異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第303話「最下層?で勇者する前編 昔のお話Ⅶ⑨」

 

 

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―――そこからはそこまで苦戦するようなこともなく、暫くの間―――と言っても。

 

「今日で2週間、第十二階層、っと……」

 

ミナが自作のメモ帳―――紙も自作―――にそう記しながら、ぼぁーっ!と少女らしくない盛大なため息をつく。

 

やたらに広大になっていたそのバグダンジョンは、1日で1階層を突破するのがやっとであり、故に疲労の色はルル以外の全員に出ていたのであった。

 

ミナは水浴びも出来ない、洗濯もできない状況にあってとりあえずは浄化の魔法を用いて服や体の汚れがもたらす疲労だけはなんとか防いでいたが……

 

「うーん、お風呂に入りたい」とミナは零して、床にぺたりと座り込んだ。

 

「無理だろ、それは」と顔だけは濡れたタオルで拭いていたイナースが笑った。

 

「このタイプのダンジョンだと、ないですしねえ……泉とかは……」

 

岩肌が露出していたり、以前のように草花が生えているバグダンジョンなら泉や川が存在することが多いのだが、今いるのは人工物を思わせる石畳のダンジョンである。

 

「悲しい伝説とかないしなあ、このダンジョン」とミナが言えば、ルルが「なんですか、それは」と興味津々に聞いてきた。

 

ミナはその様子に、少しだけ遠い目をして「そういう伝説くらい、どこにでもあるわよ。ダンジョンの中で身投げした恋人同士の森人と只人を悲しんだ神様が、慰めるために聖なる泉を作ってくれた、みたいなね」とへの字口になる。

 

彼女の世界のゲームの話、のようだが似たような話はこちらの世界にも存在していた。

 

「少なくともこのダンジョンは、100年以上前から学院が管理してるから、そう言う悲しい伝説のたぐいはないのだわ……あっても困るけど」

 

そうして出発の準備ができたミナは立ち上がり周囲の警戒を始めた。

 

「―――よし、まだ接近しては来ないわね……」

 

「なんがぁいそうかいね?」

 

カイムに聞かれたミナは、「前の階層と同じかな……少なくとも、強い精霊力の種類は変わってはいないですよ」と答えて、ヒヒイロカネの小剣を腰に佩いた。

 

「しかし珍しい、らしいですね。僕の知識によれば。エルフは沐浴が中心で、下着も穿かないとあります」

 

隣に立ったルルがそう話すと、嬉しそうに「やっぱり僕と同じくズレてるんですね」と続けた。

 

「……それについては何も言い返せねえ……下っ腹が落ち着かないのだわ、下着がないと……」

 

ミナはうんざりとしてそういうと、先頭に立って休憩していた部屋の外を見回した。

 

センスオーラで感知できない魔物がいないか目視での確認である。

 

ミナの目、上古の森人の瞳は赤外線探知―――インフラビジョンの効力を持つ。

 

見たところ、周辺には熱源も逆に熱を吸っている場所もなかった。

 

周囲にモンスターはいない……静けさが朝であることを示すように周囲に満ちていた。

 

「おっけー、クリアよ、皆。出ましょう」とミナが言って、再びダンジョン攻略は始まったのであった。

 

 

 

―――そしてまた数日後。

 

十五階層にしてようやく変化が現れる。

 

そこにいたのは巨大な―――見たところミスリルの鎧を着た、下半身がサソリになっている騎士型のモンスターであった。

 

ハサミになっているその右腕には、鈍色に光る真銀の剣。

 

左腕には同じ材質で出来ているであろう盾が装着されている。

 

『よくぞ来たな、我が人生の幕引きをもたらすものよ』

 

「喋った!?」

 

びっくりしたのはハルティアである。

 

喋りそうな唇の装飾がついたフルフェイスメットを装備したサソリ騎士は、その態度に『ふふふ、この容貌では驚かれるのも無理はないな、御婦人』と紳士的な態度で語りかけだした。

 

「……何者?」

 

『さて。世界蟲の迷宮にいつしか存在した、おそらくは人であった―――騎士であった魂である、としか答えられぬな。私も困惑していたのだよ』

 

フフフ、と不敵に笑うサソリ騎士に一歩踏み出して名乗りを上げたのは―――当然のように。

 

「なるほど!ならば騎士らしく名乗るが良い!オレの名はイナース!北の国セーガルの騎士、イナース・アウグスティヌスである!」

 

北の槍兵であった。

 

男が吠えれば、サソリ騎士は笑い出す。

 

求めていたものが現れた、とばかりに―――『私は名もなきもの!無銘の騎士!理由も理屈もなく、この奥にあるものを守るために生まれてきたのだろう!私は騎士故に!』と叫ぶように名乗りを上げた。

 

その様子にミナは「全く、仕方ないわね!私はイファンタより来たりし者!天護の森は黄昏の氏族のミナよ!」と笑うように名乗り、「吹雪」を正眼構えた。

 

「―――イナースが妹、北の国のハルティア・アウグスティヌスだ。手合わせを頼む」

 

二人の様子に先程の怯え、驚嘆は消え去ったのか、ハルティアもそう答え。

 

「ラチョマー山のカイムでぁ」とドワーフの詩人は短く名乗る。

 

―――キョトンとしていたのはルル一人である。

 

「……ええっと。どうすればいいのでしょう」

 

その瞳に―――困惑した瞳に声を掛けたのは、無銘を名乗ったサソリ騎士であった。

 

『―――君は答えなくとも良い。そうだ、私は君を知っているからな。ふふふ……』と静かにそう言って、剣を構えた。

 

