異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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「……しかしなんだな。マジでなんにも見つからなかったのか?」
六脚豚の串揚げに塩と香辛料をかけて頬張り、火酒で飲み下したイナースはミナにそう聞いてみた。
ミナは「ええ」と小さく首肯して、アルコールの味が気に食わないのか、不味そうな顔でちびちびとワインを口にしているルルを見てフウと息をつく。
乾杯から半刻ほどが経過しても、最初の酒を飲み干せない当たり本当に酒は苦手のようである今や従者となった……そして魔王へなりかけた可愛らしい魔物を見つめて、ミナは続ける。
「あのダンジョンの最奥、ルルが研究していた領域には……彼の名前すらなかった。ルル・ホーレスという名前は、彼を魔物ではなく人である一人としてこの世界に定義するために私がつけた名前です」
ミナはそうして、ルルに「だいじょうぶ?苦手なら私が飲むわよ?」と聞いてみた。
「あ。はい。助かります。まだ、僕ははっきりしない……この液体は僕には、その、はっきりとしなくなるから、嫌です」
ルルはそうしてジョッキをミナに返して、グリーンスライムの干物入サラダをフォークで食んで一息をつくと、不機嫌を隠すこともなくルルを睨めつけるカイムと興味深そうに見つめてきている赤ら顔のイナースを見返して。
「僕の出自は何もわかりません。何やら僕の素体になった何者かを使って、生命の秘密を探らせることが僕という存在の製造意義だということしか判明していることはないのです。あなた達への反撃も半ば生理反応に近いものでした」
ルルはミナが少しは悪びれろというジト目をしていたのを見て取って、そのまま頭を下げる。
「停止させられる寸前、お前のことを恋を知らない哀れな魔物と言ったが、まあそれも完全にその通りだったということだな。定義としてしか知らないのでは、知っているとはとても言えん」
ハルティアが炭酸水で薄めた火酒……氷が入っていないハイボールを飲みながら、そう言って笑った。
「そのとおりです。僕は何も知らない。だから、学びたいと思います。そのためにもこの、少し、もやもやとした、すっきりしない、思考を晴らさないと」
「んなこたぁできるかぇえ?」
少年が希望に満ちた言葉を紡ぐと、カイムは……弟子を殺され、あのような形で死体を辱められたことを恨んでいるのだろう……
普段はしないひどく剣呑な声で返してそっぽを向いた。
「カイム殿よ。まあ、飲みなって」
なだめ始めたのはイナースであり、女性陣はふたりとも苦笑してつまみをつついている。
その様子にルルは「……興味深い。感情の流れ、怒り、憎しみ、楽しさ、嬉しさ……」と小さく、ミナのハイエルフの耳にしか聞こえない小さな声で呟いた。
生まれたての子供のような、そうでないような。
ミナはその様子に疲れたかのように、ワインに火酒を注いだ爆弾酒めいたものをグイと飲んでフゥッとまた息を吐いた。
「おお、良い飲みっぷりだねえ、勇者殿。で、全くこいつがなんなのかはわからなかったってわけだ」
話をもとに戻したイナースは、鶏肉のソテーにフォークを刺して豪快に口に放り込んで咀嚼する。
ミナは彼が飲み込むのを待って、「ええ。ルルが今言った通りです。もしかすると伝説上の存在が関係している可能性も否めない」と言って、自分も鶏肉のソテーをがぶりと食んだ。
「ほう。伝説ね」
「……あん場所にあったぁ資料ち見ちゃ、おおよそ800年前んこの悪魔は作られたったぁようじゃい」
カイムが話を継ぐと、ミナが「暫定ですけどね。実際に作ったものは影も形もない。そして800年前といえば、私の父・シリウスを始めとする冒険者たちがある魔王を討った時期になります」と更に継いで、サラダをパリと食んで腕を組んだ。
もし魔王が作ったものだというのなら、その正体を探るのは絶望的だろう、とミナは思う。
しかし、魔王がシステマチックに生命の秘密を探らせるようなことをするだろうか。
―――後の話になるが、酒の秘密を持ってこさせようとした酒の魔王のように、もう少し人に迷惑をかける手段を選ぶだろう。
ミナは首を傾げ、そしてルルを見れば同じ用に首を傾げている。
