異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第27話「厨二病くせーって笑うなよ」

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その頃、空悟は幾度目かの危機を迎えていた。

 

ミナたち3人と同じくほとんどダメージを受けなかった空悟であったが、今度は銃が効かないレイスが現れ空悟を追い回し始めたのである。

 

「寄るな!」

 

空悟が精神注入棒を振るうと、それはなんらかの魔力でも秘めているのか、それともその名の通り精神を注入するのか、当たった――と言っても透き抜けただけだが――レイスは嫌がってしばらく近寄ってこないことが分かったため、それを利用して逃げおおせているが、それがいつまで続くかは空悟にもわからない。

 

少なくとも、あの白く透き通る何者かに触れられたらただでは済まないということだけが本能的に理解できるだけだ。

 

ぶん、と精神注入棒を振ると、また一匹死霊が空悟の周りを離れる。

 

いつまで繰り返せばいいのか、いつまで逃げればいいのかわからない状態が続き、空悟のストレスも限界に達しようとしている。

 

「ぐっ……!」

 

その証拠に、今にも汗でぬめった柄はスっぽ抜けそうである。

 

もしも精神注入棒が彼の手から離れてしまえば、即座にレイスたちは彼に殺到し、あっという間に空悟を自分たちの仲間にしてしまうであろう。

 

長い長い時間が空悟を待っている。

 

それに打ち勝たねば、おそらくは彼を救助に来ている親友と合流することすら出来ないであろう。

 

それは即ち、愛する妻や子との再会も叶わないということだ。

 

「俺を誰だと思ってやがる……!神森警察署暴力犯対策班の今野空悟だぞ!かかってこいよ!」

 

空悟は気合を入れ直し、精神注入棒を握り直す。

 

決して諦めないという生への欲望にレイスたちは一瞬怯んだ。

 

「うぉらぁ!」

 

精神注入棒を振りかぶって、思いっきり振り下ろす。

 

バキン、と棒が折れたかと思うほどの音を立てて。

 

「ヒィィィ……」

 

その瞬間、レイスが一匹、今までのように怯むのではなく、食らった箇所が千切れてダメージを食らったように見えた。

 

「―――そうかい、そういうことか!もっともっと気合を入れてこいつで殴りゃあいいんだな!おらぁぁぁ!!」

 

そこから、空悟の反撃が始まった―――

 

 

 

空悟が気が付いた時、すでに周囲にはレイスの群れはいなくなっており、静寂があたりを支配していた。

 

安堵から精神注入棒を支えに空悟は膝をつく。

 

「はぁ……はぁ……しつこい連中だった……」

 

冷静になって自分を見れば、そこら中を走り回ったせいか全身汗まみれで、スーツも所々破れていた。

 

「あーまた文に怒られるわこれ……」

 

暗澹たる気分になるが、それはそれこれはこれ、まずは脱出しなければ話にならない。

 

棒を杖に立ち上がると、また奥へ続く道を電球に沿って歩き出した。

 

地面は平坦で、ともすれば誰かが整備したようにも思える道だ。

 

それでもところどころでこぼこに、あるいはぬかるんで、もしくは岩だらけの道はある。

 

革靴は荒事に備えて丈夫なものを選んでいたが、正解だった、と心の中で笑う。

 

まさか洞窟探索をするとは思っていなかったが……

 

そうしてしばらく歩いて、電球の設置が途切れる。

 

途切れた先には―――

 

「これは……なんだ?」

 

そこはぽっかりと大きな空洞となっており、周囲を見れば上へ続く階段が左の方にあるのがわかる。

 

そんなことよりも大きく目を引くのは、空洞の奥の巨大な鉄扉だ。

 

扉の脇には、同じく何らかの金属でできた立て看板がある。

 

それには確かに「大本営直轄 科戸研究所」とでかでかと彫り込まれている。

 

「……おいおい……今更大日本帝国の陰謀とかそういうのかよ……?」

 

空悟は呆然とつぶやいた。

 

そうして、地面に座る。

 

「ここは……綺麗な床になってんだな。少し休ませてもらうか……」

 

空洞に見えたそこは、よく目を凝らしてみると壁も天井も人工物であるのは明らかで、地面には埃一つ落ちていない。

 

空悟は靴を脱いで、楽な姿勢になってこれまでの疲労を少しでもいやそうと努めた。

 

綺麗な床のため、靴なしでもケガをすることはないだろう。

 

