異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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ぬえ子は悩んでいた。
有体に言えば、だいぶ憂鬱であった。
何故かといえば……
「夏休みの登校日、ねえ……」
相談を受けていたのはミナである。
―――ルルは来ていない。
いくら問題が解決しているとはいえ、彼はぬえ子を苦手としていた。
「はい、そうなんですよ。出たくないというか、行きたくないというか」
ぬえ子があまりにげっそりした顔で、自分の従者とよく似た顔でそんなことをいうものだから、ミナは少しクスリと笑って彼女の瞳を見た。
そこに宿る光に嘘や悪意は見えない。
純粋に嫌だという気持ちだけが見て取れた。
「理由は何?別に1日2日くらい出ても変わらないでしょう?」
昨年の半グレ事件で出席日数が足りなくて、そのせいで登校日が増えるのが嫌なのかとも思ったがそうでもないようだ。
ならばなぜなのか、とミナは問いかけた。
「……実は、その……いわゆる林間学校ってやつでして……その……」
そこで口ごもり、なんとも微妙な顔つきになる。
「……なるほど、皆まで言うな。どうせあれでしょう。先年の件でまだゲスい勘ぐりして聞いてくる奴がいて、そんな連中と一緒にお泊りなどごめんだ、ってやつなのかしら?」
ミナが事情を察してそう聞くと、ぬえ子はこくりと頷いた。
「うーん、人の噂も七十五日って言うけど、そんなに人が乱暴されたの誘拐されたのが面白いのか……私にはわからないわね……」
もしかすると前世で男の頃ならそれなりに興味を持ったのかもしれないが、今のミナは女で、しかも滅多に世間に出てくることがないといわれる上古の森人である。
そんなパパラッチ的な感覚は全く前世の自分の死体に置いてきてしまった彼女であった。
勿論、それが冒険につながる情報なら興味深くも聞くだろうが、もう解決してしまった事件ではそんな気も起きようもない。
ミナが頭を振ると、「それだけならまだしも、私やつぐみ姉さんが巻き込まれたのは半グレ事件じゃないですか。オカルト部の部長があれやこれや聞いてきて普段だけでもうんざりなのに、よりにもよって同じ班なんですよ……」と言葉をつなぐ。
その話にミナは「あーそゆこと」と言ってわずかにバツが悪そうな顔をした。
そう、半グレ事件を完全なオカルトホラー事件にしたのは彼女と彼女の従者である。
今もあの事件でミナたちに殺された元半グレのゾンビたちは、蒼沫湾の底を沖に向かって行進しているはずなのだ。
「休めば?」
「体調不良でもないとちょっと……休んだら内申に響く奴みたいで……」
気を取り直してあっさり返したミナに、そう反射するように言ってぬえ子は項垂れた。
「……なるほど。じゃあ実力行使しかないわね。私、オカルトに(力もないのに)不用意に触れるのはどうかと思うし」
先日あった小学生らの肝試しも、当然ミナとルルが待機していて岬と恋がいることから許可したのだ。
実際に霊魂や神がこちらの世界にもいる以上、下手にオカルトに触れるのは危険な行為であると断じざるを得ない。
殆どは無害なのだろうが、ぬえ子は既にそういう事態に触れてしまっている。
大問題と言えるだろう。
「実力行使って……」
「まあ、いろいろあるけど……林間学校って実際どんなのよ」
「科戸のお山の中腹の神社とは別のルートにキャンプ場があるじゃないですか。あそこで2日間キャンプをするって話でして」
彼女がそうして林間学校の話をすると、ミナはおもむろにスマホを取り出してルルに電話した。
「あ、ルル?ちょっといい?……うん、そうよ。キャンプ場の、うん……そうそう。んじゃよろしく」
ブツ、と通話を切ってミナは「ま、私に任せておきなさい」と花のような笑みを少女へ向ける。
その様子に、ぬえ子は「は、はぁ……」と少し困惑し、すぐに「わかりました。よろしくお願いします!」と元気に返してきた。
「状況打破なのだわ」
ニヤッと笑ったミナは、テーブルの上のコーヒーをグイと飲み干すのであった。
「はい、皆さんお静かに。引率の水門ミナと申します。今日は森近高校の皆さん、科戸キャンプ場へようこそ」
――― 一週間後、そこには臨時のインストラクター兼キャンプ場の管理人代理となっていたミナの姿があったのだった。
「……え……?」
目を丸くしたのはぬえ子である。
そりゃあそうだろう、こんなところに突然こうしてミナが現れるなど想定外である。
一通りキャンプでの注意点、立入禁止区域などを説明した後に、学校の先生にバトンを渡すとミナは壇上から降りてぬえ子に小さく手を振った。
―――よく見れば、奥の管理棟にあるキャンプ場全体を見渡せる櫓の上には、ルルもいるではないか。
「……これは一体……」
困惑する彼女のスマホにLINFの着信があった。
『今日明日だけの臨時バイトに応募したのよ。まあ、任せなさい』というミナからのメッセージが、だ。
「そ、そういうことか……」
ぬえ子は嘆息して、先生の後ろに立っているミナを見た。
彼女は素知らぬ顔で生徒たちを見回しており、そして―――やがてぬえ子の後ろで彼女を見つめる眼鏡三つ編みのそれっぽい生徒がいることに気づき、フッと笑う。
「さて、ぬえ子ちゃんには森を楽しんでほしいし……一人だけなら問題ないか」
声には悪意はなく、しかし少しだけ哀れに思う気持ちだけがあったのであった。
