異世界で頑張ったので出戻りますね あるいは彼女は如何にして悩むのを止め、現代をエンジョイするようになったか 作:大回転スカイミサイル
-309-
もぞもぞと、芋虫のように何かが蠢いている。
暗闇の中をもぞもぞと蠢いている。
不思議と不快ではなく、ひんやりとしたそれが自分をまさぐっていることを感じる。
―――繰り返す。不快ではない。
不快ではないから。
ばさり、と布団を押しのけて、体をまさぐっている少年を睨めつけた。
「ルル……?」
「み、ミナさん……!?」
「服を脱がさなかったのは褒めてあげるわ。でもこそこそやるのはやめなさい」
自分の胸に顔をうずめて身体を抱きしめていたバカを、ミナはそうやんわりと咎めて許した。
呆れたとか、そういうわけではない。
今までのように、不快な触り方ではなかったから許しただけだ。
「あの」「済まないとかなんだとか思うならやめなさいね」
時間を見れば入眠してからきっかり1時間。
今日も森人の勇者に訪れる眠りと目覚めは夜の間に終わっていた。
岬はいない。
今日は恋の家にお泊り会である。
ミナはそのことを想いながら、窓をガラリと開けて空気を吸い込む。
従者のセクハラのせいでわずかに火照った体を、窓から吹き込むまだぬるい晩夏の風が撫でていく。
たっぷりと数分間、時間が止まったような風情の中で、ミナがそっと口を開いた。
「あのね」
「は、はい」
ミナが窓の桟に腰を掛けて振り向いて、ルルに対してニヤリと微笑んだ。
「海水浴、信濃の調査が長引いたせいでほぼお流れになったようなもんだし、私たちだけで行ってみようか」
「えっはぁ、まあそれはそれでいいと思いますけど。僕たちだけで、ですか?」
困惑する少年に、少女は「そうよ。それともいや?」と意地悪く笑いかける。
「そりゃむしろ望むところですが」
「なら決まりね。あんたへの貸しも溜まってたし」
ミナはそうして窓の桟から降りて、部屋の外へと出ていく―――時間はまだ四時。
夏とはいえまだ誰も起きていない時間だ。
まだ日も出ていない―――まだ。
「それじゃあ早速、今日行きましょうか」
そう後ろのルルに言って、ミナは風呂場へと向かっていく。
その顔は、少しだけさっきよりも赤らんでいた。
―――そして、神森市海水浴場。
九月に入って、学生たちの夏休みも終わりを告げ、しかも平日の昼間に人は殆どいない。
明日には海閉じ式が行われ、海の家も翌年まで閉業となる。
そんな日にミナとルルはやってきていた。
「うーん、明日で海の家が終わりっていうの知らなかったからちょっと得した気分だわ」
「肯定します。まだ暑いですし、ちょうどいい」
ルルがパラソルを建てつつそうミナに肯んずると、ミナはにっこり笑って「泳ぎましょうか」と微笑んだ。
もうお盆を過ぎているため、よくよく見れば海にはだいぶクラゲが浮いているのが見て取れた。
「お嬢さんがた~クラゲが出っからやめとき~」
海の家のおばちゃんがそう言ってミナたちに海に入るのはよすように警告しているが……
「だいじょーぶだいじょーぶ!私ら運がいいから!」
ミナはその言葉を斯様に軽んじて海に入っていった。
続いてルルもおばちゃんにペコリと頭を下げると、ミナに続いて海へと飛び込む。
「うん、気持ち良いわね!まだ!」
「クラゲは……まあ、逃げますよね。僕とミナさんがいたら」
ルルはそう言ってくすりと水の中で笑った。
「刺してきても私らにゃ効かないのにねえ」
ミナはそうしてルルにバシャバシャと水をかける。
―――不死者であるルルには本来は流水はそこそこダメージが入るものだが、彼は特別製なためかこの手の攻撃は殆ど効かない。
ルルは「やりましたね!お返しですよ!」と手で水をかいて同じように水を掛けてきた。
