異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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―――そして夜。
学生たちは思い思いの場所にテントを張ってその中で休んでいるだろう。
風は弱く、しかし山中であるからか、あるいは神域に近いからなのか高度を考慮したとしても不思議と外界よりも涼しい。
どこからか若者たちの話し声が聴こえてくる。
楽しげな笑い声、怪談でもしているのかヒソヒソ声。
その中に巡回の教師や自分たち以外の管理人の足音や話し声が混じっている。
遠くでは巡回の番が終わった教師たちの酒盛りの声まで。
―――その中で、ミナとルルがゆっくりと立ち上がった。
服装は管理人のジャージのままであるが、ミナの指にはマスターリングが輝き、ルルもまた捻れた杖を持っている。
「……さて、ぬえ子ちゃんのテントはあそこね?」
「ええ。じゃあ、ほんとにやるんですね?僕じゃやりすぎてしまうかもしれないですよ?」
ルルが困った笑顔をミナに向けると、ミナは「ちょっとお仕置きが必要なタイプっぽいし、ぬえ子ちゃんが学校行きたくなくなったりするのは嫌でしょう」と視線を流してくる。
ルルはそれにフッと小さく息をつくと、杖をテントに向けた。
「……十分です。この距離ならすぐにも」
「ではやりましょうか」
ミナはそうして眠りの精霊ザントマンへと祈りを捧げた。
「―――砂と落ちる時計の如き眠るザントマンよ。砂の一粒二粒を我が前の天幕に落とし給え。最も姦しく囃し立てるものを眠りへと落として頂戴」
ミナがそうしてスヌーズ……うたた寝の精霊術を唱えると、ミナの願いを聞いた精霊はテントの僅かな隙間から眠りの砂を中に入れる。
それはパラリと眼鏡の少女の上から振り、そして―――
ぬえ子は、隣の眼鏡の少女の妄想を聞き流しながらミナたちが動いてくれるのを今か今かと待っていた。
「お願いですよ!なにか教えて下さいよ!ねぇねぇねぇ!いいじゃないですか!ちょっとくらい!」
眼の前の姦しいオカルト部の部長には、同じ班の女子高生たちもうんざりしているようで―――
「なにあの子……」「ほら、オカ研の……」「相羽さんも大変ね……」と口々にドン引いているようである。
しかしながらぬえ子に助け舟を出すほどには親しくはないらしく遠巻きに観察しているばかりだ。
ぬえ子はそんな周囲にうんざりしながら、自分以上に遠巻きにされている地味なおさげと眼鏡の同級生の顔をチラと見てため息をついた。
「ですからですねえ。工場近くであなたがいたということや、そしてその日の早朝にあなたが―――はれ?」
ため息をつくのも飽きた頃、ぐだぐだとやかましいその少女の顔を殴ってやろうか、とも思った矢先に、同級生のオカ研部長はパタリと倒れるかのように布団に倒れ込んでしまった。
「……あれ?」
「で、電池切れるみたいに寝ちゃったけど、これ大丈夫なのかな……?」
同じ班の少女たちが、つんつんと割れ物を触れるようにいきなり寝てしまった眼鏡っ娘をつつく。
(ああ、これは……え、こんなことできるのあの人たち?)とぬえ子がわずかにそう思った瞬間のこと。
「う、うぐぐぐ……!」
突然オカ研部長がうなされだしたではないか。
「うわ。うわうわわ。どうしよこれ」
比較的小柄な生徒がそうしてうろたえているうちに―――
眼鏡っ娘はスカースカーと一定のリズムで心地よさそうな寝息を立てていた。
「だ、大丈夫かな……?」
きっとこれはルルたちがやったのだ。
ぬえ子の中にはそういう予感があって、彼女が死んだりすることはないという確信も何故か生まれていることにぬえ子は気づかなかった。
―――実を言えば遠くからルルが魅了の魔眼で、夜に起きることに疑問を持つな、という暗示をしていたのだが―――ぬえ子が知る由もない。
ぬえ子はもう一度「大丈夫かな……」と言って、同じ班の子たちを見ると……
「あ、うん、大丈夫じゃない……?気持ちよさそうに寝てるし……子供が遊び疲れて電池切れになったみたいな?多分そんな感じだよ」
「そ。そんなことより相羽さんもこっち来て話そうよ!」
「そーそー!せっかくうるさいのが寝ちゃったんだし!」
苦笑いしながらも、ぬえ子と話したいと言ってきたのである。
