異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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「こりゃ長期戦も覚悟しねえとな。あらぁ並じゃねえぞ」
気付けなのか、ミナから受け取った火酒を一口飲んだイナースは獣の目でミナへと零した。
「ですね……あんなのがいるってことは、もう魔王がいるってのは確定か……あ~全く!」
ミナは水に火酒を少し混ぜて消毒した飲料水を飲んで、「あ~!」と呻く。
「まあ、これも冒険だ。そうでしょう、兄様」
ハルティアが焼けた干し肉を噛みちぎりそう笑うと、イナースもミナもニッと笑う。
「そぃもそんだん、準備ぁしてきたがよ」とカイムも火酒を―――イナースやミナと違って薄めていないそのままを―――グビリと呷って髭を吹いた。
「まあ想定外でしたけどね……あれ、実際何?」
ミナが心露の石を矯めつ眇めつしているルルに聞くと、美少女のような美少年のような魔物は―――
「はい、あれは―――疑似生命コークスと呼ばれるものです……ゴーレムや、ガーゴイルのような偽生命ではなく、アンデッド……でもなく、正の生命力を擬似再現するために作られたもの、です」
ルルはそう言って、心露の石をバッグにしまった。
そして、「……珍しいものです。僕の、研究資料、に、よれば……3000年以上前に、古代文明が作り出した禁忌の産物……」と遠い目をする。
その言葉にイナースは「バグダンジョンにあるものは、バグダンジョンで生まれたものだけだ。オレたちのように外から入ってきたのでなければな」と堅パンをガリと齧りつつ思案した。
「……ガーゴイルにように偽装していたってことは、このダンジョンで生まれたものじゃないかもしれんな」
イナースの言葉にミナは肯んじた。
まだミナは500歳ほどの年若いハイエルフだ。
父母からはそういう存在もいるのだ、と聞いてはいた。
しかし、それと断定することも出来ない……
もしかすると数千年以上前から冒険者をしていた父・シリウスなら、コークスのことそのものを知っているかもしれない、と思ったがあまりにも天護の森は遠い。
結局はあるもので対処するしかないのが冒険者というものであった。
「……耐久力とかわかる?」
「耐熱性能は紅玉、硬さは金剛石に匹敵すると……」
ルルはそう答えて、それ以上はわからないと告げる。
「そう……ありがとう。そうなると炎で倒すのは難しいわね。フレアー・クリメイションが吸収されちゃったし」
更には尋常でなく硬いとなると、ハリケーンドラゴンで倒すのも難しいだろう、と彼女は思案する。
物理攻撃で言えば、通じる材質の武具を持つのはミナとイナースだけだ。
ハルティアの魔槍では金剛石で構成されたものを破壊するのは難しい。
「せめて耐熱性能がダイアモンドならどうにかなるのになあ……あれ、エンチャントうまくかけないと焚き火に入れただけで燃えるし……」
「……うーむ。そぃだらぁ、冷やすでもだぁめそうじゃぃな」とカイムも首を捻る。
金属疲労を齎すために冷気と熱を交互に与えるのもできるのだが―――問題はコークスは間違いなく熱を吸収していたということである。
「熱吸収の権能を持つ以上、冷やしてもエネルギーを失うだけな可能性が高いですね、師匠」
吟遊と盗賊の技の師匠へと切った堅パンを渡してミナは嘆息する。
「階段にたどり着ければ良いわけだから、足止めして次のフロアへ向かうという手はどうだ」とハルティアが提案してきた。
「そうねぇ……フェンリルで凍らせられれば」
「僕も……ブリザードなど冷気や凍結の魔法は使えます。良い手だと思います」
ミナがそういうと、ルルがそんなことを言い出す。
「使えるってレベルじゃねえだろ、お前」とイナースがへの字口で指を彼の額に向けると、少年は「……そうですか?そうですか……」とわかってるんだかわかってないんだかわからない態度で首を傾げてしまった。
