異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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「昔、この体育館が立つ前の話。ここには壊れかけた古い体育館がありました」
岬はいつものデスデス口調を抑えて、静かに静かに話し出した。
―――古い、古い、戦前からあった体育館は幾度も幾度も修繕を繰り返しながら、この学校を見守っていました。
古い建物です。
色んな事がありました。
この街には戦車を修理する工場があったので、太平洋戦争の頃には床板をはがして戦車のカモフラージュにも使われていたそうです。
……そして時が流れ、戦争が終わってすぐのころのことです。
ここにあった体育館に、死人がいる、という噂が立ちました。
米軍の空襲からの避難所にもなっていたその体育館では、やはり多くの死人が出たと言います。
戦後、再び学校の設備として利用され始めた体育館。
しかし、夜になると死人が……よく知った誰かが徘徊しているという噂が立ちました。
―――そんな馬鹿な。見ていろ、そんなものはただの噂だ。
何人もの肝っ玉の太い者たちが肝試しをしたそうです。
ですが、誰も彼もが顔を青くして逃げ帰った。
確かにいたのだと、口々に叫びました。
―――確かに見たんだ!あそこで死んだ俺の―――
―――裏の爺さんが―――
―――ああ、お父さん、お父さん―――
何人もの証言者に、遂に警察が動くことになりました。
しかし、見つかりません。
死人など、歩く死人など、どこにも見当たらないのです。
警察は集団幻覚だと言って、なかったことにしようとしました。
なかったようにしようと、したの、です……
「それで?どうなったというの?」
とおるが腕を組んで、平然とした顔で岬に聞いてくる。
「気になる~」「続きぃ~」
そして、怪談好きらしい二人が続きをせがむ中、恋とかけるは……
「……」
「恋ちゃん?」
岬がそう聞いてみると、「気配がやばい」と一言だけ呟いた。
「……ヤバイ?」
「確証はないから、わかんねー。続けてくれ」
恋は怖がる様子ではなく、周囲を警戒するかのようにあたりをぐるりと見渡して、すとんと体育館の床に座る。
「……そ、そそそそ、そうだよ。続けて続けて……あわわわわわ」
歯の根が合わない状態で明らかに怯えているかけるであったが、岬はそれも怪談の醍醐味だな、と思いつつ恋の様子に「……じゃあ続けるのです」と少しだけ逡巡して話を続けた。
―――結論から言えば、それはありました。
骨が。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ―――
違う人の骨が少しずつ、少しずつ、少しずつ―――
真新しいものから、古びたものまで、骨が。
その数365個。
警察は訝しがり、捜査を始めたのですが―――当時はなにせ戦後の混乱期。
なんと骨を保管した警察署が、いわゆる朝鮮人暴動と呼ばれる在日韓国・朝鮮人に寄る焼き討ちを受けて消失してしまったのです。
―――瓦礫から骨は見つからず、体育館からは死者の目撃例はなくなりました。
燃え落ちたその骨はなんだったのでしょう。
この体育館に現れたものは一体何だったのでしょう。
誰もその正体を知りません。
知らないままなのです―――
「これがあたしの親戚のおばさんが、そのお父さん……つまり大おじさんから聞いた『体育館の怪』なのです」
岬はそう言って話を締め。
瞬間、ぴしゃーん!と雷が鳴る。
「ぴぃ!?」とななかが雷に怯えて、ヨシヤ少年へと抱きつくが、その野球少年もまた雷で硬直しているせいか女子に抱きつかれたことなど気にする事もできずに固まっていた。
「それで、その……オチは?」
雷にも怪談にも怯えていないとおるが、メガネの位置を直しながらそう聞くと、岬はうーんと唸ってしまう。
「実はこれ、本当に大おじさんがそのお父さんから聞いた話なので、ぶっちゃけオチは一切ないのです。この不可思議な事件は、ちゃんと神森市の郷土史にも載っている話なのです」
岬いわく、怪談部分はカットされて人骨が大量に見つかったこと。
それの一つ一つ別人の骨である可能性が高いと当時判定されたこと、そして―――
戦後の朝鮮人暴動で神森警察署ごと焼失してなくなってしまったことは、郷土史にバッチリ書いてあるというのである。
「……ほんとうの話に尾ひれをつけただけかぁ……やっぱり人間のほうが怖いよね」
とおるはそういうと、肩をすくめる。
「そ、そんなことはねーと思うぜ。幽霊の話なんて、歴史の本に書くわけねーじゃん。だからホントの話かもしれねーじゃん」とヨシヤくんは返して、岬が「古い時代ならあるですけど、近代になると公式の郷土史なんかには『そういうエピソードもある』と書かれるだけでしょうですよ。良くてもです」と嘆息した。
「れ、恋ちゃんはどー思う?!」と雷の怯えから復活して、野球少年から離れたななかが恋に聞くと……
「あ、それあたいに聞いちゃう?まあ、有りそうな話だとは思う……割りと事務所のパイセンに聞いた話とか、リアルにありそうな話いっぱい知ってるし」