もしこれがつぐみが入院していた頃なら断っていたのだろうが、あれから半年以上たってつぐみも回復して長い。
精神が落ち着いてそんなこともなくなってきたのだ。
また、ルルが暗示をかけていなければ「ちょっとそんなこと言わないで一回起こすよ」とおせっかいしていたのだろうが、それもなかったのである。
「ありがとう。んじゃあ、トランプとかUNOとか持ってきてるからそれやらない?」
ぬえ子もまたニコッと笑って近づいていく。
「あの子、マジで評判悪いし、それに絡まれてる相羽さんにはすごく話しかけづらかったのよね。毎日毎日一回は相羽さんのところ行ってたでしょう?」
「そうだねえ……私もかなりうんざりだわ……」
そんなことを話ししながらバッグからカードゲームをいくつか取り出して、何をしようかと話し合う。
……その後ろで寝こけている眼鏡の少女を尻目にして。
―――さて、そんな寝こけている少女が今どんな目にあっているかというと―――
「―――偉大なるロジックよ。夢は現なり。夢は絵空なり。夢は記憶なり。我が心と彼の者の記憶を繋げ、彼の者の夢を蝕まん。クリエイト・ナイトメア」
少女のような少年の喉から、か細い歌のような音が溢れ出ると紫色の空気がテントの中へと入り込んでいく。
それは古代語魔法の第六位階にあり、更には魔法を学べる学院などの公的機関では伝授を禁忌とされる闇の魔法だ。
暗黒魔法とは違った意味で嫌われる遺失した魔法によって、ルルはテントの中の少女へと意識を繋げて悪夢を見せていたのだった。
1分かそこらうなされているのをぬえ子たちは聞いたが、その間に体感時間で数日に及ぶ悪夢を少女は見させられたのである。
―――これはお仕置きであり、根本解決は次の一手である。
「名前は聞き出せた?」
「はい。岩城なみえという名前のようですね……今は自分の大好きなオカルト関係の怪物に追いかけ回されているでしょう」
ルルが花のような笑顔でそう言うと、フッと足元の岩に腰を下ろした。
「やりすぎないでよね……心が壊れたんじゃどうしようもないのだから。んじゃあその名前を元に、彼女がぬえ子ちゃんにちょっかいを出さないように縛ってしまいましょう」
ミナがそうしてマスターリングをテントへかざす。
「恐ろしきもの。夜に啼くもの。合わせ成されし顕にならぬ胡乱なる獣ヌエよ。我が友の心を傷つけなんとするものの正体をなくさせたまえ。我が友の名は相羽ぬえ子。傷つけなんとするものは岩城なみえなり」
それは幻の中位精霊ヌエ……奇しくもぬえ子と同じ名前の精霊による制約を与える精霊術「ターモイル」だ。
ヌエは制約に従って、ぬえ子に事件の話をしようとすると―――
どうなるかは見てのお楽しみであった。
モヤのような……ヒョウ、ヒョウと風の鳴るような音で鳴く不思議の精霊は、テントの中へと消えていく。
先程の紫色の空気も、この精霊も、素質があるものでなくば―――あるいは冒険者現象の恩恵に預かり、超人的な力を手に入れたものだけにしか視認することは出来ないであろう。
このターモイルの術は術者が死なない限り有効である永続的な効果を持つ術法であり、即ち勇者ミナ・トワイライトがこの世界にいる限り続くものである。
「よし。これでぬえ子ちゃんの依頼はクリアしたも同然ね」
「それじゃあ管理棟に戻りますか。ま、新米たちは教官たちにいくら叱られようと夜更けまで遊んでいるものです」
ミナが踵を返すと、ルルはそういって新米冒険者たちの世話をしたことを思い出して苦笑した。
「ま、学生が新米共と同じかって言うと微妙だけど……そんなものなのだわ」
ミナもそうして管理棟へと戻っていく。
―――余談だが、戻ると自分たちと同じく宿直で残っていた管理人が飲酒していたので、彼が泥酔して眠りにつくまで二人は酒盛りに付き合うことになったのであった。
―――そうして翌日。
なんとなくで話しかけることが出来て、なんとなくで仲良くなった同じ班の女生徒たちと話しながら、昨日電池が切れたみたいにぶっ倒れた岩城なみえがちゃんと起きてくるか、ぬえ子は注視していた。
やがて、1分もするとその少女は起き上がり、眼鏡をつけっぱなしで寝たことに疑問符を浮かべてあたりを見回し……
ターゲットを見つけたとばかりにぬえ子を見てニタっと笑うと近づいてきて―――
「……あれ?なんでしたっけ……?」
話す内容を忘れてしまったかのように、頭の上にまた疑問符を浮かべてぬえ子を見た。
「お、おはよう……?」