(ルルがやりすぎないようにしなきゃあならないしね)
その言葉を胸に秘めながら。
数日前。
「はい、バイトの方は一も二もなくOKだとのことで。なんでも3人いる管理人のうち二人が冠婚葬祭関係で当日休まねばならないらしく、経験があるなら誰でもいいという風情でしたよ」
ミナが家に帰ってきた後、ルルがそんな報告をしてくれた。
「OK。んじゃあ明日面接行ってみますか」
森近高校の林間学校当日から3日間、管理人として見回りや危険行為がないかチェックしていく業務である。
商品の仕入れなどは残っている管理人たちがやるから問題ないのだという。
「うーん、逼迫する時にさらなる逼迫要素が重なるなんてよくあることなのだわ……まあ、私達なら余裕か……」
ミナは元現代人で、ルルもこの世界の機器にはもう慣れているし、何より二人共が上古・闇の違いはあれど森人であり、多くの魔法をすなるウィザードでもある。
100人程度の地球人がウロウロしていようとそうそう危険なことにはなるはずもない。
それとわからぬように森に迷い込んだ者を精霊たちを使って誘導することなど、森にいた頃はよくやっていたのだ。
「っし。ぬえ子ちゃんを助けるためだと思って、やってやろうじゃない」
ミナはパシッと左拳を右掌に打ち付けてニヤリと笑った。
―――そう、相羽姉妹のことはミナたちにとっては放置しておけないことであるから。
やってやるしかないのであった。
「はい、それじゃあ手順通りにやってくださいねー」
ミナはメガホンで飯盒炊爨とカレーの調理を始めようとする生徒たちへと声を掛けた。
殆どの生徒はキャンプ自体が初めてのようで、なかなか苦戦しているようだが、先生たちは結構人数がいるし本当に危険な行為さえしなければミナの出番はないだろう。
その間にミナはぬえ子の姿を探し……見つけた。
流石に乾物屋の娘さんだけあってか、見事な手際で野菜を切っているが……
同じ班員はどこか遠巻きに肉の下ごしらえや米研ぎを行っていて、そんな遠巻きにされているぬえ子の隣でICレコーダーを持ってなにやら話を聞こうとしている眼鏡の女生徒を見てミナは嘆息した。
(風の乙女シルフよ。私のために盗み聞きをしておくれ。風に乗せて音を私の元へ運んでちょうだい)
ミナは小さな声でウィンドボイスの術を唱える。
すると……
『ずばり、聞いてもいいですか!本当におぼえていないのでしょうか!あなたとそっくりな人と会っていたという証言を得ているのですが!恐るべき存在なのではないでしょうか!!』
『いや、手伝いなよあんた……オカルト案件なんか知らないから。私もうちの姉さんも覚えてないんだってば。しつっこいっての』
どうも本当に根掘り葉掘り聞かれているようである。
彼女が言ったとおり、彼女は確かに半グレ連中に乱暴されたがルルの回復魔法できれいにすべてが治っていたし、それだって襲っていたのは「ただの半グレ」である。
あの事件でバグや邪神に関わったのはエニヴァの黒筆を預かっていた集成党の国会議員と半グレのリーダー治田だけ。
事件そのものをホラー化したのは99%ミナとルルである。
そこに小さく反省をしながらも、その眼鏡の少女に対して思うことは一つ。
―――はぁ。こりゃあお仕置きはほぼ決定ねえ。哀れだとは思わないのだわ。そのマスコミ根性、叩きのめしてあげましょう。
浮かぶ感情は、憐憫と諦念とかすかな怒りとほのかな愉悦であった。
オカルト部という割には強めのマスコミ根性はどうしたことだろう、と思うのだが、まあ都市伝説まとめサイトとかの取材なのかもなー、とミナは思いつつ眼の前で野菜の切り方を盛大に間違えている髪の長い女生徒に「ちょっと待って!?手を切断するつもり!?」と慌てて駆け寄るのであった。
そして調理が終わって夕食の時間。
引率の先生の食事開始の合図のあと、ミナは自分で作ったお弁当を持ってぬえ子の近くへと来ていた。
幸い、眼鏡の女生徒はぬえ子を見失ったらしくこちらには来ていない。
「どーも、ぬえ子ちゃん。元気してる?」
「あ、はい……何とかするってミナさんとルルさんが来てくれるってことだったんですね?」
「そういうこと。この手の旅行は夜一緒に泊まる相手が嫌な人だと死にそうになるもんね」
ミナはニッと笑って、「まあ今回は私が見回るから、夜中に変なことを聞かれないようにしてみせるわ」と微笑んだ、
「こうして内部に入ってしまえば不審人物ではなく従業員。後はフリーハンドなのだわ」
ニッコリと彼女の性根を知らない人間なら女性でも惚れてしまいそうな可愛らしい笑みが向けられると、ぬえ子は「いいんですか?」とミナに耳を寄せる。
「なーに、気にしない気にしない。ぬえ子ちゃんは気にしないで楽しんで、愉しめないならさっさか寝ちゃうと良いのだわ。あの眼鏡が今後話しかけることもできないようしてやるわよ」
どうやって、とは聞くことが出来なかった。
彼女があまりにも確信的な表情を浮かべて、ぬえ子を見つめていたからだ。
「わ、わかった。じゃあ、期待してるね……ありがとうございます」
「お礼は解決した後で。カレーが冷める前に食べちゃいましょう」
ミナに促されてカレーを口に入れると、ぬえ子は「……美味しいですね」と笑顔を見せた。
「よろしい!旅は楽しまなくちゃね!どんな形であっても!」
そうして管理人を示す刺繍の入ったジャージを震わせて、ミナも満面の笑みを返すのであった。
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