異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第301話「中ボス相手に勇者する後編 昔のお話Ⅶ⑦」

 

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『ぬむぐ』

 

千の棘に蝕まれながら、その疑似生命はうめきを上げた。

 

足元が沼に―――底なし沼に変わっていく。

 

文字通り沼地を作って敵を引きずり込む―――主に弱くて小さい魔物を溺死させる時や大型の魔物を足止めするために使う術である。

 

しかし―――

 

『アァァァァァァ……!』

 

ジュウジュウ、と沼に触れた巨人は熱で沼地を蒸発させようと試みている。

 

「ちぃ!やっぱりちょっとこれじゃ無理か!」

 

「ブリザードとアイスストームでも足止めにならなかったのだ、当然だな」

 

ハルティアが槍を構え直して態勢を整え、一息ついてそうミナに返す。

 

「わかってるわ!ならこれならどうかしら!」

 

一瞬歯ぎしりをして悔しがったミナは、カイムに目配せすると、「しゃぁあんめ」と彼が投げてきた瓶を受け取る。

 

それはスキットル。

 

中に入っているのは当然のように火酒である。

 

今度は泥ではなく、その中身を地面に垂らす―――

 

「麦と葡萄と米と林檎、甘き物より生まれし苦く蝕み染み透るショウジョウよ!水よりも氷よりもなお冷やせ!燃えず、酔わぬ、不思議な酒精を降らせよ!」

 

それはミナがアルク・アイスと名付けた彼女オリジナルの術である。

 

―――ドワーフとは逆にエルフは生来酒に弱いものが多いから、開発されてこなかった酒精に関する術だ。

 

それもドワーフの精霊使いが使う術はほとんどが「酔う」という特性を生かした酩酊や泥酔の術だ。

 

冷やすのであれば氷の精霊や水の精霊の力を借りるほうが効率はいい。

 

よって、これは―――他に発見したものがいないとは言い切れないが―――今のところミナオリジナルの術である。

 

燃えない酒―――100%のアルコールを降らせる術。

 

飲むことも出来なければ、臭いもしない。

 

ただただ物体に触れては蒸発し、その気化熱で物体を冷やす幻の酒である。

 

ハイエルフには珍しく酒豪と言っていいミナだから思い付いた術。

 

―――後年の酒の魔王との戦いや霜の巨人との戦いでは、その特性から使用することが出来なかった術でもある。

 

『ギィィァァァァァ……!』

 

巨人は自分から抜けていく熱に驚愕する―――

 

それはそうだ。

 

虚空から来たる虚偽の知識は最低限。

 

アルコールが燃えるだけではなく、熱を奪うものだとは知らなかったのだろう。

 

未だに千の棘に襲われているそれは苦しみのうめきと叫びと怨嗟を吐き続けていた。

 

―――これで3分。

 

このまま押し切れるか、とミナは一瞬思ったが、それは一瞬。

 

『ガァァァァァァァッ!!』

 

沼を強引に蒸発させ、酒精が熱を奪って蒸発していくのも構わずに巨人は怒りの咆哮を上げた。

 

「ぬぅッ……!これ以上は……!」

 

その瞬間に、イナースの赤水晶の槍は棘から元の姿へと戻って彼の手元へと戻ってくる。

 

「後、どの程度だ!」

 

「―――後、1分待ってください」

 

ルルがそうしてニッと歯をむき出しにして笑った。

 

まるで、偉そうなこと言ってその程度か、と嘲るように―――槍兵を見て。

 

「あっ、そういう目で見るのか、オレを!全くよ!」

 

「兄様!黒い悪魔の挑発に乗らないでください!日に二度は寿命を縮めます!」

 

ハルティアが止めようとするが、イナースは―――「馬鹿言うな、いくらオレでも日に二度はやれねえよ」と笑って、赤水晶の槍へ気力を集める。

 

後、50秒。

 

『グァァァァァァァァァ!!』

 

まっすぐに巨人はこちらへと走り出す。

 

集まっていく闇の魔力―――破壊神への祈りを感知したのか、わずかに見せていた知性の欠片も見せぬ咆哮。

 

それを全身に力と漲らせて吶喊してくる―――!

 

無論、狙いは黒き悪魔―――暗黒魔道士ルル・ホーレス!

