異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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「ウナギが食べたい?」
「はい。その通りです」
「何よ藪から棒に」
ミナが怪訝にそう聞けば、ルルは大まじめに「少し僕の研究に必要なもので」とミナの瞳を見返してきた。
「うーん……ウナギというかイールの類なら向こうにもいたでしょうに。結構食べたこともあるのに、なんで?かば焼きだって私作ったことあるでしょう?」
少女は少年に眉をひそめてそう問うと、不死の少年は「向こうでのイール類は特に滋養強壮効果はなかった、ただの栄養価の良い食べ物でしかありませんでしたが、こちらにはそれがあるというので」と本当に大真面目に返答してくる。
してくるので、ミナは「そんな効果、こっちの世界でもないと思うけどなあ」と唇を歪めた。
こちらの世界では、というよりは日本では土用の丑の日に夏バテ防止として食べられているウナギであるが、栄養価の高い食事が安価に食べられ、そして補助食品としてのサプリメントなどが発達した現代ではあんまり意味はないただの縁起物とされている。
漁獲高が下がっているどころか、絶滅危惧種に分類されているウナギをありがたがって食べるのはどうか、とミナは前世の頃から考えていたものだ。
彼女にとって出てくれば美味しく食べるが、自分から買いにはいかない食べ物の代表がウナギであった。
「ぶっちゃけ私、かば焼きにするなら六脚豚とかデミタウロスとかアミールのほうが好きなんだけどなぁ……」
デミタウロスは牛の魔物で、一部の地域で養殖されている食用動物でもある存在だ。
アミールは西方世界の南方、マングローブに似た水生木の森に住むエルフたちが好んで食べる背骨以外に骨がない魚である。
イメージとしては遠い昔の海洋に存在した、地球人―――否、脊椎動物殆どの始祖であるピカイアが近いだろうか。
その地はウナギの類もよく獲れる森だが、ミナはアミールの方を好んでいた。
「まあ、試して見なきゃわからないか……」
美味い国産ウナギを食べようとすると、安くても3000円、少し張るなら諭吉1枚を超えても不思議ではない時世である。
ミナは財布の中身を確認し、従者のたっての願いというそれを食べに行くお金があることを見て取ると立ち上がる。
「ちょっと予約しないといけないから、パソコン貸して」
ミナはそうして、椅子に座っているルルの両腋を持ってひょいと持ち上げ、自分のベッドに座らせた。
すると……
「あれ?メール?珍しいな、PCにメールなんて」
ミナは迷惑メールやフィッシングメール以外のメールが届いていることを悟り、首を傾げた。
ミナとなる三郎が社会人になったころには、既にSNSの普及が始まっており、個人用の連絡手段としての電子メールは駆逐されつつあった。
今やスパムメールや企業の連絡用、或いはダイレクトメールの送信手段としての利用が主なのではないか、とミナは内心で思う。
それでも電子メールを使う保守的な人間というと、ミナにはあまり思い当たりがなかった。
そして慎重にそのメールを開くと……
「おばあちゃん……?」
ミナはその電子メールの送信元を見て、「あ、なるほど」と一言言った。
「おばあちゃん……ですか。居間で転がっている駄肉ではなく、義母上または義父上の母という意味ですよね?」
ルルはそうして首を傾げると、「健在なのは義父上のお母さまですか」とミナに聞いた。
「そうよ。なんかいいウナギが入ったから来なさい、って」
「来なさい、と言われましても、義母上はその方にミナさんのことを説明されていたでしょうか」
ルルが眉を顰めれば、ミナもそうして「わがんねー」と神森訛りで返答をする。
「カーチャンに聞いてみっか……」
ミナはそうして茜への連絡を行うため、スマホを操作するのであった。
そして翌日。
二人は科戸山キャンプ場の近くをジープ・グラディエイターで走り抜けていた。
「既に説明済みであったとは……」
「おばあちゃん、カーチャンのヲタ友みたいなもんだから……」
既に75になるという三郎の祖母は、そういう人間であるという。
ヨーヨーで戦う学生で刑事なスケバンの物語を、三郎が初めて読んだのは祖母の家であったことを思い出して、森人の勇者は小さくため息をついた。
「悪い人じゃないから大丈夫。というか、このタイミングでかぁ……」
