異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第275話「幕間6-1 豚骨ラーメン風ポトフとはなにか!?」

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「ところであんたって凝った料理作らないわよね」

 

唐突にそんな言葉が、茶の間でゆっくりしている茜の口から放たれた。

 

「なんでいカーチャン藪から棒に」

 

惟神テレビで古い特撮を見ていたミナは、母親の言葉に首をそちらに向けて訝しんだ。

 

「いや、正確には凝りすぎた男料理的なものは作らないわよねってことだけども」

 

「あー……冒険者だからな……凝った料理は外で食べるもんだって感じかな……別にオレ、趣味が料理ってわけでもないし」

 

ミナはそう言って、「うーん、そうだな。ルーとかスパイスとかも店売り品で満足しちゃうし。珍味の類は集めるけど、調理は自分でやらないことも多いし……」と顎に人差し指を当てて明後日の方向を向く。

 

食材についても、転生当時はともかく東方との貿易路が確立された今ではそれほど不自由することもない。

 

米や味噌汁など日本食についてミナしか調理方法を知らないため、宿にいるときもほぼ毎日自炊していたのは20年ばかりだろうか。

 

それも街にいた時だけだからだいぶ短かったような気がしていた。

 

そう、今では西方世界でも醤油や味噌や日本食は、決して手に入らないものではなかったりするのである。

 

「そもそもオレ、あっちじゃ宿暮らしだから整ったキッチンで飯作るのなんてこっちに戻ってきて久々だったしなぁ……」

 

「久々ってどのくらい?」

 

「邪神の洞穴に潜る前に1回。その前になると2年前だから……まあ実質こっち来る半年前かな」

 

そう、ミナは冒険の途中のキャンプ飯には長けているが、比較的キッチンでの料理には慣れていないのである。

 

「もちろんあっちの実家じゃあやってたけど、ぶっちゃけハイエルフのキッチンって精霊にいろいろやってもらいつつだから、まったくもって普通の調理には参考にならないし……」

 

しかし、実際に喫茶店で調理を任されていることからわかる通り、ミナの調理技術は低いわけではない。

 

むしろ高い……200年も冒険をして、大半は飯当番を交代しつつやっていたのだから。

 

冒険先で暖かくうまい料理を食えない冒険者は長生きできない。

 

冷たくまずい飯を我慢できない冒険者も同じである。

 

だからこそ、だからこそ彼女に凝った料理を作る機会はあまりなかったのである。

 

「そうなの。別にいいのだけど、ルルくんのこともあるしもう少し凝ったもの作ってみたら?」と茜が声を掛けると、「でもあいつオレの作るものなら何でも喜んで食うから……」とジト目になって見返した。

 

「たまには手製の特製を欲しがるものよ、男って。元男なのにわからない?」

 

茜は呆れて肩をすくめ、ミナを情けないものを見る目で見つめる。

 

「……そういうもんかなあ。前世でも恋なんかしたことねえからわからん……」

 

帰ってきたのは悲しい33歳独身彼女いない歴=人生だった元人間男、現ハイエルフ女の言葉であった。

 

「そう言われるとそうかも知れないし、何か作ってみようかな……」

 

ミナはそう言うと、すっと立ち上がって背を伸ばした。

 

「何を作る気?」

 

「定番はハイエルフの焼菓子なんだけど、本気で作って霊薬レベルになったらあいつダメージ喰らう気がすんだよね……」

 

ミナはうーん、と唸って腕を組む。

 

ハイエルフの焼菓子は、以前岬の呪い―――魔法少女としての力を呼び覚ました願い魔のそれを一時的に解除するなどかなり強力な「食べる霊薬」である。

 

この世界の材料でそれほどの能力を発揮するかは疑問であるが、それでも何かあっても困るというものであった。

 

「……まずはレシピ本買ってきます!」

 

「そうしなさい」

 

かる~く茜にそう言われたミナは決断的に玄関を出て、街の本屋へと繰り出すのであった。

 

 

 

そうして半日ほどして―――

 

出来上がったのは、なんと豚骨ラーメンのスープであった。

 

「これは凝ってると言えるの……?」

 

「少なくともご家庭で一から作るにはだいぶ凝ってるかなあって!思うんだよ、オレはさぁ!」

 

ミナは消臭のための鉱石―――セイゲーの白石というアイテムを出しながら言ってキッチンを軽く叩いた。

 

「まあ骨を煮ると凄まじい臭気がしますからねえ。あっはっは」

 

研究所内にあるミナの錬金工房で作った豚骨スープが入った寸胴鍋をコンロの上に置きながらルルが笑った。

 

「流石に麺は買ってきたものだけど、どうよ。これなら凝ってるって言えるよな、カーチャン」

 

