異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

266 / 333
第266話「幕間2-1 人形は街へ出かける」

-266-

 

夕はしげしげとその欠片と言ってもいい小さな宝石を眺めていた。

 

「……ふむ」

 

「どしたの夕ちゃん。アメジストの欠片なんか眺めちゃって」

 

声を掛けたのはミナであった。

 

彼女は無限のバッグの中の魔力を持たない貴金属や宝石類を整理していたのだ。

 

母の伝手……神森市役所を通じていずれ売ってしまおうか、或いは錬金工房で有用なアイテムにしてしまおうと思っているものである。

 

今並べているものは、総じて価値が低く、大抵は砕いて粉にしてアミュレットやタリスマンの素材にするためのものだ。

 

今のアルバイトだけではいずれミナ―――三郎の、そして岬の貯金を生活費として食いつぶしてしまうだろう。

 

生活費だけではない。

 

冒険に赴くためのキャンプ用品や登山用具、飲料、食料、非常食にも金はかかる。

 

とかく、金金金が世の中なのは、異世界でも地球でも変わることはない。

 

そういう事態が訪れる前の金策というものをしなければならない、とミナは思っていたのだ。

 

「別に、我々は貯金など必要ないのだがな」

 

夕はそう言って小さくため息を吐く。

 

しかし、ミナの考えは違っていた。

 

「そうは言っても、私たちは地球人と違って見た目歳取らないのよ?いずれは……10年か20年かすれば若作りじゃ誤魔化せなくなって、ここを離れなきゃいけなくなるかもしれないでしょ」

 

その時のために貯金は必要なのだ、とミナは右手の人差し指を立てて力説した。

 

「来年の事を言えば鬼が笑うぞ」

 

「オーガなんていくら倒したか知れないわよ」

 

にべもなく言い放つミナに、夕はもう一つ「杞憂だと思うがな、私は」と呟いてまた宝石の束を見始める。

 

その中に一つ、薄く割れた紫水晶の欠片があった。

 

「ね、それ気に入った?」

 

「ん……ああ、そうだな。私には特に綺麗に見えただけだ。他意はない」

 

そうして夕は立ち上がった。

 

いくつもの重量対策をしているとはいえ、同じ体型の人間よりも1.5倍は重い彼女が立つとわずかに畳が沈んだ。

 

そうしてつかつかと去っていく夕の背中を見て、「やっぱ女の子なのよね」と妖精がつぶやいたのを夕は聞き流したふりをした。

 

振りをして、玄関を出る。

 

今日はスナック黒十字のアルバイトも休みの日。

 

次の冒険に出るのはまだ先だ。

 

「……さて、何をするか」

 

夕は晴天を見上げて、ロボットらしくもなく伸びをした。

 

それから、すう、と息を吸って吐く。

 

「……そうだな」

 

あの紫色の輝きが記憶回路に焼き付いたのか、夕はひとりでに韋駄天百貨店のジュエリーショップへと足を運んでいく。

 

日はまだ低い位置にあり、薺川博士からいただいた古い腕時計は8時半を指していた。

 

―――まだ早いか。

 

しかし、構うものかと夕は歩き出す。

 

平均的な女性の速度で歩けば、おおよそ韋駄天百貨店までは2時間ほどの距離。

 

バスを使わずに歩くことを決意した彼女は、顔を上げて歩き出した。

 

酷暑真っ盛りの8月の昼にふさわしく、涼し気な水色と青のワンピースに、小さな麦わら帽子をかぶった少女が歩いていく。

 

その姿は耳目を集めるには十分だったが、それ以上に彼女がやたら不機嫌な苛立った表情を浮かべていたため、彼女に声を掛けようという不埒者は現れることはなかった。

 

街は静かで、いつも通りの喧騒というべきか、日常音だけがどこまでも続いている。

 

夕の優れた聴覚器官は何㎞先の音すらも聞こえていたが、それはそれだけのことだ。

 

感覚を広げる、閉じるなどは機械人形たる夕にとっては造作もないことだが、今はどこまでも遠くまで音を聞き、解析している。

 

普通の人間なら発狂してもおかしくない情報量だが、彼女にとっては涼風の如し。

 

それはやはり自分は人間などではなく、機械であり兵器であることを示しているのだ、と益体もない思考を演算しながら少女の姿をした機械人形は、誰にもそれと気づかれずに歩んでいく。

 

やがて到着したのは商店街の一角。

 

今や移転工事が進む商店街の一角で、頑張り通している「中華の井坂」と看板が掲げられた町中華だ。

 

そういえば今日は朝食を食べてはいなかったな、とスナック黒十字のアルバイトで稼いだ金で買った安い腕時計を見つめる。

 

時間は11時。

 

ゆっくり歩いてきたせいか、思いの外時間が経っていた。

 

腕時計を見つめて思う。

 

勿論彼女もスマホの一つも持っているが、どうしてもあの板には馴染めなかった。

 

廻はあれで順応力が高く、既にスマホもパソコンも使いこなしているが、夕はまだ自分でネットワークに直接接続した方が早いためか、あまり活用してはいない。

 

全く不便ではないので、気にもしていなかった。

 

せいぜい電話とLINFくらいでしか使わないスマホに、水門の家長である茜は無駄に金を払っている。

 

それはなんとも心苦しいと思った。

 

茜のものを含めれば全部で6台も契約しているのでは、大変バカにならない費用である。

 

「金策か……確かにせねばならんのだろうな」

 

ジュエリーショップへ行く前に、食べていない朝食の代わりになにか食べていこうと夕は考え……

 

