異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか   作:大回転スカイミサイル

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第307話「幕間15-2 まだ夏の姿の太陽に」

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――― 一言で言えば、古い、と表現する以外に何も言えない店である。

 

味は―――かつては悪くなかった、むしろ良かったと前世の記憶が訴えているので間違いない。

 

店名はロシア語で猟師を意味する「アホートニク」。

 

名前の通りボルシチやピロシキといったロシア料理を出す店であったのだが―――

 

どうにもこうにも、店の主人が高齢であるため閉店を余儀なくされたとのことである。

 

「いや、ワシももう少し続けたいのじゃがな。膝がもう限界でな」

 

ガッシリとした体格の老爺が、そう中年の―――おそらくは常連客へと声を掛けていた。

 

こっそり治してみたら意外と続けるんじゃないかなー、と思ったりなんかしつつ注文をするために店員を呼ぶ―――

 

と、そこには。

 

「うげ」と低い声を出したわずかに緑がかった黒髪の少女―――クロキがいた。

 

アルバイトでもしているのか、服装はもちろんウェイトレスのそれである。

 

「あ、お久しぶり。あのあとそっちのボスに怒られなかった?」とミナは信濃での出来事を思い出しながらひらひら手を振って挨拶をした。

 

「チッ……驚くほどにお怒りではなかった……とだけ言っておく。注文は何だ」

 

わずかに睨めつけてくるルルへと、ほんのわずかな恐怖心を向けながらクロキがそう言うと「んじゃ、ボルシチと黒パンに特製ピロシキ、それとウォトカをストレートで―――みんないっしょに持ってきてね」と歌うようにミナは注文してくる。

 

ルルは「紅茶と桃のヴァレニエを」と短く言って、置かれたコップの水をすすった。

 

それをメモすると、クロキは「……承知した。ふん……食ったらすぐに出ていくことだ」と不機嫌に去っていく。

 

そうしてしばらくして……

 

静かに注文した品が置かれていった。

 

「注文は以上ですね」とクロキではない別の店員が聞いてきたので、ミナは「はい、ありがとうございます」と返して目の前の食事に集中する。

 

「うん……すごく美味しい……これがもう味わえないのかぁ……」

 

ミナはショットグラスの中のウォトカをグイと飲み干して、ボルシチのサワークリームを溶きながらピロシキを食んで嘆息した。

 

「ほう、この桃の糖蜜煮……よく出来ていますね」

 

ルルは糖蜜で煮込まれた桃のヴァリニエを味わい、それを紅茶で洗い流してそう嘆息した。

 

「……なかなか味わえるものではない。おそらくこの世界でも。いや、もったいない……」

 

ルルはミナに「少しそのスープをいただけませんか」と真剣な目で言って、ミナはスプーンにそのサワークリームが溶けて桃色に染まったボルシチを掬って、従者へと飲ませてあげる。

 

その味に、ルルはミナに恋人のようなことをしてもらったにも関わらず、瞠目してホウとため息を漏らした。

 

「……あまりにももったいない。僕らが治療してでも店を続けてもらうべきでは……?」

 

「気に入っちゃった……?」

 

ミナが眉をひそめてそう言うと、ルルが「はい。これは本当にもったいない」といつにもまして真剣な表情でミナを見つめてきた。

 

「うーん……どうしようかしら」

 

ボルシチに黒パンを沈めて、もしゃりと食んで「―――ちょっと考えてみるわ」とミナは黙り込んでボルシチに挑みかかる。

 

ボルシチを味わいながら、ミナはふと考える。

 

―――このロシアンレストランに、元議員さんの入っている老人ホーム……

 

思えば、彼女らSMNの魔法少女たちはこの街に溶け込んでいるのではないか。

 

既に魔法少女たちは思ったよりも増えていることは明白だ。

 

冒険者現象で強化されている岬や恋に、ある程度は太刀打ちできている以上、クロキやマコらは上澄み……悪の組織で言えば文字通り幹部にあたるに違いない。

 

(そうなると、普通の魔法少女はどこで何をやっているんだろうか)

 

ミナはそう疑問に思うが、彼女らの活動の痕跡は極めて少ない。

 

―――警察が確認しているのは、結局のところ「事件が終わった後」の痕跡だ。

 

魔法少女らには不思議な力がある。

 

修復の力を持つ少女が破壊の痕跡を消している可能性もなくはない。

 

―――もしも、あの体格の良い老爺がクロキの関係者であったなら。

 

老爺の脚は……治せないたぐいのものではないだろうか。

 

SMN首領のことを考えれば、回復魔法の一つも使える魔法少女は何人もいると想像できる。

 

だとしたら、どうするのか……

 

どうするべきなのか、とボルシチのよく染みた黒パンを食べて、ミナは目を開いた。

 

「ま、おいおい考えましょう」

 

「この店のことは?」

 

「それは今すぐに」

 

ミナはよく揚げられたピロシキを食んで、脚を抑えて笑っている店主の方を見るのであった。

 

