異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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宝石や薬草の整理をしながら、ミナは骸骨の亡霊と話し込んでいた。
「……なるほど。そうなるとやっぱりここはそうしないと駄目ってことですか」
『現代の科学では未解明の事象だがね。やはり『法則がなぜ存在するのか』だけはどうやっても解明が出来ん』
「まー仕方ないですよ。それって神様の領域だし」
実際に神々がいる世界にいるミナはそう答えて、「とはいえその神々の大本である原初神ライカ・ティアントがどうやって生まれたのか、その原初神を成り立たせた法則は何か、その法則が存在するのは何故かというのは未解明なのですが」と肩をすくめる。
『幻想の世界でもその問題はあるのだねえ。仕方がないと言えるか』
「木が先か種が先かは難しい問題ですからね」
そこで口をはさんできたのは、研究所中央室で本を読んでいたルルであった。
「ルル、おかえり。何か収穫はあった?」
「いえ。やはり世界樹の種の破壊はこちらの世界では難しいようです。素材化は可能ですが……」
ルルは手に持った本を無限のバッグにしまいながら嘆息した。
「そっかールルの持ってる本にも乗ってねーかーじゃあしゃあねえな……」
ミナは伸びをして、「危険だけど無限のバッグに入れておくしかないわね」と不満げに唇をゆがめる。
「いっそ例の鏡や筆と一緒に火口に沈めたいところですけどねえ」
ルルがおどけると、『やめなさい。怪獣の類が発生したらどうするのかね』と真剣な様子で薺川はルルをその空虚な眼窩で睨めつけた。
「いやあ、やらないですよ。世界樹は森の王エントの住処にしてあらゆる精霊を従え得る力を持ちます。火山などに落としたら何が起きるかわからない。ただの願望です」
ルルが苦笑すると、『それならよいのだがねえ』と若干訝し気な反応を返してきた骸骨である。
その言葉にルルは笑みを深くして、「そういえば、ミナさん以外からそういう反応を返されるのも久しぶりです」と楽しそうに、踊るように椅子に座った。
「そうねえ。こっちの世界に来てからほとんどやらかしてないもんね、あんた」
ミナがコーヒーのカップを一つ渡して、そういうと「やらかしてほしいんですか?」とルルが言ったので、おでこをペチンと叩いて「なわけねーだろはっ倒すぞバカ」と男口調で嗜める。
「あんたにやらかされてみなさいよ。私が止めなかったら国が滅びるわよ。この世界でゾンビパニックなんか起きたらひでえことになるからね?」
ミナはそうしてバターロールも一つ投げ渡す。
「今日は何も食べてないでしょ。ほら、バターとジャムもあるわ」と微笑んだ。
「ありがとうございます。ふう……」
コーヒーを飲んで落ち着いたのか、ルルは気の抜けた息を吐いて椅子に体を預ける。
「この体は死んでいるとは言え、生き返るようです」
『ふぅーむ。死体が動いているメカニズムは本当に気になることだ。まあ私がこうして存在できていることも解明せねばならないが』
薺川がそういうと「ふふふ、まあ魔法やバグ、リソースについて統計だって解析するのは僕らにも有益ですしね」と少年は笑った。
「おっと、そろそろ時間です」
「あ、空悟と約束あるんだっけか。どこ行くの?」
時計を見てミナの親友との約束の時間が近いことを思い出したルルは立ち上がり、その背中にミナが声をかける。
「いえ、なんでも食事に一緒に行こう程度のものだそうで。この間はただの買い出しでしたが、今回の目的は僕も聞かされていません」
ルルはしれっとそう言うと、ミナに対して「それより義母上が今日は午後半休のはず。ご飯を作る約束をしていたでしょう?」と時間を告げた。
「む、そういえばもう11時だもんね。んじゃあ帰りますか……じゃあ、博士。信濃のことはよろしくお願いしますね」
『うむ。任せ給え。沈めることが出来ぬのであれば、我らの切り札となるようにな』
骸骨の自信たっぷりなその言葉に、妖精の勇者は「ほどほどにしてくださいね……」と。
この世界にある軍事力では対抗し得ないであろう超兵器のことを思い、少し顔をひきつらせるのであった。
―――つまるところ、これはミナが豚骨スープを作ろうと思った日の裏側の話である。
豊穣屋―――水門家のある西之森で営業するラーメンのほうが美味しい蕎麦屋にルルはやってきていた。
