異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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ホームセンターを出ると、外にパトカーが何台か止まっているのがわかった。
交通事故が起きたのであろう、バンパーがぐちゃぐちゃになった白い乗用車が一台見える。
この二日間で降り積もった雪でスリップしたのだろうか、また派手にぶつけたものだ、とミナは嘆息した。
その乗用車の運転手らしいつなぎの男が、身振り手振りを加えながら何事か警官に説明しているのがミナの視界に入る。
しかし、妙だと思ったのは、その運転手の表情は明らかに恐怖の色を示していたことだ。
(まさかとは思うけど、まさか……魔物に遭遇した、とかじゃあないわよね?)
ミナは買い物袋を抱えるルルの方を見た。
「……違っててほしいなあ、なんて、私は思ったりしちゃったり?」
「残念ですがご主人様のそのご希望に応えることはできませんねえ……バグの気配がしますし、車輪を見てください」
ルルの視線を追って、その乗用車のタイヤを見れば、そこには黒い毛のようなものがタイヤと車体の間に挟まっているのが見えた。
「昨日の熊、ですか?」
「多分違いますね。バグの気配からすると、車との衝突で死んだのでしょう。狼か何か系の魔物ですかね?」
岬の疑問にルルはそう答えて、嘆息した。
「えっえっそれって町中にモンスターが出てるってことですか!?」
「数が多ければ僕が気づいてますよ。僕が気づいていないということは、偶発的……おそらく昨日、あの建物が破壊された際に抜け出したものでしょう。だが時間の問題かもしれない。あふれる前に潰しましょう」
再びの岬の質問にそう答えて、ルルはメガネをくいと上げてミナを見た。
ミナも岬もそれにこくりと首を縦に振って肯じ、その肯定は明日の朝早くにあの旧陸軍測候所へ向かって出発することが決まったことを示していた。
時間は15時過ぎ。
このあとは岬の装備を見繕い、彼女に魔法の手ほどきをして、後は休むだけだ。
出発は朝の5時と決めていた。
―――バイトは今日は別の人がシフトされている日である。
――― 一方その頃。
「どうなってんだこりゃあ!?」
空悟はどことも知れぬ地下で、襲い来るスケルトン相手に六角形の棒を振り回していた。
彼は神社の調査の補助で鑑識の友人とともに護国神社に赴いていたのだが、チハたんのそばに来た途端床が崩落して地下に落ちてしまったのである。
なんとか助けを呼ぼうとした空悟であったが、なんと床がまるで時間を巻き戻すように彼の視線の先で再生するのを見て、「あ、これ三郎案件じゃねーの」と暗澹たる気持ちでつぶやいてから早3時間超。
軍人精神注入棒と書かれた六角棒を手に空悟は襲い来るゾンビやスケルトンと格闘していた。
「しゃおらぁ!死ねぇ!」
バキン、と異様に硬いそのバットめいた棒で脳天をぶん殴ると最後のスケルトンはその機能を停止してただの骨に戻る。
空悟は汗を拭いて、やたら湿っていて暑苦しい迷路の床に座り込んだ。
「ゾンビじゃなくて助かったわ……ここで暫く休むか……」
骨の散らばる床から足を使って骨をどけ、あぐらをかいて座ると空悟は文から持たされているスマートウォッチで現在時間を見た。
「もう夕方6時か……こりゃ夕飯には間に合わんな。ってか、本気で帰れるかな、これ……」
運良く拾った精神注入棒のおかげで、今までに銃弾を消費することなくバイ○ハ○ードめいたアンデッドの襲撃をいなしていた空悟だが、流石に少し疲れていた。
落ちた場所にはすでにゾンビが徘徊しており、こちらを見ると目の色を変えて襲いかかってくるのだから、遭難時に下手に動いてはいけないという原則を守れるはずもなく、迷宮になっていた地下をウロウロと歩く羽目になったこともある。
とにかく、今が絶賛大ピンチ中なことだけは間違いなかった。
「水、食料……は望み薄としても、なんとか連絡する手段と武器は手に入れないとな……」
空悟は立ち上がると、骨の散らばった床ではなく、壁を見回した。
