噴霧してるっつ―コトかい!!」

 

ミナのブラックリボン、空悟の竜の兜の加護を超えてダメージを与える毒ガスである。

 

普通のものではない。

 

それは―――勇者のかつての記憶から生成されたものだとすれば、納得である。

 

『そのようじゃのう。やれやれ。お主も我と同じくハイエルフらしくない女じゃ。ふん』

 

鞘の中から不機嫌そうな祖母の声が聞こえてきた。

 

その認識は、五つ顔の魔王から生えている自分の顔に注がれている。

 

『うーん、いくら麗しい我の顔でもあのような物体から生えているとおぞましいだけじゃのう』

 

「身内の顔を二つも生やしてからに……!ばーちゃん、あの顔がってかばーちゃんがしそうなことの対抗策!」

 

ぼやく祖母にミナはそう質問すると、彼女はにべもなく『あれが我ならやる気を無くして何もせぬよ。まぁ、魅了の精霊術でもばらまくのではないかの』と若干不機嫌な声を響かせた。

 

「だったら……!」

 

「あたいがやる。記憶とか感情を操る魔法なら、あたいだって使えるんだ」

 

ミナが動こうとした瞬間、若干まだ顔色は悪いものの恋が立ち上がって鎌を振り上げる。

 

『ふふふふふふ!勇者の前世の父親の攻撃はしのげたようだが、勇者の祖母の攻撃はどうかな?ふふふふふ』

 

五つ顔の怪物が嘲笑する。

 

「っぜーなバケモン!ミナねーちゃんの親父さんやカレーナばーちゃんを馬鹿にするようなことしやがって!」

 

『ハーハハハハハハ!吠えろ吠えろ!犬のようで心地よいわ!ハハハハハ!』

 

恋の怒りに、怪物は哄笑し嘲笑する。

 

ひとしきり笑い、『では第二の吐息を食らうが良い』と声から笑いをなくして威圧してきた。

 

その言葉と同時に、女の顔から桃色の気体がシュウシュウと音を立てて噴射される。

 

『気をつけれ。アレは我が我の領地で使った魅了の術と同じものぞ』

 

「あれですか……」

 

カレーナの言葉に、岬は嘆息して恋に襲われかかったときのことを思い出した。

 

縛り上げておかなければ、きっとそのまま襲いかかられていただろう。

 

岬は一瞬、大丈夫なのだろうか、と恋に視線を注ぐが―――しかし、その目は爛々と輝きその桃色の気体への怒りを感じたので何も言わなかった。

 

「あのときとは違うって。それを教えてやらないと」

 

恋はそう呟いて、鎌に―――笛ともなるその魔法のステッキに口づけする。

 

そうして―――妙なる調べが響き渡った。

 

それはフルートのような金属の楽器が奏でる音ではなく。

 

篠笛の音。

 

竹で作られた笛と同質の音だ。

 

それは鎌の素材をそう変化させたのか、そうではないのかそれもわからない。

 

ただ、響き充ちるその音は、桃色の気体をかき消していく―――

 

笛を無心に吹く恋の顔に浮かぶのは、無表情、無感情―――

 

それが人の心を淫らに貶す空気をかき消していく。

 

「……名付けるなら、オーティズム・メロディーね、これは……」

 

『素晴らしいの。自らの心を閉じることで、強制的に他の感情や情動を引き起こすものを総て白紙にする呪歌、魔曲か……いいのう、ほしいのう』

 

カレーナがなにやらボソボソ言い始めたことに、ミナは「今はやめてよ」と言って記憶の魔王を見据える。

 

「記憶の中から持ってきた割には稚拙ね!何を企んでいるのかしら!」

 

ミナが叫ぶ。

 

―――三郎の父の吐き出した排気ガスはまだいい。

 

カレーナの能力をあの顔が持つのであれば、媚薬ガスなどというものでは済むまい。

 

ミナの祖母はあれで虹の帝の気質を強く受け継ぐ暴君であったのだ。

 

苛烈な精霊術の奥義が飛んできてもおかしくはない―――少なくとも、ミナもルルもそんな生前のカレーナの姿を知っているのだから。

 

―――ならば何を企んでいるのか。

 

この形態には、邪神の空洞でも変化したが―――しかし、あのときはすべての顔がミナの倒してきた魔王たちの顔となり、その能力を駆使してきた。

 

八郎やカレーナ、かつての戦友……そして成長していない魔王である戦略兵器の魔王の力を使うなど、弱体化にも程があるというものだ。

 

「―――舐めてるというのなら、良いわ。このまま滅殺してやりましょう」

 

ミナが冷たい口調で、「ボレアースはゴブリンを殺すにも竜巻を起こす。手加減してやるつもりはないわ」と言って、客人碎に力を蓄え始めた。

 