ミナが得意げにそう言うと、「店でも開くつもりかバカタレ」とおでこを叩かれる。

 

そんな母に、ミナは「えー……」と不満を返した。

 

「凝ってることは認めるけど、方向性おかしいでしょ……」

 

鍋いっぱいの白濁スープ……味は悪くないそれを味見しながら、茜は「ふー」と嘆息した。

 

「だいたいカーチャンだって凝ったもん作んねーじゃん」

 

「食わせる相手がいないからねえ……」

 

茜は肩をすくめて、娘の疑問に答える……

 

そう、父・八郎が亡くなってからほとんど茜は仕事にかかりっきりであまり凝ったものは作らなくなった。

 

三郎も仕事で忙しかったので、それによく気づいたのはこちらに帰ってきてからである。

 

「ま、そりゃ仕方ねえか」

 

食わせる相手がいなければ適当でいいか、となるのもまた人間のサガというものであろう。

 

「じゃあこの豚骨スープ使ったなんか凝ったものでも作れないか試してみるぜ」

 

ミナはそう言って、豚骨スープが傷まないように凍結の術を唱え始めた。

 

「厳しき凍てつく蒼き孤狼フェンリルよ。我が触れたるものから全ての熱を奪い、原初の停止へいと近く送り給え」

 

それは完全凍結の精霊術フリージング・プリベイションである。

 

術者が触れたものからフェンリルが全ての熱を奪う。

 

絶対零度までとはいかないが、100度程度の水を主体とする液体ならマイナス200度以下にまで一瞬で凍結させる威力を持つ術である。

 

「ヨシッ!んじゃ行ってきます!」

 

鍋ごと完全に凍結したそれを尻目に、ミナは再び買い物をするため外へ出かけていく。

 

「……ところで、なぜ急に凝った料理などという話になったのですか、義母上」

 

「あっはっは。それは三郎の口から直接聞くこと」

 

茜が豪快に笑うと、ルルは「まあ、そういうものですか」とお茶を入れ始める。

 

今日も神森市は平和であった。

 

 

 

更に1日後。

 

「豚骨スープを使ったポトフですか……その代わり全く肉は入っていない。そのためか獣臭もかなり抑えられている……野菜は細かく細工がされて、半日煮込んだにして煮くずれもまったくない……なるほど。これはたしかに凝っていて美味しそうだ」

 

「うっお獣臭ッ!?これ本当に食えるのか、孫ぉ!」

 

ルルとカレーナが正反対の感想を述べる中、茜は「こう言うのでいいのよ、こういうので」とうんうんと頷いていた。

 

「いや、なんでばーちゃんまでいるのよ……つか、ばーちゃん野菜と貝とか甲殻類しか食わないのに」

 

ミナはポトフを取り分けながらそうして、唇をへの字に歪めた。

 

「いや、だってなんかやるっていうんじゃもの。我も混ぜてたもれ」

 

「いやいやいやいや……それより、美味しい?ルル」

 

「ええ、とても美味しいですよ」

 

既に皿に取り掛かっていたルルに声をかけると、彼は素直な感想を述べる。

 

「ミナさんが普段見せない繊細さを見せてくれているようで、僕はとても嬉しいです」

 

ルルがニッコリと笑う。

 

「そう、良かった……一応、あんたのために作ったんだからありがたく食べなさいね」

 

ミナはわずかにそっぽを向いて、しかし視線はルルを捉えたままで。

 

お玉を持って腕を組み、その頬はわずかに赤くなっているようだった。

 

「……本当ですか。僕のために……ありがたく食べます」

 

そう言って匙を動かし、もりもりと食べ続けている。

 

味付けは濃いめだが、これは冒険者のための味というよりも、死体であり死の王であるルルはわずかに五感が常人より鈍いことへの配慮でもあった。

 

そのためかカレーナは既に食べるのを放棄して、ミナが余った野菜で作ったサラダを食んでいる。

 

「全く……ミナさんが作ったものを食べないなどわがままにも程がある」

 

「全くなのです。こんなラーメンスープのような、豚汁のような、でも肉なしポトフなんてものはめったに食べられないのです」

 

岬がそうしてポトフのスープを飲んでは白米を食べているのを見ながら、茜は「ほらほら、慌てて食べないの、阿南さん」と笑った。

 

「ミナさん、本当にありがとうございます」

 

ルルは恥ずかしがるミナをじっと見て、花のように笑う。

 

茜はこれでいいと思った。

 

まだ後20年かそこらは生きられるだろう。

 

その間に二人がくっつくくらいでちょうどいいだろうな、と思う。

 

……そうして茜も息子だった娘の作った料理を食むのであった。

 

 

 

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