―――すると、そこにはおあつらえ向きのように古い誂えの拳銃が置いてある棚があった。
「……大丈夫か、これ?」
空悟が手にとって見ると、汚れた様子もなく整備もきちんとされているようだった。
不思議なことに。
「弾は……あるな」
拳銃の脇に置いてある紙箱には、やはり空悟の目には経年劣化していない新品に見える拳銃の弾が入っており、それを装填すれば正常に動作しそうだ、というところまではわかった。
「……怪しいけど、ないよりゃマシだ。持ってくべ……」
ふと、空悟は気づく。
「そういえばなんかで見たことあるな。これ、昔の軍隊の拳銃だわ。なんつったっけな……」
銃器に詳しい人が見れば、それは陸軍九四式拳銃であることがわかるだろう。
「でもスケルトンは殴らないと死にそうにないから、こいつは次にゾンビを見かけたら試してみよう……暴発とか、しませんように……」
果たしてそれは杞憂に終わるのだが、今の空悟にわかることではなかった。
彼は迷路の所々に設置された白熱電球の明かりを頼りに、出口を探して進んでいく……
所変わって、水門家。
「はい!?空悟が行方不明!?」
時間は19時頃のこと。
ミナが岬に魔法の手ほどきをして、魔力の高さもあってか簡単な古代語魔法……といっても第一位階のエネルギーボルトと第二位階ファイアウェポンという使用頻度の高い二種の魔法だが、それを岬が唱えて発動するようになった頃、文から電話が来たのだ。
『そうなんです!鑑識の人とニュースでやってた戦車を調べてたら見当たらなくなった、って……!戦車も水門先輩だったでしょう……?水門先輩案件だと思うんですけど……』
文は憔悴した声でそう言った。
電話の先では鼻を啜る音が聞こえているので、もしかしたら泣いてるのかも知れない。
「清水さん母親でしょう。そういうことじゃ子供が怯えっから落ち着いて。わかった、うん。今から探しに出て見るからさ。落ち着いて。うん、じゃあ切るわ。明日中には空悟拾って帰るよ、それじゃあ」
プツリと電話を切って、ミナはスマホをポケットにしまうと二人に向き直った。
「その顔は……コンノ殿になにかありましたか」
「えっ!?あの刑事さんになんかあったですか……?」
二人の言葉に、ミナはニッコリと笑う。
「うん、空悟が神社で行方不明だって。位置関係から見て、あのダンジョン絡みの可能性が高いわ。ルル、文句は今回は言わないでね」
目が全く笑っていないことに気づいたルルは、「貸しイチですよ、ミナさん。何言うこと聞いてもらいましょうか?」と無限のバッグを背負って立ち上がる。
「今から……ですよね」
不安そうに岬が聞くと、ミナは笑みをいつもの普通のものに変えて言った。
「うん、私達は夜目が利くから、昼夜はあんまり関係ないから。岬は……」
「いえ、いきますですよ。あの刑事さんにもお世話になりましたし。あの後、お礼もちゃんと言えてないですから」
岬も同じく立ち上がる。
ミナは二人の様子に大きく頷くと、怒りをにじませた声で言った。
「これは我々『黄昏の傭兵団』へのダンジョンからの挑戦である。行くわよ!」
目指す先は科戸護国神社、そして旧陸軍の測候所跡である。
時間は一刻を争う。
せっかく選んだ岬の登山装備だが、それがあまり役に立たないことは仕方ないと考えてガーゴイルを召喚して3人は護国神社へと向かった。
「ひっひぇぇぇぇぇぇ!」
岬の悲鳴が響き渡る中で護国神社上空へとたどり着いたガーゴイルは、そのままゆっくりと着地すると、砂の城のように崩れ去る。
ガーゴイルは邪悪な力の一端を用いたもののため、神社の聖なる力でダメージを受けてほとんど維持できないためだ。
ミナは降りた周囲を確認し、誰もいないことがわかると、ロープで囲まれた九七式中戦車が見つかったと思われる穴を見つめる。
流石に空悟が行方不明になったためか、警官が数人ほど周囲を警備していた。
ルルがインビジブルを唱え、3人の姿が消える。
3人は足音を殺しながら警官の脇をすり抜け、穴の中へ入った。
そこにはブルーシートを掛けられたチハたんが鎮座する洞がある。
ルルはそれを確認すると、すぐさま遮音の魔法を使って外の音を遮った。
