異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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30分ほど休憩し、行動を開始した4人は長い長い螺旋階段を上っていく。
登山の時とは異なり岬も変身しているせいか、特に疲れる様子もなくついてきた。
静寂の中に、カン、カン、という靴が階段を叩く音だけが響く。
段数はおよそ100段ほどで上にたどり着いた。
果たして階段の先に何があったかと言えば……
ゆっくりと螺旋階段と上階を隔てるハッチを回し、開ける。
すると―――
「ファボォォォォ―――ッ!!」
ブン、と風切り音を挙げて爪がミナの頭を砕こうと迫った。
「フッ!」
しかしミナは予想していたかのように階段の板を踏み台にジャンプし、外に出つつ熊の爪を避ける。
ミナの視界には巨大な熊と無数の狼、そしてその背景には何らかの測定機械などが置かれたオフィスのような場所が見える。
「やっぱりいたわね、ウェンカムイ!それにブラウウォルフか!」
ミナは投げナイフを三本ウェンカムイとブラウウォルフと呼ばれた狼の魔物に放った。
一本はウェンカムイの振るった腕で払われたが、残り二本はブラウウォルフの脳天に突き刺さり、「ギャウッ!」という断末魔をあげさせた。
「今よ出てきて!」
そう言ってすぐにミナの後ろを歩いていた岬が魔法少女らしくふわりと空を飛ぶ。
杖からエネルギーボルトと単純な魔力弾が連射され始めたのは、ミナが地面に着地したのとほぼ同時だった。
次いで出てきた空悟はミナから預かったショットガンを携えており、それは躊躇なく狼たちに放たれる。
2匹が散弾の餌食になる。
「ウゥゥウゥ……」
その様子に狼たちはひるむが……
「ファボォォォォ!!」
「! グルルル……」
ウェンカムイが轟音を口から吐くと、叱咤されたかのように再び敵意をむき出しにした。
「でかっ!怖いです!こないだ外で戦ったのよりおおきいじゃないですか!」
「それに熊に従う狼とか冗談だろ?」
バグダンジョン、モンスターのことを知らない二人が驚愕の声を上げるが、ルルは一笑に付す。
「自然界では起きえないことが起こるのがバグダンジョンというものなのです。怖気づいたなら、抜けてもいいんですよ?」
ルルが最後に飛び出して、杖から火球を飛ばす。
火球は地面に落着するとゴウと猛火を伴って爆ぜ、ブラウウォルフたちを5~6匹まとめて吹き飛ばした。
しかし、どこからともなくブラウウォルフの数は増えていく。
「またキリがないタイプかよ!」
弾の少ないショットガンを九四式拳銃に切り替えて撃ちまくる空悟だが、その数は一向に減らない。
「ぐるふぅ……」
熊が一声唸るたびに狼の数は増えていった。
「マ○ハ○ドですかぁ!やめてくださいですよぉ!偉大なるロジックよ!力の矢となれ!砕け!エネルギーボルト!」
岬が叫びながら呪文を唱え、また1匹吹き飛ぶ。
焼け石に水というものだった。
ミナはとっととウェンカムイを倒さねば、奴が狼を呼びまくるだけだと判断した。
これを一気になんとかするには、爆発系の魔法が有効だが下手に使えば防具が不十分な空悟らにダメージが出る可能性がある。
ミナは一つ頷くと、言った。
「空悟と岬はとにかく撃ちまくってくれ。ルルは眠りの雲。私は―――ウェンカムイを殺す。あれは堕ちた神獣の類だから、眠りとか麻痺とかが効かないんだ」
そう言って取り出したのは、先日ウェンカムイの別個体を斬ったものと同じアダマンタイトの槍だ。
先日は雪で見えなかったが、その柄には「客人碎」と篆書体で書かれていることが岬にはわかった。
―――後はあっさりと終わった。
雪の中で戦ったときと同じく、勇者はウェンカムイをさしたる苦労もせずに打倒し、指示も仲間の補充もされなくなったブラウウォルフらはルルの術によって眠りにつき、後は岬と空悟が一匹ずつ始末していく。
数は最終的に32匹。
殺された魔物たちから流れ出す獣の血の臭いがあたりに充満し、岬はその臭いの酷さに軽くえづく。
「うぷっ……け、刑事さんは平気なんですか?」
「職業柄、人間の死体も見るんでね。動物の死骸くらいなら大したことはないさ。それにしてもすごい臭いだな……」
「じゃあ、さっさと外出ましょう。岬が吐いちゃいそうだし」
