異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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古い日本家屋、といった風情で居間の真ん中には囲炉裏があり、その周りに箱膳が数個置いてある。
天井から釣られた鍋には、肉や野菜を煮込んでいるのか良い匂いがしていた。
「さ、お座りなさい。ご飯もじき用意するから」
莢はそうして奥のキッチンへと向かっていく。
今すぐにもウナギの話を始めたいルルではあったが、しかしあまりがっつくのもどうかと思いそこはこらえた。
彼もこう見えて気の長いエルフの仲間ではあるのだ。
「おばあちゃん、ウナギとかなんだとか言ってたけどさー」
「それは夜まで待ってねー」
こう言う時、聞くのは大抵ミナである。
地球人が魂に混じっているからなのか、ミナはハイエルフどころかエルフとしてもせっかちの部類なのだ。
莢の言葉にミナは頷いて、わかったー、と返していた。
「うーん、いい匂いだわ。おばあちゃんの煮物なんてホント何年ぶりだろ……って、エルフ的にはそんな前じゃないけど」
ミナがそうしてドッカと座布団に座る。
ルルはそれに続いてそっと座布団に腰を下ろすと、莢が箱膳に載せた昼食を持ってきた。
「あ、おばあちゃん、オレも手伝うぜ」
「いいの、いいの。お客さんは黙ってもてなされなさい」
有無を言わせない口調で、箱膳を置いた彼女は勇者の鼻先に天へ向けて立てた指をかざして微笑む。
「うーん……わかった」
本当に4年会ってないのがわからないほどに、祖母はピンピンとした足腰を持っていて、3人分の箱膳をすぐに持ってきた。
「さあ、召し上がれ」
囲炉裏で煮込まれていた根菜類と鶏肉の煮物に、大根ときゅうりの古漬け、そして身欠きにしん。
そしてなめこの味噌汁と麦飯であった。
「おお……これは……」
ミナは感嘆の声を上げると、「いただきます!」と合掌をして箸を取る。
「いただきます」
ミナに従うかのように、ルルもまた合掌をして碗を手にした。
「……丁寧ですね。お義母様やミナさんの作る料理の源流にある味……と言うか」
「それはそうよ。あたしだもの、茜さんに料理を仕込んだのは」
「なるほど……知らずミナさんの好みもこちらに流れていた、と」
莢の言葉にルルはうんうんと納得するように何度も首肯している。
「うーん、美味しい。そうそう。こういうのでいいんだよ、こういうのでさ」
ミナはなめこの味噌汁を啜ると、そして至福の笑みを浮かべる。
そうだ、そうだった。
そういえばこういうのを昔の茜は作っていたのだ、と思い出し反芻するように口にする。
「茜さんはあの頃の女子は家庭科で料理の基本くらいは教えられるものなのだけど、全然知らなくてねえ。まだ八郎のほうがうまかったくらいでね。でも八郎のために、ってどんどん腕を上げていったのさぁ」
うふふ、と懐かしそうに笑う彼女に、ミナは「へー、そうだったのかあ……」と言って、「なんでオレには教えてくれなかったんだ?」と返した。
すると莢はまるで当然だと言わんばかりに、「こんなこと息子に聞かせるもんじゃないでしょう?ほら、今は女の子になってしまったようだし」と微笑む。
その微笑みに、ルルは「なんとなく気持ちはわかりますよ」と肩をすくめた。
異性の身内だからこそ、知られたくない過去というものもあるというものだ。
「それで、あなたが三郎の旦那様になってくれる人なのね?」
「―――旦那ではないと思う!」
莢の唐突なその言葉に、ミナはすっぱりとそう答える。
「……車の中でも話しましたけど、なんだか僕は旦那とか夫とかハズバンドとかそういう感じではないと思うんです」
「じゃあお嫁さんかしら。女の子にしか見えないものね」
ルルに莢はそう返して笑みを深くする……
そして、「ウナギってのは……うちの風習というか、ね。水門の家の風習なのよ。お婿さんお嫁さんが来てくれる時に食べるの」と言って身欠きにしんを食んだ。
神様へのお供えもののようなものだから、夜に食べるのだ、と莢は言った。
なんでも古来、海の神様が森の神様に贈り物をしたという伝説が水門家には伝わっていて、その贈り物がウナギだったということである。
「知ってましたか、ミナさん?」
「いや初耳……水門の家にもなんか秘密とかありそうな気がしてきたぞ、オレは」
わずかに汗が流れたのは、まだ残暑厳しい時期だからなのか、それとも別の要因なのか。
ミナの心にはっきりとしないものが流れるのであった。
そうして夕方。
ミナは莢とともにウナギをさばいていた。
大きさは1.2mほどもあるかなり大きなウナギである。
「どこからこんなのもらってきたんだ?」とミナが聞くと、「若い頃の友達が持ってきてくれるのよ」と祖母は微笑んだ。
そうして「息子さんも漁師をしているからあたしが死んでももらえる約束はしてるのよ」と言ってミナを見た。
少女は慣れた手付きで、江戸前の作法通りに仮死状態のウナギを背中から捌く。
そうしてきれいに身が割れ背骨が切り取られ、頭……半助も切り落とされる。
内蔵と半助は後で肝焼きと兜焼きにするために別々の皿に置かれて、調理の時を待っていた。
後は串打ちをするだけである。
「よし、OK」
「うまいものねえ……」
「向こうの世界、まだ文明こっちの世界ほどじゃないからね。ウナギは結構食べる機会が多いんだ」
感歎した莢にミナはそう返す。
捌き方も東方世界へ行った時に、武家の奥方に教えてもらった背中から割くやり方であった。
「んでさ。西方世界では基本的に腹の方から捌くんだよね」
「面白いわねえ。こっちの世界でも大阪ではお腹からウナギを割くのよ」
孫であった孫娘に、異世界との類似を指摘して莢は窓の外を見る。
「そういえばそうか……まあうん、神様や精霊の名前とか類似点は多いかな……」
ノトス、ゼファー、アメノホヒ……こちらの世界と固有名詞が同じであるものは多い。
それがなぜなのかはわからない。
神様がルルにくれた自動翻訳の力、というわけでもあるまい。
「ありがとう。後はこっちでやるわ」
莢はそうしてミナから後を引き取る。
後は串打ちをして素焼きをし、タレを塗って焼く。
これは結構な時間がかかるもので、焼いている間は脂とタレの焦げる香ばしい匂いが長時間に渡って充満する……
故に、江戸時代の頃はウナギは匂いを食うと言われるほどで、客は香ばしい匂いを嗅がされつつ店で待たされるわけである。
その待ち時間を匂いとお新香を肴に酒でつなぐ、というわけだ。
「昔は待ち時間に白焼き食ったりしたら野暮とか言われたっていうけど、オレはそういうの気にしたことがねえなあ……」
ミナはビニールのエプロンや包丁についたウナギの血をアルコールティッシュで拭きながら、そう言ってうーんと唸った。
彼女の場合普通に別のツマミを頼むし、なんならイールは蒲焼だけではなくスープの具としても使ったりするのでそっちを頼んだりしたことも幾度もある。
「フフ、江戸っ子なんて神森にはいなくていいのよ」
莢はそうして素焼きを始める……
「ほらほら。旦那様……お嫁さん?が退屈してるわよ。居間で待っていなさい」
「うん、わかった」
ミナは莢に言われるがまま、ビニールのエプロンをつっかけると、エアコンのよく効いた囲炉裏のある居間へと戻る。
そこでは「うーん、興味深い」と桐で作られた戸棚の方を見ているルルがいたのであった。
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