異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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―――これよりは幕間の物語。
幕間ゆえ、これが開ければ新たな戦いが始まる。
故に皆も心せよ。
平穏は明日の闘いの準備のためにあるのだと。
―――それではまず、後始末と行こう。
「なるほど。それでそのばーちゃんを連れてきたと」
右目が金色に染まったかつて息子だった娘を見て、茜はふぅっと嘆息した。
居間で正座するミナと、その隣であぐらをかくカレーナを交互に見遣って―――
「まあ、信じましょう。三郎のあちらの世界の血縁だということは。改めてね」
そのそっくりと言って良い顔が並んでいることに、はぁとため息をついて茜は茶を飲んだ。
ぬるい液体を飲み下すと、彼女は「戸籍ならどうにかなるけどね……それは良いけども、私の仕事的に言うのであれば信濃はどうなったの?」と聞いてきた。
「ああ、それなら―――」
ミナが説明を始める。
「正直、こうする他ない、っていうのはあるのう……」
呆れ気味に、カレーナが麦茶を飲み干して微笑んだ。
「……自沈は出来ない、かぁ……」
「かと言って、これを沈めるのは魔王を倒すよりも難しいですよ。質量が違う上に、自己修復はエンジンを切っても止められないのでしょう?」
ミナが苦々しい顔で唇をへの字に歪め、ルルはそんな彼女をなだめるように苦笑してそう言った。
『こうして隠蔽機能を全開にして潜水させておくしかあるまいよ。この信濃をバグダンジョンにしていた異界への門は消え去ったようだしな』
薺川博士の声が艦橋に響き渡る。
秋遂を通じて情報連結を試み、今や信濃は薺川博士の制御下にあった。
『……まさかまともな手段で沈められぬ状況になっているとは思わなんだが、こうなれば活用するしかあるまい』
骸骨の声もまた、少しだけ苦々しいものである。
「まぁまぁ……あの貝はこれ以上発生することはなくなったのですし、いいじゃないですか」
岬が先程サンプルとして採取したその貝を入れた水槽を見つめながらふぅっと笑った。
『驚くべき生命体だ。海洋の浄化のためにデザインされた生き物と言っても過言ではあるまい』
薺川はそうして嘆息する。
「信濃をエネルギー源にしてあの異界の門、グリッチ・エッグへの門を作り、その異界とのつながりで信濃をバグダンジョンとしていた……」
廻が情報を整理するかのようにそういって、「他にある可能性は否めんな。スフルタトーレのこともある」と顎に手を当ててミナを見た。
「そうですね。探知しきれるもんじゃないですし」
ミナはそう返して大海原を見る。
「……今まであの貝が漁大くらげ屋の店長以外見つけられなかったのは、異界の門が放つ魔力が影響していたのは十中八九疑いがない。と、するとこれも騒動になりますねえ……」
すでに蒼沫湾全域に生息していると思しきそれが人々に見つかれば―――それが海洋浄化の力を持つ生物となれば大騒ぎになるだろう。
―――あの魔王、そこまで計算していたのか?
ミナとルルは顔を見合わせて同じことを考えていた。
しかし、答えなど出るはずもなく……
『とりあえず活用の方法を考えよう。海底トンネルを掘削し、直接繋いで研究所機能のバックアップを作っておく』
薺川博士はそういって、『いつダンジョンからバグがあふれるかもしれんからな……』と骸骨の姿で遠い目をするのであった。
「つーわけで、駄目だったんじゃよ。そのシナノを沈めてしまうのはの。まあ、無害―――とは言えぬが、それなりに安全にはなったのじゃがの」
水ようかんを木の匙で掬い上げて、カレーナは目をつむる。
その様子に茜は「……また仕事が増えそうね」と不機嫌そうに嘆息した。
「今のところ信濃は蒼沫湾沖の海底2000mのところに潜行してるし、ステルスも効いてるから殆どカーチャンに迷惑をかけることはないと思うけど……」
ミナはそこまで言って、外で恋とシャボン玉を作っている岬を見つめた。
「……問題は、あれよ」
「なんなのかしらね……石鹸水の中でも普通に生きてるし……」
「まさか我らの世界では、なんとなく美味しい貝くらいにしか認知されとらんかったものが、そんな有用な生き物とはのう」
そう、岬たちが遊んでいるバケツの中にはなんとあの貝が生息していた。
―――流石に塩水でなければ生きてはいけなかったが、それでも合成洗剤をかなりの量混ぜた塩水でも1日普通に生きているうえ、廻によれば合成洗剤の濃度が半分以下になっているとのことだ。
そんな不思議生物を見て困った様子のミナと暗澹たる表情の茜に、カレーナはあっけらかんと言って「まあ酒のつまみにはなりそうじゃ」とケラケラ笑った。
「うーん……まあそれはそれとして、その佩いてる刀どうにかなりません?」
茜はカレーナにそう言うと、「む、すまん」と殊勝にも返してくる。
