異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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「カレーラーメン……か」
「そうだ。カレーラーメンだ」
厳つい男が二人、暗闇の中で酒を酌み交わしながら小さくそう言葉を交わしていた。
「……香辛料は使いようだ。そしてカレーはなんにでも合う」
酒の席だというのにもかかわらず、なぜかマントを装着した男はそう言って杯の酒を飲み干した。
「魚介類の生臭さを消し、しかしうまみを引き出す。それに香辛料は欠かせねえ。俺もそのあたりは一家言あるところだ」
焼きホッケを箸でむしり、禿頭の男はそうしてマントの男と同じように酒を呷る。
「……なるほど、君もまたあそこに出店をするつもり、というわけかな?」
「いや、そういうわけじゃねえ。単に開発した新メニューをそちらの店で出してほしいってえだけよ。俺んとこは従業員二人しか居ねえからな」
のれん分けやら2号店やらを考えているわけじゃねえ、と酢味噌のかかったぬたを口に放り込んで禿頭の男は笑った。
「……とすると利益はどうしても私が多くいただくようになるが」
「かまあねえよ。俺と従業員の食い扶持は確保してんだ」
男は大笑いして、そして釣られてマントの男も笑いだす。
笑い出して。
「えーい!やかましい!いい加減に店で黒幕ごっこしないでください店長!!」
怒りに身を震わせた黒づくめのメイド……否、ウェイトレスがカーテンを割り割いて現れたのであった。
「なんだね潤美くん。もう就業時間外だぞ。帰りたまえ」
スナック黒十字の店長は、そうしてビールを手酌で注いでフッと笑って―――ギロリと潤美に睨まれた。
「帰りたまえ、じゃないんですけどぉ?私、もう色々いっぱいいっぱいなんですけどねえ!?」
眼の下に隈を作った小柄なウェイトレスは、そう言ってチョップを店長へと食らわせた。
「むう……何が不満なのかね?残業代は倍出しているのだが」
「いや、そういう問題じゃねえんじゃねえのか、おい。明らかに顔が疲れてるよ、このネェちゃん」
光に照らされて現れたのは、漁大くらげ屋の店主の大将である。
「ふぅーむ……ではやはり当日は廻くんに頼むとするか。潤美くんはゆっくり休み給え」
うちはちゃんと有給休暇のある優良店だからな、と店長は微笑むが……
「安心できるかぁ!あなた、私が目を離したらあっちの店もドイツ軍にするじゃないですかあ!!」
怒りの顔面パンチが閃き、店長は即座に昏倒したのであった。
「はぁ、それであたしが呼ばれたというわけですか」
疲れた顔でベンチに倒れている潤美を眺めつつ、岬のその言葉に廻はゆっくりと首肯した。
「……立場が小学生の君に手伝ってもらうのはなんだが、君はコンビニエンスストアーの店長をしていたこともある。手伝ってもらえると助かるのだ」
廻はそうしてフゥっと息と吐いた。
今日は夕は信濃へと行っているため、ここにはいない。
ミナとルル、空悟は少し遠くへ遊びへと行ってしまっている。
「うーん、でもあたしこの格好ですから、お店の手伝いはできませんですよ」
岬は手を自分の頭の高さにまで上げて、自分の身長を示すようにしてわずかにジト目になる。
その様子に廻はフッと嘆息して、「基本的に潤美さんがそこから動かないように監視してくれ。明らかに労働中毒だ」と瞑目した。
あの黒衣の店長のためなのかもしれないが、本店と洞の湯店で動き回っている彼女は明らかにワーカホリックかつ過労である。
今は岬がスヌーズの術で眠らせているところだ。
「最悪、彼女の力が必要な時は精霊術で賦活を頼む」
「そういうことなら大丈夫ですけど。生命の精霊さんはそういうのが得意なのです」
内外の魔力を用いて本人の治癒力を上げることを主眼とする神聖魔法のヒール系と、生命力を賦与・賦活して傷を治す精霊術のキュアはその方向性が異なる。
ヒールは体力回復は二の次だが、キュアは逆に外傷治癒は得手ではないのだ。
そして生命の精霊の扱いという意味では、ミナよりも素質がある。
「魔女とはそういうものであるらしいからのう。ガドゥルの言うことには、あらゆる魔と霊に通ずる術法を使う素質があるのだと」