「……やっぱり下に空洞があるのは間違いないわね」
ミナは地面に耳を当てて、小さな声でそう言った。
「地に棲むもの、優しき老爺ノームよ。今日はお山をくり抜いてトンネル作り、街道づくり。土除け、穴掘り、進みましょう」
地面に手を当ててそう唱えると、土の床に音もなくぽっかりと穴が開く。
土の精霊術、トンネルの魔法である。
「おぉーすごいです……」
「感心してる場合じゃないわ、とっとと行きましょう。ほら、見て」
空いた穴から下を確認すると、そこには5体ほどの撲殺された腐乱死体、つまりゾンビの残骸が倒れ伏していた。
「うぅ~あたし、夜目利かないからわかんないですよ~」
「それなら臭いでもいいわ。腐った臭いするでしょう」
「……しますです……おぇ……」
見えないことに抗議した岬は、ミナに指摘されて嗅いだ穴から漂う腐乱死体の臭いに吐き気を覚える。
「とりあえずこれ。ハンカチで押さえればマシになるはずよ。ただ、鼻で息して徐々に慣らして。ずっと気持ち悪いままになるわ」
花の刺繍がついたハンカチを渡してミナは穴の下に身を躍らせる。
スタ、と着地すると一層ツンとする腐敗臭が鼻をついた。
「いいわ、岬!降りてきて!」
「は、はいッ!」
飛び降りてくる岬を受け止め、地面に下ろす。
次いでルルが降りてくると、ズズ、と音がして空悟が見たのと同じく穴が閉まっていくのが見て取れた。
「なるほどね……これで空悟は戻れなくなったってわけだ」
「ど、どうするんですか……?」
「そりゃもう、空悟を探すに決まってるでしょう。ルル、まだマーキングは解いてないわね?」
ミナがルルを見ると、ルルは杖の先を思念を込めた視線で見る。
光が一瞬杖の先に灯ると、ルルは杖を今落ちてきた空洞の出口方向へと向けた。
「大丈夫です。マーキングは消えてませんし、動いていますからコンノ殿は生きていますよ。そもそも生命に今のところ危険がないから、僕のところに警告が来なかったのですしね」
半グレ事件の際に空悟に危険が及んだ時のため、念のために魔力でマーキングしていたのが幸いだった。
「ゾンビを蹴散らしてここから逃げだしたのね。相変わらずバカ力だなあ、あいつ」
地面に散らばるゾンビの残骸を避けながら3人は空洞の出口へと歩き始める。
「こちらです。行きましょう」
ルルの声に導かれて、空悟を見つけるための探索行が始まった。
「ふざけんな!来るんじゃねえよ!!」
九四式拳銃を2発ゾンビに向けて撃って空悟は物陰に飛び退った。
「キリがねえ!弾だけは豊富に落ちてやがる!マジでバ○オじゃねーか!!」
ごうごうと燃えるファイヤーゾンビにそばに置いてあった椅子を叩きつけ、銃弾を脳天に撃ち込むと燃えながらもその死体は動きを止める。
「……アァァァ~……」
うめき声を上げつつ現れたのは追加のゾンビどもだ。
どれもこれも古い時代、昭和初期と思われる服装をしているものの、老若男女取り混ぜた雑多な出で立ちのゾンビたちである。
それに加えて警棒で武装したスケルトンどもが主な敵だった。
「増えるんじゃねえ!」
パゴゥン!バァン!と九四式拳銃が火を噴き、またゾンビが1体倒れ伏す。
「もうほんとなんなんだこれ!」
そうして、地面に倒れ伏したゾンビの頭を蹴っ飛ばすと、それはサッカーボールのようにスケルトンに衝突し、その頭蓋骨を壁に激突させる。
頭を喪ったスケルトンはカタカタと少し震えるとそのまま崩れて骨に戻った。
「このままじゃマジでキリがねえ……チッ、逃げっか!」
そのまま後ろを向いて遁走しようとした刹那のことである。
ガコン、と踏み込んだ床がなんの前触れもなく沈む。
「ファッ!?おい!ちょっとま」
油が塗られた床は、空悟の抗議を完全に無視して彼の足を滑らせ、開いた穴へと彼を飲み込ませるのであった。
「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
悲鳴だけがその場に残り、ゾンビたちその穴に潜り込む前にその穴は元通りにふさがって―――
後にはただただアンデッドたちが徘徊する部屋が残るばかりであった。
―――今の声!