連中に襲われてもいいように九四式拳銃、切り札の自分の拳銃と精神注入棒は身から離さなかった。

 

しん、とした静寂。

 

洞窟ではわずかにあった水の音やゾンビたちのうめき声といった音すらしない、静けさ。

 

まるで、ここがこの世ではないような……

 

と、その時であった。

 

「あーいたッ!空悟!そこにいたのか!無事か!!」

 

ミナの、空悟の親友の声が響き渡ったのは。

 

 

 

結論から言えば、空悟はいたってぴんぴんとしていた。

 

ゾンビの噛み傷が数か所、スケルトンと格闘したり転んだりしてついたと思われる擦過傷や打撲がやはり数か所。

 

そしてレイスに触れられたせいで凍傷のようになっている傷も1か所だけあった。

 

「7~8回死ぬかと思ったぜ……ゾンビに噛まれた時は俺もゾンビになるかと焦ったわ……」

 

「単純なバグから生成されたゾンビで助かったな。魔物の毒や病原体、クリエイトアンデッド系の魔法とかで作られたゾンビだったらすぐに動けなくなって連中の仲間入りだった」

 

ミディアムヒールとキュアで彼の傷とわずかながら体内に残った異常を治す。

 

ついでにぼろぼろの彼のスーツにリペアーをかけて元に戻そうとした。

 

「よしっ!完全に治った!……あ、でも、スーツの破れは……」

 

「全部は元に戻らねえなあ……リペアーはおおよそ3時間かそこら以内に壊れたものを直すもんでな……お前が行方不明になってからもう10時間くらいたってるし」

 

ミナが苦笑しつつそう告げると、空悟は一瞬肩を落として落ち込むが「そうか……まあ文に泣かれるよりは、怒られる方がマシってもんだ!すまんな!」と笑って立ち直った。

 

(タイムリターンじゃ服がすっ飛んでいくからな……)

 

ミナは内心で珍走団を帰らせたときのように時戻しの魔法を使うことも一瞬考えたが、動いていない地面や乗り物と違って服は空悟とともに動いていることが思い浮かんでやめた。

 

何時間も前の空悟がいた地点に服がすっ飛んでいき、残されるのは裸の空悟では本末転倒だろう。

 

内心の声を打ち消して、ミナはニッと笑ってサムズアップする。

 

「その意気だぜ親友。ルル、汚れの方は任せるわ。私はあの扉を調べてみる」

 

「承知しました」

 

空悟が思ったより元気そうなので、浄化の魔法をかけるのはルルに任せて、ミナは鎮座する謎の扉の確認を始めることにした。

 

「……岬の言ってたことが図らずも本当のことになりそうな感じなんだけど、私ちょっと困惑しちゃうわ……」

 

「あたしもですよ……真面目にこんなものが存在しているなんて、どうなっているんですか……」

 

扉の「科戸研究所」の文字にミナはげんなりとする。

 

「岬、とりあえずこの科戸研究所の都市伝説について知ってるだけ詳しく教えてくれないかしら」

 

「はいですよー。とはいえ、そこまで詳しいことがわかるわけではないのですが」

 

本物の少女のように彼女は手を挙げて、すう、と息を吸って話を始めた。

 

「えーとですねー……」

 

岬が話した内容をまとめるとこうである。

 

第二次世界大戦末期、連合国軍の圧倒的な物量によって徐々に追い詰められていった日本軍は、幸運にも空襲被害を免れていた神森市で決戦兵器の研究を始めたという。

 

しかし、時すでに遅し。

 

その研究は日の目を見ることなく、日本は敗戦の憂き目を迎え、科戸研究所のことも忘れられていったのだという―――古くベタな都市伝説であった。

 

「それでですね。父に聞いた話と齟齬があるおかしな点を思い出したのです。噂では陸軍の測候所は研究所のカムフラージュだということなのですが……もしその測候所が父の言っていた測候所なら、決定的に変なことがあるのです」

 

「それは……?」

 

それはですね、と岬は指を立てて話を続ける。

 

岬の父、阿南氏は何度か測候所の遺構に足を運んだことがあったのだという。

 

その話によれば、敗戦が決まった後、護国神社への累を恐れた当時の所長が測候所を爆破してしまったため、今残っている遺構は骨組みだけなのだ、と。

 

「……おかしいわよね、それ」

 

「はいです。あたしたちが見た測候所はしっかり普通に建っていたのです」

 