「……まあ、そういうわけでしばらくはこの国を拠点に、ルルの意識をもう少しはっきりさせる手段を探そうと思うのですけど」
「わぁは賛成だわ。この悪魔、ミナに危害が加わるかもと思った瞬間に手ぇさ出しやがぁ。あぶねえすぎるがぃ」
意外にも皆の言葉に真っ先に賛成したのはカイムであった。
「師匠……ありがとう」とミナが礼を言うと、カイムは「わぁは認めたわけじゃァねえんがよ」と返してジョッキの中身を飲み干した。、
その様子にミナは再び苦笑し、そして「イナースさんたちもいいですか?」と聞く。
兄妹は否やと言うことはなく、次の冒険の目標が一つ決まったということとなったのだった。
―――そうして二刻ほど経過した。
「……強いですね、イナースさん」
「おう、オレは酒強いよ?まだまだ飲める……が、流石にこれではな」
見れば最初に飲んだ酒が悪かったのだろうか、ただでさえ死体であり顔色悪く見えるルルの顔が更に青褪め……というかほぼ真っ黒になっている。
ハルティアはイナースに寄りかかって「兄様……あにさま……むにゃむにゃ……」と寝言を続けていた。
カイムはカイムでその様子を一瞥すると、「わぁはまだあ腹ぁ減ってるからもうちぃとおるぞな」と言って追加で注文されたアミールの素揚げをボリボリと頬張っている。
「……全く関係ないけど、揚げ物メニューに多い割には安いよね、ここ」
ミナがブルーリボンのおかげで薄い酔いで済んでいるものの、もうだいぶ飲んでいるせいで赤ら顔になりながら同じくアミールの素揚げをパクリと食べる。
「この国は飯が安いのがいいところだ。農工商総てが発達している。前に来た時……まあ23年も前のことになっちまったが、その頃と変わってなくて安心したぜ」
イナースが酔いつぶれたハルティアを椅子にきちんと座らせつつ、そう答えて火酒と蜂蜜酒のカクテルをぐびりと飲み干した。
「……実を言えばまだ飲み足りんのだ、オレは。どうだね、不死の王殿。もう休みたいか?」
「い、え……問題はありません。酒精が思ったより……僕には合わないというか、なにか妙な反応をしている気が……します」
もう顔色が紫色に近いルルであったが、動きがおかしいとかそういうわけではなく、色が黒いだけである。
「妙な反応って……どうなってんのよ、あんた」
ミナが心配そうにおでこに手を当てると、彼は「……わかりません」と所在なげに答えてうつむいてしまった。
「師匠……」
「好きにせぇぁ。わぁはイナースと飲んどるけぇ、ハルティアとその悪魔を連れて部屋ぁいけぇや」
シッシッと追い払うような手付きでカイムが促すと、ミナは「うん、じゃあそういうわけで部屋に戻るわ」と言って、ハルティアに肩を貸して持ち上げると「来なさい、ルル」と言ってそのまま歩いていく。
―――酒瓶を1本、無限のバッグに入れた森人に何も言わないくらいは、不機嫌な山人も弁えていたのであった。
ミナはハルティアの鎧を脱がせてベッドに横たえ毛布をかけてやると、ルルに「あなた、寝たりしないのよね」と問いかけた。
少年は「はい。死体ですし」と感情のこもっていない声で、部屋の隅にある椅子にゆっくりと腰を掛けた。
「ふーん……それは"ワタシ"って言ってた頃から?」
ミナが机を挟んで向かい側の椅子に座ってそう聞くと、彼は不思議そうに微笑んで「ええ……僕が僕になる前から、ずっと、です」とミナの瞳をまっすぐに見つめた。
ミナはそれが妙に気恥ずかしくて、すっと目をそらしバッグから酒瓶と携帯食―――の中でもつまみにできる薄切りの干し肉を取り出した。
「ま、いいわ。あんまり師匠……カイムさんの神経を逆なでしないでね……と言っても、まだ無理か」
ミナはそうしてグラスに酒瓶に入った火酒を注ぐと、口をつける前にバッグから小さな杖を取り出した。
それは彼女の古代語魔法の発動体である。
「世界を支配する偉大なるロジックよ。我が使い魔を彼岸より此岸へ連れ出し給え。コール・ファミリアー」
そう唱えれば、ミナの目の前に一羽のカナリアが現れ、空を飛んでいった。
「これでおじさんもこの場所がわかるはず。んじゃ、飲むかぁ……」
ミナはそうして、月光の差し込む部屋でまた酒を飲み始めた。
まだまだ夜は宵の口である……
仕事忙しすぎてちょっとスランプ……
インボイス制度決めたクソ財務省絶滅すればいいのに。
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