異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第298話「迷宮に挑む勇者する 昔のお話Ⅶ④」

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―――光を抜けると、そこには草原の真ん中であった。

 

後ろには魔方陣に囲まれた転移の石があり、前には―――ポッカリと開いた奈落への穴のような黒い陥穽。

 

その周囲には封印のための魔方陣が描かれている。

 

それを見て、ミナは「うん、前に来たときより―――なんか気配が違う気がする」と深刻な顔をした。

 

「……ミナさん。もしかすると、本当にそうなの……かも」とオーサンへ言った自分の言葉を、ルルは肯定するように、わずかに不安げにその陥穽へと指を差した。

 

「……マジか」「嘘は言いません」

 

ルルが嘘を言っているようには見えない。

 

否、この時のルルは自我がまだ完全ではなく嘘をつくということができる状態ではなかった。

 

ミナはこくりと覚悟を決めたかのように首肯して、輩を見遣る。

 

「―――もし魔王が生まれるのであれば、成長する前に叩かねば大惨事です」

 

ミナの言葉に、「なるほど、それは腕が鳴る。何、成長し切る前ならば強いだけ魔物と変わらんのだろう?」とイナースはガハハ、と豪快に笑った。

 

「……くせに」

 

ミナはルルが小さくそんな事を言ったことを聞き逃さなかった。

 

多分、おそらく、きっと……

 

(……悪態をついた?もしかして?)とミナは心の中だけでつぶやき、従者の顔を見た。

 

そこにはミナに見つめられたという喜色しか見て取れないが、しかし……

 

ミナは「てい」と小さく言って、彼のおでこをチョップした。

 

「……?なんですか?」「手刀食らわせてんのよ」

 

ミナが何をしてきたのか、まだ理解しきれない状態でルルはそう反応を返してきた。

 

ミナはにべもなく自分がしたことを言うと、ジト目で少年を見つめて、それからすぐに陥穽を真剣な瞳で睨めつけた。

 

「っし。んじゃあ気合い入れて行きましょう!」

 

そう叫んで陥穽へと飛び込むのは、その数秒後のことである。

 

 

 

そこは―――石造りのダンジョンであった。

 

迷宮らしい迷宮と言っていい、狭い通路と広大な領域、点在する罠によって形作られた迷宮。

 

ミナは最初に現れたローパー……即ち全身から触手を生やした泥の柱のような不定形の魔物をロングソード……真銀のロングソードで二つに断つ。

 

「ミナよぉ。ここぁ昔かぁこい感じなんかぇ?」

 

上から落ちてきたスライムを避けて、それにドガンと斧を叩き込みながらカイムが質問をしてきた。

 

ミナは数瞬周囲を警戒し、そしてカイムから習った盗賊の技で周囲に罠がないか確認しつつ「いえ、こんなんじゃなかったよ、師匠」とへの字に口を引き結んで回答した。

 

バグダンジョンは通常の迷宮同様に性質や形質、そして出現するモンスターはダンジョンによって概ね決まるものだ。

 

後年ミナが攻略に挑む邪神の空洞や科戸研究所地下のバグダンジョンのような高難度ダンジョンでもなければ、だが。

 

以前ミナがダンジョン弱化のために師父オーサンとともに訪ったときは、上の草原がそのまま侵食してきたような草の迷宮であった。

 

出てくるモンスターもグリーンスライムや寄生樹、リビングマッシュルームと言った植物や菌糸類の類が中心であり、今ミナが倒したローパーやカイムが殺したレッドスライムのような動物系不定形モンスターはほとんどいなかった。

 

そう、今は全く様子が異なっていると言っていい。

 

それが何を意味するかと言えば、ダンジョンの性質を歪めるような存在が生まれたということにほかならない。

 

即ち。

 

「みんな、急ぐわよ!これは本気でヤバイ!」

 

昔、別のパーティーを組んでいる時に何度か経験があったことだ。

 

その際は魔王そのものと対峙することはなく済んだ場合もあったが、ミナの勘は今回はそうではないと警告を鳴らしていた。

 

その証拠のように、ルルが「―――聞いていた話とは違います。だんだん……濃くなって、来ていますね、これは」と無感情にミナに告げる。

 

「まぁじけぇ……っちぃ!」

 

