異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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「せいっ!」
ビシッ、とミナが構えた左手にその掌底はあっさりと弾かれた。
「うん、いい感じだよ清水さん。随分と様になってきた」
その掌底を放ったのは、空悟の妻・文である。
今日は護身術としての庚申流組打術の手ほどきの日なのだ。
ミナの褒め言葉に、文は「そうですか、ありがとうございます」と微笑んで返して―――
「で、あのきのこのモンスターの干物を空悟さんに渡した理由は?」
と剣呑な笑みを浮かべた。
「あ、やっぱごまかされねえ?いや、うめーっちゃうめーから渡しただけなんだけども」
ミナはそのきのこモンスターの干物で作ったスープが、昼の弁当の水筒に入っていることは全くおくびにも出さずにそうして微笑んだ。
今いるのはいつかかけるの兄らとバーベキューを行った公園にある運動場である。
「息子が気に入りそうだったのがなんだかイラッと来ました」
「あ、隆くんそう言うの好きなのか」と返して、ミナは再び構える。
「まあ無駄話してないで、続けようじゃないか。まずはこう……臍のところ、丹田に力を溜め込んでいくイメージで」
ミナが腰を落として空気椅子のような構えを取る。
手は前に出して、息を深く吸って吐く。
「わかりました。はぁぁ……」
文も同じ構えを取り、体の中心に気を練り込むようなイメージをして瞑目した。
ジワリ、と腹の底から小さな力のようなものが湧いてくる。
庚申流組討術はこの腹に溜めた生命力―――生命の精霊力を使って肉体を強化し、以て敵の破壊をする内気功系の術理である。
普通の拳法のそれと異なるのは、グリッチ・エッグが由来であるためか、本当に目に見える明らかな強化が成されるということにある。
実際にミナが見たところ、地球人にも顕著な効果があるようで、冒険者現象の恩恵を受けている空悟は言うに及ばず、文もまた30代なかばに差し掛かる人間にしては生命力が強くなっていると感じていた。
通常、只人は25歳をすぎれば生命力は徐々に衰えていく。
生態がほぼ同じ地球人もそうだろうとミナは見ているが、既に文はそうではない。
おそらく腕力から肌の艶まで20代前半にまで生命力が賦活しているのだ。
「それじゃあそのままもう一回組手やろう」
「はいッ!よろしくお願いします!」
そうして教えたとおりに文は正拳突きをミナへと届け、それが受け流されたと見るや左足でミナの足を払いに来た。
無論それにあたってやるミナではないが、しかしずいぶんと彼女とこの術理は相性がいい、と感歎しているところだ。
東方で生まれた気功術は森人や山人に比べて寿命が短い只人が、その命を永らえるために編み出したものと言える。
文はその力をものにしてきている……ともすれば空悟よりも相性がいいかもしれない。
「清水さん、結構効いてきてるみたいだな」
「ええ。このところ体の調子がすごくいいです」
踵落としを放つ文の足を取って転ばせ、彼女が起き上がって離れたのを確認してミナが聞くと、文はニコリと笑ってそう答える。
そうしてしばらく、15分も演舞の如き組手を続けただろうか。
「よし、今日はここまで!」
「はい、ありがとうございました!」
ミナが終了を宣言すると、文も構えを解いて礼をする。
日差しは強く、気温も高いが文もまた岬たちに渡した抗熱の護符を持っているためそうは見えない。
だが、長い時間動いていたため、彼女はだくだくと汗を流している。
ミナもまた一礼すると、彼女にタオルを投げ渡した。
「ありがとうございます。ふう……」
「お疲れ様、清水さん。後は、オレはここで飯食って別の用事に向かうからさ」
ミナも汗を拭うと、近くのベンチに座ってフッと息をつく。
その―――ミナの顔を文はじっと見て。
「―――前から言いたいことがありました」
「……なに?」
神妙な顔つきで、下から覗き込むような目で座ったミナの瞳を見据える女―――そう、女だ。
ミナは直感的に、これは友人に対してする目ではない。
女として見ている眼だと感じる。
恐る恐るという感じで彼女の瞳を見返せば、じっとりと暗い感情が見て取れる。
嫉妬と怒りの精霊の気配すら感じている。
―――これは一体。
「あの、何?」
「いい加減、旧姓で呼ぶのやめませんか?私、空悟さんのお嫁さんなんですけど。今野文なんですけど」
じとりと暗い感情が向けられているのを、ミナはようやくここで強く自覚することになった。
ミナは数秒ほど思考すると―――あ、そうか、と瞑目して、そして笑った。
「そっか。まあそう思うよな。普通は……安心してくれ、『文』さん。オレが恋愛的な意味で好きな相手は空悟じゃねえよ」と。
ミナは軽く返して、への字に口を結んだ。
「本当に?」
「本当だってば。まあ、確かにオレは昔あいつに依存していた。友人なんかろくにいなかったからさ……男のくせに、男に依存していたんだ、あの頃のオレは……でも、今は違う。オレには……あいつがいるから」
ミナが言葉を濁すと、目の奥の暗い輝きを薄れさせた文は「……だったら早く言ってあげましょう。どうせルルさんなんでしょう?」と腕を組んでにべもなく言い放った。
