異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第259話「幕間1-1 体育館になにかおる」

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カキーンッ!と白球を金属バットが叩く音がして、その音通りに叩かれた白球はアーチを描いてぶっ飛んでいく。

 

「お、おのれぇぇ……!」

 

ガタイのいい……おそらくは草野球などで自信を持っている体育会系な野球部候補の少年ヨシヤが膝をついた。

 

「もーいいですかぁー?流石にそろそろ人類が運動しちゃダメな気温になってきてるんでぇ、もうやめたいのですけどもぉ!」

 

「も、もう一回!もう一回だ!」

 

「もう一回じゃないのですよ。お互い熱中症で倒れてしまうですよ」

 

はぁ、と外気温よりも低い温度の吐息を漏らして、ぼさぼさの髪と大きなメガネ、そしてそれらで隠された端正な姿態を持つ少女―――阿南岬はあきれ果てる。

 

現在の気温は37度。

 

体温より高い気温では、人類の持つ排熱機能はまともに働かない。

 

そのうえに日本の高湿度が加わり、近年の日本では珍しくもない容易に人間が死ぬ灼熱空間の出来上がりだ。

 

それが形成されている証拠に、目の前の野球少年はもうフラフラである。

 

―――因みに岬は、熱中症にならないようにと彼女の保護者の一人である水門ミナが持たせてくれた、抗熱のアミュレットのおかげで何ともない。

 

(いくらなんでもこれ以上は無理なのです)

 

岬はそう判断して、金属バットを放って彼に近づいて、隠し持ってた水をぶっかける。

 

ばしゃっ、と水音が鳴るや否や「なにすんだ!」と野球少年が激昂した。

 

「熱中症で死ぬですよ。ほら、行きますですよ」

 

岬は強引に彼の手を握ると、向こうで待っている恋や三人娘のところまで彼を引っ張っていく。

 

「ま、まだだ!」

 

「女の子の腕力に引っ張られて、そのまま引きずられているようで何を強がってるのです。あたしは、このままだと、死ぬと言っているのです」

 

女の子に負けるのは嫌だ、なんて意地で死なれてはたまったものではない。

 

岬にとってではなく、彼の両親や家族にとって、である。

 

「わ、わーかった。わかったからよ!」

 

「わかったらさっさと行くのですよ」

 

―――その瞬間、岬は遠くを見て。

 

それから10秒ほど待てば、涼しい風が一陣頬を撫でていった。

 

「雷、来るですねえ」

 

「えっ」

 

「急に冷たい風が吹いたので、多分どこかで雷様が鳴ったのです」

 

岬はそうして足を速める。

 

このままだと夕立が降ってくるかもしれないから。

 

実際に、周囲の水と風の精霊たちは自分たちの仕事が来たとばかりに激しく踊り始めている。

 

「わっわっわっ」

 

慌てる少年を尻目に、岬は歩いていく。

 

―――岬の思ったとおりに、10分もしないうちに黒雲が現れて雨が降り始めた。

 

ドォン!ゴロゴロゴロゴロ―――雷が体育館の近くに落ちた。

 

「いやあ、夏なのです」

 

「夏だねえ」

 

自然の雷如きもはやものともしない魔法少女二人は、そう言って体育館の外に降り注ぐ雨を見つめて笑い合う。

 

「こ、こ、怖くないのか?めっちゃすごい雷じゃねーか!」

 

まだ雷が怖い歳……というわけでもない。

 

あまりに近くに雷が落ちているから怖いだけである。

 

近くに落ちた雷が起こす轟音が、少しも怖くないという人は少ないだろう。

 

人間の持つ、原初的な恐怖の一つであるのだから。

 

「まあ、怖いと言えば怖いですが、こうして締め切った体育館の中なら平気なのです」

 

「うーん、単純に音が怖いよボクには」

 

かけるが紙コップに入った麦茶を野球少年へ渡しながらぼやいた。

 