そこに現れたのは、浴衣姿のカレーナであった。
ヤク○トを片手に、「ほーれ、買ってきたぞ。エネルギードリンク」と店内のコンビニで買ってきたビニール袋を差し出してきた。
「……ありがとうなのです。馴染んでますですねえ……純粋ハイエルフなら、現代の汚染とか気にしそうなのですけど」
「ホホホホ、細かいことは気にするな。現世利益最優先じゃ」
耳隠しの腕輪でエルフ耳を隠している以外は、いつも通りのカレーナであった。
「買い出しをしてくれるのは助かるが、こちらの店舗の店員もそろそろ来る。貴女はどこかへ遊びに行っているといいだろう」
廻は慎重に言葉を選んでそう言って、視線を外す。
このままでいさせるとそのうち岬に性的嫌がらせ……当世風に言えばセクシャルハラスメントをし始めるだろう、と彼は思う。
しっしっと犬を追い払う仕草でもしたいところだが、それはそれで面倒そうなのでやめておいた。
「わかっていると思うのですが、今日はななかちゃんたちもどこかに来ているはずなのです。あたしに言う分には問題ないですが、犯罪になる相手を逆ナンパしようとしたら、3分間フリーズしますですからね!」
先日、洞森の湯と呼ばれるこのスーパー銭湯へ来た際は、ななかを後ろに連れ込もうとしてフリーズしたり、そこらへんの中学生男子を連れ込もうとしてフリーズしたりと、なかなか気が休まらなかったことを思い出して岬はいつになく荒い口調で注意する。
カレーナはそれを聞いて、「わかったわかった。今日はダンディな親父を狙うから安心してたもれ」とわかってないことを言い出したので「だから寝取りも奥さんごと食っちまうぜも駄目だと言ってるのですよ」と岬に呆れられてしまった。
「うおお!なんでそんな目で見るんじゃぁ!我としっぽりなら夫婦揃って幸せにしてやろうものを!」
「その発想をやめろと言ってるのです!蛮族かエロゲの登場人物ですか!!」
岬にバシッと怒られた美女の姿をしたババァは、しかし全く悪びれることはなく……
「わーったわーった。大人しく湯に浸かってれば良いんじゃろ。女湯にの!」とふてぶてしく言って、尻を振りながら歩み去ってしまった。
「はー……疲れたのです」
「心中は察する……とりあえず潤美くんを頼む……あの店長に好き勝手させるわけにはいかんからな」
深い深い溜め息をついた少女に、廻はカレーナが買ってきた冷たいジュースを渡して微笑んだ。
「バックヤードの管理は任されたのです」
ドン、と目に見えて育ちだした胸を叩いて岬は廻に笑いかけて―――その瞬間。
「いかんぞ廻くんッ!ロリコンは罪だぞぉ!!」
叫びながら帝政時代のドイツ軍服を装着した馬鹿もとい店長が現れたのであった。
「店長、どうしたのですかその格好は」
呆れ果てた、という表現がピッタリのロボット兵の言葉に「うむッ!潤美くんがせめてナチスドイツはやめろとな!故、この格好というわけだッ!」と訳のわからないことを言い出して、奥のベンチに毛布をかけられて寝ているメイドを見た。
そうしてグルリと、まるでロボットのように首を回して店長は「なにか言いたいことでもあるかね?」と廻を睨めつける。
「………………いえ、特には」
たっぷり十数秒はどう返答するか悩んだ挙げ句、廻はそう無難に返した。
「こんなメイド服を、低身長で……ともすれば合法ロリに見える潤美さんに着せている店長こそロリコンなのではないです?」
岬が廻の想いを代弁するかのようににべもなく言い放つと、店長はワキワキと気持ち悪い動きをしながら岬の近くに寄って―――
「そんな生意気な口を叩くのはこの口かね~!?」と岬の唇を引っ張る―――が、1秒後には廻が神速で引き離し、「いい加減にしないと俺でも怒りますからね」といつもと一人称を変えてまで怒りを示すのであった。
「お、おう……うむ、私もテンションが上りすぎてしまった。すまんすまん」
すまんじゃないよ、と岬は内心で思いつつ「じゃあ、後はあたしに任せて大人たちはとっとと仕事を始めるですよ」と箒を片手にしっしっと追い払うしぐさを、主に店長に向けてするのであった。
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