「うっ……ぐう……」
ぐうの音くらいは出せた三郎であったミナに、文は「兵は拙速を尊ぶと言うでしょう」と左目を瞑って、右目だけで睨めつけてきた。
その瞳には、先程までの暗い影は―――僅かだが残っていた。
―――そこでミナは気づく。
「ちょっと文さん?その眼……見せて」
「えっ?」
ミナは有無を言わさずに、文の頭を両掌でロックすると彼女の瞳をじっと覗き込んだ。
「―――負の感情の精霊力を感じる」
真剣な瞳でミナはそういうと、文の頭から手を離して、その手をつかんだ。
「ちょっと、先輩?」
「ちょっと黙っててくれ……なにか、いる」
ミナはぐっと手に魔力を込めて、すぐに。
「チッ……逃したか」と舌打ちをしてその手を離した。
ミナはそうして文を見る……先程までの影は瞳には見えなかった。
「なにか私に悪いところでもあったんですか?」
わずかに不安そうに聞いてきた彼女に、「そうみたいだ……何かいたんだ。だけど、逃げ出した。オレに気づかれたからだろう」と神妙な面持ちで返したミナはかすかに嘆息する。
「え?ファンタジー的な何かが私に取り付いてたとでも言うんですか?」
「うん……これはアレだな。メイズ・ウッドだけじゃなく魔除けの護符なんかも持っててもらわないとだめだ」
ミナはそうして無限のバッグをごそごそを探り出す。
「……だとすると、一体いつ……」
「多分、最初から、だと思う……邪神の仕業だよ、間違いなくね」
ミナはそう言って、もう一度文を見た。
おそらくミナと空悟、そして文が再会することもあの邪神には織り込み済みだったに違いない。
仕込まれたその意志がなんだったのかは、逃してしまった今はわからないが……
いずれそれが自分たちの前に立ちふさがるのではないか、と妖精の勇者は思案した。
そして、数秒ほど考えて、うん、と一つ首肯すると彼女は微笑んで話を始めた。
「……まあぶっちゃけ昔の話をすれば、文さんに空悟を取られてしまった、という想いはなくはなかったと思う。でも、あの当時のオレは普通に女の子が好きだったし、今のオレも完全に見た目男と添い遂げるのは無理だから、安心してくれ」
立ち上がってそっぽを向きながらミナは言った。
言って、文をちらりと見れば彼女は年齢に似つかわしくないむくれ顔になっていた。
「わかりました。わかりましたよ。空悟さんに気がないのは。でも、なんですかその言い様は」と睨めつけてくる。
「……え?」
「女の子になったのに見た目男が駄目とか、どういう了見ですか?ルルさんだってもしかしたら成長して男らしい体つきになるかもしれませんよ?」
困惑したミナに、文は人差し指を立ててそんなことを言い出したのだった。
「いや、あいつ不死者だから体の成長はしないんだけど……?」
「本当に?本当にそう言えますか?ルルさんは特別製だって言ってましたよね?」
文は堰を切ったようにそうまくし立てる。
「いや、多分大丈夫……それに数百年はあとのことだし……」
「ホントですかぁ~ほんとにそう言えますかぁ~?そんなこと言ってて、良いんですか~?」
なぜオレは彼女に煽られているんだろう、とミナは真剣に怖くなってきて……
そして、1分ほど滔々と今のうちになんとかすることの大切さを説かれて、そして最後に。
「うちの息子の初恋になる前にルルさんと結婚しろって言ってんだよダラズが!」
―――斯様なことを言われて、おでこにピシャリと平手を押し付けられたのであった。
「あ、うん。空悟のことだけじゃなかったのな……?」
ミナの質問に文はコクリとうなずく。
「いいですか先輩?あなたはすごく美人なんです。美少女なんです。わかってますか?しかも無防備です。割と無防備です。男の頃の粗忽な部分が見え隠れしています。わかりますか?」
―――その言葉にミナは全く反論することは出来ない。
ミナの男の部分とハイエルフらしいどこか超越者的な部分がシナジーを起こして、彼女は誰に裸を見られようが全く気にしないメンタルを持っているのだ。
もちろん恥ずかしい格好というものはある。
あるにはあるが、それはルルに見られたくないだけなのかもしれない、と彼女は自己分析していた。
「美人の基準が先輩になったら、うちの息子の将来が危ないんですよ!空悟さん取られるかもってのもそうですけど!」
「とは言われても……」
「結婚してるのって教えれば諦めるかもしれないじゃないですか?」
「いや、隆くんまだ4歳だろ……そこまで気にしないと思うけどなあ……」
ミナの言葉に文は「10年後のことですよ!」とにべもない。
おそらく10年後もミナの姿は変わるまい。
ルルの姿も十中八九は。
そうなると思春期に同じくらいに見える美少女が二人……ルルも含むといるわけで、その近くには大学生くらいの岬や恋もいるわけで。
「……あれ?もしかしなくても審美眼歪むわこれ」
ミナがようやく理解したとばかりに掌を打って苦笑した。
「わかりましたか」
「……とはいえどうすることもできんがな」
「どげんかせんといかんですよ」
困ってしまったミナに、文がそう詰め寄った。
そして―――そうして暫くの間、本当に久しぶりに三郎であったミナは、親友の嫁と長い話をしたのであった。
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