その臭いから岬を早く解放してやろうとミナはオフィスの外へつながると思われる扉を開け放った。
―――そこはあっさりと外。
昨日―――いや、もう一昨日になってしまったが、1匹目のウェンカムイを斃した測候所の入り口であったのだった。
「……ここって一昨日のところですよね?あの熊の死体は……雪に埋めた場所、崩れてますですし」
岬がウェンカムイの死体がないことに気づいて、不思議そうに首を傾げる。
「それは僕が説明しますよ。バグダンジョンで依代を持たずに生まれた魔物は、殺して一昼夜もすると消えてしまうのです。だから雪に埋めた程度で十分だった」
ルルが杖をしまいながら講釈した。
曰く、依代があったとしても殺せば同じく一昼夜ほどで元の依代の姿を取り戻す。
曰く、依代が生き返るようなことはない。
その講釈に空悟はなるほど、と首肯した。
「だからあの時、治田金治を火葬したんだな」
「ええ。あのまま無限のバッグに入れていきたくなかったですし、元の死体に戻れば騒ぎになるでしょう。なら跡形もなく火葬するのが一番でした」
少年は邪気のない顔でそう笑って、スマホで時間を確認した。
「もう深夜1時過ぎですか。早く戻らないとフミ殿が心配をこじらせてしまうのでは?」
その言葉に空悟はまた首肯して「そうだな」と一言つぶやいて、周りを見る。
「でもこれ登山装備なしじゃ帰れないよな、これ……またあれを呼ぶのか?」
「ああ。ガッちゃんで戻ろうぜ。この時間なら誰も見てないさ」
そうして後ろを振り向く。
そこには確かに―――かつてあったのかも知れない、だがもうなくなってしまったはずの建造物が鎮座していた。
(……またか。またなのか?)
ミナはその雪と森に飲み込まれかけた建物を睨めつけて、なお疑念が晴れない。
果たしてこれを、この連続する怪事件をもたらしているのは―――やはり自分なのか。
自分を異界に喚んだ邪神の仕業なのか……と。
「心配したじゃないですかァァァァァ!!!」
水門家について玄関ドアを開けた途端、文が飛び出して絶叫したのは午前2時前のことであった。
「こら!文!近所迷惑だろ……」
空悟がそう言って彼女の頭を抱いた瞬間、ニヨニヨ顔のミナが指に緑の光を宿していたのは予想通りであったからか、それとも彼が予想通りの反応をしたからだったか。
遮音の魔法で水門家の中の音は外には聞こえない状態になっていたのであった。
文はよほど心配だったのか、彼の胸に顔をうずめて涙をこぼす。
空悟はその様子に、仕方ねえなあと笑って抱き合うのであった。
その様子を見てホッと安堵したミナは玄関の中を見る。
すると、そこには茜がいた。
「カーチャン、清水さんたち見ててくれてありがとう」
「あーはいはい。気にしなさんな。空悟くん、文さん。お子さんも眠ってるし、今日はこのまま泊まっていきなさい」
ミナがパジャマ姿で出てきた茜の手を握る。
その手を握り返して茜は笑う。
「無茶はしてこなかったろうね?」
「モチのロンだって」
言葉通り無茶はしていない。
空悟たちにも無理はさせなかったし、何より依頼は成功したのだ。
報酬は望めないが、科戸研究所を発見するという成果はあったので問題はない。
後はいずれダンジョンアタックをするだけだ。
問題は文である。
空悟が文を納得させられなければ、3人で挑むほかはない。
少なくとも、文が落ち着くまでは無理だろう。
そう思っていたミナであったが、翌日あっさり解決するのであった。
―――翌日、水門家。
文には仕事を休んでもらい、空悟は行方不明になった後のカバーストーリーを話すため、神社にルルと一緒に向かっていた。
カバーストーリーは、下の空洞に落ちてしまって、別の場所から出てきた、というものだ。
ルルは神社に行くのを渋っていたが、ミナがどうしてもと頭を下げると「2回ですからね」と憮然とつぶやいてガーゴイルを召喚して行ってしまった。
幸いにしてあの落とし穴はよほど偶発的なものでなければ発動しそうにはなく、トンネルの魔法などの魔法的な手段で穴を開けなければ空洞の内部には入り込めないだろうことがミナたちにはわかっていた。
では何故空悟が落ちたのか。
理由はわからない。
これも邪神の計略だったのだろうか、もしかすると自分が駄目だったときは空悟を「使う」つもりだったのではないだろうか。
今は考えても仕方のないことであることは確かだが、やはりそれはミナに重くのしかかる。
