異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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……忘れられがちではあるが、ミナとて見た目は年頃の少女である。
月経という意味では生理がない上古の森人であるとはいえ、生理現象というものは存在する。
勿論それはそのまま只人や地球人と完全に同じとは言えないのであるが。
「……よし、終わり」
ミナはその瞳から大粒の涙をいくつか零すと、そう言ってハンカチで眦を拭いて立ち上がった。
ハイエルフの涙は血液ほどではないが、実は高値で売れるものである。
特に年に一度、宝石の涙と呼ばれる光り輝く涙を零す個体の涙は大変貴重である。
―――そしてミナはこう見えても黄昏の氏族……かつて世界を征しようとした愚帝の末裔であるがゆえに、宝石の涙を零す個体であった。
「あーもったいないですねー」
「っさいなー。ちゃんと必要な分は採ってあるわよ」
ミナは苦笑したルルに微かに不機嫌そうに返して、机の上を胡乱な瞳で見た。
そこには5mlほどの小瓶に半分ほど虹色に輝く液体が溜まっているのが見て取れる。
貴重な錬金材料でもあり、また高値で取引されるそれそのものが宝物と言える物体だ。
「……バレると大変なのよね、これ」
「身の程知らずが身柄を確保しようとしますからね」
ルルがそう言うと、「どこのデ○ピ○ロんちのエルフさんですか?」とベッドの上で古めのゲーム機で何ぞコンピュータゲームをプレイしている岬が疑問を呈する。
「実際、アレのようなものだから仕方ないわ……」
ルビーの涙を流すという某大作RPGの4作目に出てくるエルフの少女のことを思い出して、ミナは再び不機嫌そうに顔を歪めて立ち上がった。
「どのくらいで売れるのです?」
「この量で多分金貨100枚は下らないかな……賢者の学院では500枚で売れたこともあったっけ……」
ミナがそう言うと、岬が目を丸くして「高いのです!?それじゃあ生きてる宝石みたいにしようってことで拉致監禁を考える人が出ても全然不思議じゃないのです」と言って机の上の小瓶を見た。
「まあ、今は錬金材料にしかならないから……買い取ってくれる奴いないから……」とミナは頬杖をついて苦笑する。
「それはまあ、そうですが。ミナさんくらいになると、普通に同じ重さの宝石……紅玉なんかよりも高く取引されちゃう可能性が高いんですよね」とルルが肩をすくめた。
―――もちろん、それはミナの体重と同じ重さのルビーより高値で売れるのがミナ本人、という意味である。
おそらくは金貨にして10万や20万枚では済まないだろう。
勇者であるということを抜きにしても、国の一つや二つは傾く値段になるはずである。
ミナはやはり自分は運が良いほうだなあ、と思考する。
やがて勇者はその思考をかき消すように、頭を振って耳を掻いた。
「……エルフやドワーフは奴隷としても人気あるからねえ……ハイエルフとなればなおさら。ラゴンエスでは奴隷制度は廃れつつあったけど」
ミナはそうして、フッと指先に吐息をかける。
「その心は?」
「ラゴンエスはモンスター使い……魔物使いが正規の職業として認められてる上、文明は近世レベルに入ってるから、かなあ」
ミナはそうしてバッグからハープを取り出す。
「あ、もしかして」
「そ。昔話よ。これは私がルルを張り倒して下僕にした後、賢者の学院に通いながら冒険してた頃の話よ」
ミナはそう前置きをすると、小さく微笑んでルルを見た。
ルルも同じように苦く笑って、その様子を見守る。
「それじゃあ―――始めるわよ」
そうして昔語りが始まった……
ディバイングレイブ、聖なる剣の王国と呼ばれる西方世界中央にある大国がある。
かつては別の名で呼ばれていたのであるが、長く聖なる剣の王国と呼ばれていたがために、そちらの名前で呼ばれることはまずない。
剣聖の国マーナの兄弟国であり、同君連合を結ぶ国もである。
そんな王国の更に中央。
聖なる清水の湧き出る湖―――マウナ湖の畔に広がるのが首都フラナだ。
そこには古代語をすなる魔術師たちを育てる賢者の学院がそびえたち、幾柱もの善なる神々の大神殿も存在し、冒険者の卵を鍛える大規模な訓練場もあれば大規模な冒険者ギルドもある―――
いわゆる冒険者の街である。
そんな西方世界の魔術師たちにおける総本山ともいえる賢者の学院の一室で、燃え上がるような髪型をした白髪と白髭を持つ老爺が文字通り呆れかえっていた。
「なるほどなるほど。それが例のノーライフキングというわけか……」
「お、叔父さん……?」
ぬぼーっとしつつも若干の意志の光を見せる黒い肌の少年を隠しながら、少女はその白髪の老爺を見つめる。
彼女の顔は焦燥で冷汗まみれだ。
―――上古の森人とはとても思えない風情だ。
「……まさか学院に直球で闇の眷属を連れてくる奴があるか!この馬鹿姪が!」
見れば老爺の耳は微かに尖っている。
わずかに残る白髪になっていない一房の髪は青みがかった灰色。
それは老爺がハーフエルフであることを示していた。
「だ、だって私の家って言えるところ、今ここにしかないし!オーサン叔父さんに相談するのもここの方が都合いいよね!?」
「良いとか悪いとかではないわ!その妙な考えなしは本当に我が母に似ておるな、お主!」