ミナがそう思った時、ルルも言った。
「コンノ殿の反応がどんどん下の方へ行っています。落とし穴にでも落ちた可能性がありますね。急ぎましょう」
そう言って、目の前のスケルトンたちに岬とともにエネルギーボルトを食らわせてルルは杖の先の光が指す方向へ転進する。
「くっ!近づいては離れてるわね!」
そう言って、ミナの周囲に群がらんとするもの―――それは死霊、レイスと呼ばれる魔物に白い杖を振るう。
それは調和神の力を封じた聖なる杖であるため、レイスは一振りごとに一体ずつ消滅していった。
「ぐあー!幽霊系まで出てきやがった!これに捕まったら空悟やばいって!ええい!ホーリーライト!」
聖なる光があたりを照らし、実体の有無に関わらず周囲のアンデッドたちを消し飛ばす。
それを確認する前にミナは駆け出した。
向かうは空悟の悲鳴の上がった場所だ。
ルルを先頭に走っていくと、そこは区画を四つ程隔てた場所。
そこが空悟の悲鳴が上がった場所だった。
たむろするアンデッドたちはミナのホーリーライトですぐに消し飛ばされ、そしてミナは油の撒かれた床を調べ始めた。
「また下に空洞……よし、トンネルで穴開けてみるから、ルルはフォーリングコントロールの準備。岬は変身して」
ミナの指示に従って二人が準備をすると、ミナはトンネルの術を唱えて地面に穴をあけた。
空悟が落ちていったと思われる空洞は深く、100m以上は落下すると思われる。
「うーん、クッソ深い……ルル、マーキングは大丈夫?空悟は無事?」
「ええ、驚くべきことですが、彼は無事なようです。すでに動き回っているようですね」
ルルが杖の誘導灯を見て微笑むと、ミナはほっと胸をなでおろして、岬の顔を見た。
「岬ってジェットコースター大丈夫なほう?」
「無理です★」
「我慢しれ♪」
そしてひらひら衣装の岬を後ろから抱きかかえると、ミナはプロテクションの魔法を唱える。
「あのーまーさーかー」
「まさかじゃなくて確定事項。ルル、先行は任せるわよ」
「承知しました」
冷汗を流してじたじたと動く岬を腕力で押さえて、がっちりと掴んだミナはルルの後ろに並ぶと防壁を展開した。
それに合わせて落下制御の魔法を唱えたルルは穴に飛び込み、そしてミナもまたそこへ飛び込んだ。
「うぎゃああああああああぁぁぁぁあ~~~!!」
「比較的ゆっくり落ちてるんだから我慢して!」
その滑り台の如き空洞の地面は驚くべき滑らかさで三人をはるか下まで飲み込んでいく。
岬の悲鳴が響き渡る中、あっという間に空洞は終わりを告げ、外へ結構な勢いで飛び出た。
ぶよん、とどこか不快な音を立てて3人は地面に転び出る。
「もたぷんっ!?」
防壁の魔法は正常に働き、地面に敷かれていたブヨブヨした何かと合わせて3人はほとんどダメージなく地下の地下へとたどり着いたが、岬はその衝撃で思いっきり後頭部をミナの平たい胸にぶつけて奇妙な悲鳴を上げることになったのだった。
「大丈夫、岬。ごめんね、私、生まれてこの方ぺったんこだからさ」
「へ、平気です……このくらいなら全然平気へっちゃら!」
申し訳なさそうに苦笑いするミナに、涙目の岬はそう宣言して地面に立つ。
「ひゃえっ!?」
「ほら、危ないって……」
ぼにゃん、と頼りない足元に岬は転びそうになった。
それを受け止めつつ、ハイエルフの少女はダークエルフの少年を見る。
「とっととこの場を離れて、空悟と合流しましょう。もうここに入ってからだいぶ経ってるわ」
スマホの時計がそのまま頼りになるなら、すでに時間は22時。
あたりを煌々と照らす電源の出どころが謎の白熱電球に、所々に落ちているミナが封印物と認定する銃や銃弾の数々から、ここはバグダンジョンであることは明白なのだ。
その割にはバグの気配を自分もルルも感じていないことに、ミナは言い知れぬ焦燥感を受けていた。
「ルル、どう思う?」
「何者かが魔力を集めている、と見るのが妥当でしょう。そうでなければこの規模のバグダンジョンであの程度の魔物しかいないことは考えられない」
杖を暗闇の向こうに向けて、ルルは言う。
「もしこの規模のダンジョンの魔力を吸っているのであれば、最低でも僕と同じ程度の『化物』がボスでしょうね」
ルルは自分を化物と呼んでニコリと笑った。
「ルルくん……?」
岬が呼びかけるも、ルルは何も答えない。
そんな怪しげな雰囲気のルルに、ミナは一撃チョップを食らわせた。
「痛いじゃないですか」
「やかましゃい!変な自嘲をつぶやく前にとっとと空悟を追わんかい!何を不安に思ってるのかはわかるが、今するこっちゃないでしょうよ!」
ミナの剣幕にルルは「わかりました。ただ、最悪コンノ殿とミサキ殿は戻せるように準備しましょうね」と諦め顔でため息をついたのだった。
アンケート、ありがとうございました。
25話のあとがきにも書きましたが、週に2~3回目標で投稿いたします。
よろしくおねがいします。
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