そんな風に先程の固まった態度とは裏腹ににこやかにそう返す。
そして岬を見て「もう気配はしない」と目配せをする。
―――恋に感じられて、岬が感じられなかったとするとバグではないように岬には思え、少し安堵すると……
「あ、そうだ。提案なんだけどさ。肝試しに来てみないか?ヨシヤくんもさ」
あっけらかんと恋はそう提案してきた。
「……大丈夫です?」
「ミナねーちゃんに頼めば大丈夫だろ」
岬が恐る恐るにそう確認すると、岬はまたひひっと小さく笑って―――しかし目は笑っていない状態で―――そう答えたのであった。
そして、翌日の20時頃。
―――外でミナとルルが待機している中、岬たちは惟神小学校の体育館前にいた。
勿論学校側には了承取得済みで、用務員のおっさんが「なにかあったらこちらにね」と自分の連絡先をしたためたメモを岬に渡していた。
「肝試しっつーっても何やんだよ」と聞いてきたのは野球少年ヨシヤくんである。
「もちろん、暗い体育館で百物語なのです。まあ、百もはやらないですけど」
岬はしれっとそう言って体育館を見る。
うっすらと―――うっすらと何かがいるのが今は感じられる。
恋を見れば強張った顔で、岬を見つめて「やっぱいるわ」と小さな声で呟いていた。
恋に感じられて岬には感じられない―――というのはズバリ、端的に言えばミナがルルよりもバグの気配に疎いのと似たようなものであった。
即ち、この程度の不穏な気配なら夜になって活性化でもしなければ岬の体内の浄化の力によって、暗い気配を―――バグや瘴気を感じ取れないのである。
夜、照明を煌々と放つ家の中から暗い外が見通せないようなものだ。
「で、なんで百物語なの?」
ななかが首をかしげると、岬は「あんまり危険なことはNGなのです。学校の周りの林はそんなに深くないから肝試しには不適ですし」とサムズアップして答える。
―――そう、最悪無自覚に魔法少女となっているかけるはともかく、ヨシヤ・ななか・とおるは一般人だ。
ミナからは「この手のは、耳なし芳一式……うちの国にもメズラモの愚か者って同じような昔話があるんだけど、群霊になってるタイプのゴーストなら、破魔について万全の状態を作ってからおびき寄せるのが一番穏当なのよ」とアドバイスをもらってもいる。
昔話の芳一やそのメズラモという者のように、どこかにスキが生じては意味がないが―――
そこはそれ、岬の近くにいるだけで並の地縛霊では近づくことも難しいだろうし、最悪眠りの精霊ザントマンに頼んで一般人を眠らせてから変身して脱出すれば問題はないのであった。
「ごめんくださいなのです~……」
岬はそうして、用務員から預かった鍵で体育館の扉を開ける。
……もちろん誰もいない。何もいない。
昼間から封入されたままのムワッとした空気が、夜の大気と混じり合い結構な不快さを醸し出していた。
「じゃ、じゃあボクととおるちゃんでエアコンつけてくるね」
わずかに怯えるかけるが、そうして体育館の管理室へと向かっていった。
「……まあ」「かけるちゃんなら平気さ。それより」
何かを言いかけた岬に、恋がそう言って周りを見回せば、薄っすらとした気配は形にならずに空気に溶け込んでいるのがよくわかった。
「夜!体育館!わくわくだぁ!」「どこ行くんだお前!?」
後ろでななかとヨシヤがじゃれ合っているのは見ないことにして、岬は準備を始める。
「……とりあえず始めるのですよ」「あいよー」
岬と恋はそうしてミナから預かってきた、小さなろうそくのようなもの。
否、なにかの植物のようなものを六芒星の形に置く。
そしてその隣に寄り添うように、電池式のLEDろうそくを置いて明かりを点けていった。
「よし、準備完了なのです」
―――正体を探るのであれば、レインボー・インストレーションで浄化するわけにもいかないですし……
何より、ルルもバグの気配はないと太鼓判を押していたので、岬は安心していた。
しかし、安心とは油断ではない……
置かれたその植物のようなものは、「ケヴログの香木」と呼ばれる光の中位精霊名もなきアメノホヒの子らの力を封じた香木で、六芒や五芒など意味のある形に置いておくだけで簡易的な結界を形成してくれる便利なアイテムである。
これもまたダンジョンアタックで手に入れた素材をもとに作られたものだ。
「じゃあ座布団を置いて……ちょっと男子、ななかといちゃついてないで手伝いなよ」
かけると一緒に倉庫から座布団を持ってきたとおるがそう言うと、ぶわっとぬるついた空気を吹き飛ばす冷たい空気が落ちてきた。
「いちゃついてねーし!」「あ、涼しくなってきた!」
顔を赤くするヨシヤくんをよそに、エアコンも正しく効き始めたようで、ななかが歓声を上げる。
「まーまー。とっとと始めるですよ。百も話ししてたら朝になっちゃうので、十くらい話しましょうです―――怪談を」
手のひらを前に枝垂れさせて岬は幽霊のマネをして―――
エアコンの冷気とは別に、空気が少し変わったことを自覚して。
真ん中においたLEDろうそくの前の座布団にそっと座る。
―――不思議なことは、ここから始まったのであった。
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