「説明は私からするわ、バーチャン……カーチャン、実はこれがばーちゃんの本体なんだよ、今のところ……」とため息を吐いた。
「あーなんとなく理解したわ」
茜は頭を手で押さえると、「頭痛い話ね……」とため息を吐いた。
「1キュルの半分も離すと、この体は肉人形に戻ってしまうのじゃわ。これこのとおり」
カレーナの剣をポイと孫に手渡すと、カレーナはだらりと脱力してそのまま床に突っ伏す。
「……息だけはしてるのね」
『まあフレッシュゴーレムの類じゃからの』
剣からした声に、ミナは嘆息すると剣を再びカレーナの体の上に置いた。
「これ何とかならんか、孫」
「オレは何とかする気ないぞ……つーか、出来ねーよ。スナップドラゴンは竜魔法の奥義だっつーの」
ミナはジト目で男口調を祖母へ返すと、氷が溶けてぬるくなった麦茶を一口含んで飲み下した。
そう、ミナの勇者の権能たる万能の努力は「人が覚えられる技能」に限る。
自らを改造していき異なる存在へと転化するための技法である竜魔法や死霊術には適用されない。
そしてハイエルフである彼女はそれらの技法はたとえ覚えようとしても覚えることは不可能なのである。
即ち、ミナの友人である龍司祭からもらったスクロールによって発動した術を解除するなど、それこそ高位の龍司祭でなければ解くことはできない。
完全に無理筋の話であった。
「やっぱダメかの」
「ダメだっつの」
「仕方ないわねえ……カレーナさんには私が昔使ってた剣道の竹刀入れあげるわ。外に出るときはそれで誤魔化してね」
茜はそう言って立ち上がると、「ただし露出度が高い格好は認めませんからね。あくまで常識の範疇の格好してください」とジト目でカレーナを睨んだ。
「わ、わかっとるわかっとるよ、ははは……」
カレーナは見抜かれたのか、冷汗をかいてそっぽを向きながら笑うと―――
「自由恋愛は結構ですが、我が国の法律では拉致や薬物などに寄る洗脳を伴う強制や未成年―――18歳未満の子供への性的接触は犯罪ですからね」
茜がそう言ってギロリと睨めつけ、最後に「三郎。魔法使ってやらかしたら任す。その人、前科あるから」と残して、奥の自室へと引っ込んでいってしまった。
「……ミナ?」「聞かねえぞ、オレは。つか、当然そこらへん制約かけっかんな」
不機嫌に出て行った茜に所在無げに手を伸ばした後、カレーナは孫娘の顔をじっと懇願するように見つめるが、にべもなく返され。
「当たり前でしょ?」
そう返してきたミナの目つきは、上古の森人をして虹の帝の再来と呼ばれた女が震えあがるほどに冷たいものだったのである。
「そぉんなぁ……」
「常識をある程度学んだ後、自由恋愛しなさいよ!あんた9000歳超だろぉ!?1年や2年学ぶっつーことも出来ねーのか!?」
孫の怒号は、それはそれは彼女の精神的な母親である茜にそっくりな響きを纏っていたのであった。
―――そうして翌日。
「ルル」「ミナさん」
勇者と死の王は、庭の真ん中でだらりとしているカレーナを見て、「「やっぱりやらかしたか」」と呟いて頭を振るのであった。
「ちょ、ちょっと大丈夫なんですか?この人!?」
岬のところに遊びに来たとおるが、慌ててミナのところに駆け寄ってくる……
そう、カレーナはとおるを家の裏に連れ込もうとして制約が発動し、剣から声を発することすら出来ない状態になってしまっていた。
「大丈夫大丈夫。私が連れてくから。ルル、とおるちゃんにお茶出しといて」
「承知しました。さ、こちらへ」
「あ、はい……?」
ルルがまだ困惑気味のとおるを家の中へと入るよう促し、そうして二人が家の中に消えたのを待てば、カレーナが起き上がる。
「ぬ、ぬぬぬ……!いい感じの女児じゃったのに、なんで邪魔するんじゃ!」
「どやかましい!!うちの国では!成人と未成年との性的接触を伴う恋愛は認められてないの!」
そうして怒りのままに、ミナは祖母の頭にチョップを食らわせる。
ゴイン、という音がして「うぐおおおおお……!?」と祖母が苦しみ始める。
「あ。ごめん。ルルにやるのと同じくらいパワー入れてたわ」と悪びれもせずにそう謝ると、ミナは「基本的な常識がわからんババァにはお仕置きが必要だよなあ?」とニタリと笑った。
「うぎゃー!?何をするつもりじゃ!やめい!近づくなぁ!」
そうして精霊に語りかけようとするも、カレーナの体にかけられた呪縛故か、どの精霊も反応することはない。
「無駄無駄……無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄―――無駄ァ!!」
ミナは―――そうしてどこかの吸血鬼やその息子のようなセリフを放ちながら、祖母を相当に手加減してボコボコにするのであった。
アンケートはもう少し設置してます。
書き半端の日常回(3~4エピソードある)を消化し終わるまで。
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