その考えを振り払って、今回の事件のことを考えた。
後は下の空洞を詳しく調べられる前に都市伝説の存在たる「科戸研究所」と思われるダンジョンをクリアするのみである。
人参を短冊に切りながらミナはそんなことを思っていた。
お昼は油揚げと人参とニラの卵とじにする予定である。
時間はもう11時30分を過ぎていた。
空悟と文の子供たちは茜が保育園へ送っていき、岬も子供の体のせいか眠りが深く、まだミナのベッドで眠っているはずだ。
文は、といえば……ミナの横でネギを切っている。
味噌汁に入れるため小口切りにしている。
「手伝ってもらって悪いね、清水さん」
ミナが声をかけると、「いえ、気にしないでください」と表情を変えずに返された。
(会話が続かない……昔は空悟なしでももう少し話できたはずなのに……)
チクタクと時計の音が流れる。
炊飯器が米を炊く音が聞こえる。
音の精霊が静まり返っていることが感じられる。
しばらく―――そうした沈黙が流れて、口を開いたのは。
「―――先輩」
文の方であった。
静かな声であった。
「少しお願いがあります―――夫を鍛えてあげてはもらえないでしょうか」
「はい?」
ミナは一瞬文の言葉が飲み込めずに、間抜けな声を出してしまった。
「これで2回めです。夫が、先輩絡みの件で危険な目に合うのは。今後も……起きるかも知れないんでしょう?先輩本人に責任はないのだとわかっています。これでも私はあなたの友達ですから」
ふたりとも包丁をまな板に置いて、向かい合った。
「邪神だかなんだかわかりませんが、それで空悟さんや子供たちを喪ったら……だから、どうか夫を鍛えてください。もし余力があれば、私にも何か護身の術を教えてほしいのですが……だめでしょうか」
「そんなことないけど、空悟はああ言うやつだ。昨日も、危険に自分から飛び込むような提案をオレにしてきた。だから……」
ミナは彼女の肩に手をおいて、そう言った。
彼女はミナの手に自分の手を重ねて返す。
「あの人は……そういうことに飛び込まないと生きていけない人なんです。どうか、私が心配しなくてもいいくらいに……空悟さんを、お願いします」
フッと微笑んだ彼女の顔を見て、ミナも微笑み返す。
「うん、わかったよ。あんたの旦那の修行のことはオレに任せてくれ………」
手のぬくもりに優しい気持ちになったミナは、しかし。
「ところで、オレの置いた手に手を添えるって超エロい仕草じゃない?修行したんだな、清水さん……」
照れくさかったのかなんなのか、ニヤッと笑ってそんなことを言い出したのである。
「……は?」
「いやー昔なら絶対こんな仕草しなかったもんなあ。てか、もっと警戒心持ってたよね、オレに対して。まあオレが大学入学当時キモヲタ全開だったからかもしんねーけどさ!HAHAHAHAHA!!」
バンバンと膝を叩いて笑っていると、文が手に何かを持っていることに気がついた。
「Oh……清水氏?それは一体何DEATHか……?」
「水門先輩の家って本当に調味料揃ってますよね……そうそう、水門先輩って辛いの大好きでしたよね……」
くすくすと笑う女に、少女は冷や汗を流して逃げ出そうとするが、不思議と足が動かない。
もし足を動かせばもっとひどい事態になることが予想できたからだ。
「うふふふふふふふ……」
「そ、それはぁ……オレが今度カーチャンがいない時に作ろうと思ってたスーパー激辛麻辣カレーの材料の一つ……!」
ケタケタと不気味な笑みを浮かべる経産婦に、彼であった彼女は恐怖しか覚えない。
そう、いつだって魔王よりも邪神よりも怖いのは、女の怒りなのだ。
自分が女そのものになっているのに、2世紀以上それを理解しきれていない罰なのだ、と脳が諦観を警告とともに放つ。
「ぷ、ぷろて」「えいやぁっ♪」
防御魔法を唱えようとした瞬間、恐怖で凍りついた彼女の口に30代女性が放つとも思えない可愛らしい掛け声とともに突っ込まれたものは何だったか。
それはミナが麻辣カレーを作るため、大量の花山椒やカレースパイスとともに購入してきたやべーやつ……
即ち……
「ぎゃああああああ!!?!?スコヴィル値約1,173,000!!ウルトラ○スソースぅぅぅぃぃぃぃぼぼぼがががががががあああああああああああ!!!」