『ふふふふ……まぁ、待て。これは余興だ。余興にくらい付き合ってくれてはいかがかな?』

 

ニタリと―――八郎の顔で魔王が笑う。

 

笑うとすぐさま顔だけだったカレーナとボフ、スト―ファがボトリと落ちて―――すぐさま首から下が生えてきた。

 

『なるほどのう。油断するでないぞ、我が孫娘にして勇者たるミナ・トワイライトよ。アレは―――ほとんど我じゃ。他の二人も油断できるものではないのう……』

 

―――最高位階の龍司祭ボフ、そして同じく格闘家のストーファ。

 

ミナのほうが強いと言えば強いが―――だが、侮れる存在ではない。

 

「あの二人が敵ですか。面倒ですね」

 

ルルは何でもないようにそう言って、「あの空洞で亡くなった方々の霊は、僕が総て空洞の外に解放しました―――だから、存分に力を振るってください」と周知の事実を確認するかのようにミナへ声を掛けた。

 

それは他の仲間達へ語りかけるようでもあり、空悟は「わかってるって。死人の姿を使うなんてのはめちゃ許せんよなあ」とルルの肩を叩いた。

 

『まあ我もいるのだが、他ならぬ我が言うことだからきちんと聞いておくがよい。アレは我がシリウスに隠居させられた頃によく着てた服じゃ。我が一番アレだった頃じゃからの』

 

だから、気をつけろ、と鞘の中でカレーナは微笑みとも苛立ちともつかない声音でミナに話しかける。

 

「そりゃもう……でも、あの頃の父上よりは私は強い。定石通りに、油断なく」

 

ミナは目を細め、カレーナの隣に侍る二人を見た。

 

ドラゴニュートの龍司祭、そしてリザードマンの格闘家。

 

二人共に邪神の空洞へ挑めるほどにすこぶる強力な男たちだ。

 

故に、すぐさまにも勝負を決めるべきだろう。

 

その後には魔王が待っているのだ。

 

―――ボフが得意とするのは、当然竜魔法なのだが彼は最高位階の龍司祭。

 

それが即ち何を意味するのかと言えば、龍司祭の最強の魔法―――

 

リボーンドラゴン、龍転生の術が使えるということと同じなのだ。

 

これは厄介である。

 

もうひとつ位階が下のドラゴンエッグの魔法とは違う秘技中の秘技なのである。

 

ドラゴンエッグの魔法は自らを龍の卵に変えて、完全に精神までドラゴンになるというものであり、これも一つの龍司祭の到達点なのだが……

 

リボーンドラゴンは完全なる転生、完全なる記憶、術理、そしてそのものが持つ精霊との親和性を受け継ぐ。

 

最初から成龍以上の存在として振る舞える魔法なのだ。

 

あの闘いでは使う前にボフは死んでしまったが、もし使っていればと思うとミナは少し嘆息する。

 

『いつまでそうしているつもりかな?ふふふ、こちらからいかせてもらおうか……ハッハッハッハ!!』

 

大声で魔王が笑いだすと、それに合わせてボフが一歩前へ出てきた。

 

『ふふふふ……これは余興だ。余興だよ、勇者よ。そのものらを制限時間以内に倒せれば、一つだけ我々の目的を教えてやろうではないか』

 

魔王はそう言って、巨体をふわりと宙に浮かせる。

 

『ふふふ、10分で倒してみせよ。さすれば一つだ。良いかな?ウワッハハハハハハ!』

 

心底こちらを馬鹿にしている魔王は、そうして大笑いしながら半透明になっていった。

 

「あっち先に攻撃したら良いんじゃないです?」

 

「無駄よ。位相を変えたわ。あの状態では、こちらをどうこうすることは出来ないけど、こちらがどうこうするのも出来ないわ。成長した魔王が使える、自分のフィールドに引きこもる力よ」

 

ミナはギロリと眼の前の祖母とかつての戦友のデッドコピーを睨めつけて、岬の質問にそう返して客人碎を肩口に担いだ。

 

「10分ね……」

 

ミナは一瞬瞑目すると、目を見開き、「舐められたものね」と不敵に笑った。

 

「ルル、いいわね。岬と恋は全体に援護、廻さんと夕ちゃんはスト―ファを……左のマッチョメンをお願い。あのマッチョメンは魔法使えないからどーんと行っちゃって」

 

「俺は?」

 

「竜の兜は竜の力を持つ。敵の竜の力は当然抑える。あのドラゴン顔のほうを頼むぜ」

 

ミナの指示に仲間たちが首肯し、最後に空悟もまた同じく。

 

「もちろん、ばーちゃんのほうは私とルルが行く。それじゃあ、行きましょうか!」

 

そうして戦いが始まった。

 




今の気分は「クロノ・リメンバー」。

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