「あ、おはようございます。あれ?なにか話す内容があったような……えーっと……???」
なみえは全く話したい内容を思い出せないまま、テントの中の自分の毛布をたたみ始める。
「……どういうこと?」
「わっかんないわよぉ。別人みたいでキモ……」
「頭でも打ったのかな?ね?」
三人の娘は口々にそうぬえ子に耳打ちをしてくるが、ぬえ子にわかることは―――
(ルルさんとミナさんがなんとかしてくれたんだ……)
ただそれだけである。
―――ターモイル。即ち胡乱。
術の正体は、術の対象となった人間がもう一人の対象である人間の心身を傷つけるようなことを行おうとすると、言おうとした内容ややろうとしたことを胡乱にされて、できなくなってしまうというものだ。
その効果によって、なみえはぬえ子に半グレ事件のことを聞こうとすると「話す内容を胡乱にされてしまう」。
よって、もう二度と、ミナが生きている限りは彼女がぬえ子につきまとうことはできなくなるはずである。
これは手紙などでも同じことで、ぬえ子に半グレ事件で彼女や彼女の姉が何をされたか、あるいは事件のキーになるような情報を持っていないかを聞こう、確かめようとした段階で術は発動して内容を曖昧にされてしまうのだ。
―――せいぜいクラスメート同士なので全く問題はないが、これは諫言・讒言をいう人間の言動を封じることを目的に使われることが多い、精霊術の中でもかなり邪悪とされる術であることは言うまでもない。
グリッチ・エッグでの正当とされる主な使用方法は「特定の人間に恨みを持つ人間に、その人間を襲わせないようにする」ことだ。
現代のように監視がそこかしこに行き届いているわけではなく、冒険者現象により強力になった人間はなかなか止められるものではない。
そんな復讐劇を防ぐための精霊術でもあったのであった。
「ま、いいか!」
なんだか思い出せなかったので吹っ切ったのか、なみえはそうしてテントを出ていった。
「……不気味な……」「不気味ぃ……」「不気味だねぇ……」
娘たちは口々に昨日と全く違う様子の少女を不気味がり……
「まあ、私は話しかけられなくなったほうがマシだからいいよ……」
と、ぬえ子もやっぱり不気味に思いながらも、状況を受け入れたのであった。
その日のお昼前。
見回りをしていたミナにぬえ子が話しかけてきた。
「な、何をしたんですか、アレ!すごい不気味なんですけど!」
「私は何もしてないけど?」
ミナはしれっとそう帰しつつ、何があったのかを聞いてみる。
曰く、自分に半グレ事件やオカルト話を全く振ってこなくなった。
それどころか自分が不快に思うような行動をし始めると、すぐにそれをやめて班行動に戻るようになった、と。
また、なんやかんやで話をすることができた同じ班の女の子たちとは仲良くなれそうだ、と。
それは良かった、とミナは思いつつターモイルの術がよく効いていることを確認して満足そうにうなずいた。
「ま、思うところがあったんでしょう。良かったじゃない」
ミナは素知らぬ顔でそう言って、ぬえ子に持っていたペットボトル……2リットルのスポーツドリンクだが―――を渡して踵を返す。
「あ、ありがとうございました!」
「私たちは見回りしただけよ。あんまり役に立ったとは思えないわねー」
御礼の言葉にそう返して、ミナは管理棟へと歩いていく。
見渡せば監視櫓のルルがニコリと笑っていたのがよく見えた。
その姿にぬえ子は頭を下げて踵を返す……
その後は、特筆するべきことは起きず、無事にぬえ子の風評被害を撒き散らしていた少女の口が塞がれ、友達も3人できたというめでたい結果となった。
林間学校も無事終了し、森近高校のバスが去っていくのを見送りつつミナは独り言つ。
「これで依頼は完了……と。しかし、あそこまで執着するというのはおかしいわね……人の噂も七十五日というのに」
「アレ以上の話題はないからか、と思いましたがどうも精神をいじられていた可能性がありますね。痕跡はありませんでしたが……」
ルルは「勘ですが、これもなにかの罠として機能する予定だったのではないでしょうか」と唇をへの字に歪めた。
その様子にミナは「どうもやっぱりあのくそやろうは私達のことを舐めてるわね……」と怒りの粒子を漂わせながら嘆息するのであった。
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