異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第304話「最下層?で勇者する後編 昔のお話Ⅶ⑩」

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「やった!?」「多分やれてないっ!」

 

構えを解かずに言ったハルティアに、ミナは即座にそう返してバッグから『吹雪』を引き抜いた。

 

大魔法を使ったため、しばらくは格闘戦で凌ぐべき場面だと判断したからだ。

 

爆発が起こした余波が、核熱の地獄が去っていく―――

 

去っていった先には、鎧の多くを破壊されながらも形を保っているサソリ騎士が鎮座していた。

 

武具も取り落としていない―――その兜の隙間から見える瞳もまた闘志も戦意も爛々と輝いていた。

 

「……カイム師匠!イナースさん!ルル!無事!!」

 

ミナが叫べば、サソリ騎士の後ろから「無事ですよ」と手を振る従者の姿が見える。

 

ミナは少し安心して、そして構えを解かないサソリ騎士を見遣った。

 

「……しぶといわね」

 

『いやいや。あのほとんど一瞬でその魔法を使える君たちを相手にするなら、この程度のしぶとさを持たなければ失礼というものだろう』

 

ミナの言葉にそう返して、サソリ騎士は『まだ手はあるかね?』と睨めつけてくる。

 

「こんなもんじゃ済まないわよ」

 

ミナが不敵に笑えば、サソリ騎士も笑みで返してきて―――後ろに剣を振るった。

 

ギンッと弾く音がして、立っていたのは槍兵である。

 

『次は君たちだな!』

 

「おうよ!行くぞ、カイム殿!」「わぁっとらぁ!」

 

戦斧を構えた詩人が、およそその短く太い体躯でそんな速度が出せるのか、という程機敏にサソリの多脚めがけて走り出した。

 

『脚を奪う気だな!?』

 

「そいは見てみて御覧じろじゃぇぇ!!」

 

カイムがそう叫び、腰のポケットから一つの小瓶を取り出す。

 

小瓶には調和神の聖印が記されていることから、ミナが作った何かではないかと予想された。

 

カイムは無言でそれをサソ騎士の足元へと投擲する―――それは何か。

 

『ぬ……もしや』

 

「調和神の祝福のついた油じゃぇ!」

 

カイムが言ったとおり―――調和を貴しとするその神の教えのように―――床にぶちまけられた油はそのまま高い展性を発揮して周囲一面を油膜で覆ってしまったのだ。

 

「ミナァの作ぅた神さんの魔法の油じゃぇ、こうさばどうじゃ!ミナ!」

 

「承知!祝福よ、輝け!」

 

ミナが神聖語を唱えれば、床が一瞬ピカリと輝き―――鏡面のごときに光を反射するようになった。

 

それが何を示すのかと言えば―――

 

『床に結界……なるほど、我が脚が床に刺さらぬ』

 

油膜如きは容易に貫いて、地面を蹴ることなど造作もないはずのその脚は、今や油膜の上でもがくように滑っていた。

 

本体こそ巨体故に決して滑り出すことはないが、一瞬でも機動力を失ったことは確かであった。

 

『だがこんなものは一瞬―――』

 

「一瞬で十分よ!」「おうとも!」

 

獣のように跳んだ槍兵と、床を油のぬめりを利用してスケートでもしているかのように滑り出した山人が吠える―――!

 

「我が槍よ!吠え砕けぇぇぇぇッ!!」「そいりゃぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!」

 

山人の斧は騎士の蠍の脚を削ぎ斬っていく―――

 

そして、槍兵の槍は―――

 

『ふははは!見事なり―――!』

 

「ゴァァァァァァァァァァッ!!!」

 

バランスを崩して横に倒れるサソリ騎士の頸を正確に―――

 

バズン、と巨大なハサミが閉じられるような重低音が響き渡る。

 

槍兵の槍は、サソリの頸を胴と泣き別れにしたのだ。

 

『―――もう一度言おう、見事なり、遠国の槍兵殿―――いや、イナース殿』

 

落とされた頸がわずかに忌々しげに、しかし確かに誇らしげにそう言って地面に落着する。

 

「いや、何―――多勢に無勢。このような場でなかったら、サシで立ち会いたかったものだ。異界の騎士殿―――次は人として生まれ変われ。正しきものに殺された歪みの徒は、正しき姿で輪廻すると我が国には伝えられる故な」

 

地面に赤水晶の槍を突き立て、荒く息をする男はそうして笑う。

 

『ふ……良かろう。お前が生きているうちに、また会えることを希おう―――』

 

グズグズと溶けながら、騎士はそう言って笑い―――キョトンとしているルルを見つめた。

 

『さぁ、先にいくがいい。君が求めるものの一つがそこにあろうとも』

 

