異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第3話「たむろしないでとっとと帰ってくれないかしら」

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翌朝6時半。母が起きる頃に合わせて、ミナは無限のバッグの中身をゴソゴソとかき回していた。

 

それの名前も形もさっぱり忘れてしまっていたからである。

 

本来であれば名前か形、姿を覚えていればこのバッグからは手を突っ込むだけで物が取れるのだが、このエルフはズボラである。

 

かき回している最中に邪念が入り、うっかり自分の死体が見えたことは光速で記憶から消去し、彼女は一つのものを見つけだす。

 

ミナの頭を飾る黒いリボン……状態変化を防ぎ、魔法の障壁を展開して鉄の鎧と同等の防護力を与えるブラックリボンと同じ材質でできた布だ。

 

黒の秘布と呼ばれるエンチャント……魔法の付与がしやすく、かつ長期間長持ちする特殊な素材である。

 

「よし、これに……世界を調律する我らが祭神よ。肉の堕落を遠ざけ、邪悪を退ける力を与え給え……ホーリーブレス!」

 

パァ、と白い光が黒い布に吸い込まれると、それはこれまでとは違う艶が出る。

 

「これをパパっとハンカチに仕立ててカーチャンに渡せば、最悪カーチャンは無事に済むわね」

 

ベッドに横になっているルルを尻目に、ミナはバッグから裁縫道具を取り出し、正方形に裁断するとチクチクと器用に布を縫い始めた。

 

ものの数分で布切れはハンカチに姿を変える。

 

簡単な刺繍もして、きれいに折りたたむと、ミナは階下を目指して扉を開けて出ていった。

 

すでに階下には朝食の用意ができている。

 

米の飯、ワカメと豆腐の味噌汁、焼き鮭、海苔、卵焼き。

 

卵焼きは醤油で味付けされたおかず味。

 

―――すべてミナが作ったものだ。

 

「野菜炒めとテキトーな鍋しか作れなかったあんたがここまで作れるようになるとはねえ」

 

「冒険のときはいつも自炊だったからさ。長く活動するときは、エルフでも温かいもの食べないといけなかった。保存食だけだと100%途中でへばっちゃうんだ」

 

感嘆する母に、いつか……ミナにとっては2世紀の過去……のように男の口調で自慢する。

 

「転生後の俺も全然最初は料理できなかったし、あっちの世界で生まれた森はみんな野菜と木の実しか食べない文化だったし、森の外に出ても西欧風のところばっかりでね。東のほうに侍の国があると聞いたときは、絶対行かなきゃって思って頑張ったよ」

 

「ふーん……」

 

「ふーんで済ますのかよ、カーチャン!」

 

カーチャンになんだか興味なさげに言われてしまい、ミナはちょっと怒ったりする。

 

その侍の国へ行くための道のりは決して平坦ではなく、かなり苦労したことを覚えているからだ。

 

今度、じっくり冒険譚を話したいなと思いつつ、ミナは焼き鮭を米の飯に乗せて、共に頬張った。

 

「それよりルルくんは?いつも来ないけど」

 

「あいつ、基本朝は食わないんだよね。そもそもアンデッドだし」

 

少し不思議な単語が舞いつつ、平穏な会話が続いていく。

 

そんなふうに朝食の時間は過ぎていった。

 

「それで、このハンカチをもっていけって?」

 

「そう。昨日の連中、多分あれでしょ。繁華街の半グレども」

 

手早く食器を片付けながらミナはカーチャンを見つめる。

 

「何があるかわからないから、厄除けのハンカチを作ってみた。持ってって。最低限、これさえ持ってればカーチャンだけは大丈夫だから」

 

最後の食器を食器棚に戻すと、ミナは笑った。

 

カーチャンはそれにやはり笑顔で返す。

 

「そうね。鰯の頭も信心からっていうし、持ってくわ」

 

「いやいや、剣と魔法の世界から帰ってきた息子の言葉を信じてくれよ」

 

「今は娘だけどね!」

 

「せやったわ★」

 

いつもどおりに母は玄関へ向かう。

 

食事をミナが作るようになって、少しだけ朝も余裕が出ていた。

 

「そんなことより、早くバイト見つけなさいね。間違っても面接でイオナズンが特技とか言わないように」

 

