異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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―――それから。
莢はミナの前に焼酎の甕を置いて微笑んでいた。
「これ、本当に借りてってもいいの?」
「いいわよ。どうせ、もうお酒ほとんど飲まなくなっちゃったし、それに……」
莢は小さく微笑んで―――黙り込む。
数秒ほどだったろうか。それとももっと長かったろうか。
「おばあちゃん?」
口を開いたのはミナであった。
「実はね。初期のガンが見つかっちゃったの。まだお医者さんは間に合うっていうんだけど、万一ってあるでしょう?」
「えっ、マジで」
「診ましょう」
ミナが驚きの後に何かを言う前に、ルルがマメラ教授のルーペをミナに渡した。
それを覗けば―――
「……初期のガンって、膵臓がんかこれ!?初期のガンって言わねえよ!カーチャンには言ったのかこれ!?」
ミナは莢に、わずかに怒ってそう声を荒らげた。
「いいえ。まずはあなたに伝えるつもりだったのよ」と返してきたので、ミナは―――
「……ルル、いいか」
「ええ。膵臓の出来物ではすぐに亡くなってしまいます。僕らで何とかするしかありますまい」
ルルはふうっと息をつく。
膵臓がんは極めて致死率の高いガンである。
それを根治するには……現代の医学ではなかなか難しい。
そうということであれば、もはやそうするしかあるまい、というのがミナとルルが一瞬で下した判断であった。
「……ああ、そうだったわね。エルフなんですものね、ふたりとも」
莢がそうして微笑む。
達観しているかのような顔で。
ミナは……その顔に、「でえじょぶだぁ。オレがいる限り寿命と不意の事故以外では死なせねえから」と笑い返した。
笑い返して、「ちゃんと言ってくれよ、おばあちゃん」と真顔になる。
「―――初期なら行けるか。やったことあるからよ。世界を調律する我らが祭神よ。我が知る病は、主が知るものなるべし」
ミナの指には、いつの間にやらマスターリングが嵌められ、白い魔力が集まっていく。
「飲み込み食らう我らが神よ。猛き御手をこれへ」
ルルの手にもまた捻れた杖が一つ。
その手には禍々しき朱い魔力が集まっていった。
「―――病まうもの、恐れしものにその御手を。癒やし直し治し成す御手を与え給え!キュア・ディジーズ!」
「この者を包み、その生を阻害するもの総てを破壊したまえ。リフレッシュ」
2つの声が止むと、その光は莢へと乗り移り、そしてやがて消えた。
「これは……」
それは病気治癒と快癒の神聖魔法。
それぞれに失敗する可能性のある病気を治す魔法である。
どちらも「病や毒の存在を術者が知っている」と成功率は劇的に高まる術でもある。
それを大神官級の術者である二人が使えば、失敗の確率は極限まで下がる―――
莢が困惑している間に、光は薄れ、消え、世界は元の光量を取り戻していった。
「……大丈夫?」
「……うん、うん。大丈夫。消えた。マメラ教授のルーペではもう老化以外の病は見えないぜ」
莢が大丈夫、といったのはそう言う意味ではなかったが、ミナは安堵のため息を吐いて足を崩した。
「そうじゃなくて、あなたが大丈夫か、って聞いてるのよ。その瞳、どうしたの?」
そうしてミナは己の瞳を鏡で見れば。
「あっやべえ!目の色変わってんじゃん!?」
そう、虹の帝の呪いたる金色の目をマジックアイテムでごまかしていたのに、それが魔力を励起させすぎたせいなのか壊れてしまったのである。
ミナの右目は今や金色に染まって、怪しい輝きを放っていたのだ。
「ルルゥ……予備あったっけ……?」
「呪眼封じですね。はいどうぞ」
ルルは無限のバッグから、小さな目薬のようなものを取り出してミナに渡した。
ミナがそれを一息に点眼して、その容器の中身がなくなるとミナの目はすっかりといつもの翠玉の瞳に戻っていたのであった。
「ああ、びっくりしたわぁ……今どきオッドアイなんてちょっと引いちゃうやつだしねぇ」
ほう、と頬に手を当てて莢が安堵して冷や汗を拭う。
「びっくりさせてごめんよ、おばあちゃん。念のため病院で検査してもらうべきだと思うけど、とりあえず膵臓がんは今のところなくなったから!」
ミナもまた冷や汗を拭って、立ち上がりビシッと明後日の方向を指さして呵呵と笑った。
その光景に、ルルはおかしさを抑えきれずにかすかに微笑んだ。
その笑顔を見て、ミナは一瞬「まるでツツジの花みたい」と思ってしまう。
思ってしまって、照れ隠しにルルの肩をバンバンと叩きながら、「あは、あははは!これにて一件落着!」と盛大にごまかしの言葉を吐くのであった。
そして翌日。
帰る時間を遅らせて、ミナたちは莢をいつも行っているというそこそこ大きな病院へと連れて行った。
「んじゃ、いってらっしゃい。オレたちは周りでブラブラしてるから、終わったら電話くれ」
ミナがそう言うと、莢は「わかったわぁ」と間延びした声で言って病院の中へと入っていった。
それを見送ると、夏の太陽で汗ばんだ額を拭って森人の少女は微笑んだ。