 

 

―――こっそりとマメラ教授のルーペを覗く。

 

店主の膝には……確かに、病の文字が見て取れた。

 

「どうです―――聞くまでもないようですね、その顔は」

 

ルルが肩をすくめて、店主を見て「残念です」と呟く。

 

「骨肉腫か……魔法をかけてみる価値はありそうね。治ったとしてもこの店を続けさせるのはきついかもね……」

 

見た目の壮健さとは裏腹に、膝の骨肉腫―――つまり骨のガン―――を含めて全身に病巣が存在する。

 

アルコール依存症を含めて、その数は10では効かない。

 

致命の病は骨肉腫以外にはないようだが、それでもこれでは長いこと働くことは出来ないだろう……

 

―――エルフの基準で、ではあるが。

 

「……こっそり骨肉腫だけは治しておきましょうか」

 

「そうですね。ままならないものです」

 

老いて生命力が衰えれば、魔法魔術を用いても治しきれないものも出てくる。

 

命そのものを断つような病でなければなおのこと。

 

初期の膵臓がん以外は何も見つからなかった祖母の時とは比べてはならない、とミナは自戒した。

 

「カーチャンもバーチャンもうちは丈夫で良かったわ」

 

ミナはフッと笑って、ボルシチの最後のひとすくいを口に入れる。

 

「さーて、どうしましょうかね」

 

ミナが伸びをして、ウォトカによってわずかに酔った瞳を天井に向ける。

 

―――すると。

 

「余計なことをするな、化け物どもめ」と剣呑な目つきのクロキが睨めつけてきた。

 

バイトが終わったのだろうか、服装は森近高校の制服である。

 

「あ。その格好似合ってるわね、あなた」

 

「何偉そうに指示してるんです?また気絶したいですか?」

 

ミナは追加注文したバラライカと呼ばれるアルコール度数の高いカクテルに口をつけながら微笑み、ルルはヴァレニエの残りをどう楽しむか考えていたことを邪魔されたが故か、わずかに不機嫌をぶつけてきた。

 

「ぐっ……殺気をぶつけてくるな……!」

 

ルルのひと睨みで、以前洞森ノ湯の駐車場で気絶させられたことを思い出したのか、クロキの脚は露骨に震え出している。

 

「おいおい、お前さんは12時までだろ、クロキ。しかも店の客に因縁つけてるんじゃない」

 

そんな震えるクロキの頭を、後ろから近づいてきた老爺がトレイでポコンと叩いた。

 

「お、お祖父様……」

 

「堅苦しい呼び方すんなって言う取るじゃろが」

 

バツの悪そうな顔で店主の老爺を見たクロキに、老爺はそう返して「お前の友達か?」と聞いてくる。

 

「そんなわ」「そんなもんですねー、よろしくお願いします」

 

クロキの反論に被せて、有無を言わせぬ勢いでミナはそうして老爺へと頭を下げた。

 

(マコとかいうのもそーだけど、やっぱり魔法少女たちの家族がこの街には住んでいる……みたいね)

 

下げた頭でミナがそう思うと、クロキはグギギと奥歯を噛み締めている。

 

睨んでいるルルがよほど怖いのだろう。

 

「おう、そうかい。オレはこの店の店長でこいつのジジイってわけだ。孫をよろしく。じゃあまあゆっくりしていってくんな」

 

そう素っ気なく言って、老爺は踵を返して厨房へと去っていく。

 

―――あとに残されたのは魔法少女がひとり。

 

「……あの、ちょっと聞きづらいんだけど」

 

老爺が先程まで話していた客が退店したことをちらりと横目で確認したミナは、少しだけ申し訳無さそうにクロキを見る。

 

「……なんだ」

 

「……もしかして、お爺さんは……」

 

ミナがキロリとクロキの目を見て、呟くように聞いた。

 

クロキは数瞬迷うが、しかし―――わずかに天井を向いて、そしてミナへ向き直る。

 

「……そうだ。お祖父様は、脚の病気でもうすぐ死ぬ……ガンだ」

 

忸怩たる思いを隠すことなく、不機嫌に、怒りを込めて少女は吐き捨てた。

 

「―――お祖父様は、私を救ってくれた人なんだ。だけど、どうして……」

 

ギリ、と奥歯を噛み締めて少女は眉をひそめ瞳を落とす。

 

その様子に、ミナは「……何があったか、聞かせてもらえるかしら」と静かに、感情を抑えて彼女の顔を見た。

 

ジッと瞳を逃さないように見つめるその視線にさらされていたのは十秒か、二十秒か。

 

やがて観念したように、彼女は「―――私は親に虐待されていた」とポツリと零す。

 

その言葉に、その表情に―――怒りと失望と憎しみの綯い交ぜになった表情に、ミナはある程度察する。

 

「なるほど……ありがちと言えばありがちだけど、私も似たようなものは何度も見たわ」

 

「異界でも腐った親なるものは同じことをするのですねえ。暴力、食事の欠如、そして……」

 