―――そう、彼の名はオーサン・デイライト。
バツの悪い顔でうーうー唸っている森人の勇者……ミナ・トワイライトの叔父にあたる―――つまりカレーナの息子である―――人物であり……
「でも叔父さん……」
「学院の中では叔父さんと呼ぶでないわ!師匠か師父と呼べい!!」
そう、ミナの古代語魔法の師にあたる人物である。
「……ミナさん……?」
「あー!何攻撃態勢に入ってんだおめえ!?降ろせ!手ぇ降ろせぇ!!」
ミナは必死で目の前のぬぼーっとした少年……ルル・ホーレスという名のダークエルフ兼ノーライフキングの腕を強制的に降ろして、「この人は攻撃しちゃダメ!」と叫ぶと「わかりました」と返して、不思議そうな瞳でミナを見つめてくる……
「……なるほど。自我が薄い状態のようだな。明日、街の宿で待っておれ。そこで相談に乗ってやるわ」
オーサンはそう言って踵を返し、「さっさとそれを連れて退去しろ、バカたれ!!」と大声を出して去っていった。
「うひゃー……やっぱり怒ったかぁ……怒るよなあ……」
そんな彼女の呟きを置き去りにして。
―――風精のお宿。
ディバイングレイブ首都フラナの片隅、隠れ家的な冒険者の宿である。
冒険者ギルドでは取り扱わないちょっと怪しい依頼なども斡旋していたりする、正規の冒険者ならあまり近づかない場所である。
その場所で……
「わははははは!飲め飲め!オレの快気祝いだ!」
黒い鎧に身を包んだ青年が、同じく黒い鎧を着こんだ美女に酌をしていた。
「兄上……流石に本気で病み上がりで飲みすぎは良くないですよ」
「病み上がりぁおめえもじゃんが」
呆れた声を上げた美女……槍騎士のハルティアにハープを壁に立てかけたドワーフの男……カイムはさらに呆れた声を出してグビリとジョッキの中の火酒を呷った。
「大体問題は山積みじゃろうげ……落ち着うてる場合けえや」
カイムはひどく不機嫌そうに、そうしてまた火酒を呷る。
その時、キイと宿の入口のドアが開いて―――
「ただいまー……」と疲れた声のミナが入ってきた。
その後ろには、キョロキョロと物珍しいものを探るかのように視線をあちこちへ移動しては興味深そうにウンウンと首肯している黒い肌の少女―――のように見える少年もいる。
その姿を見た途端に、カイムは面白くもなさそうな顔になってフンと鼻を鳴らした。
「お、どうだった?お前の魔術の師匠さんはよ」と兄上とハルティアに呼ばれた男は手を上げて笑う。
「イナースさん……まあ、とりあえず話は聞いてもらえることになりましたよ」
ミナは卓の開いている椅子に座って、ハァ、とため息をついた。
「どうせぇ怒らっちぇ来たんばぇ?ったく。いくらぁ神さんがぁ言うこっても、黒い悪魔ァ連れ回さぁなぁらんちゃないわぇ」
「まあ、この少年が十割悪いわけではないことはわかったが、私もカイム殿に賛成だよ、ミナ」
カイムとハルティアはそうしてミナの後ろに従者のように―――否、事実従者としてピタリと付いている黒い少年―――ルル・ホーレスへと視線を向けた。
この場で呆れや怒り、あるいは困惑と言った負の感情を抱いていないのはエールをごくごくと飲んでいる黒髪の槍兵・イナースだけである。
「なんだなんだ、ハル。勝敗も生死も兵家の常だろう。そんなことでは戦乙女の国へ行けんぞ」
どうもこの槍兵は全くルルのことを気にしていないようで、「お前もぬぼーっと立ってないで座れ座れ!」とルルのほうへ椅子を差し出してやる。
「……あ。はい。ありがとうございます……でいいはずですね。はい」
ルルはその椅子へと座る前にそう言って、少女のようにふわりと座って瞑目した。
ハルティアはわずかに困惑した様子で「兄上……」と彼を見つめる。
イナースは「バダムたちのことはオレも残念だ。だが、繰り返すぞ。勝敗も生死も兵家の常だ。そして、死体を罠に使うなど我ら北の民でもやることだ。カイム殿もそうだが、忘れろとは言わん。飲み込め。こいつそのものに咎はないだろう」と真面目な顔になって、すぐに破顔する。
それからハルティアの肩に手を置いて、そうしてカイムのジョッキへ火酒を継ぎ足してやると、イナースはミナを見た。
そして「お前もそうだ。勇者ならシャンとしろ」と言って、未使用のジョッキを彼女の前へと置いて、その中へワインを注ぐ。
「あー……そうですね。ありがとうございます」
実を言えば、この時のミナはカイムから受けている視線に臆していたのでイナースの助け舟はありがたかった。
「カイム殿もさあ、改めてこのオレ!イナース・アウグスティヌスの快気を祝ってくれ!」
そうしてミナはルルにもワインを注いでやると、キョトンとした彼に「ほら、乾杯よ。知ってるでしょう?」と促した。
「はい」とルルはジョッキを片手にそれを中空へと持ち上げる。
「それじゃあ!我が妹ハルティアのために!」
「……死んじまったぁバダム、ストロデ、ショウヨに」
「……僕に意味をくれたミナさんに」
槍兵が宣言し、渋々と山人の詩人が懐かしき者たちへ祈りを、不死王の少年は主人へと祝福を込めて。
その様子に苦笑した森人の勇者と、まだ困惑が残るが元気そうな兄への嬉しさを秘めた美しき槍騎士は。
「「冒険者に!」」と微笑んで乾杯をするのであった。
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