異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第297話「おじさんに頼まれて勇者する 昔のお話Ⅶ③」

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そして、翌日。

 

「兄様強すぎるぅ……」

 

柑橘の入った水を飲みながら、完全に二日酔い状態のハルティアは椅子に背を預けてうーうーと気持ち悪そうに唸っていた。

 

「あれは異常よねー。北の国……高き魔塔の国セーガルか……一度行ってみたいわ」

 

ミナは気安くそう言って、もう一杯柑橘水を彼女のカップに注いでやる。

 

まだ日は低い。

 

時間にして7時頃のはずだ。

 

だが、冒険者の朝も早い。

 

自分らと同じくこの宿に止まっていた者たちは、さっさと飯を食って受けた依頼を片付けに向かうもの、正規の依頼を受けるために冒険者ギルドへ向かうもの、そしてこの宿で依頼を受けるために待機しているものに分かれて散らばっていく。

 

ミナたちと言えば、遅くまで飲んでいたイナースとカイムはまだ起きてこない。

 

ミナとハルティア、そして酒精が抜けて顔色も良くなったルルが朝食を囲んでいた。

 

と言っても、食事に口をつけているのはミナだけである。

 

ルルは一応与えれば食物を摂るのだが、しかし朝は気分が優れないのか食事を拒否する。

 

ハルティアは言わずもがなの二日酔いで固形物を口に入れられる状態ではなかった。

 

「悪いわね、私ばっかり」

 

「気にするな……兄様とカイム殿のペースに押されて飲みすぎたのが悪い……私もそれを借りるべきだった……」

 

ハルティアは顔だけミナに向けると、その頭に飾られている青いリボンを見て恨めしい表情となる。

 

ブルーリボンは装備者に毒などの状態異常への耐性を与えるアイテムだが、同時に複数枚を装備することで効果を増大させることができる。

 

ミナは2つ装備することで泥酔への耐性を得ていたのである。

 

「なにげに泥酔って即死級の猛毒と同じくらい毒耐性ないと防げないのよね……まあ予備は3枚あるから私から貸すべきだったのだわ」

 

ミナはパンに蜂蜜を塗ってから半分に切り、口の中放り入れつつそう微笑んだ。

 

ハルティアは「こ、後悔は先に立たぬ……おぇ」と本当に気持ち悪そうで、ミナは少しだけ同情した。

 

「とりあえず本日はミナさんの魔術の師をここで待つ、でよろしかったですか」

 

若干機械的な口調でルルはそう言ってミナを見る。

 

ぬぼーっとした様子は今はない。

 

だが、それ以上に機械的な様子がおかしいなあ、とミナは内心で微笑んだ。

 

(こいつもこいつで二日酔いなのかもしれないな……)

 

ミナはそんなことを想いながら、焼かれた分厚くて塩辛いハムを小さく切ってパンに乗せる。

 

蜂蜜を塗ったパンと一緒に食べてちょうどいい感じの味だった。

 

その味を素直に楽しんでいると、キィ、と宿のドアが開いて一人の老爺が現れる。

 

逆光によってよく見えない顔だが、その気配はまごうことなく。

 

「いたか、ミナ」

 

「あ、おじさん……いえ、師父。おはようございます。お早いですね」

 

ミナが頭を下げると、老爺も会釈を返す。

 

「ワシも忙しいからな。全く、一応ワシは学院の評議会長なのじゃがな。粗忽な行動を取る姪がいるとたまらぬわ」と会釈を返した老爺は、意地悪げに笑った。

 

「お初にお目にかかる。私はミナの仲間のハルティアと申す」

 

ハルティアは気持ち悪さを我慢して、優雅に立ち上がると先程まで吐き気に耐えていたとは思えない様子で老爺へと会釈する。

 

「うむ。私はオーサン・デイライト。そこの粗忽者の師にして、魔法学院の評議会長。そして黄昏の血を引くものである」

 

恭しく礼をすると、オーサンは「年寄りに歩かせるのう。じゃが正解じゃ。冒険者ギルドに近い宿では話もできぬ」と笑って椅子に腰掛けた。

 

「師父……相談事というのは実は」

 

「全て言う必要はない。そこにいる不死者のことであろう」

 

ミナが恐る恐ると言った風情で話しかけると、オーサンはフンと鼻を鳴らして髭を梳いてルルの顔をマジマジと見た。

 

「ふむ。改めて、お主がリッチー……ノーライフキングのルル・ホーレスか」

 

老爺がそう言えば、少年は「はい。肯定します」と返して、ただじっと瞬きもせずにオーサンの顔を見つめ返した。

 