キョロリと店内を見渡せば、座敷席にもはや見慣れた顔があることに気づく。
「よう、来たなルルくん」
そう言って空悟が手を振ってきた。
その言葉にルルは座敷席に、靴を脱いで整えると座って空悟へ頭を下げて挨拶をする。
「どうも、空悟さん。今日は―――やはり、あれですか」
「うん、約束したにも関わらず、ずーっとそのままになっていた上、三郎が君を意識し始めた後で本当に申し訳ない」
空悟がテーブルに手をついて頭を下げると、ルルは「良いですよ、全然。頭を上げてください。それより考えてたことってなんです?」と空悟に姿勢を戻すよう促して質問した。
「いや、ホントあの信濃での冒険でだいたいやろうとしてたことは終わっちまったんでなあ。最後のアドバイス的なもんなんだわ、これが」
ミナはルルを男性として意識し、距離は接近しているように空悟は感じられた。
そして思うことは、最近の妻の様子が―――どうにも強くミナを意識しているように彼には感じられたのだ。
だから、後は―――
「もう普通に彼女になってくれ、って言えばあいつはOK出すと思う。君はもう完全にこう、なんというか、あいつが頼れる……色んな意味で、そう言う存在になりつつあると、おれは思うんだな」
空悟は真剣な目で、そう言うと眼の前のメニューに目を落とす。
「まあ、なにか頼もうか」と空悟は目の前にあるジョッキを飲み干して、店員を呼んだ。
ルルは―――「そうでしょうか?」と訝しげにそう呟く。
「……逆に言えば、さ。君の股間のブツの件は置いておいても、なんでそんなに奥手なんだい。セクハラはするのに」
店員に注文を伝えると、空悟はそう返して微笑んだ。
「……実は僕は、こう見えて自分がどうやって生まれたかを知らないのです」
ルルはそうして、「ミナさんが話した、僕とあの方の出会いについては空悟さんも聞いているでしょう?」と苦笑した。
「ああ……最初はほとんど自我もない魔物としてだったんだろう。そして三郎を破り、再戦した時に負けて―――」
「そう。僕はミナさんに敗れて完全に現在の僕になったわけなのですが―――不思議なことに僕が生まれたと思われるあの歪んだ森に、僕の由来を示すものは何もなかった……」
ルルはお冷を一口飲むと、コップを置いて「もし僕自身がミナさんに害を及ぼす存在であるかどうか……それがまだわからないんですよ」と不安げに微笑む。
「ミナさんは気にするな、と言ってくれるんですけどね。調和神は僕が滅びると世界に致命的ななにかがある、ということしか言っていないと」
「ははぁ、なるほどな」
空悟はそこまで聞いて、「で、それがあいつに告白してしまうことと何関係あるんだ?」とあっけらかんと聞いてく来たのであった。
「あ、いや、魔の存在がない世界だからわからないかもしれないですが、交際や結婚、性交、接吻と言った行為には特別な意味があるんですよ。特に森人の場合は魂の交わりといいますか……」
ルルが何をいまさらとばかりにそんなことを言えば、空悟は首を横に振って「いや、多分あいつは力技でねじ伏せるな……今のあいつなら」と莞爾と笑う。
「は?」
「は?じゃなくてだなあ。あいつはずーっとなんかそういう、自分が力技で物事をねじ伏せるような事はできないって前世では色々諦めてたみたいなんだよな。今のあいつはそれを極限まで鍛えてると思うんだよなあ―――あいつは嵐の勇者なんだろ?」
きっと君の悩みなど吹き飛ばしてしまうさ。
空悟はそう言ってルルの目を見た。
ルルはとっさにその視線を外してしまう。
視線を外した彼は、少し悔しそうに「……たしかにそうかも知れません。しかし、ミナさんは虹の帝の呪いも今は背負ってしまっています……ですから、今は」と返して、またお冷を口にした。
「ふふふ、ははははは!全く、三郎とお似合いだよ君は」
―――突然に空悟が笑い出した。
昼間から酒を飲み、よくわからない大笑いをした空悟にあっけにとられたルルは、しかし数瞬後には僅かな怒りを覚えて「何を笑っているんですか!」と声を荒らげてしまった。
「ふっふふふ……いや、すまねえ。三郎も俺が文のことで色々抱えてた大学時代に同じようなことを言いやがったからなあ」
空悟は愉快そうにそう言うと、「文の家って結構フクザツなんだよな。だけどまあ奔走してたら今度は三郎のやつが就活で悩んじまって塞ぎ込んじまってよ」とまだ笑う。
「ビール中ジョッキと枝豆、卵焼きにオレンジジュースでーす」