靴を履きながらカーチャンは言う。

 

「似たようなことはできるけど絶対言わねえよ!」

 

「できるんかーい!それじゃ、行ってきます」

 

空気にツッコミを入れてカーチャンは軽自動車に乗って仕事へ出かける。

 

ミナはそれを見届けると、部屋に戻って求人誌をまた読み返そうと思って、扉を閉じた。

 

 

 

それから数日後。

 

水門家から歩いて1時間ほどの場所にあるコンビニに二人は訪れていた。

 

今日がアルバイトの面接の日である。

 

ミナは白のブラウスに紺色のズボン、同じくルルは灰色のブラウスに黒い長めのスカートを身に着けている。

 

長い耳はインコグニート、つまり変装の魔法を封じた腕輪で隠して人間と同じように偽装していた。

 

パイプ椅子に座った二人に通り一遍の質問をした店長は、書類をためつすがめつして答えを出した。

 

「義理の姉弟ですか……まあ、いいでしょう。茜さんの養子ですしね。それで深夜OKということでいいですか?」

 

「はい。昼夜どちらかであれば問題ないです」

 

「こちらも同じく」

 

丸い顔の女性店長に二人はきっぱりとそう答える。

 

「助かります。深夜やってくれる人が少なくて困っていたんです」

 

何度も繰り返すが、繁華街に半グレ集団がたむろしていることを見れば分かる通り、この神森は治安がよろしくない。

 

そんな中、深夜営業を少人数で回さなければならない24時間営業の店は人員確保の部分で大苦戦をしていた。

 

(それで夜の街が暗くなると治安も悪くなる悪循環なのよね)

 

光差す場所で人はなかなか後ろめたいことを働けない。

 

悪は常に闇の中でこそ活発になるのだ。

 

「でも女性と……こういうとなんですけど、トランスジェンダー、っていうんですか?そんなお二人で深夜業務は不安ではありませんか?」

 

「気を使っていただきありがとうございます。ですが、ご心配なく」

 

ニコリと笑って、武道のたしなみはあるので大丈夫です、と姉?の方は答えた。

 

弟?のほうも「同じく」とだけ簡潔に答える。

 

表情は平坦な無表情だ。

 

「わかりました。それでは早速本日から入ってください」

 

店長は、「大丈夫かな?」という顔色を笑顔で隠して、業務の説明を始めた。

 

レジ打ちと挨拶の仕方、在庫の場所や出し方、商品入れ替え時の手続きの仕方などをざっと説明すると二人に制服を渡す。

 

コンビニバイトの教育はどこでも雑だと言うが、目の下にすごい隈を作った女性に同情しつつ、とりあえず納得する。

 

大丈夫、あっちの世界の下手な商店での短期依頼など、これの何倍も雑な説明しかないのが常だったのだから。

 

「今日は私がついて説明しますから、明日からは二人でお願いします」

 

その顔には「本当はワンオペしてほしいけど、警察がやかましいから仕方ない」という疲労と痛みが見え隠れしていた。

 

(流行ってないんだろうな~~~)

 

ミナは笑顔で隠しながら、そんなことを思う。

 

―――バイト初日はなんのトラブルもなく過ぎていった。

 

夜21時から朝5時までがシフトとなっている。

 

「では、お疲れさまでした」

 

朝5時過ぎに早朝勤務者に引き継いでコンビニを出ると、母の自転車に二人乗りして家へ向かった。

 

このあとは母の朝食を作ったら湯浴みをして1時間ほどミナは眠る。

 

ルルはその間に日誌を書いているはずだ。

 

こうして二人のバイト生活は始まった。

 

 

 

「なんでワシがこんなもの押さなきゃならんのじゃ!二十歳未満に見えるんか!!」

 

そんなワンパターンなクレームを叫ぶ頭の天辺に毛が無いジジイをルルはひと睨みする。

 

「……」

 

「お会計、2807円になります」

 

ジジイは即座におとなしくなって、レジの20歳以上を示すボタンを押下して、おとなしく金を払い去って行った。

 

自動ドアが開かれジジイが退出すると、ありがとうございました、と定形の挨拶がルルの口から出る。

 

「……またか……」

 

突然おとなしくなったのはなぜか。闇色に光る眼にその秘密があった。

 

即ち、リッチーの持つ魅了の魔眼でジジイを操ったのである。

 