サソリ騎士は仮面の下で静かに笑う。

 

その意味は―――表情をなくして仮面を見つめる少年にはいまだわかることではなかったのだった。

 

その表情に、斧を背中に再び貼り付けた山人が顰め面を見せる。

 

気にいるはずもない。

 

このような少年が、仇であることなど。

 

いっそ悪であれ、無垢でなく。

 

そう崩れ行くサソリ騎士の躯を見ながら、詩人は奥歯を噛みしめるのだった。

 

 

 

―――ミナは、その様子を見終わり、深く深くため息をつくと崩れ去った騎士が守っていた扉を、「吹雪」によって斬り開け放った。

 

バゴンッと爆発するような音を立てて扉が倒れ落ちると、そこにあったのは―――

 

「……口?」

 

そこに―――玄室にあったのは、崩れかけた一つの腕輪であった。

 

口のようにも見える装飾を持つそれは―――

 

「伝説の魔導具、二口水晶……か、これ」

 

少女はそうしてそれに近づいていく。

 

「ミナァ!あんぶねぇがよ!」

 

カイムの言葉に、ミナは一瞬ギクリとして立ち止まるが―――しかし。

 

「恐れていては、冒険者としては失格ね―――慎重にはなるべきだけど」

 

―――そして勇者がその腕輪の前に立つと。

 

『よくぞ来た―――我が被造物よ』

 

その腕輪は、朗々と女の声で―――否、男の声で?

 

どちらともつかぬくぐもった声が響き渡る。

 

その声は、ミナではなくミナの後ろに控えている少女のような少年へと向けられていた。

 

「……僕、ですか?」

 

ルルは杖を地面について、小さな溜息をつく。

 

その言葉には僅かな苛立ちが見えていた。

 

「被造物……ルルを作ったナニカってこと?」

 

ミナがルルを見てそう訝しげに聞くと、ルルは「さぁ……?」と唇を笑みの形に歪めて肩をすくめる。

 

『あの森から出たのだな―――ならば、旅するがいい……我が求める真理の到達まで……』

 

そんな二人には何も構わず、二口水晶は語り―――その宿す光は。

 

「この光は……超強力なサニティ……?」

 

ミナは放たれている光を浴びているだけでも落ち着いていく自分の心に不審を覚え、そうして分析して「吹雪」を二口水晶へと向けた。

 

「……なるほど」

 

そんなミナを押しのけるように、ルルが二口水晶の前へとそっと立った。

 

「ルル」

 

「……おまぁ……」

 

ミナをまた遮るように、カイムが口を挟む。

 

「―――悪魔よ、狂うたらワイが殺すがよ」

 

静かにそう言って、斧を背負う。

 

その代わりに楽器を―――愛用のリュートを奏でる。

 

―――その音は、二口水晶が放つ鎮静の魔力に僅かに含まれる邪悪な気配を消し去っていく。

 

それは―――力ある鎮魂歌と呼ばれる、吟遊詩人の奥義の一つである。

 

あらゆる感情を鎮静し、そして邪悪な力と、不死者の力を奪う言祝ぎの奥義であった。

 

『山人……!』

 

「こいを操ろってぇ魂胆はぁわかる。じゃっど、ワイとそこの不肖の弟子がおるわぇ。おまさんもやらぁな、ミナ」

 

カイムが不承不承といった風で、リュートを静かに奏で、その口からは普段のガラガラとした声とは似つかない妙なる調べが流れ出す。

 

勇者はフルートを取り出すと、「わかってるわ!」と叫ぶように吠えて、銀色の音楽を奏でだした。

 

―――それは、「恋と愛の歌」と言われる、人の恋うる心、愛する心を強くする歌だ。

 

力ある鎮魂歌に乗せるように奏でられたそれは、ルルの脳髄に強く、ルルの魂に深く染み渡っていく……

 

「―――ミナさん」

 

ルルは二口水晶から目を離し、真剣に笛に立ち向かう主人の姿を見た。

 

「ありがとうございます。これで―――僕はあなたのそばにずっといることができそうです」

 

フッと爽やかで、しかしどこか色気を帯びたその笑みがミナへ届く。

 

ミナはその笑みにわずかに安堵し、そして演奏を止めて―――懐から小さな小瓶を出した。

 

そこには何も入っていない。

 

ミナは静かに瞑目―――そして涙をひと雫流した。

 

小瓶の中に落ちたそれは、淡く虹色に輝いている。

 

ミナはその小瓶を、たしかに涙が封ぜられたと確かめて、ルルに投げた。

 

「これは……ありがとうございます。このようなものをいただけるとは」

 

「やかましい!」

 

叫んだ彼女の視線は、とっととやれと言わんばかりだ。

 

「……大丈夫なのか、これは」

 

やはり無理をしていたのか、妹に肩を貸されながら部屋に入ってきたイナースがそう言うが、カイムもミナも振り返ることはない。

 

「大丈夫ですよ、兄様……私と彼女が冒険した時間は、たしかに短かったのですけどね」

 

―――マガサロンから歪んだ森への冒険。

 

その間に培われたものはたしかにハルティアの心に残る。

 

それが今はルルに向けられていた。

 

(とっととそれを黙らせなさい!)