 

「ぐおおおッ!?わぁじゃもたんわぁぇ!!」

 

カイムが斧を弾き飛ばされそうになりながらも、その拳を一度防ぎ―――

 

ドン、と巨人が地面を蹴ったのを見た。

 

「なぁんとぉ!?」

 

「その巨体で!?」

 

「―――させん」

 

イナースが獰猛な笑みを浮かべて槍を構える―――

 

その瞳は狂気に染まり、怒りと憎悪に燃えていた。

 

日に二度使えぬのは―――千の棘の術だけ。

 

赤水晶の槍はもう一つの真の力があることは、20年前に歪んだ森でハルティアが見せたとおりである。

 

即ち―――

 

「狂戦士の力―――!兄様、無茶な!」

 

妹が叫んだ瞬間、落ちてくる巨人へ向けて兄は飛び上がった。

 

まるで無茶をせねば勝てぬとばかりに―――

 

「キィィィィィィェアァァァァァァァァァッ!!!」

 

猿吠が響く。

 

その槍は―――全力で巨人の頭を貫いた。

 

『グガァァァァッ!!』

 

それで止まる巨人ではない。巨人ではなかったが―――それで十分だった。

 

後、40秒。

 

それはつまり―――

 

「これで終わりだ!世界を支配する偉大なるロジックよ。叫び回る時の針を戻し給え!我が鼓動、八十の音を打つ前に!タイムリターン!!」

 

再び時戻しの術が巨人を襲う。

 

1分前の―――千の棘を喰らい、沼に沈められ、身動きが取れなくなっていた瞬間に。

 

『ガァ!?コレハ!?』

 

自分に仕掛けられていた攻撃が既に止んでいると悟ったときにはもう遅い。

 

無生物の時間を戻すその術は、擬似的な記憶をすら消去し―――

 

「ゴォォァァァァァァァァァアァッ!!!」

 

凄まじい雄叫びを上げて、狂戦士が一人、爛々と獲物の血を求めて輝く瞳を向けて吶喊してきた。

 

『ヌゥ!?』

 

「シィィィィィッ!!」

 

狂戦士を知っているのか、巨人は一瞬侮る―――が、赤水晶の槍が与える狂った怒れる山人の呪いは、狂戦士のままに戦士としての術理を使えるという理外の業。

 

故に―――後30秒を稼ぐことは可能であった。

 

問題は唯一つ。

 

「どうすんでぁ!?狂戦士になったイナースさ押し留めぇられんがぁ!」

 

カイムが叫ぶ。

 

そう、狂戦士は簡単には止まれない。

 

このままではディメンション・イーターの巻き添えとなるだろう。

 

ならばどうするか―――

 

ぶっちゃけ言えば、この時点ですでにミナたちが今持っているものは出し切っている。

 

冷気に関する術のストックはミナたちもそう多くはなく、そして冷気単独では止められず、物理的な力だけでも止められない。

 

昨日撤退する羽目になったのもそれだ。

 

―――ディメンション・イーターが決まらねば、詰みである。

 

そして「吹雪」必殺の最終奥義である冷凍剣は―――

 

「ミナァよ、ワイは―――使うべきだと思うがぁ?」

 

「駄目よ、師匠!イナースさんを巻き込む!それに、レギンレイヴを使うには時間が足りない!」

 

そう、全身の熱を奪う冷凍剣はミナにとっても諸刃の剣。

 

それをいなすべき四大の精霊力を制御するレギンレイヴは唱えるにも時間がかかる。

 

「なら、答えは唯一つだな、ミナ!」

 

「わかってる!くそーッ!いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

全てはルルの次元穿孔に賭けるしかないのであれば、手はこれだけである。

 

即ち、二人は武器を放り捨てて―――

 

「ぬがぁっ!?」

 

ガシィッ!とミナの体が巨人と打ち合うイナースへとぶつかっていく。

 

そう、全力でイナースの腰へとタックルしたのであった。

 

「あぁぁあっ!」「落ち着いてイナースさん!!」

 

『UGUAAAAAUUU!!シネェッ!!』

 

巨人が―――拳を振りかぶる。

 

急に神速でぶつかられて困惑している狂戦士とその腰にしがみついている妖精の勇者へと向けて。

 

「させるか馬鹿者がッ!!」

 

瞬間、一歩遅れて走り出していたハルティアが、跳んだ!

