異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
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再び―――5人は疑似生命コークスへと挑む。
コークスは完全に人の形となって、ミナたちを睥睨していた。
それどころか―――
『ココハトオサヌゾ……』
「喋った!?」
ハルティアが魔槍を構えつつも、その物体が声を発したことに怯んでぎょっと目を剥いた。
「疑似生命―――コークスは、知恵を持つ、と。それは虚空より来る、偽りの邪智であるといいます」
ルルはそう言って、「ぶっちゃけバグによる疑似知識というのが僕の推論です」と僅かに面白そうにコークスを見据えてほくそ笑む。
さっさと消してしまいます、とルルは黒い杖を掲げて禍津神―――彼の深いところで信仰でつながる破壊神へと祝詞を捧げる。
しかし―――
時間はわずかに遡り、事前の食事時のことである。
「―――ディメンション・イーターには時間がかかります。高速詠唱の範囲外なのですよ、その暗黒魔法は」
シチューをすすり、天井を見上げてルルは言った。
「……なるほど。お前ほどの魔力を持っていても、高速詠唱へまでには至らぬのかぁ」
堅パンをシチューで柔らかくしているハルティアがそう問うと、ルルは「はい。次元穿孔の暗黒魔法の高速詠唱には、魔法そのものの下賜とは、別、に」と言って、スプーンの中のシチューをすする。
「ああ、そうね。高位の神聖魔法は儀式魔法とほぼ同義だもの。高速詠唱するには別口に契約しなきゃいけないのね、暗黒魔法も」
ミナはそれに思い当たり、フッと嘆息した。
そのためにルルを倒すために覚えたホーリーフィックスなのに、使うのに時間がかかりすぎて2度も発動を目の前の男の娘に潰された数週間前の出来事を思い出して。
「そういや私もホーリーフィックスの高速詠唱、契約できてないわぁ……」
目を掌で覆って天を仰ぐと、ミナは「じゃあ足止めはするわ。どのくらい必要?」とルルは「半刻の更に10分の1もいただければ」と言った。
それが半刻前のご飯時の話―――ルルは何も言わずに黒い杖に魔力を集めだす。
「了解。じゃあ、やりましょう、師匠」
「わぁったわぁった。失敗したぁただじゃあすませんぞぇ!」
カイムはその魔法の斧を構えて、ルルへと叱咤して走り出す―――ミナもまた出し惜しむことはなく、握る得物は氷雪のグレートソード『吹雪』である。
「熱攻撃は無意味!質量と冷気のあわせ技ならこれしかない!」
前の戦いでそれはわかっている。
それを後押しするため、既にバフは全員にかけ終わっており、イナースとハルティアは必殺の一撃のために力をためていた。
「―――なるほど大体6分ね。なかなか待たせるじゃないか」
イナースが動く―――動き出した巨人がその腕を振り上げてカイムへとめがけて拳を振り下ろさんとしたからである。
―――スキありだ、巨人殿。
イナースは声に出さずに、槍を左前から跳ね上げる。
『ム、ヌゥ!』
フィジカルエンチャントの助けを借りた槍兵の膂力は、瞬間的なれどわずかに巨人を上回り、その鋭さと相まってバグンッ!と快音を上げてその腕を弾いた。
「いよぉしッ!!」
今が気合の入れどころ、とミナの大剣が閃く―――ドゴン!と衝突音がして、ボガァァァッ!と次いで同じ場所にカイムの斧が突き刺さった。
巨人の腕は、しかし折れない―――と思っていたのは束の間。
びきり、と音を立て大きなヒビが入って落ちていく。
―――そのまま放置すれば、数十秒ほどで再生してしまう。
それは先の戦いでわかっている。
しかもこいつは一度動き出せば素早い―――脇をすり抜けて階段を目指すというのは命がけになる。
動きが鈍い、自我が不完全なルルを連れてではなかなか難しい話となる。
『コシャクナ……』
「っせーな!黙っとけぇ!」
まだ破壊されたままの腕をめがけて槍兵が飛ぶ―――傷口、破壊痕に魔槍の一撃が叩きつけられた。
「今だ、ハル!」「承知!」
瞬時、女騎士は飛ぶ―――ミナの斬撃によって十分に冷えた傷口に、その魔槍を叩きつけるのだ。
魔槍イペオプ。
氷の国とも呼ばれるセーガルにあって、熱と光を食らうと言われる氷の魔槍である。
「イヤァァァァァッ!!」
裂帛の咆哮でその槍は破壊痕へと突き刺さった。
『ごぉぉぉ……?』
「―――七、六、五、四、三、二―――!」
ハルティアが数を数えるごとに、冷たく黒かったその槍は、しかし熱を帯びて明く皓く染まっていく。