なんとも人間的な思考をしているな、と彼女は嘆息し、そして目の前の町中華の扉を開けて入っていく。

 

財布の中には5万円ほど。

 

この場所で飲み食いをするには充分だ。

 

夕はミナの言っていた、この店ならタンメン系が美味いという話を思い出し……

 

金髪女のおすすめは敢えて外して、チャーハンと八宝菜、そしてザーサイを注文した。

 

「ふふふ……なかなかお目が高い……注文、確かに」

 

不気味な笑みを浮かべて調理に入る店主を見送り、夕は「変なのが多い街だ」と誰にも聞こえない高周波音を用いて言葉を紡いだ。

 

ミナやルルといった異世界のものだけではない。

 

魔法少女はいるわ、自分たちのようなロボットはいるわ、一般市民でもみはるやスナック黒十字の店長のような変人ぞろいだ。

 

「混沌とはこのようなさまをいう……わけではないな」

 

自分がした言葉の定義に疑問を呈して。

 

「ザーサイ、先になりますよ……?ふっふふふ」

 

本当に不気味な店主が置いていったザーサイを見つめる。

 

毒やなんらかの薬物が含まれていないか、夕はザーサイを走査したが、当然のようにそれはただのザーサイであった。

 

「……疲労しているのか、私は」

 

―――あの艦が、秘匿潜水空母『信濃』が息を吹き返し、科戸研究所がその機能の一部の移転と複製の構築を開始してから早くも2週間。

 

まだまだ暑さは厳しく、今年も秋はほとんどなくなるのではないか、と空悟が汗を拭きながらぼやいていたことを思い出す。

 

外の気温は摂氏三十三度。

 

湿度の高さも相まって、まるで深海を泳ぐ魚のように人々が外を歩いていくのがよく見えた。

 

ポリ、とザーサイを食む。

 

大したことのない、ありふれた味。

 

かつての時代の自分たちに入力された情報と大差ない「味」だ。

 

とりたてて何か言うこともない素朴な味に、少女人形はフッと微笑む。

 

「ふふふ、お気に召されようだ。では、チャーハンと八宝菜ですね……注文は全てですかな?」

 

音もなく忍び寄るように皿を持ってきた店主に、「ああ、問題ない」と返して夕は表情をニュートラルに戻す。

 

当然、彼が近づいていることは気づいていたが、無意味に反応すれば思うつぼなのだろう、と平易な態度に務めた彼女に「どうぞ、ごゆっくり」と返して店主は去っていく。

 

残念そうな色も、かといって面白そうな色も見えない、彼にとっては平常運転なのだろうという態度で。

 

「やはり変人ぞろいだ」

 

呟きも短く、夕はチャーハンを口に入れる。

 

塩気が少なく、おかずと共に食べることを前提にしたと思しき薄味のチャーハン。

 

コメはパラパラとほぐれており、文句はない。

 

そして八宝菜でそれを追いかけると、確かな美味しさが彼女の人工の味覚を刺激した。

 

「なんだ。タンメン以外も美味いじゃないか」

 

彼女はミナに嘘を吐かれたような気分に一瞬なり、しかし彼女はタンメン系がお勧め、と言っただけで別に他のメニューが不味いと言ったことはないという記録を記憶装置から引き出し苦笑した。

 

―――全く、自分はあの女の何が気に食わないのだ。

 

確かに自分たちが彼女らを攻撃したこともあるし、彼女らが科戸研究所へと侵入してきた敵性体であったということもある。

 

だが、それだけではないだろう。

 

おそらくは……負けたから悔しいのだろう、と自己分析は済んでいた。

 

自己分析が済んでいるからと言って、感情というものはどうしようもないのだ、と彼女は苦笑する。

 

気が付けば八宝菜もチャーハンも半ば以上なくなっており、夕は店主へ向け「水をください」と丁寧な言葉で伝えた。

 

すると「これをどうぞ」と店主はピッチャーになみなみと注がれた氷水をすぐに持ってくる。

 

「ありがとう」「いえ……ごゆっくり」

 

夕の礼にすかさずそう答えて、男は厨房へ戻る。

 

そして……「そろそろ天気が変わるようだ。傘を借りたいのなら、どうぞ貸傘を……」と店主が不気味に笑った。

 

―――まさか。まだ後数時間はそれはないだろう。

 

気圧の変化や傍受した天気予報情報、それ以外の気象情報も総合して、夕は99%以上の確率で店主の言ったことは起きないと分析し……

 

それから数分もせずに、上空は黒雲に覆われ雷が走る。

 

「嘘だろう……?」

 

自分の計算を超える結果に呆然として、次いで店主を見る。

 

「はっはっは。実は子供のころから天気予報を外したことがなくてねえ……結構、吃驚する人間が多いようだ」

 

店主の愉快そうな笑い声が響く中、夕は「……感嘆するようなこともあるのだな」と一言呟いてからチャーハンの残りを口に入れる。

 

同時に、ピシャッと雷が煌めき、ゴロゴロという雷の声が響き……

 

空を見上げると、すぐさま雨が降ってくる。

 

「……自信を無くすな」

 

小さく、しかし人が聞こえる周波数でぼやいた彼女を余所に、世界は夕立ちに包まれていった。

 

 




この店長がガイアメモリ犯罪に手を出している可能性はゼロなのでごあんしんください。

どんな日常回が読みたいですか?

  • メインキャラのエピソード
  • サブキャラのエピソード
  • 敵キャラについての深掘り
  • その他(活動報告にコメントお願いします)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。