「ほんとにわかってねーのな……」
「比較……比較対象が、ないので、わからないのです」
ルルは腕を組んで、わからない、わからないと呟いている。
「―――少なくともお前よりすごい魔法使いは、この世界にそうはいないだろうさ。自身を持て!な!」
怪訝な顔を今度は笑顔に変えて、イナースはバン!とルルの背中を叩いた。
「……くせに」と小さく、小さく悪態のような言葉が出たことに気づいていたのはミナだけである。
「わかり、ました。わかりましたよ……僕、とミナさん、でなんとか、しましょう」とじっとりと明らかに不満を抱えた声音で少女のような少年はミナを見た。
「いや、そこムキになるところじゃねえから……」と男口調でミナが言ってやると、「そう、なのでしょうか」とまた理解できないとばかりにミナの瞳をじっと見つめてくる。
「じっと見つめてこられても困るんだよなあぁ!」
ミナはそうしてそっぽを向いて、干し肉をブチリと噛みちぎる。
その様子に「……ま、ええわぃ」とカイムはわずかに疲労を感じさせる呆れ顔になり、そうして干し肉を挟んだ堅パンを、バキリ、と音がするほどに勢いよく噛んだのであった。
結論から言おう。
疑似生命コークスと呼ばれるその生き物のようなものは頑健であった。
アイスストームとブリザードによる凍結では、その活動を停止させられずに再びの撤退に追い込まれたのである。
「冷えれば今度は紅玉と変わらん硬さか……完全に冷えれば本当に金剛石にも匹敵するだろうな」
魔槍が刃毀れしていないか確認しながら、ハルティアは肩をすくめた。
それもただの金剛石ではない。
魔力を秘めたもの―――後年、砂漠の迷宮でミナが見つけたダイアモンドの剣のような熱にも強くエンチャントも良く反映するものだ。
「アレはイカンな!足止めすらできんとはオレも予想外だ!」
「オレも同感ですわー……装備がちょっとなあ……」
イナースとミナがそう言ってため息をつく。
ミナは既に神官としても大神官や司祭長と言えるほどの腕を持ち、また古代語の魔術師としても師父であるオーサンに迫るほどとなっている。
それでもなお―――あの宝石の怪物を一瞬で葬る術理にはまだ目覚めていない。
善なる神の邪なる部分を励起し、もって暗黒魔法をすなる邪法には。
―――つまり、ここは。
「……ディメンジョン・イーター、ですね。あれを倒すのに確実な術は」とミナの気持ちを代弁するかのように、ルルが言った。
しかし、だ。
「おめさんの叔父どんぁこのダンジョンまでぁぶっこわしちぇええち言うとっとがいな?」とカイムがミナに聞いてきた。
「いいんじゃないかなあ、とは思うんですけどねえ、オレは」と男口調で苦笑した勇者に、リッチーの少年は「ミナさん……の敵ですから。地獄、がふさわしいですよね?」となんの衒いもない透明で美しい笑みを向けてきた。
「……何かん恐怖劇ぃん出てきそうな顔しぃよってぇな……ま、ええわぇ」
アレから約半日たっているからか、またご飯時ということでカイムは堂々と火酒の飲みながらチーズを頬張っている。
「なんつーか、2階でこの調子だとあと1ヶ月位はここに潜らないといけなさそうだな」と言って、葡萄酒を割らずに飲み始めたのはイナースだ。
「もう長丁場決定ですよねえ……」
ミナが溜息をつけば、ルルが「……眠いのですね?」とまだ睡眠短縮のチョーカーを手に入れていない頃のミナへと問いかけた。
「あー、うん。外じゃもう夜だろうしね……ルル、誰かと一緒に夜警頼めるかしら」
そう言われればルルは「はい、承知しました」と透明な笑みで微笑んだ。
「お、そうかそうか。お前は眠らんでも魔力が回復するんだったな?よしよし。本職のマジックキャスターが起きているだけで夜警の安心感は違うからなぁ。よろしく頼むぜ」と最初の夜番になっているイナースは笑った。
「ミナさん」「ええ、頼むわ。最初はイナースさん、次はカイム師匠の順よ―――ハルティアは今日いっぱいいっぱいまで魔法使ったから、私と一緒に朝まで寝るで」