「うーっ!うーっ!うーっ!」

 

「もう少し、と思ったけど……これは迎え呼んで帰った方がいいかも」

 

とおるはななかをなだめながら、そう言って外を見るとまたピシャアッ!と雷光が閃き、すぐにドドドドンッ!と着雷の音が響く。

 

「帰る帰る帰るぅもうやだ怖いぃ!」

 

今度こそ限界を超えてしまったのか、とうとう彼女は泣き始めてしまった。

 

その様子に、「でもまー……あたしたちは夏休みですけど、保護者は仕事中の時間なのです……」と岬が考えをめぐらす。

 

―――ミナやルルは今時分、おそらく漁大くらげ屋の店長と漁をしているはず。

 

よって二人は来れないし、まだ14時なので茜も難しいだろう。

 

恋のおじさん、一ノ瀬氏も無理だ。

 

三人娘の親は全員共働きのためNGである。

 

廻も夕も車を持っていないし、空悟も思いっきり仕事中だ。

 

「恋ちゃん、プロデューサーさんを呼ぶのはできないです?」

 

「今、東京だなあ……」

 

岬はその返答に小さくため息を吐いて、「ちょっとこの土砂降りの中を帰るのも嫌なのです」と呟いた。

 

魔法を使えば一発でどうでにもなるが、まさかそれを友人たちの前で披露するにもいかない。

 

手詰まりであった。

 

「だったらうちの親を呼ぶよ」

 

その時、野球少年がそう言ってくれたが、しかしながら今の人数は6人である。

 

「確か……あなた親の車、軽自動車でしたですよね?全員は乗れないのです」

 

「そりゃそうだけど……」

 

「ま、時間はあるのです。止むのを待ちましょうですよ。ほら、ななかちゃんも泣き止んでなのです」

 

岬は野球少年にそう返して、ななかのことを抱きしめた。

 

「うー……」「よしよしなのですよ~」

 

涙目のななかをなだめ、岬はフッと周囲を見る。

 

「うーん、まだ停電はしてないですけど、時間の問題なのです」

 

まだ昼間だから照明はつけていないが、なんとなく嫌なので上を見てしまう。

 

天井に並んだ照明は力なく消えていて、わずかに不安を催す。

 

その光景に、岬はふと古い記憶を呼び覚ましていた。

 

「そういえば、この体育館の出来る前の話を聞いたことがあるのでしたです」

 

「へー、どんなん?定番の七不思議とか?」

 

「七不思議!」

 

瞬間、ななかが跳ねあがるように起き上がって岬の目を爛々とした瞳で見つめてきた。

 

「七不思議好き!」

 

「あ、俺もきょーみある。つか、このガッコ、そういうの全然ねーくて詰まんねーし」

 

雷におびえるコンビが元気を取り戻して岬を見つめてきたので、岬は仕方なく「こほん」と小さく咳払いして続けた。

 

内心では(お化けより雷の方が怖いもんですかねえ?)と呆れつつ……

 

「あたし……の親戚のおばさんがそのお父さんから聞いたお話なのですけど」

 

岬は思わず自分の聞いた話として話そうとして、一瞬詰まりつつ話し始める……前に。

 

後ろで恋が小さく笑っていたが、それは無視して「とおるちゃんとかけるちゃんは怪談へーきなタイプです?」と声を掛けた。

 

恋が平気なのは言うまでもないので聞かなかった。

 

岬が聞かなかった代わりに、恋は「あたいはへーきだけど、二人は?」と回答を促してくれる。

 

その様子に恋の信頼を感じつつ二人を見ると、「う、うーん……まあ少しくらいなら」「私は平気ね。人間の方が怖いよ」とかける、次いでとおるが答えてきた。

 

「んじゃあ始めるのです」

 

岬はそうして、一つの怪談を話し始める。

 

それがちょっとした冒険の始まりであったのだった。

 

 

 

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