ミナの言葉を継いだルルは、ミナの表情が険しいことを察して、それ以上は口にしなかった。

 

ミナはたっぷり三十秒は沈黙し、その言葉をつなぐ。

 

「……手を出された、と。いえ、未遂のようね」

 

ミナは天を仰ぎ、唇をへの字に結んで、大きなため息をつくとクロキを見た。

 

「……そうだ。その児童虐待から助けてくれたのが、お祖父様なのだ。あのクズどもと血縁があるとは信じられぬ」

 

クロキがその後話してくれたことは、端的に言えばミナにとっては何度か只人の世の中で見てきたことの一つだった。

 

育児放棄からの暴力、そして性的虐待。

 

しかし、彼女をマメラ教授のルーペで見ても病の欠片もなく、また純傑が守られていることはよくわかった。

 

彼女がまだ清らかな乙女でいられるのは、おそらくあの店主のおかげなのだろう。

 

地下でのベヒモスとの戦いで、岬が彼女らの力を借りたときに胸糞悪いものを見たと言うが、本当にそうなのだと確証が取れたのならミナには嘆息することしかできない。

 

「……こう言っては何だけど、あのおじいさんが亡くなったら……」

 

「今の私をあのクズどもがどうにかできるとでも?」

 

わずかに心配するミナを睨み、クロキはそう憮然と腕を組む。

 

「……でも、ちょっと時系列おかしくない……?って、今はそんなこと言ってる場合じゃないか」

 

ミナは、今年の一月こそが魔法少女の生まれた……岬が魔法少女になった時期なのだと思っていたが、どうも全く異なるのではないか、と疑念が湧いたが―――

 

今はクロキの祖父を救うことが先決だとその思考を頭から振り払った。

 

「―――じゃあ私、勝手に治しちゃうけどいいかしら」

 

ミナはシニカルに肩をすくめてそう微笑んだ。

 

対する少女の答えは―――

 

「……否と言ってもお前はやるんだろう?」と諦めを含んだ返答を返してくる。

 

「あたりきしゃりきのこんこんちきよ」

 

そんなやさぐれた声に、サムズアップを返したミナであった。

 

 

 

―――結論から言えば、クロキの祖父にキュア・ディジーズは覿面に効果があった。

 

彼の足の病巣は跡形もなく消えてしまったのである―――

 

残る問題は唯一つ。

 

「娘をレイポゥしようとする父親とそれを黙認する母親とか生かしておく価値ない気がするんだけど」

 

前回の来店より1週間ほどの後―――満面の笑みで、ミナは店を再開した祖父を見つめるクロキの肩を叩くのであった。

 

「……いつの常識で生きてるんだ、貴様?」

 

「それを指摘されると大変つらい……」

 

一瞬遠い目で肩を落としたミナは、しかしめげることも一瞬でクロキの瞳をジッと見つめながら一つの疑問を返していた。

 

「……あなた達のボスは、あれを放置していたの?」と。

 

クロキはその端的な言葉に、遠い目をして―――右拳を血がにじむほどの力で握る。

 

「……あの方は。イェカ様は。凄まじい力をお持ちであらせられる。だが……病を癒やす力を持ち合わせぬのだ。私も、他の魔法少女たちも同じにな」

 

その言葉にウソはないと、センス・ライの魔法を使うまでもなくミナは悟る―――

 

思えば、岬や恋も回復魔法はどちらかと言えば精霊術や古代語魔法に頼っているのだ。

 

もしかすると―――そう言うものかもしれないのか、と。

 

ルルに目配せをすれば、同じことを考えていたのであろう。

 

コクリ、と小さく首肯していた。

 

「私達『黄昏の傭兵団』には敵が3ついる―――」

 

ミナは宣言するように、何処か厳かに呟く。

 

「―――まず、あなた達と決着をつけることにするわ。あなた達の首領のお店に、岬たちの夏休みが終わったら顔を出す」

 

瞳に揺るぐものはない。

 

「そうね……9月15日に、また会いましょう」

 

ミナはそうして立ち上がって、レジへ向かう。

 

「平和に暮らしているはずのこの国の、いえ、我が国の人々に血なまぐさいことなんかさせたくないものね」

 

「……どういうつもりだ?」

 

クロキに睨めつけられ、ミナは小さく笑った。

 

「―――だってあなた達、殺人はしてなさそうだもの。あの戦闘機娘も、ね」

 

ミナは、名前も知らないチカという少女のことを思い出して少し笑みを深くする。

 

「ま、そんな感じだから―――あなた達はまだ話せる相手だと思うから」

 

クロキから視線を外すと、エルフの勇者は決然と歩き出した。

 

「わ、わかった……!お祖父様のことの礼だ!必ずあの方に伝える!」

 

クロキの言葉に、親指を立てて返してミナは従者を伴って店を出る―――

 

まだ、太陽は夏の姿をしていた。

 

 




あー、ようやく投稿できた!
仕事なんて死んじゃえよぉ!
ちくしょーめ!
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