「お義母様は正直に話して写真も送った、と言っていましたが」
ルルに言われて、ミナはふーッと息を吐いて、メールの内容を思い出す。
「ウナギのいいのが入ったから、旦那さん連れてきなさい」とだけ書かれていたことを。
「旦那さんじゃねえし……」
「ミナさんと僕がもし結婚したとして、僕は旦那とか夫ではないような気がしますね……」
二人とも何故か遠い目になってそんな話題になってしまった。
「それよりあっちのばーちゃんの方は大丈夫かしら……」
ミナはハンドルを操り、くねくねと曲がる山道を登りながらそう嘆息した。
結婚のことを否定しなかったことにルルが少しだけ怪訝な思いを抱いたが、しかしすぐに気を取り直して主人を安心させる言葉を紡ぐ。
「制約のこともありますし、岬さんと恋さんがガードしてますから大丈夫でしょう。最悪、廻さんたちも近くにいますしね」
「同級生の三人娘と一緒にあのスーパー銭湯に行ってるのよね。今日は廻さんも夕ちゃんもあそこで働いてるから、無体はできないはず……」
何より犯罪になるようなこと、略奪やら寝取りになるようなことをしたら停止するようにしているので問題はないだろう。
「……剣にも不可視の賦与を与えてきたから大丈夫ですね」
ルルはふぅっと息を吐いて、空を見る。
盆は過ぎ、もうすぐ秋が来る。
気温は残暑厳しく、まだ30度を超えていた。
科戸山の北側。
殆ど日の差さない鬱蒼とした森の中に、その一軒家は存在した。
「うーん、いつ来てもぽつねんと一軒家してるな、おばあちゃんち」
ミナは軽トラを乗り入れるために舗装されている、その森の間道めいた場所へとゆっくりと車を乗り入れた。
ジープを軽トラの隣に着けると、ミナは「とうちゃーく」と軽く言って外に出た。
「……森人の森ではないですね。どこか闇の森人の住む歪んだ森にも似ているが、瘴気やバグの気配はない……むしろ神域のような気配さえある」
ルルも車から降りて、周囲の印象をそう答える。
「うん。私もそう思うな。ただ、山の北側だから日照量は最低かなって」
ミナは車のキーをロックすると、てってっと軽トラの向こうに見える家へと歩いて行った。
「おーい、おばあちゃんいるー?性転換した孫が来たぞー」
その大声に反応して、古いすりガラスの嵌められたの玄関戸がガラッと開く。
「はいはい。今出ますよ」
そこには人の良さそうな顔つきをしたおばあさんが一人。
目の前にいる、幼くは見えるがそうであってもハッとする美人が二人いることに目を丸くして。
「……うわあ、本当に性転換しちゃったのねえ……」
手で口を隠して、驚愕したのであった。
「うん……性転換しちゃったんだよなあ、これが。それどころかいわゆる異世界転生ってやつなんだよなあ……」
ミナは少しだけバツが悪いのか、頬を掻きながら祖母の元へ歩いていく。
「久しぶり、おばあちゃん。4年ぶりだっけか?」
「そうそう。本当にお久しぶりね」
少女とその魂の祖母はそうして抱き合って再会を喜んでいた。
その様子にルルは、「うーん、やっぱりあの男とミナさんではまるで別人なのに信じちゃうんですね……」と小さく、小さくつぶやく。
「茜さんに聞いてたけど、本当にハイエルフなのねェ。指輪物語の世界から出てきたみたい」
「くすぐったいからやめてくれよ、おばあちゃん!」
ミナの耳をさわさわと優しく触って、その老婆は微笑んだ。
ルルはその様子を見て、その老婆の笑顔にどこか信濃で見た少年の面影を感じていた。
「ミナさん、そろそろ」
「ああ、ごめんごめん。おばあちゃん、こいつがオレの義弟ってことになってるルルだよ。ほら、挨拶しなさい」
ミナはそうして祖母から離れると、ルルの隣に立って彼を促した。
「お初にお目にかかります、おばあ様。僕はルル・ホーレス……こちらの世界では水門ルル、と。あなたの御一門の末席に加わっております」
彼は優雅に、とても男と思えない仕草で三郎の祖母へと頭を下げる。
「ま、本当に男の子なのかしら。でも、疑うのはよくないわね。あたしは水門莢よ。さや。あなたのおばあちゃん」
ふふふ、と本当におかしそうに笑って莢はルルを招くかのように、玄関戸の前に立つ体をすっと避けた。
「よろしくね、ルル」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ルルはそうして促されて、水門家の……水門の本家の中へと入っていったのである。
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