「準備はしてきたが、これは長丁場になるか……?ミナ、食料と水、後は火酒も十分あるんだろうな?」

 

イナースがそれまでの楽しむ風ではなく、獲物を仕留める猟師の顔でミナへ視線を送る。

 

「ええ。無限のバッグに3ヶ月分ほど」と答えた。

 

ミナやルルの魔力は数日間休息なしでも、第八位階を超えるような大魔法を使いすぎなければ持つだろうが、イナースたちはそうではない。

 

食料や水のみならず消毒液として火酒も必要なものの一つであった。

 

「ポーションも……僕が、あの森で作っていたもの……危険性が、低いものは全て……持ち込んでいます」

 

ルルが心なしか胸を張ってそう言うと、「よし、どこか落ち着ける空間を見つけたら、正確な量と内容を確認させてもらうぞ」と槍兵は言って、ポジション通りにミナの後ろへついた。

 

「兄様が真剣になった、か。あの歪んだ森に挑んだ際以来ですね」

 

ハルティアがそう微笑んで彼の隣につくと、「ん?普段は不真面目かね、オレは?」と悪戯小僧のような笑みを浮かべる。

 

その様子にカイムはハァと嘆息してミナに「行くぞな。もたついてぇ暇じゃあなかんばい」と、彼女の腰をバンと叩く。

 

「った!わかってるわよ、師匠……」とロングソードとワンドを構える。

 

現れたのは7つほどの鎧―――リビングアーマーである。

 

材質はおそらく鉄でも鋼でもなく……

 

「むう。鍛銀の動く鎧か。ずいぶんと豪華なものをよこす!」

 

ハルティアがかつて予備と言っていた、イナースのものより少し短めの魔槍を左前に構えた。

 

「それじゃあ、戦闘開始!」

 

この冒険はまだ序盤に入ったばかりである。

 

 

 

―――現代。

 

「なんだかイナースさんのイメージがちょっと違うのです」

 

「私も起こすまであんな豪快な人だとは思ってなかったなあ……」

 

ミナはハープを置いて、休憩してレモンジュースを口にしていた。

 

岬の疑問に「ハルティアもカイム師匠もあの人の居住まいについてはさっぱり教えてくれなかったしね」と答えて、ルルを見る。

 

「そうですねえ……停止していた時の彼のことはさっぱりおぼえていないので、ノーコメントにさせてください」

 

肩をすくめて苦笑した従者に、勇者は「それもそうね」と笑って返してハープを手に取った。

 

「―――石畳を超える。魔を打ち払う。深き迷宮は我らを誘う―――」

 

ミナのハープが妙なる調べを紡ぎ、その調べに妖精の歌声が乗って響き渡る。

 

再び、狂った迷宮へ挑む勇者たちの物語が紡がれだした―――

 

 

 

地下2階。

 

そこには、恐ろしげな顔をした石像が2体立っていた。

 

「ガーゴイル……じゃねえな。そんなもんじゃあ済まなそうな雰囲気をビンビン醸し出してやがる」

 

イナースは警戒して、古代語魔法の発動体である左中指の指輪に力を込めた。

 

ここまで来るのに既に2刻―――4時間は経過している。

 

この迷宮がどれほど深いのかは、既に訪ったことのあるミナでもわからない。

 

わかることは、このままでは魔王が誕生してしまうということだけである。

 

「ルル。吹き飛ばしていいわよ」

 

「……はい。世界を支配する偉大なるロジックよ―――撚りて繰りて奉らん。天地を穿つ雷となれ。我らが敵を討ち滅ぼせ……ダイ・サンダー」

 

黒い杖を掲げて、少年は歌うように古代語を紡ぎ、完成した。

 

ギリギリと動き出していたその石像たちを見据えると、杖を向ける。

 

完成した術は―――ピシャ―――ン!!―――と空気の絶縁を破り、雷柱を天より降らせた。

 

『ガガガガガガッ!!』

 

石像は怒りの雄叫びを上げるが、雷の柱はそれが完全に動き出すことを赦さない―――

 

「……一体は機能停止。もう一体はまだ動けるようです」

 

ルルが冷静にそう言った瞬間、ミナとイナースの体は既に動き出したリビングスタチューへと踊りかかっていた。

 