「ふむ……よし、いいだろう。ワシが解決の糸口をやろう。試練とはなるがな」と言って、ミナに一つの鍵を渡す。

 

「……これは、もしかして」

 

ミナには心当たりがあった。

 

それは学院の地下に存在するという転移の石が封じられた宝物庫への鍵であった。

 

「そうじゃ。お前の思うとおりよ。お前も訪ったことがあるであろう。転移した先には―――バグダンジョンが存在する。長年学院が封じてきたものじゃ」

 

オーサンは弟子が察したのを見て取ると、そう言ってミナの卓にあるサラダの葉を一枚つまんでシャクリと食む。

 

「いいのですか?それは機密に当たるもののはず」

 

ハルティアが怪訝そうにそう質問すると、オーサンはフムと一つ首を縦に振ってから言葉を紡ぐ。

 

「……これは依頼じゃ。バグダンジョンと言えど、封じて放置すれば害……いや、災厄が起きる。100年も待てば魔王が現れよう。無論そのダンジョンは我らが力を削いでいるのでその可能性は低い。じゃが、な」

 

指を立てて老爺はジトリとルルを睨めつけた。

 

「この数年、どうも魔物そのものが少なくなってきておる。同時に、学院が回収してきた危険なマジックアイテムの回収率も悪化しておる……これが何を意味するかわかるか、我が姪よ」

 

その真剣な面持ちに、ミナは数瞬考えたが答えは一つしかなかった。

 

「バグダンジョンが弱り、消えていくのであれば問題はない……だけど、もし」

 

ミナがそこまで言ったところで、ルルが半ば確信したように―――

 

「魔王が生まれつつあるのかもしれませんね」

 

そう言って、華のような笑みを浮かべる。

 

その言葉に、ハルティアが「まさか!?」と卓を叩いて立ち上がり、どうやら急に動いたせいで気持ち悪いのがぶり返したらしく、「うぷ」と吹きかけて再び卓に腰を下ろした。

 

「うむ、杞憂かもしれんが、そこの少年の言う通り魔王が生まれつつあるのかもしれん。それを調査してきてほしい。その代わり、あのバグダンジョンでは精神に作用するマジックアイテムが多く採取できる。採取したものは総てお前たちにくれてやる」

 

オーサンはそこまで言うと立ち上がり、ミナをじっと見据えた。

 

「ワシにしてやれるのはここまでだ。気張れよ、ミナ」と唇を経の字に結んで言うと、ミナが「わかったよ、叔父さん」と微笑む。

 

その時、奥の階段からドスドスと足音が聞こえてきた。

 

「お前の仲間たちも起きてきたようだな。説明はお前からしておけ。ワシは学院に戻る」

 

「あ、うん。ありがとうおじさん」

 

「礼を言われるほどのこともない。依頼、ちゃんと果たせよ」

 

イナースとカイムが姿を表す前に、そう言って老爺はとても700歳近いとは思えない足取りで宿を出ていくのであった。

 

 

 

「というわけで、やってきました学院の地下10階にある転移の小部屋」

 

「なぁにがというわけで、じゃぁが」

 

カイムはゴン、とミナのおでこを軽く小突くと上古の森人たる勇者を睨めつける。

 

それは当然であろう。

 

ルルの件で解決の糸口としてバグダンジョンへいくという話まではカイムも納得できた。

 

だが、学院の地下迷宮を抜けた先にあるとはミナもハルティアも説明はしていなかったのだから。

 

「まぁまぁ。いいじゃねえか。オレはそこそこ楽しめたぜ」

 

「然り然り。兄様の言う通り。そこそこ強い魔法生物たちが出てきたし、私も面白かった」

 

ウォーミングアップとしてはちょうどいい、とばかりに腕を回す脳筋兄妹を見据えてカイムは「おめぇらぁよぉ」と呆れてしまう。

 

「いやあ、でもこの迷宮は大魔道士の試験に使われるものですから、私なら顔パスに近い感じでしたから言わなくても大丈夫かな、と」

 

ミナは小さなワンドとヒヒイロカネの小剣をそれぞれの手に持ちつつそんなことを言ってカイムに頭を下げた。

 

カイムはその様子に呆れてフンと鼻を鳴らす。

 

「おめぇさぁよぉ……まぁ半日で届いたぁからえぇけんぢもよぁ……」

 

頭を振って斧を背負うと、その前の小さな、小さな扉を睨めつけた。

 

「でぇ、ここがぁ」

 

