異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第279話「幕間10-1 暑い時に食べる冷たい水ようかんは最強」

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それはある土曜日のこと。

 

「ネットライブですか?」

 

岬は爪を研ぎながら、半ば興味なさそうに遊びに来た恋に返していた。

 

「うん、そう。なんかまあ忘れられるのはあかんってプロデューサーが言うから、配信サイトで」

 

「お断りしますですね?」

 

「うん、あたいも別に岬ちゃんに出てほしいとは言ってないんだけどね?」

 

恋もまたその話にはさして興味なさそうに、スマホでパズルゲームをプレイしている。

 

その様子に、「またぞろあの手のです?」と岬は嘆息した。

 

恋は「んー……違うんだけどさぁ……ぶっちゃけあたい普通の女の子に戻りますって言いたい」とゴロゴロ転がってやる気がないことをアピールする。

 

「まーあたしも恋ちゃんにはあの猫かぶり二重人格キャラ似合わないと思うので、卒業できるなら卒業した方がいいと思うですよ」

 

「まーじでー?まぁ岬ちゃんの前で猫かぶりしてるの、ほとんどねーしなー……ななかちゃんたちクラスの女子相手にもだけどー」

 

恋はそうして、辞めっちゃおうかなー、と先日ミナたちが宅飲みをした際に出したままになっていた、パーティーグッズの伸びる笛をピロロロロロと鳴らして、畳に仰向けに寝転がった。

 

そうなのである。

 

恋は某765なゲーム会社のアイドルゲームに出てくるアイドルなどと違って、彼女の毒母の収入を確保するためだけにやらされていたわけで、真面目に芸能界に籍を置いておく個人的な理由は皆無であったのだ。

 

「まぁ、あのボケたプロデューサーがねー、あたいが辞めるとクビになるらしいから一応事務所に所属してるだけなんだよなぁー」

 

笛をポイっと投げ捨てて、恋は「グダグダ考えてても仕方ねえかぁ~岬ちゃん仲間に引き込めたら続けるのも嫌じゃーないんだけどねー」と嘆息した。

 

「あたしはそういう目立つのはオールナッシングなのですよ。華やかな舞台などあたしには望むべくもないですし」

 

「枯れてるなぁ~って岬ちゃんアラフォーだっけか」

 

「なのですよーあははははっ!」

 

岬が笑いだすと、ぶーたれていた恋も笑いだす。

 

なんだかよくわからないが、楽しい気がして岬はお茶の準備を始めて―――

 

一足飛びに食卓を飛び越えて、縁側へと飛び出した。

 

「……そこの人、出てくるのです」

 

岬はそうして、目の前の茂みを睨んで―――ガサリ、とそこから人が出てきた。

 

「ふう、バレたか……」

 

「何してんだバカプロデューサー」

 

そこには冴えない表情の眼鏡の青年がいて、気だるげに息を吐いていた。

 

「いやあ、あっちのホムセンでブンヤさんがウロウロしててねえ。知り合いだったもんだから緊急避難ってやつなんだよ」

 

「やつなんだよ、じゃなくて不法侵入なのです。まあ敵意や悪意はないようなので、見逃しはしますですけど」

 

岬はポリポリと頬を掻いて、シャープなメガネを付けているにも関わらず鈍くさそうな容姿の青年にそう返した。

 

「岬ちゃんの言う通りだぜ。さっさと帰ってくれよ、プロデューサー」

 

しっしっと犬でも追い払うかのような態度を見せた恋に、「ひどいな君は……!」と流石に少し怒ったのか男はクイと眼鏡の弦を持ち上げて鋭い目つきとなる。

 

「僕だって君のことを心配とかしてるんだぞ」

 

「恋ちゃんを心配してるのはわかったのですが、それはともかく不法侵入ですよね?第一どうやってこの家のことを知ったのですか」

 

岬はポケットからいわゆるランドセルに装着するタイプの防犯ブザーを取り出して、男にじと目を向ける。

 

すると男は「あ、いや君の知り合いの喫茶店のウェイトレスさんに聞いた。金髪の」と返してきて……

 

「ミナちゃんってば……」「確かにあたいの精神以外には無害かも知んねえけどさあ……」

 