まるで少女同士のじゃれ合いにしか見えないが、ルルは男で、しかも二人共が生命の範疇から飛び出た存在でもある。
そのギャップに、ミナは思わず笑ってしまう。
自分たちがこちらの世界でそんな他愛もないじゃれ合いをしているなど1年前、邪神の洞穴で魔王どもと殺し合っていた頃に言って信じるだろうか。
仲間たちとともに一笑に付すことだろう。
それだけでもこちらに戻してくれるというヒトコシノミコトの提案を聞いた価値はあった。
前世の友や母と再会することも叶った。
―――ならば次は何をする、ってやつだ。
ミナは心のなかでそっと考えて、ワキワキと手を動かして「今度はこちらの番ですよ~!」と普段は言わないようなことを抜かして近づいてくる従者の顔を見て、また「あははははっ」と吹き出す。
もういいだろう、と。
自分の気持ちを誤魔化すのも、彼の気持ちをはぐらかすのもここらへんでいいだろう、と。
150年前、最初に会った時の少年の様子を思い返す。
変わったのだ、彼も、彼女も。
「「あの」ね」
二人の声がかぶさった。
二人は―――顔を赤らめて、「どうぞ」「そっちからでいいわよ」と譲り合う。
目が合った。
そらすことはない。
だから―――「あの」「うん」。
男から語りかけ、女が答えた。
この大八州に伝わる国生みの神話のように。
―――そこで。
ドゴオオオオオオオオッ!!と海の中から何者かが現れた!
「なっ!?」「改の会の腐れメカか!」
カニとウナギとタコが合体したようなメカが突如として出現し、ミナたちに襲いかかってきたのだった。
『ふははははは!情報通りだな、異常熱源体ども!この午来の海中戦闘形態を前に沈むが良い!装備も何もかも地上においてきただろう、貴様ら!フゥハハハハハハハ!!!』
―――現れた午雷王の新たな雄姿を前に、二人は―――
「あのなあ!こっちは大事なこと言いかけてたんだがぁ!?」
「ぶっ壊すぶっ殺すぶっ潰す……!」
勇者と不死王は怒りのままにその手に魔力を集め始める―――
「偉大なるロジックよ!我が手に我が友なるものを齎し給え!我が手にありて、輝きを増せ我が輩よ!アポート!!」
ミナが怒りのままにマスターリングにそう唱えれば、ミナの手には自分の無限のバッグが現れたではないか。
『な、なにッ!?』
「ルル、行くわよ!」
ミナはバッグから客人碎を取り出して、祝詞を唱える。
「承知しました。奴はみじん切りにしてもまだ足りません」
「その意気よ!」
―――かくして午雷王水中戦闘形態は身も蓋もなく討伐される。
ミナとルルの告白は、と言えば―――
「無事か、貴様ら」「なのです」「だぜ」
「……お邪魔だったな」「そのようだ……」
騒ぎを察知して駆けつけた仲間たちのために、お流れとなってしまったのであった。
「ちくしょおおおおーーーめぇぇぇーーー!」
「明るい太陽なんか大嫌いですーーー!!」
そう、落ちていく夕日に二人は叫び―――また明日の太陽のために、今日の日は沈んでいくのであった。
―――これが夏の終わりの話。
次の戦いへと赴くための序章。
英気を養った我らが勇者と黄昏の傭兵団が訪う次なる戦いは何処か。
その答えがようやくに始まろうとしていた。
歴史の闇より浮上する者たちが。
希望と闇を胸に抱く少女たちが。
邪なる神とその闇の眷属どもが。
この世界の理と法を突き崩さんと世に這い出よう。
勇者とは是、希望を守るものであるべし。
勇者とは是、勇気を齎すものであるべし。
勇者とは是、正義を助くものであるべし。
故、この世界の誰かのために味方するものであるべし。
―――黄昏の中より這い出るものたちよ。
汝らの行く末、見守らん……