 

「うおおおおおおおお!!」『AAHHHHHH!!!!』

 

瞬間、バギィッ!と衝突音が響く―――

 

それは巨人の拳ではない。

 

両足を揃えてドロップキックの態勢に入ったハルティアは、そのままミナとイナースを巻き込んで横に吹っ飛んでいったのだ。

 

『ぬぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

拳の軌道を変えようと、それは強引に力のベクトルを変えようとして―――

 

「させんわぁ!」

 

ビギンッ!と金属が弾ける音がする。

 

ドワーフが投げた戦斧によって軌道をわずかにそらされたのだ、その拳は!

 

「ナイス、ハルティア!師匠!!」

 

組んず解れつ、そのままゴロゴロと三人は壁の方へと転がっていき―――そして。

 

「―――時間切れですよ」と黒い死の王が、なんでもないことのように呟いた。

 

「……こらぁ……」

 

黒い魔力が空間を満たしていくのが、魔法を扱うことができないカイムでもよくわかった。

 

吟遊詩人である彼の高い感受性は、それが理の外にある―――否、神々の理、鋼の秘密の眠る場所より来るものであることを理解する。

 

「破壊と渇望の王。呑み込み食らう我らが神よ―――」

 

歌うがごとくに唱うその言の葉は、神へ祈る聖なる言葉と同じ言語なれど、籠る呪はまるで逆。

 

闇にありし大いなるものへの怒れる祝詞。

 

「闇は安らぎなり、破壊は安らぎなり、滅びは安らぎなり。闇は、破壊は、滅びは次の新生への歓喜なり―――」

 

死の王はゆっくりと祝詞の最後を問いかける―――

 

「水漬く滅びと生まれゆく潮を宿すものよ。我が願いを聞き届けたまえ。時と空に陥穽を―――世の帳に閑静を。遍く影をお与えください―――永劫の地獄の扉を開けたまえ」

 

ルルが、不死たる死たる黒き王が。

 

名を与えられし虚なるものが、破壊の王へと語りかける。

 

その祈り、怒り、憎しみ、そして再生の歓喜。

 

それが彼の構えし杖から滴り落ちる。

 

「―――ディメンション・イーター」

 

静かに唱えられた闇は、穴となり、すべてを飲み込む陥穽となる。

 

「では、さようなら。あなたは僕の糧になる―――ふふ」

 

酷薄な笑みは、闇を示す―――

 

『ぬぅうがAhh―――UGUAhhhhhhhhhhh!!!』

 

巨人がもがく沼を飲み込み黒い穴が広がっていく―――闇は、陥穽は、巨人を、偽りの命を飲み込んで地獄への道を作り出していって。

 

「あー……疲れた……」

 

ミナがイナースを退けて立ち上がれば、疑似生命コークスは闇の中へとほとんど飲み込まれていたのだった。

 

「ミナさん」

 

「お疲れ様―――まだ油断はしないでね」

 

ミナは吹雪を、ルルを守るように青眼に構えて巨人を見据える。

 

『おおおお、おのれぇ……おのれぇえ―――OhhhhNooooRehhaaaaaaa!!』

 

しかし、ミナの残心は無意味に終わる。

 

怨嗟の声を上げながら、巨人は虚空へと消えていく―――

 

断末魔はいつしか感性の中へと吸い込まれていって、後には何も残らない―――すっかりときれいになった床だけが残った。

 

それで仕舞いである。

 

全くもって、それでおしまいであった。

 

「っし!よくやった、ルル!」

 

ミナがそう叫ぶと―――ルルは、酷薄な笑みのままで「―――疲れました」と、深い喜び―――他人を踏みにじる愉悦を感じさせる笑みを浮かべたのである。

 

 

 




2022年の年の暮れ。
今年は世界が大きなパラダイムシフトの前兆に揺れた年でした。
ロシアのウクライナ侵攻、続くコロナ禍、そして先進国の元首脳―――安倍晋三の暗殺。
2023年がどのような年になるかはわかりません。
だからこそ、今は明日の世界が燃えないように祈って。

https://youtu.be/gjA7WFzDKE0

加古隆「パリは燃えているか」
ほんと、大変でしたね。それでは、皆様良いお年を。
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