その時、金髪でチンピラめいたおっさんの店員がぶっきらぼうに机に注文の品を置いていった。
空悟は無言で頭を下げると、ジョッキを手にして「聞いてみたらあの野郎、『お前が大変なときだから、相談はできねえ』って言ったんだぜ」と含み笑いをして、それから中ジョッキを一気に飲み干した。
「……そんなことがあったのですか」
ルルはそうして瞑目する。
「あいつは依存する割に意固地なところがあった。異世界で冒険して、仲間に素直に頼ることを覚えてくれたのは俺としてはとても嬉しい……君も異世界に来てるんだから、そうしてみてはどうだい?」
話題のすり替えのようにルルは感じたが、しかし彼が自分とミナのことをよく考えてくれているのはわかった。
―――何より調和神も破壊神も何も言っていない。
勇者と不死王。
もし二人ほどの力あるものならば、致命的なことが起きるのであれば神託が下るであろうことは、ルルにもよくわかっていた。
要するに、お前に勇気がないだけだとこの男は、自分が自我を得てよりと比べても5分の1ほどしか生きていない男はそう言うのだ。
「……なまじ時間があるというのは、人を怠惰にしてしまいますね。少し考えてみます―――何、今年中には結論を出しますよ」
ルルはただそう言ってオレンジジュースを飲み干した。
「ま、今はそれでいいさ。ただ、断言してもいい。君が一言言えば、それでこの話はおしまいさ」
空悟はそうしてビールを一気に飲み干した。
「……やれやれ。只人とそう変わらぬ地球人にそこまで言われては、僕も正しく努力するしかないではありませんか」
少し嬉しげに、わずかに苛立ちを込めてルルはそう言って苦笑する。
「何、命短し恋せよ乙女。男もそうだろう。隣を歩くのもいいが、女を抱き上げて走り出すのは男の役目だぜ」
男は言う。
長々と続く恋よりも、一瞬で燃え上がって愛となる恋にしてはどうだ、と。
それは100年以上誰も言わなかったこと。
ルルの本性を知るものなら、そんなことは誰も言えない。
ルルを知らずとも、その死の気配に皆が臆しよう。
故、少年は己の恋を相談できる友人をようやく持てたのだ、とここに来て確信するのであった。
「………………ありがとうございます」
「どういたしまして」
たっぷりの沈黙の後、ルルは花が綻ぶような満面の笑みを浮かべたのであった。
―――その後、家に帰るとミナが寸胴鍋を家に入れていたので手伝ったり、ミナの作ってくれたポトフを食べたりしたのは―――以前に語ったとおりである。
「……ちょっといい顔してるわね、ルル」
ミナが作ってくれたポトフを食べ終わり、食後のお茶を飲んでいた少年に、少女はそう笑いかけた。
「空悟のやつとどっか行ったのは楽しかったのかしら?」
「ああ、いえそう言うわけではないんですけど……昨日は空悟さんとご飯を食べた後、ダンジョンへ少し行っていただけです」
ルルは肩をすくめて、しかしどこか晴れやかな表情でそう返す。
「ふーーーーん……やっぱ男同士のほうが楽しいときもある、か……」
ミナは遠い目でそんな事を言ってきたので、「ミナさんも一応元男じゃないですか」と言葉のキラーパスをしてみると……
「いや、それはそうだけどなあ。やっぱもうオレは女だからなあ……」と若干寂しげな顔でルルの瞳を見た。
「まあ―――いいじゃないですか。どちらでも僕にとってあなたはミナ・トワイライトですし、きっと空悟さんにも水門三郎なんですよ」
ルルはそう言って、ミナの瞳を見つめる。
測るような目つきではない。
いやらしい目つきでもない。
ただただ真摯に恋うる瞳に―――ミナには見えた。
「……ちょっと恥ずかしいから見つめないでよ」
「駄目です。僕の目も見返してください」
羞恥を覚えて目をそらすミナに、ルルは追い詰めるように近づいてその瞳をまた覗いた。
「やーめーなさいよー!やめるのだわっ!」
「―――ふふっ」
その態度にルルが笑い、ミナは一発チョップを食らわす。
ポコン、と。
小さな音が。
「……痛くないですよ」「痛くしてないからねっ!」
―――そんな様子の二人を見て。
「二人の世界作ってるのです」「作ってるわね」
岬と茜は、耳の良い二人が彼女らの言葉に気づかないほど二人きりの世界にはまっていることに嘆息するのであった。
衝動で書いていると書くべきことが後回しになっていたりすることは稀によくありますね。
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