操られたジジイは毎日23時ごろにやってきては、酒や煙草を買い、20歳以上証明ボタンを押すのを嫌がって喚き散らすモンスタークレーマーというやつだった。

 

ルルは眼鏡を布で拭きながらうんざりとため息をつく。

 

時間は23時15分。

 

昨夜も、一昨日も、バイト初日も同じ時間だった。

 

初日は店長が対応したが、翌日はルルが対応した。

 

それからはルルが対応するときもあれば、ミナが対応するときもあった。

 

いつもいつも同じ時間に、同じクレームをするというのは本当に暇なのだな、とルルは呆れた。

 

同じような問題客は何人かいて、そのせいでこの店は流行っていないのだ、とルルは結論を下していた。

 

真っ暗な外を見やれば、破落戸のような男たちが下品な笑いをあげながら座り込んでいる。

 

いわゆるコンビニヤンキーというやつだ。

 

ガー、と自動ドアが彼の主人の体温を感知して開いた。

 

その手には箒が持たれている。

 

「皆様、清掃を行いますので、そこを退いていただけないでしょうか」

 

貼り付けた笑みでミナはそう告げた。

 

無論、深夜にこんなところでうんこ座りをしているような連中だ。

 

わずか程度にはあるプライドを、見た目中学~高校程度の少女に煽られて、黙っているはずもない。

 

「おうなんだてめえなめてんのかてめえいわすぞこら」

 

辛うじてなんとか聞き取れる程度の呂律が回っていない、呂律を回していない言葉遣いでドレッドヘアの男が覗き込むように睨んでくる。

 

顔全体で威嚇するような態度だった。

 

「こちらは他のお客様も通る場所ですので、ご退去をお願いします」

 

表情を一つも変えずに少女はそう言って箒の柄で地面をコン、と叩いた。

 

「ざってんだよころっすぞあぁぁ!?」

 

当然、ノータイムでブチ切れた。

 

仲間のスキンヘッドと角刈りもよくわからない聞き取れない言語で威嚇を開始する。

 

聞き取れない強い言葉は恐怖をもたらす。

 

それが本能的にわかっているからこその行動である。

 

「はいはい……前ならビビり上がったけどね……そういう態度なら実力行使あるのみ」

 

彼らに聞こえないように小声でそういうと、箒を手放し、彼女は筒を取り出した。

 

どうやらそれは小さな笛のようである。

 

ミナはそれを横に口に当てると、流暢に音楽を奏でだした。

 

「なにってんだてめえだっせぇな!!」

 

激高し、ミナの胸ぐらをつかもうとするヤンキー共だったが、するりと雲をつかむかのようにその手は宙を切る。

 

曲は「遠き山に日は落ちて」。ドヴォルザーク「新世界より」の第2楽章である。

 

そのうちに、彼らの表情は毒気を抜かれたようになる。

 

「つまんね。けっか」「ったよ」

 

地面につばを吐くと、男たちはそのまま後ろを向いて立ち去ってしまった。

 

「見たか。修行もしてない只人では呪歌に抵抗できないでしょ」

 

郷愁の呪歌である。

 

抵抗に失敗したものは、しばらくの間家に帰ることしか考えられなくなる魔法の音楽だ。

 

得意げに胸をそらすと、ミナは箒を拾ってヤンキー共が散らかしたゴミを手早く集めてゴミ箱に突っ込む。

 

タバコが相当数含まれていたので、それは別に集めてバケツの水で消火した。

 

このコンビニには灰皿はなく、駐車場も禁煙の張り紙が貼ってあるため、対応はこれしかなかった。

 

このようにその日は過ぎていった。

 

―――日が変わるまでは、そのように。

 

 

 

同日、午前1時半頃。

 

ブオンブオンと爆音があたりに響き渡った。

 

いわゆる改造バイクのマフラーの奏でる不快音である。

 

何事かと外を見れば、駐車場へ向かってバイクが十数台ほど走ってきていた。

 

驚くほどの低速度で蛇行運転しつつ。

 

いわゆる暴走族、一部からは珍走団と揶揄される連中のようだった。

 

ミナは「たむろしないでとっとと帰ってくれないかしら」と陳列棚の消費期限切れ弁当を撤去しながらそう思う。

 