つまり、ウェンカムイが出現したあの建物は「残っているはずがない」ものなのだということだ。

 

「噂では開発されてた決戦兵器とやらは、ちょうど同じ時期にそういう特撮ヒーローがいたせいかロボットですとか、あるいはとんでもない破壊兵器なのですとか。全部眉唾だと思っていたのです」

 

岬は杖を地面について、「もしかしてこの世界って実はヤバイんですか?」と元日のミナとよく似た感想を抱いて嘆息した。

 

「わかんないわ。この街だけって可能性もあるし、とりあえずちゃっちゃか扉を調べましょう」

 

そうしてミナは白い杖を向けて魔力を探り、次いでセンスオーラによってより詳しく精霊の動きを感知する。

 

それからいくつかの探知に関する魔法やマジックアイテムによる探査を行ったが、わかったことはこの扉の向こうが完全に感知不能という一点だけであった。

 

「―――この向こうがバグの温床になってる可能性は高いわね。ここまで探知できないとか、何かありますって大声で宣伝してるようなもんだわ」

 

「そうなのですか?」

 

地面についた杖を中心に、岬にも制御が出来てない魔方陣を移動させながら彼女がそう問うと、ミナはコクリと顎を縦に振って肯んじた。

 

「こういうダンジョンはいくらでも見てきたから。こっから先は私とルルだけで行ったほうが無難なんだけど、今後もこういうことがあるなら修行ってことで岬にも来てもらったほうがいいかな……」

 

こめかみに人差し指をあててミナが悩んでいると、今度は汚れを落としてもらった空悟が話しかけてきた。

 

「そういうことなら、俺も行っていいか?」

 

「おめーよー、清水さんが泣くからやめとけって……」

 

肩を落としてジト目で空悟を睨めつけると、ミナは扉を見る。

 

「ルル?どう思う?」

 

額に手を当てて、ハァ、とため息をついてミナが聞くと、ルルは答えた。

 

それが―――ミナにとって望む答えではないだろう、という予感を得つつ。

 

「ふたりとも連れていきましょう。コンノ殿にはミナさんが持っている『封印物』をいくらか貸し与えれば戦えるでしょうし、ミサキ殿は言うに及ばず。そしてここが邪神の空洞レベルのダンジョンでない限り、僕らが守りきれるものと判断しますよ」

 

ニコリとなんでもないように可憐に笑って言ったルルに、ミナはもう一つ大きなため息をつく。

 

「そうよねぇぇ……これから何起こるかわかんないしねぇ……備えないと」

 

ミナは扉を見る。

 

こちらの世界に帰ってきてからはまだ3ヶ月ほどしか経っていない。

 

その間に3回も事件が起き、親友は2回も自分がいなければ死ぬところだった。

 

そして治田金治が話さなかったエニヴァの黒筆の出処、マジカル・アナンの悪あがきで消えた虹色の飴玉。

 

それらは未だ不明のままである。

 

即ち、今後も母や空悟たちが危険な目に合う可能性は十分にあるのだ。

 

……そしてその時、自分が間に合う保証はない。

 

母や今野夫妻には厄除けのハンカチを渡しているが、それでも空悟は今回このような目に合っている。

 

最低でも空悟にはグリッチ・エッグの存在と戦う力がなければならないだろう。

 

岬にしてもまた同じ。

 

消えた虹色の飴玉は必ず事件の原因になるだろうという予感があり、それは当然、岬も戦わなけれならない。

 

戦うための力がなければ、人は邪悪に蹂躙されるだけ。

 

それは、どの世界でも同じだ。

 

ミナは拳を握って、扉を睨み、そして振り返る。

 

「ふたりとも、覚悟はあるか?絶対に俺らから離れんなよ。一応、俺もルルも蘇生手段はいくつか使えるが、どれもこれも死んでから1時間以内しか効かねーからな」

 

真剣な、普段はしない顔をしてミナは二人の顔を見た。

 

こちらの世界に来てからこの目を見たのは、半グレの長が変じたオークキングだけだろう。

 

それは冒険者の目であり、勇者の目であった。

 

岬は一瞬唇を歪めて怯えた顔をしたが、ギュッと歪めた唇を引き結んで「大丈夫です!元にはもどらなくてもいいですけど、あのあたしそっくりな奴の落とし前は私がつけないといけないですし!」と叫んだ。

 

空悟は「付き合い悪いぞバカ。荒事にビビるような人間じゃねえよ。それなら警察官になんかなってないさ」とニヤリと笑う。

 