 

ミナの目が確かにそう言っていることに、ルルは安堵してその腕輪に手を掛けた。

 

『な、何を……!』

 

「すいません。僕は出自を知りたいという欲望はありますが、ミナさんと敵対してまですることではないのです。それでは」

 

据え付けられた台座からそれを引き抜く。

 

『こ、後悔するぞ……!己の正体が知れぬ不安に永遠に苛まれるが良い……!』

 

「お断りします。いつか、自分で探し出しますよ」

 

まだぐだぐだと抜かすその腕輪を、ルルは腕にはめて魔力を込めた。

 

そして。

 

「宝石の涙……あなたにはもったいないが、これで黙っていただきましょう」

 

ルルはそうして小瓶の中のひと雫を腕に垂らす。

 

それは虹の光を放ちながら二口水晶へと吸い込まれて……

 

『……!』

 

すると―――それは魔力の光を失い、完全に沈黙する。

 

―――これですべて終わりであった。

 

「終わりましたよ、ミナさん」

 

ニコリと笑う少年に、ミナは「大丈夫!?その腕輪身につけて!」と本気で心配していると誰にでもわかる声音で問いかけた。

 

「ええ……意識がすごくはっきりとしました。そして、この腕輪が教えてくれました。僕はやはり生命の論理を探究するために誰かが作ったモノのようです―――」

 

ルルはそこまでいうと、スゥ、と唇を三日月に歪めて笑う―――

 

「―――何、すっきりした僕の頭脳であれば、特に問題はなくすぐに正体も判明するでしょう。ですが、それには世界を切り取る必要がある。それは―――」

 

メゴシ、と何かが潰れるような音が玄室に響き渡った。

 

それはもちろん。

 

「ミナァよぇ。そら流石ん死んだでねぇがぁ?」

 

リュートを再び背負いつつ、詩人は少女に声を掛ける。

 

「死人はこれ以上は死なないですよ、師匠」

 

そう、もちろんその鉄拳を放ったのはミナであった。

 

「何するんですか」

 

「殴ったんじゃい!なんだ今の邪悪な気配は!」

 

腕をまくって怒るミナに、ルルはしれっと「少しばかり大陸を削り取ってですね」と事も無げに、球体を描いてその六分の一くらいを切り取る動作をして―――

 

にたり、と邪悪な笑みを浮かべる。

 

「おお、実に感情の籠ったいい笑顔じゃないか」と妹に借りていた肩を返して、槍兵は笑った。

 

「お褒めにあずかり光栄至極―――」

 

「光栄至極じゃないッ!何をやろうとしているんだお前は!」

 

恭しく頭を下げた少年に、ミナは怒りに燃える顔を向けてぎりぎりとその耳を引っ張った。

 

「ああ、耳は、耳だけはやめてください。詳しく言いますから」

 

ルルはそうして本当に嫌がっていることを証明するように眉を顰める。

 

そしてミナが引っ張るのをやめると……

 

「いえ、そうすることで直接大地の知識が表出する箇所があるはずですので、そこをですね」

 

そんな物騒なことを言い出したのだ。

 

「世界の解体でもするつもりかぁッ!!」

 

もう一発ミナの鉄拳がルルの顔面に突き刺さった。

 

当然の仕儀であった。

 

ミナの脳裏には、わずかに見ていた記憶のある際どいスーツを着た少女たちが、歌を歌いながら敵をぶん殴ったりぶった切ったりぶっ飛ばしたりするアニメが閃くが一瞬のこと。

 

少女は、今思いっきり殴り抜けた少年が体ごとバウンドして玄室を破壊するのを見つめながら、「少女の歌には血が流れている」とよくわからないことを言いながら肩をすくめた。

 

「流石に意味が解らんが、大丈夫なのかこれ」

 

「制約は生きてるから大丈夫でしょう……多分ね」

 

上半身を地面に埋めた少年の尻を、槍の柄でツンツンとつつくハルティアにミナはそう言って嘆息した。

 

「だぁからワイは言うたんぎゃわぇ―――いっそ悪であれたぁ思ったがいね」

 

カイムが忌々し気にそう言うと、「そうかね?オレは楽しそうだと思うが?」と狂戦士な槍兵が微笑んで、山人の肩に手を置いたのだった。

 

 

 




久々に投稿できましたぁ……
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