異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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結局、夕は中華の井坂で傘を借りて外へ出た。
帰ってくることは稀だと店主は言っていたが、「それはそれで運命というものだろうねえ」と達観したようなことも言っていたので、まぁ問題ないのだろう。
詮索するつもりは彼女にはなかった。
濡れ鼠になっても躯体の機能で短時間での乾燥はできたが、誰ぞに見られてはかなわない。
素直に傘を借りることが正解だと判断した。
―――しかし、何者だろう。
高度な……現代の機器と比べても高性能な夕のセンサーでもあの気象の変化は予測できなかった。
勿論この世界がカオス理論に支配される以上絶対というものはない。
だが、あの店主がそれだとしても異様な天気の当て方は確かだ。
その事実に夕は不気味に思う。
―――百発百中と言っていたが本当だろうか。しまったな。生体情報を走査しておくべきだった。
ミナが聞いたら、一般人にそう言うことしちゃだめよー事件も起こしていないんだからーと笑いそうな思考をして、雨の中を韋駄天百貨店へ向かう。
商店街の端、駅前ビルの手前を150mほど歩いたところに、一般的なデパートがそびえたっている。
「さて」
店内に入った彼女は、まず一階の化粧品コーナーへと足を運ぶ。
彼女がガイノイド、つまり女性型のロボットであり、現状の躯体が潜入用のものであれば化粧品の一つも持っていないのは不自然であろう、と思っての行動だ。
買ったものはミナの部屋か物置か、最悪ミナの母の化粧台に置かせてもらえば良い、と夕は思いつつ……部屋がほしいかも知れない、と嘆息した。
「……うむ、この乳液と……これと……うん、これだな」
乳液といくつかの香水を手にとった夕は、それをレジへと持っていき会計を行う。
少々高くついたが、それもまたよしとしてスナック黒十字のあるフロアのジュエリーショップへ向かった。
ふとスナック黒十字のほうを見れば、扉に「本日定休日」とデカデカと貼られている。
「……潤美さんが度々例の銭湯へ助っ人にでかけているのであればこうもならざるをえんか。やれやれ……」
夕は肩をすくめて手のひらを店へ向けて嘆息した。
そういえば店長からもらったカレースパイスはまだ残っていたはずだ、と思い、金髪女が使い切っていなければ今日はそれを使って自分が何かを作ろうと幾度か頷いてジュエリーショップへと足を運んだ。
ミナやルルの行きつけのアクセサリーショップの隣りにある「ジレンマ」という名前の店に、夕はずいと無遠慮に入っていく。
とは言えその姿は紛れもなく美少女のそれであるため、止めるものなど誰もいない。
もしこれが太った金のなさそうなおっさんであれば訝しげな視線が突き刺さったであろうが。
(時と場合によりけりだが、身だしなみは整えることが寛容。そのうえで容姿が良ければ尚良しだ)
ありきたりな思考を胡乱に電子回路の果てへと流して、夕は目の前の紫水晶の輝きに薄っすらと微笑んだ。
どうやら彼女は本当にこのアメジストという宝石が好きになっているようである。
「……らしくはないな。らしくはないが、欲しくはなる」
値札を見れば、ノーブランドものなのだろうか。
28000円と宝石の指輪にしては安く見える代物だったが、彼女が走査してみると細かい細工はしてあるし、石座自身の素材も18金である。
もう少し高めでも良いのではないか、と首をひねっていると店員が声を掛けてきた。
「お気に召しましたか?」
それは背筋がピンと伸びた……しかし顔と雰囲気を見れば老婆と言って良い年齢の女性店員である。
「……ええ。とても良く出来た指輪です。しかし、なぜこれほど安いのかわからない」
夕は丁寧に、そして正直に感想を述べる。
「なんと言って良いものか。私がもっと若い……今から40年も前からここにあるんですけどねえ……なぜか売れないのですよ。手にとっていただけた方もあなたが随分と久しぶりなんです」
タバコと酒を好むのだろう。
少ししゃがれた声で老婆の店員は頬に手を当てて微笑んだ。
「……なるほど。ふむ……」
しばし夕はアメジストの指輪を見て勘案する。
どうやら自分はこれが好きらしい。手に入れたいとすら思う。
そして店員の言う限りは、謎の売れなさを誇る古い指輪だとも言う。
値段は30000円もしない。
(これは金髪女に聞いたほうが良さそうだな)
夕はそこまで考えて、店員に「これをいただきましょう」と朗らかに笑う。
普段鉄面皮の夕がここまで笑顔になるのは、現代に目覚めてより初めてではないかと思えるほどの笑みであった。
「というわけでだな。気に入った指輪を買ってきてみたのだが」
自分の指とはサイズが合わないため、チェーンを使ってネックレスにしてもらったと夕は微笑みながらミナへと報告する。
その不思議なくらいに柔らかい態度に、ミナは「……ちょっとそれ見せて?」と微笑み返して夕に聞いてみた。
「無論そのつもりだ、金髪女。四十年も前からこのように出来の良い指輪だと言うのに売れないどころか、誰も手に取らないなど異常にすぎる」
夕はすぐにネックレスを外してミナに渡す。
そして立ち上がって「それの検査は頼む。私は……カレー粉を使って何かを作るぞ」とエプロンを身に着けた。
「うーむ……珍しい……」
「珍しいとは何だ、金髪女。私とて女性型だ」
短く言って、いつもどおりの鉄面皮をのぞかせ、再び微笑んで店長自慢のカレー粉の残りを使って、唐揚げを作り出す彼女にミナは内心で(なんかあったのかな……それともこの指輪のせいか?)と訝しむ。
そうしてミナは指輪をしげしげと見て、魔力や精霊力が働いていないかを確認する。
確認して……ミナはハァ、とため息をついた。
「これ、気配遮断のエンチャントしてあるわ……明らかにうちらの世界のマジック・アイテムだこれ……」
ミナが肩を落とすと、「やはりな」と夕はほくそ笑む。
「これは身につけていない単品の状態だと、存在を知っている人間以外にはほぼ認識できなくなるわ。身につければ気配を遮断することができる……ただ、多分これは無機物には効かないわ。夕ちゃんが着けるなら、魔力も何もかも意味がないただの指輪になる……実際、存在知らなくてもさっきから私には見えていたしね」
「ある意味、私には装飾品以上の価値はない、というわけだな?」
夕は嬉しそうにそうしてアメジストのリングネックレスをミナから受け取り、嬉しそうに身に着けた。
「……ほんと、夕ちゃんどうかしたの……?」
「しつこいぞ、毛唐もどき。私だって女性型だ、と言ったよな?美しい宝石を見て嬉しいという反応が出力されてしまっているだけに過ぎん」
鶏肉を揉みながら夕はそう返し、その顔はいつもの不機嫌極まりない顔に戻っていて、ミナは少し安心したのだった。
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