それを見て、ミナとルルは目を見合わせ、顎を縦に振ってから二人を見つめて「ようこそ、黄昏の傭兵団へ」と二人がこの世界出身でおそらくは唯二人の冒険者になったことを歓迎するのだった。

 

 

 

「それはそれとして一旦帰還します」

 

地面に陣を描きながらミナはにっこり笑った。

 

ミナたちは空悟を救助に来たわけで、一応これでミッション成功なのだ。

 

「まあ、そうだな。文をこれ以上心配させるわけにもいかねえしな」

 

文句を言うかと思った空悟が意外にも素直に従ったことで、この場はあっさりと撤退することに決まる。

 

「珍しいじゃねーか。昔なら絶対突っ込んでたぞおめー」

 

空悟には理解できない漢字を書きながら言うハイエルフの少女に、空悟は「あのなあ」と笑った。

 

「俺だっていつまでも学生のままじゃねえってことよ。まずは嫁様を安心させてやらねえとな」

 

そう言ってから、怪訝そうに地面を見る。

 

ミナは手に持った砂を吐く杖を無限のバッグにしまうと、「ん?これか?」と空悟の目線の先を追う。

 

そこにはキラキラと光る不思議な砂で逢魔転移陣や千里眼とは異なる魔法陣が描かれていた。

 

「ああ、これなんだ?記憶とか、帰還とかって難しい字で書かれてるのはわかるけどよ」

 

ミナは「厨二病くせーって笑うなよ」と、ただしをつけてその疑問にすぐに答える。

 

「これは記憶陣ってやつだな。場所を記録して、すぐにここに戻ってこれるようにできる。同時に破邪の力も持つからここに魔物は入り込めない。○ラ○エ2のルー○みたいに、1人1個しか作れないし、バグの気配が強い……つまり魔物が頻繁に徘徊する場所では作れないって制約はあるが、便利なやつだ」

 

「なるほど……中間セーブっつーか、中間ポイントを造るってことか?アクションゲームの」

 

「そういうことだ。んじゃ始めるぜ」

 

空悟がなんとなく理解してくれたのを見て、ミナは呪文を唱え始めた。

 

「ミナ・トワイライトが陣に問う。汝、なんと生まれしものか」

 

『我は楔。汝をこの場に繋ぎ、還るべき道を示す道標なり』

 

「然り。汝の名は『記憶』なり」

 

ぼう、と杖と陣が光を放つと、砂で書かれていた陣はまるできちんと銀色のインクで描かれたもののようにしっかりと地面に定着する。

 

「すごいです……こういうこと、あたしにもできるですかね……」

 

「あー……私、教師としては失格ってよく言われるのよ。だから唱えたら発動する初級の古代語魔法しか教えられないわよ」

 

何か嫌なことを思い出すように額に人差し指をあててミナは唇をへの字にゆがめる。

 

それを見て岬は「はぁ、そうなんですね」と少し残念そうにした。

 

「まぁまぁ。精霊術なら僕が手ほどきしてあげますから」

 

岬の肩に手を置いて、ルルが笑う。ニヤリと。

 

「えっと、その笑みは、なんですか?」

 

「僕の教え方は厳しい、というだけですよ。ふふふふ……」

 

ルルが不気味に笑うと、ミナがいつも通りに頭にチョップを食らわす。

 

「痛いじゃないですか」

 

「不気味な行動するから悪いんじゃないかい?」

 

額を押さえて抗議するルルに、空悟は苦笑する。

 

そんな二人を無視するかのようにミナはヒヒイロカネの小剣を取り出し、隅にある階段を示した。

 

「とりあえず撤収と言ってもこれは次に来るときのためのものだから、そっちの階段上って上に行ってみましょう。経験上、出口に近い可能性があるわ」

 

そう言ってバッグからショートブレッドとスポーツドリンクを取り出して3人に放る。

 

「それ、食べてちょっと休憩してからね」

 

ミナの言葉に、受け取った空悟が変な顔になったのを少女は見逃さなかった。

 

「なんでえおめー、なんかオレに言いたいことでもあるんかい?」

 

「文の言ってることじゃねーけど、ホントそこらへんは気遣いできるようになったのな」

 

「せやで」

 

二人とも呆れ顔になり、そして笑った。

 

それをダークエルフの少年は嫉妬の籠った目で見つめ、岬はボソッとショートブレッドを食んだのであった。

 

 

 




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