そう、それはわずかでも混入させれば恐ろしい辛さを発揮するアメリカ合衆国はニュージャージー州が産んだ悪魔の調味料―――○スソースの中でも上から数えたほうが早いスーパースペシャルな地獄の辛味調味料、ウルトラ○スソースであった。
その辛さは日本一辛い黄金唐辛子の10倍以上。
通常の○スソースでさえ、それによって心臓発作が起きて死者を出した故にその名がついたとまで言われる凶悪無比なる調味料である。
それを遥かに超えるウルトラな死の調味料をわずかでも口の中で噴霧されれば、常人なら即死してもおかしくはない―――だが、彼女は森人の勇者であり、なんとなればドラゴンブレスを食らっても死なない女であった。
どくり、どくりとそれはミナの口に注がれ、遂には瓶の中身は空っぽになる……それは地獄の時間であった。
軍用の催涙スプレーですら遠く及ばない凄まじい辛さを食らった少女は床でのたうち回る。
文はソースが手につかないよう、自分に降りかからないよう素早く離れて○スソースの蓋をしてビニール袋で更に保護をしてゴミ箱に突っ込んで笑った。
蒸気を吸っただけでもまずいあたり、完全に劇物のたぐいであるそれを。
「人が真面目な話をしている時に、セクハラするような不届きな先輩にはお仕置きが必要ですよね……うふふふふふ……」
ミナはその不気味な笑みを見ながら、とりあえずキュアとリトルヒールを詠唱する。
勇者であり回復魔法にも長けたミナが相手だからこそ許される体罰であった。
「おぶはぁぁぁぁ……なんてことしやがるこのアマァァァァァ……!」
「あらあら、大丈夫ですか?……で、何をしていらっしゃいますか?」
「お返しにスカートの中身覗いてるのよォォォォォ!!」
冷たい文の言葉に、女言葉でそう返す。
文はそれを見て「ふーーーーん……まだお仕置きが足りないみたいですね」と笑った。
それからどうなったか。
ミナの照れ隠しは結果的に成功したと言えるだろう。
代償として口にワサビダイコンをまるのまま突っ込まれてビクンビクンと床で痙攣する少女を尻目に、女が鼻歌交じりに料理している地獄を、女の夫が眼にするのはそれから約1時間後のことであった。
「まあそういうわけで清水さんにも納得してもらったよ、空悟」
ルルに氷嚢を当ててもらいながらミナがもごもごとそう言うと、呆れ顔で空悟が聞いた。
「いや、それはいいんだけどな。なんであんなことになったのか説明してもらえるか?」
「女同士だからいいかな、って思ってセクハラしたら清水さんがキレて……」
「アホかてめー……女同士でも罪になる場合はあるんだぞ……文もやりすぎだ。○スソースはやべえぞ……謝っとけ……」
ハァ、とため息をついて、ぷりぷりと怒っている文の額を軽く叩いた。
「……やりすぎました。ごめんなさい、水門先輩」
「気にしない気にしない。こっちもやりすぎたし、申し訳ない。後、この程度の傷とかダメージはなんとなれば日常茶飯事レベルだし」
文の謝罪にミナはひらひらと手をふる。
グリッチ・エッグは本当に手加減一発岩をも砕く世界なのだなあ、と空悟がため息をつくと、もう一度文の目を見た。
「……三郎には聞いたか?時々、これからも三郎の手伝いをするつもりなんだ。危険はあるが、知ってなお俺にはこの街を放っておくことは出来ない。許してもらえる……ってことでいいのか?」
夫の言葉に、妻は静かに肯んじる。
「どうせ言っても聞かないでしょうし、あなたにも子供たちを守ってもらわないと。そうしたら水門先輩みたいな非常識な世界の住人に鍛えてもらったほうがいいでしょう?」
うふふ、と朗らかに笑って彼女は続けた。
「それに……私は家のことをしないといけないからついていきはしませんけども、水門先輩に護身術を教えてもらうのは一緒ですから」
文は手を叩いて嬉しがる。
「結婚して以来、同じ作業ってあんまりなかったですけど、また空悟さんと一緒に勉強できるのは嬉しいですね」
そうして「水門先輩、よろしくお願いします」と文はミナに頭を下げた。
「よろしく頼む」と空悟も言って、ミナは「任された!」と返す。
ルルが「僕は厳しいですよ」と笑うと、夫婦は「望むところ」と声を揃える。
こうして、円満に空悟が冒険に行ってもいいという許可は得られたのである。
「……んい?」
その様子を寝ぼけ眼の岬が階段を降りてきて見たのは、もう13時を過ぎた頃であった。
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