「ええ。ここが学院の地下迷宮の最奥。この奥に転移の小部屋があるわ」

 

ミナはオーサンから預かった鍵を鍵穴に入れて、ゆっくりと回す。

 

すると、カチリという音がして、扉は音もなく鍵だけを残して消え去る。

 

「さて、ここからが冒険の始まりだな」とイナースがかつてはハルティアが所持していた魔槍を担いで笑うのであった。

 

 

 

狭苦しい通路を抜ける。

 

身長150cm代後半のミナやルル、140cmほどカイムは余裕で抜けることのできる通路だ。

 

しかし兄妹そろって180cm近いアウグストゥス兄妹は腰をかがめて窮屈そうにミナたちの後ろを歩いている。

 

歪んだ森よりこのフラナの都へ来るまでおおよそ2ヶ月の旅路で5人のポジションはほぼ決まっていた。

 

オールラウンダーであるミナと近接戦闘が最も輝くカイムは前衛。

 

ふたりともが槍兵で古代語魔法を限定的ながら使えるイナースとハルティアは中衛。

 

そして魔法使いであるルルは後衛である。

 

「ったぁ、悪魔に背中ァ任すんぁゾォっとせんわぃ」とカイムが不満げに口を開く。

 

「大丈夫ですって。調和神様との誓約があるんでパーティーメンバーには攻撃できないですから」とミナは苦笑して左隣を歩くカイムへと返した。

 

その通りに貫頭衣に身を包んでいるルルの頸を見れば、確かに黒いチョーカーが結ばれている。

 

それは調和神との誓約の証であり、ルルの行動を縛るものだ。

 

しかし彼の力は強すぎるため、自我意識が失われたり自由行動が阻害されたりするものではない。

 

あくまでミナの言うことを積極的に聞き、禁止されたことは一定の条件を満たすまで行えない―――主にミナの生命の危機と判断したときなど―――-のである。

 

ルルはカイムの文句に何一つ言うことはなく、無表情で黙ってついてくる。

 

その手には、黒い杖が一本握られていた。

 

「ほらほら、オレらここじゃあ満足にヤレねえんだからいがみ合わんでくれよ」

 

後ろからかがみながらついてくるイナースの呆れ声が聞こえる。

 

「大丈夫ですよ、イナースさん。すぐに開けますから」

 

ミナがそう言って、ヒヒイロカネの小剣に灯した光で道を照らせば、古びた小さな扉が一つ。

 

勇者はその前に立つと、ワンドをその扉にかざした。

 

「世界を支配する偉大なるロジックよ。我は学院の賢者ミナ・トワイライトなり。封緘されし扉を開き、我らを受け入れよ」

 

古代語でそう唱えれば、扉はゴゴゴと小さく鳴動し、そして数秒もしないうちにズズズと地面と擦れる音を残しながら開いていった。

 

「それじゃあ……入るのだわ」

 

ミナが最初に入ると―――そこには宙に浮かぶ角張った、しかし美しい光を放つ水晶が浮かんでいた。

 

「ほう~これが転移の石か。ずいぶんと上等な魔石を使っている」

 

入ってきたイナースがまじまじと水晶を眺めてそう言った。

 

「まあそうでもなきゃ100年単位で転移の術式を維持することなど出来ないわ。長距離転移は豊穣神プロマールのリターンホームを除けば、伝説の領域だもの」

 

後に陰陽術による記憶陣というリターンホームとよく似た術を使うことができるようになるミナであるが、今は短距離転移しか使えないのである。

 

「ふむ……しかし、お前ならいつか似たようなことを出来るようになる気がするな、ミナ」

 

気安くそう言ったハルティアに、ミナは少し憂いた顔で「そうと軽々しくは言えないわ。私は、あなた達を20年も救えなかったのだもの」と苦く微笑む。

 

「だから助かったんだから私たちは構わんと言っただろう」

 

ハルティアがそう返すと、ミナは「ありがと」と短く返して転移の石を見つめた。

 

「さあ、後は触れるだけよ。みんな、準備はいい?」

 

ミナが言うと、全員無言で首肯して―――ルルがツカツカと歩き出した。

 

「あ、ちょっと」

 

ミナが止めるまでもなく、ルルは転移の石に触れて――― 一瞬の光とともに消えていってしまった。

 

「おいぃぃ!ちょっと待てって!」

 

次いでミナが慌ててその後を追う。

 

「……あれでもしかして気持ちが急いているのか、もしや」

 

そのハルティアの言葉に。

 

「知らんわぇ」とカイムは不機嫌に返すのであった。

 

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