バギンッバグッ!と真銀のロングソードと赤い魔槍が動く石像の頸と胴を破壊する。

 

スタリ、と勇者と槍兵が地面に降り立てば、石像はフラリと意思を失ったかのように地面へと倒れ込んでいった。

 

そう、黒焦げながらまだ擬似生命を保っていたそれは、その破壊によって完全に彼を動かしていたものを失い地面へと墜ちたのである。

 

ただの石塊と化したそれを興味なさそうにミナは一瞥し、逆にイナースは「これはなかなか珍しいやつだな」と口角をニィと吊り上げた。

 

「そうですか?」

 

「そうとも」

 

イナースは石塊へと魔槍を向けて、それを突き刺して――― 一つの石を持ち上げる。

 

「それぁ……なんじゃいが」とカイムが聞くと、イナースは「おお、これは心露の石だ。精神に明晰を与える石よ」と笑った。

 

「……もしかして目的の一部になるかな……?ありがとうございます、イナースさん」

 

ミナはもしかするとこれがルルの精神と自我に明晰を齎してくれるかもしれないと考えて破顔する。

 

「これだけでどうにかなるかはわからんがなあ」とハルティアが言うが、ミナは「でも一応これも一つの成果だし」と前かがみになって人差し指を振った。

 

「しかし、2階でこれか。ルル坊やの魔法がなきゃ手こずってたやつだな、こりゃ」とイナースが髪を掻き上げると、カイムも「だぁなぁ……そこぁ認めなあかんべぁ」と鼻を鳴らす。

 

「こぃが続くちなぁと気ぃぁ絶対ん抜けんなぃ」

 

ドワーフの吟遊詩人はそういうと、ポケットからスキットルを取り出し気付けとばかりに中身をグビリと飲み干した。

 

「そろそろ一度休憩しましょうか」

 

ミナがそう提案して、それに全員が首肯した時に―――それは起きた。

 

ズズズズズ……と今さっき倒したリビングスタチューが唸りを上げて崩れていく。

 

そしてやがて、それは一つの岩のような形に変貌してしまったのである。

 

「これは……まさか」

 

驚き、というか感嘆の声を出したのはルルであった。

 

「何?!なんか知ってんの、あんた!?」

 

ミナがそう叫ぶように問うと、ルルは「僕の研究に……あります。これは、ゴーレム……や、ガーゴイルのような偽の命を与えるための……ものじゃない」と呟く。

 

そう、それは……

 

「真なる生命を作るための古代の実験体……です、これは……」

 

ルルはその岩に杖を向ける。

 

「―――危険です。下がり、ましょう」

 

警戒心を顕にして、黒い少年は、否、不死なる魔道士はそう言って一歩引いた。

 

「……文字通り、生命力を持つ岩ってことか!つまり、これは―――死んだわけじゃなく!」

 

ミナが叫び、そしてカイムが続ける。

 

「まぁ厄介んしろもじゃちぃ言うこったぁな!」と自分の雑嚢から小瓶を二つ取り出した。

 

「悪魔ぁ!こいつは火ぃでぇ爆発するんがぁなかんべなぃ!?」

 

取出したるは木精―――メタノールの入ったドワーフ印の火炎瓶である。

 

「―――爆弾では、ないので」とルルが場違いに微笑むと、カイムは答えを待たずにそれを放り投げた。

 

ガシャン、ガシャンと陶器が砕けて、そして中から刺激臭のする木精が岩にかかった。

 

まだ形にはならない―――

 

「ミナァ!」と山人が叫ぶ。

 

「よし来た!世界を支配する偉大なるロジックよ―――地獄の業火を呼び覚ませ!」

 

その詠唱に―――イナースは覚えがあった。

 

「大魔導師の証の一つ……如何なるものをも葬ると言われた炎熱の最高位か、それは!」

 

「そうです!行くわよ!!」

 

ミナはワンドを掲げ、そして―――

 

「我が前のものすべてを焼き尽くし原初の姿へ葬送せよ―――フレアー・クリメイション!!」

 

葬送の魔法をなんの躊躇いもなく放った。

 

これは―――元はと言えば、目の前の不死王を倒すために神罰の神聖魔法とともに切り札として習得したものである。

 

メタノールは火球が近づいただけで炎上し、そしてそこに火球が直撃する―――!