暴走族とは言え客は客だろう。

 

ジュースでも買って帰るならいいのだが……その心の声はあっさりと裏切られた。

 

「ここかぁ!てめえらをイワした連中がいるっつーのはよぉ!!」

 

「ヒィ……勘弁してください勘弁してくださいもう嫌なんですアァァァァ!」

 

ズタボロにされた男が首根っこをひっつかまれ、リーダーらしき金髪リーゼントの男にぶん殴られた。

 

「っせーよ。まともに喋れんのてめえだけだかんなぁ!ここでいいのかァ!?」

 

「はい!はいっ!だから勘弁してください!帰らせてぇぇぇぇ!!」

 

汚い高音で叫ぶ男は、よくよく見れば前に繁華街でルルを拉致しようとして、ミナに再起不能にされた男ではないか。

 

「抵抗できたんですかね」

 

「回復が早かったのかも」

 

半目で呆れながら、二人は顔を向き合わせた。

 

様子から見れば、完全な回復はしていないものの、どうやら喋れる程度にはなっているようだった。

 

鼻血を垂れ流しガタガタと震える様には恐怖しか見て取れない。

 

「話の内容からすると、どうやらこないだの仕返しみたいですねぇ」

 

やれやれと首を振り、ルルは笑った。

 

「店を壊されるのはいやね。外に出ましょう」

 

ちょうどよく客は一人もいない。

 

二人はなんのてらいもなく自動ドアを抜けて外に出た。

 

「―――風の乙女シルフよ。少し大きな仕事をしてね。漏れ来る波を遮り、内と外との音を断て」

 

手を上げ、緑の光が放たれると、駐車場全体にビョウと風が吹いた。

 

精霊術サイレンスによって、駐車場の内と外で音が伝わらないようになった証拠である。

 

「てめーらか!やってくれたのはよぉ!」

 

金髪の、いわゆる特攻服を着た推定20代後半の男は木刀を肩に担いで叫んだ。

 

「やってくれたとかそういうのじゃなくてねえ……うちらを拉致しようとしたのはそっちでしょ。あんたらのメンツだの都合だの知らんわ」

 

髪を掻いてミナは深く深く息を吐いた。

 

「恥の上塗りしに来た、ってんなら受けて立つわよ、破落戸ども」

 

「んだとぉ?!」「あぁっ!?」「ざけてんじゃねえぞおらぁ!!」

 

周りの連中も声を荒らげる。

 

全員が20代なかば以上であるのは明白だった。

 

「比較的若いクズどもみたいね。珍走の高齢化が進んでるってのはなんだったのかしら」

 

「どうします?ここ開けてますし、誰かに見られる前にとっとと終わらせたいんですけど」

 

「話を聞いてあげるつもりはないわ。この間と同じ。ササッと制圧してしまいましょう」

 

ミスリルの拳鰐を取り出して握り込むと、ミナは笑った。

 

笑って、駆け出す。

 

その速さに誰も反応できない。

 

終わるのにものの1分もかからなかった。

 

全員がみぞおちに拳打を叩き込まれ、破落戸たちはうめき声を上げながら転がるだけだ。

 

繁華街で行われたことと全く同じであった。

 

「放置しておいたことが仇になったか……おい、あんた……この子を拉致しろって命じたのはあんた?」

 

動けない金髪の男の胸ぐらをつかんで、ミナは微笑んだ。

 

「し、しら」「言わないとこうなる」

 

バキリ、となにかが折れる音がした。

 

真銀の拳鰐が男の改造バイクを真っ二つに割ったのだ。

 

真ん中から割れ、ずしりと駐車場に割れたバイクが沈み込む。

 

砕けた燃料タンクからガソリンが流れ出す音が聞こえた。

 

それは、およそ我々の世界の人間には不可能な芸当であった。

 

「ば、化け物……!?」

 

「いやねえ。こんな可憐な女の子を捕まえて化け物だなんて。そんなことより、お返事は?」

 

「は、はいぃ……」

 

涙と糞尿を垂れ流し、金髪の男は必死に肯んずる。

 

ミナには、その顔を先程彼が殴っていた繁華街の半グレと見分けることができなかった。




好きなんだ……遠き山に日は落ちて……
著作権フリーだからよ……止まるんじゃねぇぞ……

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