二人は天を仰いで呆れてしまう。

 

そう、この家……だけではなくミナの関係者の家や学校、勤務地にはメイズ・ウッド……小規模な迷いの森の術がかけてある。

 

悪意や敵意をミナやミナの仲間に向けては、延々と迷い続けるはずなのである。

 

その証拠に……

 

「それにしてもあのブンヤさんたち、ウロウロと全然関係ない場所を歩いてたなあ」とプロデューサーを名乗る男は呟いたのであった。

 

「そっか……まあいいや。岬ちゃん、上げてもOK?」

 

「大丈夫なのです。ルルくんも上にいますし」

 

岬がそうして二階を見ると、そこには本日は一人バイトが休みで、ミナの部屋で本を読んでいるルルの手が窓から突き出てプラプラとこちらに振られていた。

 

「じゃあ、普通に玄関から入って来てくださいですよ」

 

岬は指を立てて、子供に言い含めるかのような態度でそう言ったのであった。

 

 

 

「ブンヤさんに追われているのはわかったのですが、知り合いなら逃げる必要もないのではないですか?」

 

岬はお茶を出しつつ真崎と名乗ったプロデューサーにそう聞いてみた。

 

「いやいや、知り合いだからこそ僕がここにいるのをバラしたくなくてねえ。ほら、僕を追えば恋ちゃんが発見できるんじゃないかってやつだよ。マスコミ根性が強い人なんだ」

 

岬は一瞬嫌な顔をして、内心でマスコミ根性は本当にお断りなのです、と舌を出す。

 

「そういうわけなんで、多分夜には諦めると思うからちょっと置いておいてくれないかい」

 

そうしてお茶を受け取り頭を下げた男を見て、岬は思う。

 

これは厄介ごとの種だなあ、と。

 

「……先に言っとくぜ。岬ちゃんをアイドルに誘うのはNGだからな」

 

底冷えのする声で恋が真崎を睨めつけると、「い、いやだなそんなコト思ってないって……」と名刺入れをそそくさとしまい込む。

 

「惜しいなあ……」

 

「あたしに人前で歌って踊れとか何のジョークですか。そういうのは目立ちたい子だけでやるべきなのです」

 

岬はプヒーと言わんばかりにコミカルに肩をすくめて、皮肉げな笑みを浮かべた。

 

「できればあたいもそろそろ辞めたいんだけどねえ。大人になってからでいいじゃんかよ。忘れられるならそれでもいいし」

 

「それじゃあ僕がクビになるんだよねえ、これが!」

 

切実である、と言わんばかりにクビと肩を変な方向に曲げつつその男は苦笑する。

 

「あたしの知ったことじゃないのですけど」「同じくだぜ」

 

岬と恋は冷たい麦茶を口にしながらそうジト目を男に向けた。

 

なお男に出したのは熱々の梅昆布茶である。

 

「う~~ん、そういうところが受けてるんだよねえ、君の場合。どうだい、岬くんだったか?君も彼女と一緒にトップアイドルを」「目指さないと言っているのです。二度言わせないでほしいのですよ」

 

急に興奮したプロデューサーに、岬はにべもなくそう返して座布団に座った。

 

「これで害意がないっていうのが信じられないのです」

 

「まあほぼほぼ情熱だけで言ってるから、このおっさん」

 

普段はだるそーにしてるくせに、アイドル勧誘始めるときだけ熱心なやつなんだ、と恋は呆れ気味に紹介してアイスを口にする。

 

ちなみに外はまだ30度を超えているが、真崎の前に出されたお菓子は岬が昨日焼いたアップルパイをレンチンしたものである。

 

「もしかして、僕、歓迎されてない?」

 

「ふふふ、それはお好きに解釈するのですよ」

 

岬はきれいな笑顔でそう言うと、自分は水ようかんをスプーンで掬って口へ放り込んで咀嚼した。

 

「それではごゆっくりなのです。ネットライブのお話とかもあるのでしょうですし、あたしはお部屋にいるのですよ。冷蔵庫にあるプリンは1個は恋ちゃんのぶんなので食べちゃって良いのです」

 