「ルルを知ってる!?どういうこと!」

 

ミナは驚嘆に声を荒げるが―――

 

『知りたければ私を倒すが良い!ふふふふ、一つだけ教えてやる!戦う前に、私と正々堂々と戦ってくれる礼にだ!』

 

サソリ騎士はそう笑って、『この奥にいるものは魔王に非ず!後は戦いの後に知るが良い!』とミスリルの刃をまずはミナに向けて―――サソリの脚力で猛然と突進してきた。

 

「危ないッ!」

 

その大質量は止められないと踏んで、ミナはハルティアを、イナースはルルを抱えて横に飛んで―――カイムもまた横に転がった。

 

かろうじて突進を避けた5人だったが、その居場所はサソリ騎士が作り出した溝によって分断される。

 

「ちぃッ!風の乙女シルフよ!我が手に刃を与えよ!鋭き刃金となりて我が敵を両断すべし!」

 

ミナが精霊に唱えると、虐殺なカッターの術の元ネタとなる風の刃の術……ウィンドカッターが発動する。

 

ミナほどの術者の使うそれは、十七枚に及ぶ刃を発生させて飛んでいく。

 

しかし。

 

『ふふふ!これはなかなかの威力だ!!』

 

ガキンギンと弾ける音がして、直後にヒュウと風が過ぎ去っていく。

 

サソリ騎士の下半身―――鎧に覆われていない場所を狙って放たれたその術は、しかしサソリ騎士にはほとんど痛痒を与えていなかったのだ

 

「ちっ!ハリケーンドラゴンでもなきゃ通せねえな、アレは!」

 

ミナはワンドを取り出して、ヒヒイロカネの小剣を鞘に入れる。

 

そして一歩後ろに下がると、目配せをした。

 

その目配せに立ち上がったのはカイムである。

 

「わぁっとらぁなぁ!」と小さな投擲用の戦斧を彼は十分に力をためて、思いっきり振りかぶってミナが風の刃を当てた場所へと投げ放った。

 

しかし。

 

ギィン、と小さな音を立てて、それはサソリ騎士の剣に防がれる―――

 

『ぬんっ!流石にそれはやらせられんぞ、山人!』と叫んでカイムへと斬撃を向けるサソリ騎士―――の前に立ちはだかったのは。

 

「……やれやれ。僕をどうして盾にしないんですか。彼が僕の関係者だというのなら」

 

いつの間にかカイムの前に立っていたルルであった。

 

『くっ!?』

 

ザグリッ!とその剣は貫頭衣ごとルルの肢体を切り裂いて地面に突き立つ。

 

「ルル!」「平気です」

 

ミナの悲鳴に近い叫びに、少年は何でもないことのように言って杖を振った。

 

そうすると、落ちた腕は戻らなかったが貫頭衣はすぐに再生し、落ちた腕もまたウジュリウジュリと傷口が不気味な音を立てながら、湯だけで這うように本体の方へと向かっていく。

 

「真銀の刃ですが、エンチャントのたぐいはなし。そして、やはり僕には攻撃しづらいようですね、あなたは」

 

ガラス玉のように感情の籠もっていない目で少女のような少年は、人の姿を少しも残していないその怪物へと語りかけた。

 

『認めよう。君には私は危害を加えたくはない―――だが、それを術策として使うというのであれば話は別よ!』

 

少し苛ついたかのように、またサソリ騎士は剣を振り上げるが……

 

「ちょっと油断するなよ、騎士さんよ」

 

そう静かに言葉を紡ぎ、剣を槍が跳ね上げる。

 

そう、イナースが跳躍してルルの隣に立ち、そして槍を振るったのだ。

 

「……ありがとうございます。これでよし―――破壊と渇望の王、呑み込み食らう我らが神よ。その赤き牙を盾と変えたまえ……デス・ウォール」

 

ルルがそう唱えた瞬間に、三人の前には黒い力を放つ不可視の防壁が展開される。

 

「おまぁ……」

 

「……ミナさん」

 

カイムの言葉に反応せずに、ルルが恋い焦がれる少女の瞳で見やれば、ミナがワンドを掲げて詠唱を終えるところであった―――

 

「ミナ!それは!」

 

「死ぬ気で耐えなさいね、ルル!」

 

ハルティアが止めるように叫ぶがミナは意に介さない。

 

「世界を支配する偉大なるロジックよ―――大気の法則を書き換えよ―――水の素、呼吸の素、そのいくつかを融合せしめ、致命の破壊を風と成せ!!」

 

歌うがごとくに紡がれた3000年前に滅びたという古代の王国の言葉は、ゆっくりと流れるように大気へと流れていく。

 

「ほう。禁呪のたぐいまで扱えるのか、あの森人のお媛さんは」と槍兵はニッと笑い、山人の詩人はムッとしながらも斧を構えて防御の姿勢へと入った。

 

『なるほど―――これを待っていたということか』とサソリ騎士は面白がるように盾を同じく構えて地面に踏ん張った。

 

そうそれは―――

 

「疾き風よ光とともに解放されよ、ってな!フュージョン・エクスプロード!!」

 

日本語で、男口調でそう言って、最後の真言を唱え終わる―――

 

それは大気の原子の法則を書き換え、核融合させ―――質量欠損による熱と光と爆風を呼び寄せる大魔法である。

 

カッ!と閃光と衝撃波と熱がサソリ騎士の上から降り注ぐ―――!

 

放射線のみは法則の書き換えで発生しないそのきれいな核爆発は、すべてを飲み込んでいき―――

 

 

 

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