熱と光を喰らい、蓄え、放つのがイペオプの魔槍としての力である。
ミナの葬送の魔法を食らって強化されたのであれば、熱を吸うのは有効打。
「一!よし!」
瞬間、砕けた右腕をかばうように巨人は左腕をハルティアに叩きつけようとうごめいた。
「世界を調律する我らが祭神よ!我が手をその御手と成し、邪悪を払う礫をこれへ!スルーフォース!」
ミナは吹雪を振りかぶり、その剣先から神聖魔法の第3位階―――聖なる力を衝撃力として放出する魔法を発動する。
それはバヂンッと巨人の左腕に命中し、一瞬その動きを止める。
熟達した戦士である女騎士は、その一瞬で巨人から離れ、逃げざまに足元を切りつけた。
『オオオオオ!!』
ここまでで稼いだ時間は1分かそこら―――次元穿孔の魔法が発動するにはあと5分ほどある―――
「ルル!ほんとにこいつは疑似生命で、命そのものじゃないのよね!?」
ミナが吹雪を地面に突き立て、ワンドに魔力を集めながらそう叫んだ。
―――見れば魔力を高めることに集中しているルルは、ミナをちらりと見てこくりと首肯しただけだ。
だが、ミナはそれで十分だった。
「よしッ!三人とも離れて!世界を支配する偉大なるロジックよ。叫び回る時の針を戻し給え!我が鼓動、八十の音を打つ前に!タイムリターン!!」
紡がれたは無生物が持つ時間を巻き戻すタイムリターンの魔法。
鼓動八十回―――即ち1分前に戻されたそれは、警戒を忘れたように同じ動きをし始める―――
「よぉやったぁ!こん術は後何度じぁぇ!?」
カイムが腰にマウントされた投擲用の手斧を投げながら聞けば、ミナは「後5回!」と返す。
未だミナも発展途上。
後年ほど長く多く魔法が使えるものではない。
「よぉわぁった!ならこいは―――」
「誰かが死にそうじゃねえかぎり、これ一回こっきりにしてくんな!」
イナースが腰溜めに魔槍を構え、何ぞ奥義でも食らわす腹積もりなのか、険しい顔つきでそう叫んだ。
未だ敵はこちらを自らの体を破壊できるものとは見ていない―――先の戦いでは冷気の術に終止したこともあって、だ。
「我が生命、我が槍、輩の子守唄、夢、怒りを喰らえ―――我が赤き魔槍よ!」
赤水晶の槍。
それはイペオプよりも強き、イナースが旅の途中で手に入れた魔人の槍である。
銘はなく、しかし誰が鍛えたかはわかっている。
とある錬金術師と山人の匠が鋳造したもの―――
カイムは付け加える。
それは―――怒れるドワーフが打ったものであると。
山人がそう言うということは、それを打った匠が誰かは明白であり、銘がないのも当然と言うべきであった。
即ち、それは―――
「名を奪われし愚王の槍よ!千の怒りとなって爆ぜよ!!オオオオオオオッッッ!!」
怒号が響き、一斉に風の精霊たちが怯える―――
『ぬぐ……ソレハ―――!』
「虚空から降ってきた知恵と言えどわかるかねぇ!?そうさ、これは宝石を食らうと山人の伝説にある魔王の槍よ!吼えろォ!!」
男がそれを全力で投擲した瞬間、それは千の棘へと分解して降り注ぐ。
ハルティアが己に対して向けた呪力を、外に向けて破裂させた時この術理が発動するのだ。
ようやく再び警戒を向けてきたコークスは『アァァァァア!?』と叫びを上げて棘を振り払おうとしてあがいた。
「……まるでケルトの英雄の槍のよう」
「ほう、ケルト。そりゃあどこの国だ?」
魔力を食うのか、脂汗を一条流してイナースはそう聞いてきた。
吹雪を再び手に取った勇者は、「遠い国よ、遠い国。気にしないでください」と言って今度はバッグから泥の入った小瓶を出してきた。
「―――なくても使えるけど、あったほうが良いのは当然だからね―――」
ミナはそうして吹雪を再び地面に刺して、手をかざす。
紡がれるは精霊の言葉。
ルルのバグダンジョンと比べて、まだ歪みきっていないこの迷宮においては触媒を使ったほうが精霊術は良く使える。
「水の娘に付き纏い地に棲む者に連れられた怪しく沈む泥の少女リエラよ。お前の褥を広げておくれ。愛しいあの子と遊ぶため―――あなたの沼に引きずり込んで!」
それは泥の精霊―――水と土の精霊が真に混じり合ったものと言われる中位精霊リエラの力。
精霊術の第五位階、沼地の魔法シュラムである。
すいません。
遂にコロナ陽性になってしまいました。
そのため今週は全く書けてないので、明日の更新はおやすみします。
楽しみにしている方には申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いします。