ルルが許可を求めるように言ってきたので、ミナはそう返して夕飯の準備を始めるために無限のバッグからいくつか食材を取り出した。
「うむ。兄様、ごめんなさい。先に休ませてもらうから、飯は私も作るよ」と少しだけ申し訳無さそうに兄に話しかける。
既にワイン瓶を半分ほど飲み干したイナースは、「構わん構わん」と瓶から口を離してニッと笑った。
―――それから10時間ほど、ミナたちは野営をしたのである。
翌朝。
ミナの持つ懐中時計は今が朝の七時であることを示していたが、しかしながらバグダンジョンの中というものは時間の流れでさえあてにならない。
ふわぁ、と欠伸と伸びをして起き上がると、とりあえずは体内時計に狂いはないことをいつもどおりにグウと腹の音が鳴ったことで確認したミナは、ハルティアを起こす。
「朝よ、起きて」
「うむ……」
肌着姿のハルティアは声をかけるとすぐにパチリと目を開けて上体を上げた。
「おはよう、ハルティア。昨日も飲兵衛どもは飲んでたわねえ」
自分とて火酒をボトル1本分は飲み干していたことを棚に置いたミナがそう声をかけると、ハルティアは「おはようミナ。食い物はともかく、酒はひと月持つか?」と挨拶をしながら首をひねった。
「うーん、まあ、マークル樽で20と5つ入ってるから。多分持つわよ」
着替えつつそう答えたミナに、ハルティアが少し仰天して目を丸くする。
マークルとはディバイングレイヴやマーナでよく使われる樽で、おおよそ100リットルほど入る大型の樽である。
マークルという頑丈かつ柔軟な木で作られるからマークル樽という安直な名前ではあるが、密閉性が高く火酒や木精と言った揮発性の高い液体を保存することに向いている。
「……3ヶ月分?もっとあるのでは……」
「師匠、毎日火酒ボトルで5~6本飲むし……あなたのお兄さんもその半分は飲んでるし……」
ミナはどういう肝臓してんだアイツラ、と内心で舌を出していた。
「おう、起きたけぇミナ」と二人が鎧を着込んだあたりでカイムがテントを覗いてくる。
その顔は大変不機嫌であった。
「おはよう、師匠。どうも話は弾まなかったみたいね……」
ミナがブルーリボンの位置を直しながらそう返すと、「あぁたりめぇじゃんが」と鼻を鳴らした。
向こうの男用のテントからは、まだ寝ているらしいイナースのいびきが聴こえてくる。
それほど大きくはないのが救いだろうか。
そういえば前世の自分は酒を飲むと心配になるほど大いびきをかいていた、と誰かに言われた気がしたが―――それが誰かは思い出せなかった。
「おはようございます……ミナさん」
カイムの不機嫌の原因である少年は、日記帳らしき本を閉じるとふわりと香るような笑みを浮かべてミナを見つめてくる。
「おはよう、ルル。師匠と仲良くやれた?」と冗談めかして聞くと、後ろの師匠が「フン!」と大きく鼻を鳴らした。
「特に話が弾んだということは……」
ルルは困ったように瞳を伏せる。
「……本当に半ば本能であのような振る舞いをしていたので……その証拠に、僕は……二度目、は、あなた方の仲間……は呼び出しません、でした。使え、ましたが。ミナさんには失礼だと思いました」
ルルは本当のことだとばかりにそうカイムを見て言葉を紡ぐ。
「―――迷宮ん中で仲違いぃするつもりぁねぇ。わぁが言えんはそいだけじゃぃ」
カイムはそう言って、ルルを睨めつけるが―――ルルはまたもなにもわかってはいなさそうだった。
「ま、ええわが。化けの皮ぁ剥がれるもぉ、化けの皮がぁほんもんになるなぁ、どちらんなっか見てらるぁ」
カイムはフッと一瞬毒気を抜かれたような顔をして、髭を漉くと「飯にすべ」と短く言って、火を熾し始める。
ミナはその様子に、カイムはルルを試す気になったようだ、と少しだけホッとした気持ちになった。
「じゃあ、飯は私が作るわ。シチューの準備はしてたのよ」
そうしてミナは用意していた材料をバッグから取り出して鍋にゴロゴロと入れ始める。
――ーそれは六脚豚のハムとマーナ鳥のぶつ切りがゴロゴロ入ったとても美味しいシチューだった。