岬は水ようかんを一息に食べ終わると、恋にそう言って部屋へと歩いていく。

 

「岬ちゃん、んじゃまた後でね」

 

恋が手を振ってきたので、岬はニコリと笑って無言で手を降って階段を登っていく。

 

―――それはそれとして厄介事の臭いなのです。

 

そんな思考を置き去りにして。

 

 

 

「たーだいまー……ってあれ?恋ちゃんのプロデューサーさんだっけ?早速うちに来たの?」

 

あれから数時間後、仕事を終えたミナがそう言って帰ってきた。

 

「おかえりなさい、ミナさん。どうもそのようですね。あ、今日の夕飯は岬さんが作った鍋焼きうどんです」

 

出迎えたルルがそう言うと、「また暑そうなものを……いや、私は良いけど」とバッグを下ろして唇をへの字に曲げた。

 

「なかなか帰らないこいつがわりーんだよ。おかえり、ミナねーちゃん」

 

まだ調理中の岬に代わって、恋がそう言って出迎えてくれる。

 

「ひどいなあ……僕だけのせいじゃないんだがなあ」と言ったのは、思い出鏡でバイト中に出会った恋のプロデューサーであった。

 

「あ、どうも。ブンヤさんとやらは撒けました……?ってその様子だとまだみたいですね」

 

「そうなんですよ……喫茶店ではありがとうございました」

 

「いえいえ。流石にあんな怯えた顔をされては、私も放っては行きませんよ」

 

神妙に頭を下げる真崎にミナはそう返して、着ていた夏用のケープを脱いで衣紋かけに突っかけると居間に座る。

 

前に買って来た衣服で気に入ったのか、ケープの中は黒いホットパンツと腰のところで縛った長めのTシャツである。

 

ミナはそのまま、ルルに被っていた小さめの麦わら帽子を渡すと恋をチラと見る。

 

「マジでしつこいんだわ、そのブンヤ。打ち合わせも終わったしPを帰らせようとしたんだけど、まだこの近所うろついてんだよ」

 

すると彼女はうんざりしてそんな事を言ったものだから、ミナは腕を組んで唸ってしまった。

 

「うーん……」

 

まさかメイズウッドの効き目が弱くなってるのでは、と一瞬思ったがメイズウッドは数年単位、ミナほどの術者が使えば数十年は持つはずの術である。

 

それが切れているというわけではない。

 

意図してによっても、無意識によってもメイズウッドの術は作用する……

 

いつかのネコモドキのように、その意識が完全に別のものにすり替わるようなことでもない限りは、だ。

 

迷っている以上、術は効いている。

 

しかし諦めて離れないというのはただ根性が優れているからだろうか。

 

ミナはこっそりとセンスオーラの術を使い、自分の精霊使いとしての感覚を拡大した。

 

(……境界線ギリギリをうろうろしてるな、こいつ……しかもそこまで危害を加える意志が強くはないけど……)

 

ミナはドライアードの力を借りて100mほど北を彷徨う人影を捉える……

 

嗅覚と視覚の中間にあるような精霊の目は、その存在はたしかにこちらに危害を……社会的な危害を加えかねない存在であることを示していた。

 

水門家の半径100m以内に近づけていないのがその証拠であった。

 

「うーん、でもこれなら別の方向へ行けば……」

 

「それがねえ、駄目なんですよ。あいつ、勘が鋭くて。すぐに見つかっちゃってここに舞い戻る羽目になってまして」

 

トホホ、と恋のプロデューサーは肩を落とす。

 

その様子は、確かに困り果てている人間のそれだとミナには感じられた。

 

「ミナちゃん、どうしましょう。このままだとこの人帰れないのです」

 

岬が懇願するような目でミナを見る。

 

「……仕方ない。岬、ついてきなさい。ルルは恋ちゃんと一緒にその人のところにいて」

 

「はいなのです!」「承知しました」

 

岬が跳ねるように自分のそばに来て、ルルは警戒心を解かないまま机を挟んで真崎の向かい側に腰を下ろした。

 

「大したことはないと思うけど、注意くらいはしておかないとね」

 

ミナと岬はそうして玄関を出ていくのであった。

 

 

 

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