「あっぶねー……下手すりゃそのまま手遅れになるまで知らねーって事になってたかも知れねえな、これ……」
男言葉で独り言つと、ルルに向き直って「やっぱり只人や地球人の社会で生きるにはスピード感が必要なのだわ……」と言って、ベンチに座る。
「そうですね……いやあ、今まで全くこちらから連絡してなかったというのも悪かったですね。別居しているとはいえ」
ルルも同じ気持ちなのか、ミナの隣りに座って下を見た。
下には蟻たちが行進していて、きっと秋冬のための蓄えを運んでいるのだろう。
不死の王たる少年は、やはり生命の営みには疎い。
同じくミナもまた上古の森人。
寿命を持たぬ二人だからこそ、定命の者たちが死ぬことを気に病むようになっていくだろう。
ミナの脳裏にチラとそんな気持ちが湧いて出た。
「……ミナさん、その」
ルルもやはり同じ気持ちだったのだろうか。
いつになく真剣な顔つきでミナの瞳を見て、そして。
「―――今、ようや」「あーーー!なんでこんなところにいるのですわーーー!?」
何かを言いかけて、それを甲高い少女の声が邪魔をした。
「……あの声は」
声に決意を邪魔されたルルは、至極不機嫌な表情で声の下方向へ振り向いた。
そこにはなぜか体操服を装着したお嬢様もどき――― 一ノ瀬みはるの姿があり。
「あーれ~?水門さんじゃないですか~?」
間延びした声の、ルルに顔の造作が良く似た少女―――相羽つぐみの姿があった。
「……ミナさん。このお話はまた日を改めて」
ルルは―――獰猛というか、酷薄というか、そんな笑顔を浮かべてミナにそう言って立ち上がった。
「……なんの用ですか、エセアイドルさん」
「!? ひっど!ひどいですわ!なんてことおっしゃるのですか!!」
ルルのにべもないその言葉に臆することなく、みはるがそう叫ぶと彼女の相棒は「あはは~人の恋路を邪魔するやつは~」とスッと引いて笑う。
「馬に蹴られて死んでしまえ、という都々逸が残されているそうですね」
ふ、ふふふふふふ、と不気味な笑みを浮かべてルルはみはるをギロリと睨めつける。
「ひっ!?なんて顔をしてますの!?今から人殺しをしそうな顔ですわよ!?」
「ふふふふふふふふふふふふふ―――」
「ひぇーーーー!?」
ルルの睨みにみはるが即座に後ろを向いて全力で駆け出していく。
「はーーーーーっ……」
その後ろ姿と、頭を下げながら去っていくつぐみを前に盛大なため息をつくルルに、ミナは少しおかしくて笑ってしまったのであった。
後日。
「あーよかったわぁ。お義母さん、黙ってるなんてもう」
珍しく茜はぷりぷりと起こりながらも安堵した表情を見せていた。
「だよなー。オレはともかくカーチャンにまで黙ってるのはどうかと思ったよ。オレとルルがいなきゃどうなっていたことか」
濃い緑茶を啜り、ミナはそうして嘆息した。
「そうね……不幸中の幸いだったけど、リウマチとか腰痛とか膝痛とかもなくなったって言ってたし、結果オーライではあるか……」
茜もまた緑茶を飲んでふぅとため息をつく。
「だから言ったろ。寿命以外で死なせるつもりはねえって。不意の事故だけはどうにもならんけど」
手のひらをひらひら振って、ミナは微笑む。
「なんじゃいそんなことしてたんかー?若返らせるくらいしろー」
居間で寝転がりながら本を読んでいるのは、当然のように向こうの世界の祖母たるカレーナである。
「そういう外法の類を提案しないでよ、バーチャン」
ミナはジト目でそう言って、大きめの醤油せんべいを半分ボリンと食んだ。
「……魔法はガンも治しちゃうのね」
「そのとおりです。まあ僕もミナさんもガンの存在を知っていたから、そうできたというだけですが……キュア・ディジーズもリフレッシュも神聖魔法に属する魔法。常に治療を行うことを求められる医師には不向きですけどね」
そう答えたのは、ミナの隣に新聞紙を広げて何やら木工の細工をしているルルである。
本職のドワーフほどではないが、手芸の一つや二つはやれる男の娘であった。
「何作ってんの、あんた」
「いえいえ、ちょっとしたお守りを作っているんです」
聞いたミナがそれを見れば、削っている木は……
「あれ、これ……世界樹の枝?」
「そのとおりです。あのおばあさまのいる森は結構な霊気が漂っていました。中てられてまた病にならぬよう細工をしたこれを贈ろうかと思いまして」
ルルはそう答えてフッと微笑んだ。
「この世界のウナギにしかない滋養効果も確認できましたし、これはおばあさまへのお礼でもあります」
「そっかー……うん、いいんじゃない?」
ミナはそうしてルルの頭を撫で始める。
「むっ……うーん……ありがとうございます……」
少し顔を赤くして、ルルがそう答えるとミナはにんまりと笑って満足げである。
その様子に、茜は―――
(どうやったら死体が顔を赤くしたりとかできるのかしら)
そう、益体もないことを思いつつ二人の世界を作っている娘と義息に生暖かい視線を向けるのであった。
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