 

ゴゴウン!と爆裂の轟音が空間に響く!

 

―――高熱の中で、岩は徐々に溶け―――そのまま砕けて終わるとその場に居る誰もが思う。

 

そう、リッチーであるルルでさえ、だ。

 

「……む?」

 

ルルが疑問とかすかな困惑の感情を乗せた感嘆詞を口端から紡ぐ。

 

それが何を意味したかは―――そこにあった、紅玉の如き紅い赤い朱い大きな球を認識した、ということに尽きる。

 

「ミナさん。まずいです」

 

彼が無感情な瞳をミナに向けた瞬間に、ミナもそれを認識する。

 

―――それは巨大なルビーにしか見えない代物だ。

 

「これは……!」

 

「まるで―――ナタナエルのようだ」と零したのは、黒い鎧を身にまとう女騎士であった。

 

「ナタナエル?」

 

「……恩寵、という意味の宝玉だ。我がセーガルの中心、高き塔の最上階に安置されている戦神テムジナーからの贈り物だよ」

 

ハルティアの言葉に、ミナは前世世界で同じ名を聞いたことを思い出し、嘆息した。

 

「これが神様の贈り物って……いや、そんな大層なものだと思いたくないわ」

 

ミナはワンドを向けて、今度は吹雪の精霊術を唱えようとして―――その瞬間に、球が意志を放ち始めたことを感じた。

 

冷えたそれは宝石の輝きを放ちながら、別の形へと蠢き姿を変えていく……

 

「なっ……!ゴーレムもどきに感情の精霊が!?」

 

ミナはそれが何を意味するのか、直感的に理解して驚嘆の声を上げた。

 

「なるほど……既にお目覚め済みってことかい」

 

イナースが口角を吊り上げて笑い、しかしその額にはじっとりと汗をにじませている。

 

これが並の魔物ではないことを感じているのだ。

 

「……興味深い。これは僕の製造者の求めたものではないけど……生命の神秘を解き明かそうとした努力を感じます……」

 

ルルが場違いなことを抜かすと、「いやいやそれよりなぜそんなものがバグダンジョンにあるかのほうが重要では?」とハルティアが冷や汗を垂らしつつそう絞り出すような声音で言えば―――

 

「……大丈夫です。ミナさん、のほうが、強いですよ」と蠱惑的な光を湛えてミナを見つめる少女の如き少年がいた。

 

「期待を込めて私を見るな、馬鹿野郎!さっき下がれつってたのはなんだったんだおめえ!ったく!どういうことしてくるやつかわかんないんだから、一旦退くのだわ!!」

 

勇者はふざけんなとばかりに、バッグの中から一つの爆弾のような玉を一つ取り出した。

 

「それは?」

 

「冷気の精霊術をエンチャントしたうちのねーちゃんの作った手投げ弾!」

 

槍兵にそう返して、ミナはグネグネと形を人のようなものへと変貌させつつある巨大な宝玉へと思いっきり投げた。

 

それはその得体の知れないものの頭上で弾けると、中から大きな雪の結晶をいくつも降らせてくる―――

 

それは雪の精霊ユキンコの封じられた冷凍爆弾である。

 

破裂した際の温度はマイナス50度にもなるだろうか。

 

フレアー・クリメイションとメタノール爆弾による巨大な熱量を吸い込んだそれには焼け石に水であるが―――

 

『……オオオオオ……』

 

わずかに、ほんの僅かにだけ変形の速度が鈍ったことが見て取れた。

 

「撤退!」「合点!」

 

勇者と槍兵が叫んで、同時に殿となったミナが再び冷凍爆弾を一つ放り投げて走り出した。

 

「走れぇぇぇぇ!」

 

「急かすなミナァ!」

 

槍騎士がそう言った瞬間、まだぼーっとしていたルルをミナは小脇に抱える。

 

「ミナさん」「舌噛むぞ!喋るな!!」

 

なにか言いたげな少年に、妖精はそう叫んで駆け出す―――

 

「ぬぅぁぁぁぁあぁっ!」

 

ドワーフがドタドタと駆け―――

 

5人全員がその場を抜け、脱出に成功する。

 

変形を続けるそれが、彼女らを追いかけてくることは―――ついぞなかった。

 

 

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